142話
ゼローム城はゼローム皇国の首都機能を多数有する場所。
基本的に国王が在中する場所であり、警備も厳重だ。
俺も足を踏み入れるのは初めてだし、来た事も無い。
白亜の城壁で包まれた城は、まさに歴史的な何かを感じさせるものだが。
今の雰囲気は、何かギスギスしたものを感じる・・・平常では無いな。
「さて、どう忍び込んだものかな」
城壁をぐるりと回り、警備の状況などを見るが。
中々に厳重だ、堀を掘って下には水も流しているし城壁の上にも兵士が見える。
「どうするの?」
「あの塔まで直通で行く方法があるが、昼じゃ駄目だな」
「?」
夜まで待つか。
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夕方過ぎ、夜に差し掛かる時間。
そろそろ辺りも暗くなってくることだ。
「よし」
鎖の先に、船のアンカーのようなものが付いた物を取り出す。
「それは何?」
「セラエーノが作った、試作攻城兵器の一つだ」
鎖の反対側には巻取り装置が付いていて、
小手に装着する為のストッパーも付いている。
衛兵が少なくなったところを見計らい、鎖を回転させる。
アンカーが円を描いて遠心力を持ち始める。
「おらぁ!」
そのまま塔に向かってぶん投げると、丁度塔の屋根に引っかかるように止まった。
「行って来る」
「え、ちょっと」
巻取り装置を起動すると。
身体がものすごい勢いでアンカーに向かって引っ張られた。
「うお・・・!中々速いな」
宙吊りなったと感じたのは一瞬で。
気づいた時には塔の外壁に身体がくっついていた。
速度のお陰か、衛兵にばれた様子も無い。
「よし、次は」
辺りを見渡し、窓を探す。
丁度足元近くに、光を入れる為の窓があった。
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侵入成功だ。
塔の最上階に存在する部屋の窓から中へと侵入する。
どうやら小さい部屋のような構成になっているようだ。
ベッド、机、そして唯一の出入り口である扉は鉄格子。
確かにここは、監獄に見えるな・・・。
そして、そのベッドの上には誰かが寝ていた。
見た事のある髪色と顔。
間違いない、リーゼニアだ。
「起きてるか?」
「!?」
ビクリと身体を震えさせると、リーゼニアは上半身を起こしてこちらを見た。
「誰!?やっぱり殺しに来たのね!」
ベッドから転げ落ちるように床に着地すると、こちらを警戒している。
「殺す?貴族っていうのはそんなことまでするのか?」
「どこの貴族が寄こしたのか分からないけど、ドラクネン家はそう簡単に―――」
「落ち着け、別に殺しに来たわけじゃないぞ、リーゼニア」
俺の声が届いたのか、まじまじとこちらの顔を見てくるリーゼニア。
「その声・・・もしかして、トーマ!?どうして、ここに?」
俺の顔をしっかりと見たリーゼニアは、そう叫ぶように言った。
ああ、そうか・・・出会った時はフルフェイスの兜を被っていたな。
顔をしっかり見たのは今回が初めてか。
しかし、これでリーゼニアの監禁の話は本当だと分かった。
じゃあ、ドラクネン家はどうなったんだ?
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「そう・・・ラティリーズ様は無事なのね」
俺が事の経緯を説明するとリーゼニアはほっとしたように息を吐いた。
「ああ、俺もカテドラルを見てきたが。
あの様子なら、リルフェアも無事だろう」
「本当?」
「八霧なら、うまくやっているはずだ」
自信満々にそう言うと、リーゼニアはふっと笑った。
「そこまで言うなら、そうなんでしょうね。
私も行動しないと」
そう言うと起き上がり、服の埃を払うリーゼニア。
傍の棚をいじると、鍵のようなものを取り出した。
「監禁されてたわけじゃなさそうだな?」
「私の味方も多いって言うだけよ、それより父を助けないと」
父・・・そうか、国王も捕まっているのか。
「・・・どうなってるんだ、状況は?」
「西側の貴族たちがお父様の身柄を押さえたのよ。
ドラクネン家の名を利用して傀儡政権を立てるつもりなんでしょうけど」
やっぱりそうか。
俺とティアマの予想は外れてなかったみたいだな。
「というよりも、だ。そんな強引な方法が通るのか?
国民が納得し無さそうなクーデター・・・そんな感じだが」
軍事的、でないので正確にはクーデターではないが。
あながち間違いではない例えだと思う。
「国民は誰が上に立ってようが関係ないのよ。
確かにラティリーズ様を信奉する人が多いのは確かで、
代理支配するドラクネン家に従う人も多いけど」
リーゼニアはそう言葉を区切ると、唇をかんだ。
「信仰心よりも、明日の生活の方が大事。
それは誰にとっても当たり前よね?」
「・・・ああ」
俺の国でもそうだ、誰が上に立とうが自分の生活に支障が出ないのなら関係ない。
そういう人が多いのも事実だ。
「貴族たちはドラクネン家を利用して、ゼロームを乗っ取る気なのよ。
いえ、正確に言えば表面上はドラクネン家が現状を統括し、国を再編する。
そういう形を取るに近いけど」
「?」
「要はラティリーズ様がいない現状、ドラクネンが率先して国を治める。
・・・そういう話にするって事」
・・・なるほど、読めた。
元々、ドラクネン家が国を統治していたのだ。
その統治方法が変わらないという事は。
国民は納得して、その提案を受け入れるだろう。
裏側で傀儡政権になっていたとしても、だ。
「まずいな、誰も反抗せずに国を奪われるって事じゃないか」
「ええ、でも・・・東側の一部の貴族はそれに気づいて行動を開始してる。
西側に比べて、東側の方がラティリーズ様への信仰は篤いしね」
「ゼロームが真っ二つになる、か」
「・・・そうね、バルクの時のように」
リーゼニアの顔は暗い。
「トーマ、父を助け出して」
「・・・それは別に構わないが、まずはお前を逃がすぞ」
まずはリーゼニアを先に逃がし、父親を後で救う。
となればリーゼニアが逃げたという事実が伝わる前に救助した方がいいな。
窓際に立ち辺りを見渡す。
そして、一点に良い場所を見つけた。
大きめの木が、城壁の外側に生えている。
それに右手を向け、あるものを用意する。
ロープを括りつけた、小手に装備できるタイプのボウガンだ。
「何をする気?」
「リーゼニア、高所恐怖症じゃないよな?」
「え、ええ・・・ある程度は」
「そうか」
小さくバシュ、と音を立てて射出されるボウガンの矢。
それはロープを引き連れながら大木にしっかりと突き刺さった。
何度か引っ張り、強度を確認する。
・・・大丈夫そうだな。
「まさか・・・これを使って逃げるの?」
「お前だけ、だがな?」
そう言って俺は滑車を手渡す。
滑車の下には、逆T字のぶら下がり用の器具が付いている。
「これをロープに引っ掛けて降りろ。
加速して来たら、持ち手を強く握れば減速するからな」
「え、ちょっと」
「親父を助けたいんだろ?なら、お前は一人で脱出しろ。
俺は・・・今から城に潜入するからな」
滑車を強引に手渡し、俺は城へと向かうためにドアの方へと向かった。
「トーマ」
「なんだ?」
「・・・無理はしないで、あなたはゼロームに残された希望の一つなんだから」
希望か・・・それはリーゼニアの方だろう。
「ああ、そっちも無茶はするなよ」
そう言って、俺は扉をくぐった。
さて、余り鍛えていないスニーキング術がどこまで役に立つか。
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滑車を使って、ピンと張られたロープを滑るのは良かったが。
加速度が自身の予想していた物よりも早かった。
「きゃああぁあ!?」
情けない声を上げながら、リーゼニアは夜の闇を斜めに降りていく。
「・・・あら」
その声に気づいたのか、外で待機していたティアマがリーゼニアに気づいた。
「ちょ・・・止まるって・・・このぉ!!」
ギュッと、持ち手を握ると。
確かに減速を始めたのだが。
その減速方法は、風魔法を応用したもので。
急激に速度が落ち始める。
同時に襲い掛かるのは急ブレーキによる反動。
大木には激突しなかったが、リーゼニアは全身に反動を受けて地面に落ちた。
ドサッと、音を立ててリーゼニアは尻もちをついた。
「ったぁ・・・もう」
お尻をさすりながら、リーゼニアは辺りを見渡す。
どうやら、無事に脱出できた。
「リーゼニアね」
「!」
自分の名前を呼ばれたリーゼニアが振り向く。
そこには、敵国の大将らしき女性が立っていた。
読んで下さり、ありがとうございました。