136話
カテドラル襲撃から1週間弱。
国内はますます混乱が広がりつつある。
貴族が既に反乱を始めているとの噂もリルフェアの耳には入って来ていた。
そのため、ドラクネン家に対して伝令を送ったはいいが。
「・・・おかしいわね」
リルフェアがそう呟く。
聖堂騎士配下の伝令を首都に飛ばして数日になる。
しかし、一向に音沙汰がない。
それどころか魔法伝令も妨害され、音信不通の状態だ。
「伝令さん、まずいかもね」
「八霧君?」
「バルクとヘルザードが手を組んでいるとしたら、
僕らを徹底的に追い詰めるはずだよ。
見つけた怪しい人・・・伝令を全て殺してても可笑しくない、だろうし」
「そうね、確かに」
リルフェアはそう返す。
相手からすれば、自分が生きている事は損でしかない。
生きているという事実を隠すために、その手段を取ることもあり得るだろう。
「誰か腕の立つ人に行かせた方がいいかもしれない」
腕の立つ、と聞き考えるリルフェア。
「ゼロームの一部の貴族も既に裏切っているって情報も入って来てますし。
早く、ドラクネン家と情報を共有しないと」
「ええ」
こうなればオリビアやシス、フィナを行かせようかと考えるリルフェアだったが。
それを言葉に出す前に、ある人物が拠点の中に入ってきた。
「り、リルフェア様!大変でございます!」
「どうしたの?」
聖堂騎士が息を切らせて玉座の前にまで走ってくる。
ある程度息を整えると、言葉を発し始めた。
「ど、ドラクネン家が反対派の貴族に軟禁されたとの報告が!」
「え?」
「・・・そう」
八霧は驚いた顔をしていたがリルフェアはやっぱり、と言う顔をしていた。
「伝令は?」
「傷だらけですが、何とか生還を」
「そう・・・よかったわ、無事で」
そう言うと、リルフェアは言葉を区切る。
一度目を瞑ると、ゆっくりと瞼を開く。
「アルフォンとリーゼニアの無事は確認したの?」
「・・・いえ、それが」
伝令の語る内容。
それは、何者かによって軟禁された二人が連れ去られたという話だ。
確認する以前に、二人は既に連れ去られたという話だった。
「連れ去られた?」
八霧がそう聞き返すと、聖堂騎士は顔を下に向けた。
「情報が不確かな部分が多いので・・・正確かどうかは」
「・・・なるほど。リルフェアさん、とりあえず行方を追わせた方が」
「ええ。今度は腕の立つ人を送りましょう。
ご苦労様、下がっていいわ」
「は!」
聖堂騎士がその場を後にする。
「はぁ・・・予想外な事ばかりね」
「予想外?」
八霧がそう聞き返す。
「ドラクネン家を追放して、新しい政権の舵を握る。
つまりゼロームを自分たちのものにするとばかり思っていたから」
その話を聞いて、八霧は首を傾げた。
「・・・そんな状態を放置していたんですか?
周り、敵だらけだって聞こえるけど」
「こんなことにならなければ、息をひそめていたはずなんだけどね。
貴族は自分の家を守ろうと必死な人も多いし、危険な橋は渡らないから」
リルフェアは一度ため息をつくと。
「また、バルクのようにゼロームが分断される・・・かもしれないわ」
「・・・」
反乱を起こし、国が分断される。
前の、バルクのように。
「・・・なら、こちらの味方を確保しておいた方がいい。
リルフェアさん、味方になってくれそうな貴族や地主は?」
「西側にはいないでしょうね。
東側は・・・比較的私達に近しい人が多いけど」
「なら、東側との情報共有を急いだ方がいいかな。
だれか、東側を纏めてる人とかはいないの?」
「ドゥロー公ね。東の首都と言われる『カンデア』の街で執政を取っているわ」
八霧は一度頷く。
「その人と、会談を行った方がいいね。
既にドラクネン家がゼロームの執政を取れない以上、こっちも臨時政府を作らないと」
臨時政府と聞き、リルフェアの顔が曇る。
「そう、ね・・・私が国の執政を取らないといけないか」
乗り気ではなさそうだ。
「何か不安でも―――」
不意に、拠点に侵入者警戒のアラームが鳴る。
この前神威が取り付けたばかりだったので、初めてなる音に皆が驚いた。
「何!?」
「・・・警報?」
――――――――――――――――――――
「これって」
「・・・カテドラル、の一部ですね」
セニアとラティはアーセ村の外れに鎮座するカテドラルの一部に驚いていた。
ギルド長に頼まれて、様子を見に来たのはいいものの。
目の前には、見慣れた建造物が建っていたのだ。
「しかも、この場所って・・・拠点だったはず」
「はい、書庫のあたりだと思いますけど」
でも、何でこんな所に。
そう思いながらセニアは拠点の周りをグルグルと回っていた。
「セニア殿、誰か出てくるぞ」
カロが居合斬りの構えを取る。
見れば、拠点から誰かが出てきている。
小柄な男性。
錬金術師の服を着た、童顔の男性。
「八霧様?」
ラティがそう言うと、名前を呼ばれた男性がラティを見た。
「あ・・・!無事だったんだね、ラティリーズさん!」
「ほんとに拠点だったんだ・・・」
セニアもほっとした様子で、八霧の顔を見ていた。
――――――――――――――――――――
「ラティ!」
「お母様!」
抱き合うリルフェアとラティ。
こんな状況だし、親子の再会は喜ばしい事だ。
「八霧君、良かったね」
「うん、エリサ」
「やれやれ、八霧もエリサも無事だと思ったら・・・良い仲になってたのね?」
このこの、と八霧を肘で突っつくセラエーノ。
「セラエーノさんも、無事でよかったです」
「私がそう簡単にやられると思うの?
でも・・・そう、記憶喪失なの」
自分の事を覚えていないと聞き、セラエーノは少し落胆していたが。
生きていた事の方が嬉しかったようで、すぐに笑顔になった。
セラエーノさんも無事だったし、戦力も増強された。
これで当面の心配事は一つ減ったん、だけど。
「トーマさんは?」
「あー・・・それはね」
セラエーノから、事情を聞く八霧。
「転移?」
「うん、そう」
話を聞いた八霧は顎に手を置いて唸る。
転移したという事実よりも、誰が転移させたかが問題だ。
罠の可能性もあるし。
「トーマさんだから、簡単にやられないとは思うけどね」
「それは同感だけど・・・」
一番の戦力がこの場にいないことが、一番のネックだろう。
とは言え、十分な戦力が集まりつつあることも事実だ。
「それで、これからどうするの?」
「まずは仲間集め・・・いや、仲間かどうか確認かな?」
「?」
――――――――――――――――――――
ゼロームの地方領主というものは、大抵は広い領地を持つ貴族の代理支配者。
要するに中間管理職に近い立場にある貴族が多い。
この周辺の統治者でもあるガイゼン侯爵も例にもれず。
大貴族フォークス家の代理としてコンドアの街周辺を取り仕切っていた。
そのガイゼンは、コンドアの街の中央に位置する場所に執務室を構えていた。
そして、傍に控える秘書に話を聞くと素っ頓狂な顔をして秘書を見た。
「・・・何、会談を開きたいと?」
「は」
「しかも、リルフェア様が直々に?」
座っていた執務室の椅子に深く腰を掛け直すガイゼン。
話を伝えに来た秘書も、その様子を見て何か考えていた。
「怪しいとは思いますが、手渡された書簡にはきちんと印が」
「・・・ああ、確かにそうだな」
渡された書簡に簡単に目を通すガイゼンは頷く。
確かに、リルフェアの使っている判子の印だった。
「賊がこんな精巧な印を作れるはずもない。
ならば、本人・・・という事になるが」
何故、地方の一領主である自分に声がかかるのかが分からなかった。
いや、光栄な事ではあるのだが。
それだけに罠ではないかと勘繰ってしまう。
「・・・誰かを調査に向かわせますか?」
秘書がそう言う。
眼鏡を掛けたツリ目の若い女性だが。
秘書としての手腕は中々のもので、ずいぶん助かっている。
「無茶はさせるなよ?」
「ええ、見てこさせるだけですので。
それに・・・本人だと分かればその場でお連れしましょうか?」
「ああ」
最近はコンドアの街でも詐欺や窃盗が増えている。
今回のこれも、その一件ではないかと疑うガイゼンだったが。
やはり、精巧に作られている判子の印が気になっていた。
もし、これが本物だとすれば。
行方不明になったリルフェア様がどうしてここにいるのだろうか、
そう思うガイゼンだった。
読んで下さり、ありがとうございました。