128話
逃げるように転移したトーマとリルフェアの話です。
能力のほとんどを吸い取られたティアマの転移。
それは予想以上に予定の場所よりもずれた。
本来ならば首都近郊まで飛ぶはずの転移だったが、
実際は全く見覚えの無い場所にいたのだ。
「ここは?」
俺達が立っているのは、どこかの崖の上。
崖下には川が流れている。
「ゼローム北方の何処かね・・・ごめんなさい、詳しくは」
「ゼロームであることは変わりないなら大丈夫だ。
近くで情報を集めないといけないな」
ゼローム内にいるだけでも御の字だ。
まずは、情報を集めないと。
ティアマの話した内容が本当なら、
既にカテドラルは特殊部隊によって襲われている。
なら、その情報が付近に流れていてもおかしくはないはず。
「よし、歩こう」
「ええ」
ティアマはその場に身に着けていた宝石の付いた腕輪や髪飾りを捨て始めた。
そして、身体が一瞬光ったと思えば、格好は変わっていた。
冒険者に良くある、軽装と皮の鎧姿。
髪の色も白く変化していた。
「便利だな、魔法は」
「いい意味でも悪い意味でも私は有名だからね」
「・・・そうか」
操られていた・・・とは違うが。
言いように使われていただけなのだ。
見ようによっては、不憫でもある。
したことは許されないことも多いだろうが。
とにかく、今は敵じゃないことは確かだ。
「まあ、とにかく街を探そう」
その一言に、ティアマは頷いて返した。
しばらく、南に向かって歩いていた。
正確には崖を降り、川を辿って歩いていたのだが。
数時間としないうちに、小さな村落のようなものが見えてきた。
「村・・・?」
「丁度いい、情報を集めよう」
――――――――――――――――――――
この集落、どうやら交易の拠点らしい。
馬車や人が絶えず行きかっているし、規模にしては大きな宿が建っている。
それに街角では行商人が露店を開いている。
そこそこの活気があるな。
「ああ、うん聞いた聞いた。
カテドラルが襲われたんだってな、ドラクネン家も大慌てだと」
「・・・そうか」
緑色のローブを着た、大型のリュックを背負った中年の男性はそう語った。
どうやらゼローム中を歩き回っているらしく、少し前まで首都にいたらしい。
露店の準備をしながら、商人は話す。
「それに、リルフェア様やラティリーズ様に不満を持つ貴族が、
これを機に、反旗を翻すって噂まで流れてるんだぜ?」
・・・思った以上に波及が大きいらしいな。
これは早めに合流した方がいいだろう。
八霧の事だ、リルフェアを無事に外に逃がしているだろうし。
ラティにもセニアがいる、そう簡単にはやられはしないだろう。
「思った以上に、私のしでかしたことは大きいみたいね」
哀しそうに顔を曇らせるティアマ。
「過ぎた事は仕方ないだろうさ、それに実行したのは災竜だ。
気に病む必要はないだろう?」
「・・・準備をさせたのは私自身よ」
「それも、大体はあいつのせいだろ」
今はとにかく情報を集めて行動しないと。
少なくとも、リルフェアの無事を確認しないことには。
「とにかく、お前はリルフェアの妹だ。
言いように使われていたとはいえ、それは変わらない事実だ。
それに、リルフェアを助けたいんだろう?」
「うん・・・」
その綺麗な顔と大人びた雰囲気からは想像できない程、
ティアマは元気なく頷いた。
「なら、姉ちゃんを助けないとな。
その為に情報を集めよう、な?」
ポン、と優しく肩を叩く。
ティアマは未だに元気がなさそうだが。
一度頷くと、俺の顔を見てきた。
「・・・そうね、ありがとうトーマ」
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ティアマ(災竜)に支配されたバルク国。
全く同じ顔と身体をした人物が。
全く同じ態度で玉座に鎮座していた。
皆、その様子を見て疑問に思う者もいなく。
ゼロームへの攻撃を今日明日と計画していた。
だが。
一人だけ、その様子に疑問を持つ女性がいた。
セイラだけは、その様子を不審に思っていた。
今日も凛々しくも神々しいティアマ様の尊顔を拝むが。
やはり、前に感じていた高鳴りが感じられない。
今・・・目の前でゼロームへの攻撃の会議を聞いているティアマ様は。
どこか抜け殻のような感じがするのだ。
「・・・」
じっと見ていると、ティアマの目線と自分の目線が交差する。
「どうしたの、セイラ?」
「い、いえ・・・なんでも」
目線を反らし、警備の任に集中することにした。
「おかしな子」
「・・・」
おかしいのはティアマ様では?
その言葉はさすがに声には出せなかった。
やはり何かおかしい。
今のティアマ様はまるで別人だ。
いや、している事、考える事は全く同じなのだが。
雰囲気と言うか、根本の何かが足りない。
そう・・・気品のようなものが無いのだ。
「私がおかしいのだろうか?」
ティアマ様に許可を取り、少しの休憩時間を貰った。
気分転換に、城の中庭に出てきたが。
心の靄は晴れそうになかった。
やはり、何かが違う。
「・・・いや、私はティアマ様の忠実な騎士。
何を迷っているんだ」
頭を何度か横に振り、自分の考えを吹き飛ばす。
ただ、盲目に。
私はティアマ様を支えればそれでよいのだ。
――――――――――――――――――――
その頃、ラティ達を乗せた馬車内。
トーマが消えた事に驚きと焦りが混ざったような空気になっていたが。
セラエーノが全員をなだめた事で、一応の落ち着きは見せていた。
「とりあえずアーセ村で一泊してから、カテドラルに戻る、いいわね?」
「はい・・・」
「わかりました」
リーダー格であるトーマがいなくなり、まとまりが薄くなる一行。
その空気を感じて、セラエーノは一つため息をついていた。
(まるで、宵闇さんが引退した後のヘルフレイムね。
まあ、あの時ほど事態は悪くならないと思うけどさ)
首に下げているネックレスを触るセラエーノ。
先端に付けてある赤い宝石が光る。
これは、宵闇から貰ったもの。
ギルドに入団する際に仲間の証として貰った紋章入りのネックレスだ。
(トーマさん、この子らは私が守るからさ・・・早く戻ってきなよ。
ヘルフレイムの二の舞は御免だからね)
ガタン、と馬車が揺れる。
「到着しましたよ、アーセ村です」
御者の声が響いた。
馬車の窓から外を覗くと、確かに目の前にはアーセ村が広がっていた。
「ん?」
だが、様子がおかしい。
さっきから村民が慌ただしく動いている。
まるで、村が何かに襲われてるかのような状態だ。
「何か、あったんでしょうか?」
「気になるわね」
セラエーノは馬車から飛び降りると、辺りを見渡す。
村自体には被害はなさそうだ。
となると、魔物でも近づいてきているのだろうか?
それとも、野盗が向かってきているとか。
「お、おお!ナナさんにリズさん!これは天の助けだ!」
「あ、ギルド長さん」
小太りの男が、セラエーノの隣に立っていた。
アーセ村の冒険者ギルドのギルド長は、額に汗を掻いていた。
「ギルド長?」
じっとギルド長の顔を見るセラエーノ。
「ああ、どうも・・・ではなく!実は村の外れに正体不明の何かが!」
焦ったように状況を説明するギルド長。
建物のようなものが急に現れて、対処に困っているとの事。
アセルとエミーナを先んじて行かせ、クロンもそれについて行ったとのこと。
その話を聞いたセラエーノが口を開く。
「偵察させるのはいいけど、村の守りはどうするのよ?」
「そ、それは・・・残ってくれたクロンの部下のゴブリンが」
「そのクイーンゴブリンのクロンが負けるようなら、この村はおしまいよ?
せめてクロンは手元に残した方が良かったわね」
「それはそうですが、何分戦力が足りないもので。
そこで、ナナさんとリズさんを発見したのです!
是非、ご助力を!」
「だってさ、セニ・・・いや、ナナ。
どうするの?」
「私は・・・」
どうしましょうか、と聞く相手は今はいない。
自分で判断して、手伝うかどうかを決めなければ。
だが、困っている人を見過ごす事は出来ない。
それはラティも同様だったようで、セニアがラティの顔を見ると頷いていた。
「手伝います、案内してください」
「おお!では」
ギルド長が案内するように歩きだした。
セニアとラティもそれに続き、
その後を追うようにセラエーノとカロも続いた。
「・・・何か一悶着ありそうだな、セラエーノ殿」
「思っても口にしちゃ駄目、本当になるから」
そう諭すセラエーノも、若干の不安を抱えつつギルド長の後に続いていった。
読んで下さり、ありがとうございました。




