126話
「リルフェアさん!」
「八霧君・・・!無事だったのね」
リルフェアさんが僕の名前を呼ぶと同時に、周りの護衛が剣を下ろした。
そしてほっとした様子で、僕を見ている。
「八霧殿、ここも危険です。どうか、リルフェア様を連れてお逃げください」
「ラティリーズ様は?」
「・・・コピードールで助かったわ、いの一番で狙われたのよ」
リルフェアさんが視線を部屋の隅に送ると。
そこには糸の切れたように床に転がるラティリーズの姿があった。
「我々も驚きました。まさか、影武者だったとは」
そうか、僕たち以外に知っている人は少ない。
本物はトーマさん達と一緒だし。
「ですがこれもリルフェア様の慧眼、流石ですな」
「偶然よ」
リルフェアさんは首を何度か横に振った。
「それより、生き残っている聖堂騎士の救助を急いで」
「リルフェア様?いや、しかし・・・御身を逃がすのが先決です」
「私は・・・そうね。八霧君の拠点に退避するわ。
生き残った騎士を全員、その拠点に集めてきなさい」
「・・・は、命令とあらば」
髭の生やした聖堂騎士が首を垂れると、走り出した。
「私達は拠点に行きましょう」
「すぐに逃げなくてもいいんですか?」
「外は敵だらけ、下手に転移して逃げようとしても対策済みでしょうからね」
そう言うと、リルフェアは部屋の隅に移動させていた石像に触れた。
僕もそれに倣うように石像に触れる。
触れた瞬間、目の前が拠点の風景に変わった。
「八霧君、とリルフェア様」
エリサがこっちを見て名前を呼んでくる。
「ここはまだ、無事みたいね」
拠点には侵入された気配は無い。
扉を挟んだ廊下側から音が聞こえるが。
この音は、シスとフィナが戦っている音だろう。
「戦況は?」
「あ、えっと・・・シスちゃんとフィナちゃんが抑えてくれてる。
神威ちゃんは装置を起動するしかないとか、呟いてたけど」
「装置?」
なんだろうか?
考えられるとすれば、拠点に関する何かだとは思うけど。
「八霧君、負傷した聖堂騎士達をここに集めたいのだけど、いい?」
「もちろんです」
カテドラルで現状無事なのはおそらくここだけだろう。
相手の規模、奇襲の正確さ。
一点だけではなく多重に攻め込んで来ていることを考えると、
カテドラル内は壊滅に近い状態、と考えていい。
それから数分。
拠点防衛用のクリスタルの点滅が激しくなってきている。
どうやら、この拠点を落とそうと外部からの攻撃が始まったらしい。
「ポーションを、早く!」
負傷した聖堂騎士も、今の人で100名弱。
拠点の中は血と消毒液の匂いとポーションの匂いが蔓延していた。
簡易ベッドの数も足りず、床で治療をする始末。
さながら、野戦病院だ。
「リルフェア様、これで・・・全員です」
「警護で500名駐在中、生き残りは100・・・ね」
「最精鋭と呼ばれた我々がこうも簡単に・・・く!」
悔しそうに一人の聖堂騎士が床を叩いた。
「一体、何が?」
「妹、ティアマの仕業でしょうね。
それしか考えられないし、襲ってきた連中はバルクの特殊部隊よ」
「妹?じゃあ、この奇襲は」
「バルクの仕業、と言ったところね」
魔法の炸裂する音、光がさらに激しくなり始める。
心配になりクリスタルを見るが、今の所はまだ大丈夫そうだ。
とは言え、このままではジリ貧。
いつまでもここで籠城できるわけもない。
「神威、そっちの状況は?」
「シス、フィナと他の子達が抑えてる。
・・・オリビアが帰ってこないから、十二分じゃないけど」
おつかいに出て、未だに帰ってこないオリビア。
居てくれれば、色々と楽だったのだが。
「防御は?」
「システムは問題ない、けど。
そろそろ、反撃しないとエネルギーが切れるかも」
このままだとまずいって事だろう。
実際、あまり感情を表に出さない神威の顔にも不安の様子が見える。
「やっぱり、『奥の手』を使う」
「奥の手?」
「ん、テネスが考えた、拠点構想の一つ。
それを、この拠点に反映してみたんだけど」
「構想って、一体・・・?」
「移動要塞、テネスは魔法技術を応用して拠点を動かそうと考えた。
でも失敗してた、拠点が重すぎるからって」
「重すぎる?」
EOSでは、拠点は固定式の物しか作れなかったはずだ。
移動できる拠点なんて、出来るはずが無い。
「だから、私に相談してきたの。
・・・拠点を、ゴーレムに出来ないかって」
「丸ごと、ゴーレムに?」
なるほど、それなら移動式の拠点になる。
いや、正確にはゴーレムの体内に拠点がある状態だ。
確かに・・・そんなことを考えたプレイヤーはいなかった。
「そして、これが・・・その成果」
クリスタルに神威が触れると。
青く輝くクリスタルの色が黄色に変わった。
同時に、地震のような地響きが拠点を包んだ。
「きゃあ!何!?」
敵の攻撃かと、焦っているリルフェア。
「起動完了、瞬間転移準備」
クリスタルに透明なコンソールのようなものが現れる。
「転移?」
「逃げるのを優先する、拠点・・・遅いから」
コンソールを高速でタイピングすると。
拠点中に魔力の流れが現れ始めた。
「高濃度の魔素、敵の攻撃か!?」
聖堂騎士の一人が焦ったような声を出す。
「飛ぶよ、皆・・・伏せて」
「皆!伏せて!!」
八霧の声が響くと同時に。
拠点は音もなく転移を開始した。
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「隊長!」
「なんだ?」
拠点の前で、陣取る一団。
人形のような女に阻まれ、奥にいるとされるリルフェアにたどり着けていない。
焦るように攻撃を仕掛け、後方に備えていた魔法部隊まで前線に出していた。
しかし、ある瞬間を期に一斉に人形たちが奥に引き下がった。
下がり切ると同時に、鉄門は固く閉じられたのだが。
「撤退したか・・・よし!打ち破るぞ」
大槌を持った騎士が、鉄門の前に立つが。
その瞬間、地響きがカテドラルに響いた。
「なんだ!?」
大槌を振りかぶっていた騎士はその振動でその場に倒れ。
拠点の魔法防御を崩そうと攻勢魔法をかけていた魔法使い達も倒れそうになる。
「地震でしょうか・・・!?」
「分からんが、とにかく攻撃を続け―――」
次の瞬間。
目の前にあった鉄門が上に向かってせり上がった。
辺りに舞う、土煙と、土。
「な、なんだ・・・こいつは!」
目の前でカテドラルの一部が剥がれるように移動している。
せり上がった建物の下には石造りの足が無数に生えていた。
唖然とする隊長を尻目に。
目の前の拠点は、光を放ち始める。
「この光、転移魔法です!」
「何・・・!?くそ、攻撃しろ!」
しかし、地響きのせいで足元がおぼつかない魔法使い達。
詠唱しようと構えるが、揺れのせいで照準がうまく行かず。
辛うじて唱えられた魔法は、地面に落ちるように詠唱されていた。
「逃すな、逃せば我々の命は―――」
拠点の放つ光が大きくなり、やがて。
掻き消えるように、その場から消滅した。
――――――――――――――――――――
転移を急ぐあまり転移先の固定が出来ていなかったらしい。
拠点が転移した先は、ゼローム皇国内だろうか?
「ここは、何処なんだろう?」
エネルギーを使い果たし、その場にしゃがみ込む様に拠点はその場に鎮座した。
・・・辺りは畑、奥には村も見える。
「おお、懐かしいな」
一人の聖堂騎士が、拠点の中からのっそりと出てきた。
「懐かしい?」
「ああ、ここは俺の故郷・・・アーセ村の外れだよ」
読んで下さり、ありがとうございました。