124話
「・・・私が監禁されてから数日後の話よ。
黒い靄のようなものが塔を包んだ」
その黒い靄は、ティアマの体内に取り込まれたらしい。
そして内に秘めていた小さい復讐心、
理不尽な状況に置かれた憤り。
その負の感情が一気に膨れ上がったという。
「それ以降、私は・・・復讐だけを考えて生きてきた。
それは疑いようのない事実だし、あなたに触れるまではそれが正しいと」
思っていた、か。
やはり、その黒い靄というのが災竜の仕業で間違いなさそうだな。
「竜騎士は竜を守る存在。
恐らく、私に付いた異物・・・災竜を引き剥がしてくれたのでしょうね」
「今は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫よ。だけど、バルクは既にお姉ちゃんを襲える状況にある」
「強行して、襲う可能性は?」
「かなり高いと思うわ・・・災竜の目的は正統後継者の血だから」
正統後継者の血。
それがあれば、ヘルザードの地下に眠るという災竜を起こせると。
しかし、ティアマに干渉出来るほど力が目覚めてるって事は・・・。
「もう目覚めている気がするんだが」
「完全じゃないわ、今この世界に干渉出来るくらいには力は蓄えてるけど。
本体自体は、未だに封印されている」
完全に目覚めれば、この国・・・いや、大陸は全て崩壊する。
俺が聞いた災竜の力は、それほどのものだという。
「急がないと・・・お姉ちゃんが・・・いや、この世界が」
「カテドラルに向かった方がいいな。
俺の仲間がリルフェアの警備をしてるが、いつまで持つか分からん」
だが、ここはバルクの平原だ。
戻るにも時間が掛かるだろう。
「今や、バルクは災竜の手先になったわ。
私が戻っても、耳を貸さないでしょうね」
「・・・同じ人物が二人いるなら、後から出てきた奴が怪しいのは当たり前、だな」
このままティアマを戻しても、本人だと証明する方法がない。
むしろ自殺行為だ、あの分身に能力のほとんどを吸い取られたと言ってたしな。
今目の前にいるティアマは、能力をほとんど持たない、
か弱い女性という事だ。
「どうする?」
「あと一回、転移魔法は使えそうだわ。
それで、カテドラルに転移してみる」
「・・・付いてくるのか?」
「お姉ちゃんに事情を話さないと。
それに、謝りたい」
・・・なら、付いてくるなとも言えない。
今のティアマは信頼できる顔をしている。
「肩に触って、飛ぶわよ」
そう言われ、ティアマの肩に触る。
「・・・く、能力が削がれたせいで、精度が悪い・・・!」
目を瞑り、集中しているティアマの顔が歪む。
「大雑把でも大丈夫だ、近くに飛べれば―――」
その瞬間、周りの景色が一変した。
――――――――――――――――――――
その頃、カテドラル。
ゼフィラスの善戦を聞いた聖堂騎士達は沸き立っていた。
「流石は、聖騎士様だ」
「10倍以上の敵と戦い、相手方に深手を負わせたと聞く」
「ああ、やっぱりすごい人だよ!」
廊下を歩きながらそう話す聖堂騎士達。
その一団とすれ違った八霧と神威は、複雑な顔をしていた。
「八霧?」
「うん・・・雰囲気はいいけど。
カテドラルの防衛自体は弱まってる。
それ以上に、諸外国からすれば・・・カテドラルは丸裸に近いね」
僕らの事はそこまで広がっていないだろう。
つまり、最大の脅威であるゼフィラスさんが空白の状態。
奇襲するなら、今のチャンスは逃さないはずだ。
「神威、前に構想していた・・・アレはどうなった?」
「試作段階だけど、動く」
良かった、それなら大丈夫だ。
最悪、リルフェアさんを僕達の拠点に移した方がいいだろう。
何故かは分からないけど、胸を締め付ける様な不安感に襲われている。
この後、何か起きるんじゃないかと、そう言う不安が。
「神威、もしもの時は僕が時間を稼ぐ。
その間にリルフェアさんや、聖堂騎士の人は頼むよ」
「・・・八霧?」
「何か起きる、そんな気がするんだ。
だから、お願いだよ」
「・・・」
ジッと、八霧の顔を覗く神威。
その決意に満ちた目を見た神威は小さく頷いた。
「ん、わかった・・・でも、みんな無事が一番大事。
誰も犠牲になることなく」
「分かってるよ」
だが、今の責任者は僕だ。
何かあれば、身を挺するのは僕なんだ。
そして、その八霧の予感は当たってしまった。
―――――――――――――――――――
トーマが飛ばされて数時間。
セニアとラティは不安そうに馬車に揺られていた。
「まあまあトーマさんの事だし、大丈夫だって。
とにかく、今はカテドラルに向かおう、いい?」
セラエーノがそう言うと。
セニアとラティも渋々頷き。
隣にいたカロも頷いた。
「転移したようにも見えたが、一体」
「だけど、敵性の魔法じゃなかったね」
「?」
全員の目がセラエーノに向く。
「まるで、誰かに呼ばれたみたいに消えたように見えたんだけど。
もし、敵がトーマさんを狙って飛ばしたんだったら私達も、
襲われているのが普通だと思うし」
セラエーノはそう言うと、ラティを見た。
「なにより、トーマさんよりもラティリーズさんを襲うはずだしね」
「あ」
なるほど、とセニアは頷いた。
「確かに、そうですね。
トーマ様を遠くに飛ばして、ラティさんを襲う。
・・・理に適った戦略ですけど」
「襲う気配もない」
セラエーノはそう言うと、短剣を取り出した。
そして、それを磨きだした。
「ジタバタしても仕方ないわ。
カテドラルに着くまでは、大人しくしてましょう」
しばらく、馬車の中にはセラエーノが短剣を磨く音だけが響いていた。
――――――――――――――――――――
「各員、傾聴せよ」
バルク国、とある場所。
完全武装の兵士と騎士が、数百名と並ぶ大広間。
その中で、漆黒の鎧を来た男が兵士と騎士に号令をかけている。
「これより、亡国計画を発動する。
既に賽は投げられている、ティアマ様からのゴーサインも出た」
おお、と歓声を上げる兵達。
「行くぞ野郎ども、カテドラルを火の海にする!」
漆黒の鎧を来た男が、部屋の隅にいた魔法使い達を指差す。
「転移魔法陣を展開しろ!」
魔法使い達は頷くと、兵達を取り囲むように円陣を組む。
そして、何かを詠唱しだした。
「目標は!」
「カテドラルの破壊と、リルフェア、ラティリーズの抹殺」
「我々は!」
「バルク国特務部隊『漆黒の爪』」
「死を恐れずに戦え!この道は一方通行だ!」
転移のゲートが開き、一人、一人と光の中に消えていく。
「我々特務部隊が世界を殺す・・・!」
兵が全員移動した事を確認した隊長は。
最後に、転移ゲートに足を踏み入れた。
読んで下さり、ありがとうございました。