120話
国境戦線中央、そこに陣取る第三騎士団主力『第一部隊』。
聖堂騎士を中心にゼフィラスと共に合流した勇士を配備した部隊。
そして現在、渡河を終えたミノタウロスとリザードマンを迎え撃っていた。
戦線は第三騎士団側が有利に進めていた。
ミノタウロスはゼフィラスが指揮する少数精鋭の部隊で相手取り。
金魚の糞のようにミノタウロスの後ろに隠れていたリザードマンは、
エマの率いる弓隊により半数が撃破されていた。
「・・・おかしい」
手ごたえの無さを感じたのはゼフィラス、エマ両者共にだった。
グスタフ配下のリザードマンにしては、あっけなさすぎる。
ゼフィラスは持っていた聖剣を地面に突き刺して辺りを見渡す。
未だに生き残っているミノタウロスと鍔迫り合いをする聖堂騎士。
ミノタウロスの直近で援護するリザードマン相手に奮戦する勇士達。
ここは戦場だ。
だが・・・何かおかしい。
なにか抜けた空気がする。
そう、手を抜いているような空気が。
「何を考えている、グスタフ・・・?」
ゼフィラスの後ろから大量の矢が放たれる。
その雨のような矢を浴びて、倒れていくリザードマン。
ミノタウロスは矢を浴びながらも、こちらを睨みつけて荒く息を吐く。
ゼフィラスは数度首を振る。
「・・・今は戦場、考えるのは後だ」
自分に向かって突進して来るミノタウロスを一蹴し、
ゼフィラスは残るリザードマンへと走っていった。
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「戦況は」
グスタフは川沿いギリギリに陣を張り、近くのリザードマンにそう尋ねた。
「は、左右の部隊は劣勢。
我々正面の部隊も多少劣勢かと」
「ふふ、そうでなければ楽しくない。
だが・・・余興はここまでだな」
グスタフは椅子から腰を上げると、辺りの伝令に命令を飛ばす。
「全ての戦力を前面に出せ、叩き潰すぞ!」
おおー!と声を上げる兵士達。
「さあ、ゼフィラス・・・決闘と行こうか」
傍らに置いた剣を拾い、グスタフは陣を後にした。
その後ろについていくリザードマン。
精鋭の証である盾に彫られた竜の紋章が日光で光る。
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ドノヴァは少しの休憩を入れた後、自分に従ってきた騎士達を見た。
皆、士気は高いが鎧も武器も傷だらけ。
身体にも小さい傷が無数に刻まれていた。
「たいちょおーー!!」
「?」
伝令がドノヴァの近くまで走ってくる。
息を切らせて、ぜえぜえ言いながらある報告をする。
「て、敵が!大軍が向かってきています!」
「規模は?」
「ゴブリン、オーガ、リザードマンの混合部隊です!
・・・数は、およそ数千!」
「本隊、は中央のはず・・・ふふ、分隊でその規模とはな」
兜で素顔は見えないが。
ドノヴァは嬉しそうにそう呟いた。
「狩りがいがある、なぁそうだろう?」
「へ、へへ、その通りだぜ隊長」
「まだまだ、行けますぜ」
こちらの戦力は全て合わせても百に届かない。
絶望的な戦いになる、が。
「俺等は元々、一攫千金を狙ってここに来たんだ。
敵は多けりゃ多い程、旨味が増すってもんだ」
「おうよ!故郷に錦を飾ってやらぁ!」
「え、え?」
怯えた伝令は、その様子を見ておかしがっていた。
それはそうだろう、こんな絶望的な話を聞かされて、むしろ士気が上がったのだ。
「皆、それぞれ背負いながら・・・戦っているのだ」
「隊長・・・?」
「ある者は借金を返すため、ある者は故郷の家族を助けるため。
戦いに怯えて逃げ出すような奴は、この部隊にはいない」
森の奥から怒号が響く。
どうやら、その数千の部隊の先遣隊が到着したらしい。
「逝くぞ、お前達」
「応!」
傷つき、返り血と自分の血で赤く汚れた傭兵騎士達は。
無謀な隊長に続き、死地へと向かった。
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「やはり、増援ですか」
ジーラス側にも、大量の増援が到来していた。
ハーピー部隊だけで済むはずが無いと思ったが。
どうやら、先の部隊は様子見のための部隊だったらしい。
「ど、どうしましょうか?」
隣にいた、副官がそう聞き返す。
「・・・ドノヴァは、決死隊をするでしょうね。
ならば、彼の援護をしなくては」
「え?」
「我々も敵陣深くに食い込みます。
一点を食い破り、敵中央部隊を孤立させるんです」
「い、いえ、でもそれは!」
ドノヴァの部隊と同じく、こちらも決死隊になる。
勢いを削がれれば、一気に退路を塞がれて死ぬだけ。
「敵将を囲み、包囲殲滅。戦の常道ですよ」
「こちらの数が、す、少なすぎますよ!」
「だから、なんなんですか?」
「え?」
「このままではジリ貧、押しつぶされるのは目に見えています。
なら、こちらから仕掛けて相手を孤立させる」
「孤立・・・?」
副官は、ジーラスの顔を見た。
「前線部隊が壊滅すれば、後方は一時的に部隊を後退させるはず。
それに、敵の大将格の身柄を確保できれば」
「・・・なるほど!グスタフ将軍は最前線、ゼフィラス様と戦っている。
身柄を確保できれば・・・」
「ええ、こちらに有利に傾きます」
納得した副官は、頷いた。
「では、もう少し気張りましょうか。
意地も通せない程、我々は弱くは無いことを見せつけましょう」
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次々と破られるミノタウロスの部隊とリザードマンの部隊を眺めるグスタフ。
「ふ、流石はゼフィラスだ。通常の冒険者や騎士では力負けするだろうに」
自分に近づいてくる聖堂騎士を見るグスタフ。
手には大剣、既に振りかぶっている。
「大将、グスタフ将軍とお見受けする・・・覚悟!!」
振りかぶった大剣を叩き下ろすが。
グスタフは片手に持った短剣でそれを受け止めた。
「な・・・!?」
「遅い」
もう片方の手に握る剣で、聖堂騎士の上半身と下半身を切り離した。
「ぐぁ・・・」
呻き、上半身が地面に落ちる。
下半身は数歩歩くと、上半身に躓いてその場に倒れた。
「やはり、ゼフィラスしか俺の相手にならん」
目の前で、ミノタウロスを一刀両断にする存在。
銀色に光る鎧、手に持つ剣にはルーン文字が彫られている。
「ゼフィラス・・・この時を待っていたぞ!」
両手に持つ武器を捨て、背中に背負う大剣を引き抜く。
大剣を持つ手に力が籠る。
久しい強敵との戦い、存分に楽しませてもらう・・・!
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「!」
ゼフィラスは殺気に気づき、咄嗟にその場から離れた。
すると、自分のいた場所に大剣が突き刺さっていた。
歪な形状をしたその剣は、竜の彫刻が彫られた大きな剣だ。
・・・間違いない、この剣の持ち主は。
「グスタフ・・・!」
剣が飛んできた方向へと向き直るゼフィラス。
その視線の先には、グスタフが剣を投げたままの体勢でいた。
「ふふふ、ゼフィラス!!」
グスタフが手を引くと。
大剣に鎖が付いていたのか、引き寄せられるように大剣が手元へと戻った。
「大将が最前線にいるとは。
心意気は立派だが、指揮官としては三流だな」
「それはお前にも言えるだろう、ゼフィラス」
「ふ」
そうだな、と呟くゼフィラス。
「だが、私は最高指揮官ではない。
だから、一人の将としてあなたを倒そう」
「倒す・・・出来るのなら、な!」
グスタフが一歩、強く踏み出す。
同時に、地面が少し捲りあがる。
「!」
ゼフィラスが持っていた聖剣『トワイライト』で防御するが。
グスタフの振りかぶった大剣を受け止めた瞬間、聖剣にひびが入る。
「何・・・!?」
亀裂が広がり、トワイライトが砕け始める。
身の危険を感じ、剣を手放し間合いを取るゼフィラス。
「所詮まがい物の聖剣、俺の真の能力を発揮させた『竜の牙』の敵ではない」
「・・・なるほど、まがい物、か」
トワイライトはレプリカ。
そういう意味ではまがい物だろう。
「話にならないな、ゼフィラス。
軍を退け、貴様の負けだ」
「負け?ふふ、それはどうかな?」
リルフェア様より預かった大剣。
背中に背負っていたその大剣の持ち手に手を掛けた。
読んで下さり、ありがとうございました。