117話
それから数日。
前のゴブリンを中心とした軍勢が襲ってきたのが嘘のように。
国境沿い、川を挟んでの戦いは静まり返っていた。
予想では波状攻撃を掛けてくるものだとばかり思っていたので。
騎士の間でも拍子抜け、という空気が漂っていた。
「敵の動きは?」
エマは、木で組まれた高台の上の偵察兵に声を掛ける。
「今の所はありません」
薄く靄の掛かる川の朝。
その中で偵察兵は目を凝らして敵の様子を見ていた。
「おかしいわね・・・あれほど活発だったのに」
あの様子を見るに、二の手、三の手は速攻で仕掛けてくると思った。
だが、その予想に反して敵の動きは全くない。
まるで、引き揚げたかのような静けさだ。
その静けさに、エマは不安を覚えた。
この戦い、相手に何かを握られているんじゃないか、と。
「伝令!ゼフィラス様が到着されました!」
「!」
一瞬で、ぱぁっと顔が明るくなるエマ。
「本当!?」
「はい、今し方数名の聖堂騎士、100名ほどの兵を連れて到着されました」
「100名・・・ですか?」
伝令の話に、ロッテは首を傾げた。
「何でも、ゼフィラス様が出陣したと聞きつけた勇士達が合流したとか」
勇士・・・か。
「人気者ね、ゼフィラス」
「そうですよね!」
ロッテの顔も明るい。
ゼフィラスが来たと聞いて、安堵したのだろう。
しばらくすると、聖堂騎士に囲まれた男が歩いてくる。
その顔には、見覚えがあった。
「ゼフィラス!」
走り寄るエマ。
目の前まで走ると、息を整えて話し出す。
「ようやく来たのね」
「すまない、遅くなった」
「いいわ来てくれたから」
そう言って、エマはゼフィラスと握手をした。
「あなたに、ここの全権限を渡すわ」
「それは断る、私は戦士だ。
指揮官に向く性格ではない」
「そうはいかないわよ、ねえ」
ロッテに同意を求めるが。
当人は悩んでいる素振りを見せていた。
「エマ様、ゼフィラス様の言う通り、指揮権はエマ様が握るべきかと。
ゼフィラス様は最も重要な前線に立たせて活躍して貰った方が」
「ロッテ、あなたまで・・・」
「適材適所、という事だエマ。
さあ指揮官殿、私の戦場は何処になるんだ?」
「・・・むー、分かったわよ。
でも、ここ最近はあっちから仕掛けてくることはないの。
だから、どうするべきか考え中」
仕掛けて来ない、と聞きゼフィラスは首を傾げた。
自分が来るという情報は、既に相手にも流れていると思っていいだろう。
なのに、合流を簡単に許した。
・・・何かある、そう考えるゼフィラスだった。
――――――――――――――――――――
その頃、敵陣営。
森の中で木を切り平野を作り上げた場所でグスタフ将軍が一人、地図を見ていた。
「・・・そうか、ゼフィラスが合流したか」
「はい」
竜頭の男は、全身に無数の傷跡が残っていた。
彼はこの数か月で地獄のような特訓を行っていた。
そして、今・・・その特訓の成果を見せれると嬉しそうに笑っている。
その様子を見たエルフの部下、ライラールもにこりと笑った。
「楽しそうですね、グスタフ様」
「ああ、楽しみで仕方がない!この剣を折った人間がいないことは残念だが」
鞘に入った大剣を見るグスタフ。
それは、トーマに拳で折られた剣を直したものだ。
「残念ではあるが、ゼフィラスが相手ならば不足なし・・・!」
その言葉に、周りにいた部下のリザードマンの士気も上がる。
奇声を上げて、士気の高揚を示すリザードマン達。
「お気を付け下さい、グスタフ様。
敵もさるもの、です」
「ふ・・・俺が負けるとでもいうのか、ライラール」
「い、いえ」
グスタフは、ライラールに近づくと、そのお腹を撫でた。
「子供の為にも死ねるか」
「・・・グスタフ様」
「背負うものが出来たのだ、負けるはずが無い」
そう言うグスタフの目は、とても優しい目をしていた。
「皆、よく聞け!ゼフィラスを前線に出すという大目的は達成された!
既に別動隊がバルクと一緒にカテドラルを襲う手はずになっている!
我々の目的は達成された・・・が!」
グッと、拳を握るグスタフ。
「我々は敢えて攻め入り、ゼロームの端を食い破る!
今度こそ、ゼロームを再起不能にするのだ!!」
「おお!」
リザードマンや、現場の隊長をしているオーガが立ち上がり答える。
その様子を、グスタフは満足げに見ていた。
――――――――――――――――――――
ゼフィラスは要塞内のテントで自身の武器を磨いていた。
ふと、ある木箱の事を思い出す。
「出てくるときに預かったが・・・中身は何だ」
そこそこ大きい木箱には、厳重に封がされていた。
カテドラルを出る直前に門番に渡されたのだが。
・・・危機に陥った時に開けとも言われた。
送り主はリルフェア様だが、果たして何が入っているのか。
木箱に手を当てると磨いていた大剣、聖剣『トワイライト』が振動しだす。
「!?」
カランカランと、床に落ちるトワイライト。
床に落ちてからも振動し、音を立てている。
「な、なんだ?」
一体、この中に何が入っているんだ。
多少震える手で、木箱をさする。
すると木箱が震えだし、ガンガンと内側から木箱を叩き出した。
叩く力が次第に強くなり、やがて木箱の端を破壊した。
穴の開いた木箱から見える、何か。
それは、大剣・・・。
「何故、トワイライトが・・・いや、これはまさか!」
トワイライトのオリジナルの剣が存在する。
それはゼフィラス自身も知っていたし、一度握った事もある。
だが、余りの力の奔流に剣を振るどころか、まともに持つ事さえできなかった。
「・・・何故ですか、リルフェア様。
何故、私が扱えない真の聖剣を渡したのですか」
目の前の壊れた木箱の中に入っている聖剣。
これは、カテドラルの新しい方の宝物庫に入っている10本の聖剣の一つ。
2000年以上前から存在すると言われる、国宝の大剣だ。
だが、私はこの剣を使えない。
試しに穴から手を入れ、聖剣に触れてみる。
「!?」
バチっと、手が弾かれた。
やはり、そうだ。
今の私では扱え・・・?
机の上に置いてあった黒い小手が目に入る。
神威さんに貰った、パワーアームとやら。
もしかしたら扱えるかもしれない。
あの小手を使えば。
黒い小手を装着し、具合を確かめる。
そして、聖剣に手を触れてみた。
パチパチと、電流のようなものが手のひらを通して流れるが。
先ほどのような強い痛みも無く、聖剣の持ち手を持つことが出来た。
「これは・・・」
持ち手を握った瞬間、木箱が爆ぜた。
同時に中に入っていた聖剣が白く輝く。
「これが、聖剣『宵闇』」
――――――――――――――――――――
「ゼフィラス、驚いてる頃かしら」
「ん」
リルフェアの私室で、机の対面で紅茶を飲んでいる神威は頷いた。
「あの小手があれば、聖剣が使えるのよね?」
「ん、自信作」
そう言って、神威は少し紅茶を飲む。
(Lv制限武器・・・武器のLvが高すぎて今のゼフィラスじゃ扱えない。
なら、小手でそれを誤魔化せばいい)
あの小手には色々と仕込んである。
試作品だけど、実用に十分耐えうる位の仕上がりにはなっている、はず。
「でも、驚いたわ。そんな発明も出来るのね」
「発想の転換は大事、出来る事を、思い込みで邪魔しちゃ駄目」
神威のその言葉に、リルフェアは頷いた。
そして、椅子から立ち上がると夜の闇に包まれているカテドラルを窓から見る。
「あの聖剣さえ扱えれば、ゼフィラスは負けないはず」
「・・・過信は、駄目」
「ええ、ゼフィラスは過信するような子じゃないわ、大丈夫」
リルフェアはそう言うと、椅子に座り直した。
「さあ、ゼフィラスの無事でも祈りましょうか」
「ん」
二人で目を閉じて、祈りのポーズをとる。
(ゼフィラス、無理は駄目よ)
読んで下さり、ありがとうございました。




