100話
泊まることになった屋敷の一室。
その用意された部屋は、一般人が泊まるとすれば豪勢すぎるもの。
「高級ホテルだな、まるで」
ベッドに座り、部屋を見渡す。
泊まるのには不必要なほどの飾り物と、絵画。
客室だという事は分かるが、豪華すぎて逆に眠りづらい。
「では、ソウマ様。件の依頼は了承という形でいいでしょうか?」
「まあ・・・任せておけ」
泊めてもらう代わりの依頼。
それは、この屋敷の警備だった。
何でも、この長い雨季に入ると活発になる雨の盗賊団と呼ばれる一団おり。
毎年決まって被害が出るという。
かなり前から、この屋敷も被害に遭っているという事。
そこで考え出したのが、宿にあぶれた冒険者を泊める代わりに警備員として雇う。
恒久的に門番を雇うよりも安く、かつ、腕の立つ人材を防御に仕える。
なるほど、よく考えてるな。
「で、その盗賊団の特徴は?」
「金持ちの住宅ばかりを狙う、自称義賊です。
ただ、盗む際に人を殺すこともあるので、義賊とは言えないと思いますけど」
人を殺したら、既に義賊とは呼べないと思うが。
「今までの被害は?」
「この形式で雇い入れてからは、半分以上減りました。
総額で言えば・・・かなりの額ですね」
「そんなに被害が?警察とか自警団には届け出てないのか?」
「届け出ても盗賊団はその上を行くんですよ。
噂によれば、盗み出した一部のお金を賄賂にしているという話もあります」
上まで結託している可能性があると。
それは面倒な話になる、根本を解決するのは時間が掛かりそうだ。
「で、今回は来るのか?」
「例年通りなら」
来る、と。
メイドの顔が曇っているところを見ると、今年も来そうな気配だ。
――――――――――――――――――――
雨が降り続ける中、ある一団が街へと入ってきた。
「凄い土砂降りですね」
「話には聞いてたが、コンドアの雨ってのはこんなに降るのか」
「ええ、一度子供の頃にシーズンに出会ったけど、酷いものよ」
オリビアとアセル、エミーナの3人だった。
「アセル様は、この街に着た事が無いのですか?」
「何度かあるけど、雨の降る時期に来たのは初めてだよ。
しかし、ほんとによく振ってるな」
アセルの言う通り、バケツをひっくり返したような大雨が降り続いている。
だが下水道設備が行き届いているからか、道などが冠水している様子はない。
「ええと、届け先は」
傘を差しながら、アセルは懐の手紙を取り出す。
「あそこと、あそこか・・・あと、街の外れが一軒か」
「ありがとうございました、オリビアさん」
「いえ」
「しかし、驚きました。まさか私達をリヤカーに乗せて走るなんて」
コンドアの街の入り口に放置されたリヤカーを見るエミーナ。
そう、オリビアは二人を乗せたリヤカーを引っ張ってコンドアの街まで走った。
(予想以上に加速と速度が落ちましたね。やはり、推力自体はそこまで高くない)
まだまだ、足に付けているユニットには改善の余地があるという事だ。
馬力が出ないのでは、戦闘に使用するのは避けた方がいいだろう。
とは言え、戦闘用にスイッチすれば使えないことはない、はず。
「凄い早さだったよな、エミーナ」
「え、ええ・・・少し酔ったし、怖かったけどね」
オリビアは足に付けた装甲もとい、機動ユニットをオフにした。
「では、私はこれで」
「ああ、ありがとうなオリビアさん」
「また、どこかで会いましょうね」
「ええ」
そこで3人は別れた。
――――――――――――――――――――
雨が降り続き、朝か昼なのか、それとも夜なのか分からない。
時計を見て、ようやく昼なのだと気づいたセラエーノ。
「はぁー、降るなぁ」
やる気のない声を上げて、窓から雨を見るセラエーノ。
その声を聞いて、カロは苦笑していた。
「セラエーノ殿、暇なのか」
「そうよ暇。雨が降ると鍛冶仕事もうまく行かないし、休みにするからね。
それに、折角トーマさんの場所が分かったっていうのに向かえないんだから」
「なるほど。ところでセラエーノ殿、差し支えなければ聞きたいのだが」
「?」
「セラエーノ殿とトーマ殿はどんな関係なのだ?
仲間、という事は聞いたが」
どんな関係と聞かれ、腕を組むセラエーノ。
「うーん、私達は同じギルドの仲間なんだけどね。
そのギルドも最終的にはうまく行かなくなってさ」
「うむ」
「で、ギルド内で派閥?みたいなのが生まれちゃったのよ。
その一つの派閥が、トーマさんを中心とした私達ってわけ。
だから、色々世話にもなったし」
なるほど、と頷くカロ。
「まあ、そんなこんなでこの世界に来て混乱もまだ残ってるし。
頼れる人の場所に行きたいって気持ちはわかるでしょ?」
「ふむ・・・確かに」
「でも、こんな雨じゃ外も気軽に出歩けないし。
やることも無いから、ため息をついてたのよ」
そう言うと、セラエーノはまた一つため息をついた。
「幸せが逃げるぞ、セラエーノ殿」
「余計なお世話よ」
――――――――――――――――――――
その日は何もなく、朝を迎えた。
朝食と昼食を貰い、その礼という訳ではないが、辺りの警備をする。
広い庭を一度ぐるりと回るが、やはり気配は無い。
「凄い雨ですね」
「冠水しないのが不思議なくらいだな」
下水道設備が行き届いていると聞いたが、納得の状態だ。
流れる雨水は全て、道のわきに掘られた下水溝に流れて行っている。
傘を差しながらの見回りだが、傘に当たる雨の量は昨日に比べれば少ない。
勢いは弱まったが、それでも降り続いている。
日本の梅雨に近いが、雨量だけで言えばかなりのものだな。
「きゃ!?」
「おっと!」
足元の泥で滑ったラティの身体を掴む。
「あ、ありがとうございます」
「所々ぬかるんでるな・・・セニアも気を付けろよ」
「はい、でも・・・この状態で盗みに来るんですか?
足元も見づらい夜に、わざわざ」
セニアの言う通りだ。
足元がぬかるみ、更に夜。
そんな中で雨の盗賊団は盗みを働きに来るのか。
「むしろ、そんな状態だからこそ盗みに来るんだろう。
雨の盗賊団なんて、名前を付けるくらいだからな」
恐らく、雨に対する対策をしている一団なのだろう。
こちらも、何か罠のようなものを張っておく必要があるかもな。
夜になると雨足も小さくなった。
屋敷の主人はまだ体調が優れないようでメイドが頭を下げていた。
「申し訳ありません、実は」
「持病の心臓病?」
「はい、もう80を超える高齢ですので。
長くないことはお医者様からも聞いているのですが」
大変だな、それは。
「『黄金』の名を継いだ旦那様は、お子も無く・・・」
「黄金?なんだそれは」
「かつてこの街に居を構えた、国の英雄の末裔が継ぐ異名です」
英雄の末裔、か。
なるほど、町一番に大きい屋敷に住んでいるのはそれで理解できたが。
「どんな英雄なんだ?」
「初代リウ・ジィ様が亡くなられる少し前に現れた、偉大なる魔法使い。
名前は既に失われていますが、その異名である黄金は、今だに継がれています」
黄金、偉大なる魔法使い。
まさかと思ったが。
(流石に『黄金色のG』さんではないよな)
その可能性はない、はずだ。
引退した時も俺は見送った。
転移しているはずが無いのだ。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
首を振って俺はそう答えた。
「もし、興味がありましたら、書斎など見てみますか?」
「いいのか?」
「ええ・・・時の流れと言うのは残酷なもので。
過去に英雄と呼ばれた者も、忘れ去られていきます。
私は、そんな中で黄金と呼ばれた魔法使いを忘れないで欲しいのです」
「・・・」
「だから、興味があるのでしたら、あなたにも知って欲しい。
昔いた、偉大な魔法使いの事を」
そう語るメイドの目は、真剣そのものだった。
読んで下さり、ありがとうございました。