10話
「7号・・・」
目の前で血を流すように青い液体を流す少女。
その青い液体は、俺の白銀の鎧を青で濡らす。
そして、弱々しい声で、呟くように声を上げる。
「・・・認識・・・トーマ様と確認」
無表情だった顔が少しだけ微笑んだ・・・気がした。
「・・・大丈夫だ、神威に直してもらおう?な?」
「神威様・・・」
そのまま、目を閉じて。
まるで死んだかのように、力が抜けていく。
「・・・怖い?感情・・・これ・・・怖い・・・?」
ドールに感情は無いはず・・・だ。
NPCである彼女らは、ルーチンでしか動けないはず。
・・・だが、目の前の7号は。
確かに、自分が死ぬことを怖がっているように見えた。
「・・・大丈夫だ、大丈夫。急いで、神威の所に行こうな?」
「マス・・・ター・・・」
くたりと、左肩を押さえていた右手が地面に落ちる
「7号・・・?」
腕の中で死んだように眠る神威によく似たドール。
何故だ・・・。
・・・何故、こんなに悲しくなる。
彼女は、意志を持たない、ドールのはずなのに。
だが・・・寂しそうなその死に顔は、まるで人間のようだった。
心が痛くなるほどに。
「・・・」
一緒に帰ろう。
7号を、道具袋から出した予備のマントで包む。
そのまま7号をお姫様抱っこのように持ち上げる。
「待て!」
遠くに見える男が、大剣を構えた。
顔だけ、男に向ける。
「・・・誰だ?」
「そいつは、俺の部下を殺した!貴様は仲間か!」
目の前の緑色の肌をした男がそう叫ぶ。
頭は竜、竜人という種族か・・・?
まあ、それはどうでもいい。
彼が、7号をこんな目に遭わせたのだろう。
全身に力が入る。
「こいつを含め、ドール全員は攻撃されない限り・・・
自分からは攻撃をしないよう、神威に設定して貰っていた。
・・・お前らが先に仕掛けたんだよな?」
先に仕掛けたと聞き、一瞬たじろぐ男。
・・・先に仕掛けたのは間違いなさそうだ。
「それは・・・だが!」
男は言葉に詰まったが、こちらに対する敵意は収まっていない。
一戦、交えるつもりだろう。
「・・・仇を討ちたいのはお互い様だ」
7号を傷つけたこいつは憎いし、叩き伏せたい気持ちもある。
だが今は・・・7号を連れて、神威の所に戻らなければ。
「もう追ってくるな、お互いの為にも」
「・・・ヘルザード帝国の将として、ここで貴様らを見過ごすわけにはいかん!」
大剣が動く。
――――――――――――――――――――
男は剣を構えたまま、こちらににじり寄ってくる。
俺は7号を抱きかかえたまま、彼の動向を見ていた。
そして、遂に動いた。
突きの構えで剣を手元に近寄せると、俺を突こうと体を前面に押し出す。
その突いてくる大剣を、左手の小手で殴るように弾く。
キィンと響く金属音。
弾かれた大剣が、男の体勢を崩す。
「な・・・!この!」
体勢を直すと同時に右斜めからの袈裟斬り。
それも、同じく小手で弾く。
男は何度も、何度も大剣を俺に振る。
その度に、小手で弾いていた。
片手で7号を抱いたまま。
「・・・はぁ、はぁ!」
一歩退くと、大剣を構えなおす男。
息は荒く、彼の握る大剣も、小手のせいで刃こぼれを起こしていた。
「化け物がぁ!」
男が剣を上段に構えた。
「・・・これなら・・・どうだ!」
足に力を籠めると、男は跳躍した。
それを目で追う。
「『竜の闘気』『竜の牙』!」
オーラを纏った男が、上空から大剣を振り下ろす。
重力を利用した一撃か。
左腕を動かし、降ってくる剣に対し・・・拳を突き上げた。
「!」
ぶつかる大剣と拳。
腕に響く衝撃。
男は大剣を握ったまま、上空で静止していた。
ピキッと響く金属音。
男の大剣に亀裂が入っていく。
「・・・!?」
砕け、宙に散らばる大剣の破片。
そして、折れた剣の先が、地面に深く突き刺さった。
地面に着すると同時に、男は膝を崩し、その場に四つん這いのように倒れた。
・・・大剣を破壊されたショックか、その顔は呆然としていた。
「・・・これで、満足か?」
「そんな・・・グスタフ様の剣が・・・!」
後ろで事を見守っていたエルフの女性がグスタフに近づく。
・・・7号を神威の元に戻そう。
踵を返し、森の中へ消えて行った。
――――――――――――――――――――
「・・・グスタフ様、大丈夫ですか?」
「竜の大剣が・・・折れるとはな」
ヘルザード帝国の名剣の中の一つ『竜の大剣』。
彼には一切、通用しなかったどころか・・・折れた。
折れた剣を見る。
そして気づいた。
「・・・ああ、勝てないわけだ」
「グスタフ様?」
武器に入っていた刃こぼれ。
その刃こぼれは、一点に集中していた。
あの男・・・刃の同じ場所ばかりを狙うように受け止めていた。
一点に集中した刃こぼれは、最後の拳との衝突で折れるほど、
刃こぼれが酷い状況になっていた。
「は、はは・・・あんな奴が・・・守っているとは・・・!」
手で目を覆い、笑う。
完敗だ・・・奴がその気なら、俺はとっくに殺されていた。
「あの、グスタフ様・・・」
「・・・部隊を引き下げろ、もう、追撃は無理だ」
これ以上の追撃は、被害を増やすだけだ。
あんな奴・・・軍を総出で攻撃したとしても・・・撃破は無理だ。
――――――――――――――――――――
全員が川を渡ったようだ。
皆がいた後には、石でマーキングがしてあった。
「・・・なるほど、川を渡って・・・対岸に行ったか」
7号を抱きかかえなおし、川に入っていく。
足元ぐらいの水深しかないが、ブーツの中に水が入る。
多少の気持ち悪さを覚えつつ、川の半分くらいまで歩いた時。
「・・・マス、ター」
「7号・・・?」
腕に抱いている7号が声を上げた。
同時に、腕に伝わる感触。
「あ・・・トーマ様」
もぞもぞと動いている。
自分の体を見る7号。
・・・マントに包まれていることに気づいたようだ。
「・・・私、助かった・・・?」
「ああ、助か・・・いや、待て」
俺は、ドールと会話している?
ドールは・・・感情を持たない・・・つまり、会話など成立しないはずだ。
なのに、俺と、会話ができている。
「あの、トーマ様」
俺の顔を覗くその顔。
多少恥ずかしさが混じったような顔で、俺を見ていた。
とても、人形とは思えない表情で。
「・・・なんだ?」
「降ろして、下さい」
・・・下ろしたくても、今は川の中だ。
足を汚させるわけにもいかないだろう、女性だしな。
川を渡り切った直後に、川岸に降ろす。
包んでいたマントを取ってやると、傷は塞がっていた。
「・・・」
自分の身体を動かしている7号。
斬られた部分も、再生しているようだ。
「あの・・・トーマ様、私・・・どうなっているんでしょうか?」
「俺もよく分からん・・・怪我が何で治った・・・?」
包んでいたマントを見る。
青い液体で汚れ、元々白に近いマントが、青く染まっていた。
俺の身体もそうだ、鎧のほとんどが青い液体が乾燥して、青い汚れを作っていた。
「・・・ああ、そうか、このマント」
思い出す、昔の記憶。
今使っているマントは、EOS内で手に入る最高位のマントだ。
その前に装備していたマントが、目の前のマントだ。
昔は回復手段が少なかったので、このマントにある、エンチャントを施していた。
『自動回復』、1秒でHPを5回復するという微妙なものだ。
ただし、他の効果の阻害を一切受けないという、効果は付随しているが・・・。
まあ・・・回復量が微々たるものなので、今はもう使わなくなった。
それが役に立つとは。
偶然とはいえ、7号が助かってよかった。
「トーマ様、その・・・マントを汚してしまい、申し訳ありません」
俺がマントをじっと見ていたからか、そう勘違いしたらしい。
別に、汚れてショックを受けるような事でもない。
「気にするな」
そういって、7号を頭を撫でる。
「お前が無事で何よりだ」
撫でられ続ける7号の顔は。
神威とそっくりの表情をしていた。
読んで下さり、ありがとうございました。