表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/55

9 迷いの森産はレア

売値については、ふわっと。


 ふぅちゃんがいつ帰ってくるか解らないので、ひぃちゃんだけを肩掛け鞄に入れて朝ごはんを食べにいく。


「買い物楽しみだねー」

「毛皮、良い値で売れるといいわね」


 にっこにこで私が言うと、ジュエルも笑顔で返してくれた。

 食堂の昨夜と同じ席に、ウィリアムたちが座っている。


「おはよー」

「おはよう」

「はよっ」

「よく眠れたか?」

「うん、ぐっすり。久しぶりに布団で寝たわー」


 率直な感想を言ったら、ウィリアムたちの視線が生暖かくなった。

 私、別に可哀想な子じゃないよ!


 朝ごはんを食べたら、出発だ。


「どこに行くの? やっぱり、ガンダルさん?」

「ああ、口は悪いし顔は怖いけどね」


 ジュエルの問いに、コークスが笑いながら頷く。

 ガンダルとか言う人は怖いらしい。頑固親父ってやつかな。


「まあ、職人だしね」


 フィッツが苦笑している。

 ドラマに出て来る頑固親父を想像しなから、ガンダルの店に着いた。


 飾りっ気のない店構えだ。言われなかったら何屋かわかんないよ。


 防具屋かあ。


 うん、さっぱりだね。

 そもそも、ファンタジー世界の防具がどんなものかわかんないし。


 店内に入ると、やっぱり飾り気のない内装だった。

 テーブルみたいなのの上に、革鎧上部が置いてあったり、冑みたいなのとか額当てみたいなのとか。壁際にはローブが掛けてあり、下の方にはブーツとか脛当てとか。

 なんか、すごいてきとーな感じで並んでるよ。


「親父っさん」


 ウィリアムが声をかけると、奥から小柄な割にはがっしりした体付きのおじさんがのしのしと出てきた。髭もじゃだった。やさぐれたサンタクロースみたい。


「おう、ウィリアム。なんだ他の奴らも雁首揃えて」

「俺らは付き添い」

「リムが素材を売りたいんだよ」

「付き添い? リム?」


 ガンダルは胡乱そうに、唯一の知らない顔である私を見た。


「うん。毛皮を買って欲しいの」

「獲物はなんだ?」

「えっと…」


 ただの狼じゃないんだっけ。


「フォレストウルフよ。しかも迷いの森の」


 ジュエルが補足してくれた。

 と、ガンダルが目を剥く。


「迷いの森のだと! いい加減なこと言ってんじゃねぇぞ!」

「本当なんだ。俺たちは迷いの森でリムと会ったんだからな」

「迷いの森で?」


 ぎらりと、ガンダルに睨まれた。

 おじさん、顔が怖いよ。


「うん、迷いの森? で、暮らしてたから」

「よく生きとったな」

「リムの従魔、フォレストブラックスパイダーだから」

「本当かっ」

「うん、本当。ひぃちゃん」


 呼ぶと、ひぃちゃんが肩掛け鞄から出て来て、頭によじ登った。

 そして、ガンダルに向かって前足を挙げる。挨拶なのか、威嚇なのかはわからない。


「本物…」


 ガンダルがのけ反った。ひぃちゃん、魔獣のカテゴリだもんね。ビビるよね。


 しばし唖然としていたが、ガンダルはぶんぶんと頭を振った。


「わかった。わかったから、獲物を出せ!」


 多分、いろんなことを力一杯放り出したんだろうなー。気持ちはわかるよ。うん。


「わかったー。じゃあこれね」


 敷物にしていたものは除いて、狼の毛皮を出す。

 普通の灰色を五匹分、黒いのを一匹分。


「ブラックドッグ…」


 最後に出した黒い毛皮を見て、皆がため息をついた。


「え、これ犬?」


 しまった。狼じゃないのか。確かに他の狼よりちょっと小さかった。小柄な割りに、動きは速かったけどなあ。


「いや。ブラックドッグはフォレストウルフの上位種だよ」


 がっかりする私に、フィッツが解説してくれた。


「少し小さくなるけど、身体能力は上がるんだ」

「あ、じゃあ、問題ない?」


 良かった。

 狼には変わりないのね。


「問題ないどころか、希少素材だよ」


 コークスがはあとため息をついた。


「そうなんだ。じゃあ高く買ってね。次は、猪ね」


 希少素材なら、絶対高いよね。

 機嫌よく、猪の毛皮をだす。


 普通のやつ四匹分、またしても黒いの一匹分。


「ブラウンボアか。これも良い毛皮だな。捌き方も問題ない。あと、ブラックボアか…」

「ブラックボア…」

「高級食材だよな」

「高級? あーだから、美味しかったんだ。ね?」

「え?」


 ね、のところで四人を見ると、四人がぎくりと体を竦ませた。


「まさか…」

「嘘でしょ?」

「うん? みんなと会った時、焼いてたのがこの黒いのだよ。美味しかったでしょ?」


 やっぱり、黒毛和牛とか黒豚とか、特別感あるもんね。

 この黒猪も、美味しかったよ。

 もっと、きちんと料理したかった。

 そうしたら、もっと美味しいに違いない。


 私の言葉に、フィッツが両手で顔を覆った。


「味わって食べてない…」

「良く噛まずに飲みこんじまった」


 コークスも絶望的な顔をしている。


「お前ら、ブラックボア食ったのか!」

「食べたな…一週間振りの食べ物だから、美味かったんじゃなかったんだな」


 ウィリアムも大きなため息をついた。


「あ、でも。ブラックボアを銀貨二枚で食べられたと思えば」

「だよな。普通に店で食ったら、あの何分かの一で銀貨一枚だよな」


 ジュエルの呟きにいち早く復活したのはコークスだった。打たれ強い性格と見た。


「贅沢な奴らだ」


 ガンダルは毛皮を見定めながら呆れたように呻く。


「これも、良く捌いてある。嬢ちゃんがやったのか?」

「無理でーす」


 私は盛大に首を横に振った。


 現代日本のOLを舐めるな。魚も捌けないよ。だって全部切り身で売ってるもん。さもなければ鮮魚コーナーで下拵えお願いできるもん。

 魚が捌けない人が、猪とか捌ける訳がない。


「だろうな」


 ガンダルはあっさり納得した。


「に、してもいい腕だな」

「軍曹、凄いね」


 捌いたのは全部アシダカ軍曹だ。

 しゃきしゃきと実に淀みない爪捌きだったなあ。


「グンソウ?」

「リムの従魔。フォレストブラックスパイダーのガーディアン種」

「ガーディアン種!」


 さすがのガンダルも頭を抱えた。


「ガーディアン種とか、お前らいい加減にしとけよ」

「いや、本当なんだって」

「確かに嘘みたいな話だけど」


 フィッツたちが私の代わりに弁解している。

 でもガンダルの疑わしそうな顔は変わらない。

 ガーディアン種とか、そんなに希少なのか。

 標準がさっぱりわからない。


「リム…あの糸の束出して」

「束? わかった」


 ジュエルに言われて空間収納から糸の束を出す。


「それはっ!」


 ガンダルの目の色が変わった。


「見せろ! この糸の太さは…並みのフォレストブラックスパイダーじゃないな」

「だから、ガーディアン種…」


 あの糸って、確かに太いか。たこ糸より太い。ピアノ線と言いたいところだけど、ピアノ線を見たことないしねぇ。

 まあ、とりあえずそんな感じで。


「嬢ちゃん。この糸は売ってくれるのか?」


 ぎろり、血走った目で睨まれた。


 だから、怖いって。


「別にいいよ。ぶつ切れでもいいの?」

「構わん。全く構わん」

「あ、そう」


 いいんだ。

 なら、買ってください。

 たくさん、勉強してくれると嬉しい。


「よし。じゃあ、買値だな。フォレストウルフは金貨五枚。ブラックドッグは五枚。ブラウンボアは二枚。ブラックボアは二枚と銀貨五枚。糸は束で十枚。イロ付けて合計金貨二十五枚だ」


 思ったよりかなり高かった。

 単純レート予想計算で二百五十万円。


 すごい、びっくり。


「すげー」

「色付きはやはり五倍か」

「だよねー」

「迷いの森産は、軽く二倍なのね」

「言っとくが、こいつら処理がいいからな」


 ウィリアムたちはためいきをついている。

 成る程、ウィリアムたちにとっても高額なんだ。


「これでどうだ?」

「いいよ。ありがとー」


 ウィリアムの反応からも、悪い取引ではなさそうなので了承する。


 実際、十分だよ。


 これで、鍋とか調味料とかいろいろ買える。それが一番嬉しい。


「ところで、なんだが…」

「はい?」


 ガンダルがもじもじとしている。

 ごついおじさんのもじもじ…萌えない…


「なに?」

「さっき言ってた、ブラックボアの肉なんだが…余分に持っとらんか?」

「お肉? あるよー。どこに出したらいい?」


 ウィリアムに会った日に、アシダカ軍曹が捕ってくれたから、まだ一杯余ってるんだよね。

 とても、一日で食べきれる量じゃないし、食べ切るには勿体ないし。


 ってことで、残りは空間収納に入れてある。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 ガンダルは慌てて奥に駆け込むと、ボウルみたいなのを抱えて戻ってきた。


「じゃあ、出すねー」


 肩掛け鞄から、肉の塊を取り出す。

 ボウルに丁度良さそうな大きさはなくて、二リットルのペットボトルくらいしかない。

 ま、いいか。


「こんなにいいのか!」

「いいよ、これくらいなら」


 そう答えると、ガンダルは顔中口にしたような笑顔を浮かべた。


 うーん、笑顔も怖いわあ。


 喜んでいるのは、よくわかった。


「ブラックボアの肉をあんなに…」

「もう一度食べたい…」

「でも、幾らするの?」

「無理言ったのはこちらだからな。金貨一枚出そう」

「え、マジ?」


 これまた、予想外の値段。

 あ、これももしかしたら迷いの森レート?

 と、おまけ付きかな。


 普通はこんなにしないと思っておこう。


「よし、ちょっと待っとれ」


 ガンダルはいそいそとボウルを抱えて奥に引っ込んだ。

 そして、頑丈そうなトレイに金貨を乗せてきた。


「金貨二十六枚だ」

「あ、この二枚は銀貨とか銅貨に崩して」

「おう、わかった」


 残り二十四枚を数える。


「確かに」


 さて、金貨をどこにしまうかな。

 スマホのイヤホン入れてたポーチにしよう。あれファスナーだし。ナイロンだし。


 スマホとかもう使う予定ないし。

 バッテリーは復活するけど、どこにも繋がらないんじゃあねえ。

 充電器も使わないか。充電器入れてたポーチに銀貨と銅貨入れよう。

 どちらも直径七センチくらいの円形で、地球と満月のプリントだ。ガチャでゲットしたんだよね。


 月に金貨を仕舞い、空間収納に入れる。


 ガンダルが持ってきた銀貨と銅貨を地球に。


「変わった模様だな?」

「そう?」


 ガンダルがしっかり引っ掛かったけど、説明はしないでおく。


 いきなり地球とか言われてもね、きっと混乱する。

 だって、異世界なら月も地球も内陸の形が違うはずだから。


 これは謎の模様。それでいいじゃない。


「ありがとな、嬢ちゃん。いいもん見せてもらった」

「こちらこそありがとー」


 互いに礼を言って、わたしはガンダルの店を後にした。





ガンダル氏は、ドワーフ的ななにか。多分。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ