7 初めての町です
第一町人、遭遇。
テテルの町は高いけど歪な塀に囲まれていた。
塀は魔物避けらしい。
町に入る時に門番のおじさんに名前を言って銅貨五十枚を銀貨一枚で払って、半分お釣を受け取る。
入町料? 結構高いよ。何事もなく町を出るときは返してもらえるらしいけどね。
「その肩のやつらは…」
肩に乗ってるひぃちゃんをとふぅちゃんを見ておじさんは引き気味だ。これが恐らく普通の反応なんだろうね。
「そ、それはフォレストブラックスパイダーだよな…?」
「えっと、従魔です?」
そう言うとひぃちゃんとふぅちゃんが挨拶するみたいに前足を上げた。
おじさんは考えるのを放棄した。
「そうか…町では大人しくしておいてくれよ」
「了解です」
ウィリアムたちは首から下げた、タグみたいなのを見せたらそのまま通された。
「冒険者は無料?」
「そうだよ。これが身分証みたいなものだし」
「身分証…私もあった方がいいのかなあ?」
町に来る旅に銀貨一枚は痛い。
「リムはひぃちゃんとふぅちゃんのこともあるから、冒険者の登録をした方がいいと思うのだが」
「そうなの?」
「従魔使いがフリーって、下手すると余計なちょっかいかけられるかもな」
「ちょっかいって、誰に?」
「他の冒険者。従魔なのか魔物なのか、区別できないしな」
「従魔使いとして登録しておけば、ちょっかいかけてきた方が悪いってことになるわ」
そういうものなんだ。
まあ、確かにひぃちゃんたちが単独で歩き回ってたら、魔物にしか見えない。っていうか魔物なんだけどね。
「従魔の印を付けておけば、完璧だな」
「従魔の印?」
「多分、ギルドに他の従魔使いがいるだろうから、見てみればいい」
「わかった、そうする。ひぃちゃんもふぅちゃんともそれでいいかな?」
一応確認すると、ひぃちゃんとふぅちゃんは前足をわしわしさせた。
OKみたいだ。
ウィリアムたちの後について冒険者ギルドに向かう。
「おう、ウィリアムえらいのんびりしてたんだな」
「まあな」
ギルドにいた他の冒険者の言葉にウィリアムたちは苦笑する。
さすがに迷いの森でさ迷っていたとは言えないらしい。言ったら私のことも話さないといけなくなるからね。
ギルドではカウンターのお姉さんさんと話している人とか、奥のテーブルで話し込んでいる人とか張り出された紙? を見ている人とかいろいろいた。
格好はウィリアムたちみたいな鎧、ジュエルみたいなローブ、もっと軽装な感じとこれまたいろいろだ。
従魔使いはどこだろう?
キョロキョロギルド内を見回していると、肩に蝙蝠を乗せている人がいた。年齢はウィリアムと同じくらい。
蝙蝠は鳥のように乗っている。へえ、逆さにならないのか。蝙蝠の足には銀の足輪がついている。
あれが従魔の印。
「足輪がいるってこと?」
「一番多いのは腕輪、足輪かしらね。他にはペンダントみたいのも見たことあるわ」
ひぃちゃんとふぅちゃんに足輪…邪魔にならないといいんだけど。
「とりあえず、登録してきなよ」
「あ、そうだった」
フィッツに言われて、空いたカウンターに向かう。落ち着いた感じのお姉さん。泣きぼくろがなんだか色っぽい。
「えっと、冒険者登録? したいんだけど」
「はい、まずこちらに手を当ててください」
差し出されたのは銀の板。ご丁寧に手形状に凹んでいる。
これに合わせて手を当てたらいいのね。
「はい、魔力に問題はありませんね」
「魔力が判るの? っていうか魔力がないと駄目なの?」
「登録には最低限の魔力が必要です。魔力がない場合は別に戦闘能力と言うか体力テストをしてもらいます」
「思ったより厳しい?」
「魔力、もしくは最低限の体力がなかったら、死んでしまいますからね。それを防ぐためです」
「はあ、なるほど」
そうか、最低限の能力がないのに、安易に登録させる訳にはいかないのか。
「では、こちらで記入します。名前と職業を」
「リム。従魔使い。従魔はこの子たち」
「従魔…?」
お姉さんが怪訝そうに私を見た時、ひぃちゃんとふぅちゃんが前足を上げて挨拶をした。
「フォレストブラックスパイダー…が従魔?」
「うん、なんかまずい?」
「い、いえ…」
お姉さんは引き気味に首を横に振る。
「フォレストブラックスパイダーが従魔と言うのは珍しいんですよ。しかも二匹も…」
「あ、そうなんだ。私って運がいいんだね。ところで、私の魔力ってどれくらい?」
「五百です」
「それって多い?」
「従魔使いとしては平均より上ですけど、二匹従えているのでしたら妥当な数値かと」
「なるほど」
五百はまあまあ多いのか。従魔契約は魔力の多さがものを言うってことか。
まあ、私はひぃちゃんたちに魔力とか使ってないけど。
「あと、従魔の印はなんでもいいのかな?」
「簡単に壊れないもので、主人の魔力を込められるのでしたら、材質、形状は問いません」
ほうほう。だから銀の足輪とかになるんだ。金属のほうが魔力を込め易いのかな。あと、イメージ的に宝石。従魔に宝石付ける人はいない気もする。
足輪かあ、なんかいいものあったかな?
そのあとに続いたお姉さんの説明を聞いて、タグを貰うと待っていてくれたウィリアムたちの所に駆け寄る。
「登録してきたよ」
「じゃあ、宿に行こうか」
「宿? 買い物は?」
「夕方には閉まる店ばかりだから、明日の朝からゆっくり回った方がいいんじゃないか?」
この辺りの店は日暮れ前に閉まるらしい。
夜になると、暗くて片付け辛いんだって。
そうだよねー。片付けてる時に何かを落としても気付かないんじゃ、まずいもんね。それが商品だったら損しちゃうよね。
「あー、でも。一軒だけは絶対に行きたい! 着替え欲しい!」
「わかったわ。私が案内するから、みんなは宿に行っていて」
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。あと、リム。ひぃちゃんとふぅちゃんは肩掛け鞄の中に入っていてもらえる? お店のおばさんがびっくりするから」
「わかった。ひぃちゃん、ふぅちゃん中に入って」
肩掛け鞄の口を開けると、二匹はするすると中に収まった。口からこそりと顔を出しているのが、なんか可愛い。
「じゃあ、行ってくるわね」
私はジュエルの案内で古着屋へ行く。ジュエルのオススメの店らしい。
店のおばさんは気さくで感じがいい。
衣服は古着だけど、きちんと洗濯と繕いがされている。下着はさらしから作った新品だったのが一番ありがたい。
可愛さと機能性は全くないけどね。
ドロワーズと言うより短パンみたいなパンツとキャミソールと言うよりランニングみたいなものを三枚ずつ買った。
あとは、チュニックみたいなロング丈のシャツとズボンとブーツ、外套は深緑色。ごわごわの靴下。手拭いも大と中を買って、一段落。
手拭い小はおまけしてくれた。よいおばさんだ。
「あーなんかほっとした。ジュエルありがとー」
買ったものは、肩掛け鞄に入れる振りして空間収納に放り込む。
「リムはワンピースは買わないのね」
「スカートは今はいいわ。住むところが民家ならまだしも、森の中だとねえ…」
「森…にやっぱり住むの?」
「どうかなあ? 森の中にちょうどいい一軒家とかあったら、凄い有難いんだけどね」
「……今度、ギルドで聞いてみたら?」
「ギルドで?」
「ギルドは引退した冒険者のフォローもしたりするから…何か情報を持っているかも知れないわよ」
引退した冒険者が田舎に引っ込みたい場合、移住先を斡旋することもあるらしい。
もちろん、斡旋してもらえる冒険者は、ちゃんとギルドに貢献していた場合に限られるらしいんだけど。
乱暴者を斡旋はできないよね。
「そういう伝もあるんだ。覚えておくよ」
そうして着いた宿は、酒場兼用ではなく食堂兼用の家庭的な店だった。
酒場兼用じゃないと思ったのは、客が酒よりがっつり食事をしてるから。
お酒飲む人って、あまりご飯食べないよね。ご飯より酒を飲む、って感じでさ。
食事がメインってことは酔っ払いが少ないだろうから、私たち的には安心だよね。
「ジュエル、お帰り」
受付にいるのはジュエルと同じくらいの藍色の髪の女の子。
「ただいま、シリル」
「部屋、二人部屋だって聞いたけど、良かった?」
「ええ、いいわ」
「え、二人部屋?」
「二人部屋の方が安いし、あと何か聞きたいことあったら教えるわよ」
「あ、そういうことなら、よろしく」
いろいろ聞けるのは有難いなあ。
ジュエルなら、今さらひぃちゃんとふぅちゃんを怖がったりしないし。
私も気兼ねなくていいや。
「じゃあ、部屋に荷物を置いてくるわ」
「あ、私も着替えるよ」
折角買ってきたんだし。っていうか、町の人たちを見るに私の服装、おかしいよね。絶対に浮いてるよね。ギルドで誰にも何も言われなかったのは、ひぃちゃんたちのお陰だよね。
変に目立ちたくないから、着替える。
それを言うと、ジュエルはしみじみ頷いた。
「言っていいかどうか迷ってたの」
「言ってよ! おかしかったら言って!」
やっぱりかあ。
良かった、着替え買ってきて。
二人部屋に入り、すぐに着替えた。
それから一階の食堂に行くと、ウィリアムたちが奥のテーブルから手を振った。
「着替えたのか」
「うん、悪目立ちしたくないしね」
「なに食べる?」
「シチューとかある?」
「あるよ。今日は鳥肉だって」
「じゃあ、それ」
「私も」
コークスとフィッツにメニューを聞いて、シチューを頼む。
煮込み料理が食べたかったんだよお!
シリルが運んできたシチューとパンを食べる。じっくり煮込まれたシチューが美味しいまあ、シチューって言ってもミルク煮みたいだけどね。ベシャメルソースとかは作ってないだろうなあ。美味しいから別にいいんだけど。塊の野菜も美味しいしね。
「野菜とか久し振りー」
「森で何を食べてたんだ?」
「もっぱら、軍曹が捕ってきてくれた肉?」
「あー、でもあの肉も美味かった」
フィッツがうっとりしている。
「あの味、初めてだったし」
「あーあれ」
生姜焼きもどきのタレ。
私的には七十点くらいなんだけどね。
「あのタレは特別」
「特別? チョコレートみたいに?」
「あれよりは安いよ」
フィッツの特別の基準はアソートチョコレートなのか。
「それより明日は、毛皮を売りに防具屋、武器屋、道具屋に行く。で、いいのか?」
「概ねそんな感じ。道具屋って足輪とかある? なんでもいいらしいんだけど」
「あるだろうけど、ひぃちゃんとふぅちゃん並みに小さいのはどうだろう?」
コークスが首を捻った。
確かにね。ひぃちゃんたちに合わせると小さいよね。それこそ指輪でもいいくらい…
指輪って言えば、アクセサリーポーチに入れっぱのがあったな。
例によって、セカンドバッグに入れっぱなしのポーチには、ベースがゴールドとホワイトゴールドの、ペンダントと指輪とピアスが入れてある。
会社帰りに遊びに行く時用にね。それほど派手なものではないけど、まあ気分よ気分。ちょっとおしゃれしてるっていう、気持ちが大切なのよ。
で、指輪はセブンストーンのホワイトゴールドと、ペリドットのゴールド。
セブンストーンの方を空間収納から取り出す。
これならどうかな?
「ひぃちゃん、そっと出て来て」
膝の上の肩掛け鞄に声をかけると、ひぃちゃんが音もなく出てきた。
「ひぃちゃん、これどうかな?」
指輪を見せるとひぃちゃんは小さく喜びの踊りを踊った。
「どの足にする?」
蜘蛛は足が八本あるからね。
と、ひぃちゃんは左前足の二本目を挙げた。
「この足ね。どうかな? ちょうど良いといいんだけど」
前足に指輪をはめる。指輪は奥の関節までするりと入った。
「んん?」
何故、ぴったりなのか?
第一関節くらいならまだしも、第二関節越えてぴったりってどうなの?
まあ、冒険はしないよね。多分。
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