6 アシダカ三等兵かな
小さいの、出ました。
アシダカ軍曹を先頭に私たちは森を歩く。
迷いの森の出口までアシダカ軍曹が、案内してくれるからだ。渋々とだけど。
「冒険者って、何やる人?」
ウィリアムたちは冒険者なんだそうだ。パーティーのランクはC。まあまあのランクなんだって。って言われてもよく解らないんだけどね。
「いろいろね。魔物を狩ったり害獣を狩ったり、薬草を採取したり、護衛をしたり?」
「へえ、便利屋さんだね」
「似たようなものだな」
私の呟きにコークスが頷いた。
「じゃあ、今回のは魔物狩り?」
「違う。森を抜けたタタンの町までの護衛。その帰り」
「本当は、帰りも護衛があったら良かったんだけどさ。ないから、仕方なく戻ってきたんだ」
「へえ」
護衛で隣町に行ったなら、護衛で帰ってきた方がお得だよね。
でもちょうど良い仕事がなかったと。
「で、迷いの森とか、運が悪かったね」
「本当に!」
コークスたち三人が合わせた訳でもないのに、見事に同時に首を縦に振った。
「今向かってる町は…」「テテル」
「テテルの町は森から遠いの?」
「半日、歩くくらいかしら」
「なるほど」
半日、近いのか遠いのかわからん。
通常、一キロ十分で私は歩くけど、それは舗装された道のこと。森の中じゃ勝手は違うし、ウィリアムたちは鍛えているから歩く速度がそもそも違う。
アシダカ軍曹が加減して歩いているから、私も遅れずについていけてるけど。
話ながら聞いたところによると、この国はエルガイアとか言うらしい。他にエルウィンダ、エルフレイム、エルメイラが近接した国なんだって。
エルガイアには迷いの森がででんとあるけど、エルメイラには迷いの海域があるらしい。バミューダトライアングルみたいなの。
エルフレイムは火山、エルウィンダは渓谷? どれも、下手に足を踏み入れると生きて帰れないらしいよー。こわー。
なんで、そんな恐ろしい場所があるの?
って言ったら、迷いの森もそういうカテゴリだった。
「町かあ。鍋とかフライパンとか売ってる?」
「金物屋に行けばあるだろ」
「だよね。欲しいなあ。ねえ、軍曹。私も町に行ってきていい?」
買い物したいよね。
そんな軽い気持ちで言ったら、いきなり糸でぐるぐる巻きにされて、ウィリアムたちから引き離された。
「えええっ? なになになに?」
十メートルくらい離れたところで、私を地面に下ろしたアシダカ軍曹は、前足をわちゃわちゃ動かしてなんか抗議してきた。
行ったら駄目ってことかなあ。
「駄目なの? でもさあ、鍋欲しいしフライパン欲しいし、お皿欲しいし、包丁欲しいし、調味料も欲しいし。なにより、着替えが欲しいよ!」
欲しいもの一杯。
他にも野菜とか果物とかも欲しい。
「鍋があると、煮込み料理も作れるよ。調味料が他にもあると違う味のものが食べられるよ」
煮込み料理が作れるってことは、シチューが作れるってことだ。
シチュールウあるよ。ビーフとクリーム両方あるよ! カレールウを買っておかなかったのは痛かった。でも、私、カレーはあんまり食べないのよね。勿論嫌いな筈もないんだけど、カレーよりシチューの方が消費は多い。
続けて訴えると、アシダカ軍曹は横に揺れて考え始めた。
やっぱり、食べ物の話をすると、アシダカ軍曹はかなり迷うよね。
美味しいご飯。
すごい大事だもん。
「ちゃんと帰って来るから」
森での生活は、正直快適とは言い難いけど、アシダカ軍曹がいるなら何とかなりそうだし。
欲を言えば、どこかの森に小屋とか余ってないかな?
「ねえ、軍曹」
アシダカ軍曹は仕方なさそうに、私をぐるぐる巻きにした糸を切った。
それを空間収納にしまってから、ウィリアムたちのところに戻る。
「あ、ごめん。私も町に行っていい? っていうか、町まで連れて行ってくれたら、あとは自分でなんとかするから」
「は?」
「いやいやいや」
「自分でって、ダメだから」
「…町に行くなら、俺たちが案内しよう」
何故か、フィッツとジュエルから盛大なダメ出しを食らった。ウィリアムは少し考えてから、提案してきた。
「え、いいの? 案内してくれたら、凄く有り難い」
ウィリアムたちなら安心だよ。
なんかいい人っぽいし。アシダカ軍曹も警戒したの最初だけだったし。
「みんなから貰った銀貨で、鍋とかフライパン買えるかな?」
「買えるけど…さっき言っていたの全部は無理かも」
「そうなんだ。お金、ないなあ。あ、毛皮とか売れないかな?」
狼の毛皮は売れないかな。あと、猪とかさ。
「狼?」
「うん、軍曹が捕ってくれたのがあるよ」
「フォレストウルフか…迷いの森の魔物なら、多分良い値がつくと思うが…」
「本当に? 助かる!」
「あと…さっきのグンソウの糸も、高く売れるわよ」
「え、これ?」
空間収納から、わちゃわちゃになった糸の塊を取り出す。
「これ、ざっくり切られたよ?」
「フォレストブラックスパイダーの糸だもの。繋ぎ直しても十分使えるわ」
「だったらこれ、あと四つあるよ」
続けてわちゃわちゃの塊を取り出すと、四人は頭を抱えた。
「四つ…」
「価値観崩壊する」
「それよりも。リム、空間収納使ってるよな?」
「うん?」
「空間収納は特殊なスキルだから、人に知られないようにした方がいいわ」
「そうなの?」
「物資輸送には垂涎のスキルだからな。騙されて悪用されることもあるよ」
「騙される!」
怖いっ。
それって、海外旅行に行って、知らずに密輸の片棒を担がれるとか言うやつ?
ヤバい。気をつけないと。
「これ使って」
ジュエルが布の肩掛け鞄を荷物から取り出した。ショルダーバッグじゃなくて、肩掛け鞄。
結構、平べったい。
「これをマジックバッグの振りして使って。多分、バレないから」
「怪しまれるかも知れないけどね」
コークス、脅かすんじゃないよ。
でも有り難く頂く。
ものの出し入れは、この鞄を使うこと。
うん、覚えた。
「あと、糸は一つだけにしておこう」
「いきなり四つも出したら、目を付けられるからな」
あー、大金持ってるカモか。
これも気をつけないと。難しいなあ。そもそもが拾ったものだから。
「それだけあれば、大体のものが買えるわ」
「だって。楽しみだね」
話しかけると、アシダカ軍曹は嬉しそうにゆらゆら揺れた。
それから一時間ほど歩いたところで、アシダカ軍曹が立ち止まる。
どうやら、ここが迷いの森の境界らしい。
「あっちに見えるの、いつも使う街道じゃないか?」
木陰の向こうに道らしきものが見えた。
「ありがたい!」
「じゃ、行ってくるね」
ウィリアムたち着いて、街道へ向かおうとした止められた。
「なに?」
私が立ち止まると、ウィリアムたちも立ち止まり振り返る。
アシダカ軍曹は、前足を掲げちゃかちゃか動かした。
数秒後、ぼたぼたとハンドボールくらいの蜘蛛が二匹落ちてきた。
アシダカ軍曹のミニチュア版。
ミニアシダカ軍曹は、私に向かって挨拶するように前足を上げた。
「え、一緒に行くの?」
そんなに一人だと不安なのか。ジュエルたちにも凄い勢いでダメ出しされたもんなあ。
「アシダカ軍曹のミニチュア版…軍曹の下ってなんだっけ? 一等兵、二等兵…三等兵! アシダカ三等兵…あ、でも二匹いるから紛らわしい…」
フォレストブラックスパイダーとは良く言ったもので、アシダカ三等兵たちの背中は黒猫のような艶々な黒だ。一匹はグレーの線が入っているから見分けはつくけど。
「えっと、じゃあ、ひぃちゃんとふぅちゃん。アシダカ三等兵、ひぃちゃん、ふぅちゃん。はーい」
線が入っている方をひぃちゃん、真っ黒の方をふぅちゃんと呼んだら、二匹は返事をするようにすちゃっと前足を上げた。
「あんなに簡単に…」
「名前って付けられるもん?」
「常識って一体…」
「増えた…」
何故かウィリアムたちは頭を抱えていた。
あれ?
「ごめん、この子たちも行くことになっちゃった」
「はあ…リム。君は従魔使いだ」
「えーでも…」
「この二匹は従魔にしないと、町に入れないよ」
「そうなの?」
「フォレストブラックスパイダーだからね。魔物だよ」
「あっそっかー」
魔物が町に入ったらマズイよね。
大騒ぎになるよね。
「基本、従魔は主の命令は絶対だからな。勝手に町で暴れることはない」「ひぃちゃん、ふぅちゃん聞いた? 町で暴れちゃダメだからね」
肩までよじ登ってきた、アシダカ三等兵たちは前足を上げた。
大丈夫、らしい。
これは、アシダカ三等兵たちを信じるしかない。
「それじゃあ、軍曹。行ってきます!」
寂しそうに佇むアシダカ軍曹に手を振って、私は迷いの森を出た。
次は、みぃちゃんで、よぉちゃんになるかもしれない…