3-7 企みとその後
燃え上がる炎を見つめ、ルティカは小さくため息をついた。
「…ここまでする必要があったのか?」
あの小さな家には、ルティカが知る限り五人の男女が暮らしていた。そのうちの四人はまだ子供だ。
子供たちが、身を寄せ合い暮らしていたのだ。
しかし、彼女たちはフレアの放った炎に飲み込まれた。
悲鳴も聞こえない。
きっと、何が起きたのかも解らずに命を落としたのだろう。
ルティカにも、思うことがなかった訳ではない。しかし、住まう家を結界で覆い逃げられないように閉じ込めて炎で焼き尽くすのはやり過ぎではないかとも思ってしまう。
呟くルティカに、フレアは鼻で笑った。
「仕方ないじゃない? これ以上ツカサに余計な入知恵をされてもねぇ」
フレアは悪びれもしない。
「あの獣たちも邪魔だったし」
フレアの声は楽しげでさえあった。何の罪もない五人を焼き殺したことは、良心の呵責に訴えることはないのだ。
亜人であるが故に。
一人はさておいて、残りは獣でしかない。そう言う認識なのだ。
「貴女だって、疎ましいと思っていたのでしょ」
「それはそうだが…」
「お綺麗な騎士様には、許せないのかしら?」
ちらとフレアが視線を向ければ、図星だったのかルティカは不機嫌そうに口をつぐむ。
「ツカサを利用している同じ穴の狢なのに?」
フレアは笑う。
勇者などと言う肩書きを持つツカサを囲い込み、自分たちの利となるように扱ってきたのだ。
このエルグランドにとって、勇者など国を有利にするための駒でしかない。
駒として使うために、かしづいて見せていただけだ。
それが、フレアとルティカに課された任務でもある。
思考に甘さがある以外、ツカサの相手は気楽なものだった。
扱う力についても、適当に誉めておけば機嫌も良い。
今時の若手の騎士に比べ、がっついたところもない。向学心はあるが向上心は低かった。
故に、フレアたちにとってツカサはかなり扱い易い部類の人種であった。余計な知恵を付けて反抗的になっては困るのだ。
そのために、リムたちを排除した。歩く先に転がる石ころを退けるくらいの感覚でしかないのだ。
「…確かに…そうだな…」
今さら『違う』などと、言ったとかろで始まらない。
ルティカもまた、全てを知っていて、この場にいるのだ。
ささやかな良心の呵責など、見ない振りをするしかなかった。
◆◆◆
「なんだよ、これ…ッ!」
ツカサは目の前の景色に息を飲む。
燃え落ちど原形を留めていない家は、もはや記憶のものとは重なる部分がない。
「この感じだと、サラマンダーね」
フレアが顔色を変えもせずに呟く。
「サラマンダー…そんなものがいるのか」
「この森は特殊だから居てもおかしくはないわ。サラマンダーが相手ではこんな結界意味ないでしょうし」
家の周囲は結界が覆っていた。
だから、迷いの森の近くであっても安全だったのだ。
しかし、結界より強い魔力を持つ魔物が現れれば意味は成さない。
それがこの結果なのだ。
フレアの話すことの意味は解る。が、感情が追い付いてこないツカサは、ふらと焼け跡に足を踏み入れた。
部屋だったところを歩く。家具も何も残っていないのは、よほどの業火だったのだろう。
奥の一角に足を踏み入れると、床に散らばる白い物に気が付いた。
他の区画にはない白い物は不自然に積み重なっている。
「これ…」
白い物が骨であると気付いたツカサは、こみ上げる吐き気に口元を押さえしゃがみこむ。
これが骨だとしたら、皆焼け死んだのだ。
骨しか残らないほどの、炎の中で。
「ウソだろ…リム…」
白い欠片に触れることもできず、ツカサはただ吐き気を堪える。
そんなに話したことはなかった。
だけど、友達になりたかった。
こちらの世界に来て、初めて会ったツカサを『勇者』などと色眼鏡で見ない存在だった。
塩対応されるのだって、むしろ新鮮に感じたほどだ。
だから、友達になりたかった。
もっと話がしたかった。
なのに、こんなちっぽけな欠片になってしまうなんて。
ふと、さ迷わせた視線の縁に触れるものがあった。
煤けたそれは猫のような形をしていた。人形なのかと手繰り寄せる。
手の中のそれを見た瞬間、ぞわりと鳥肌が立った。
「うそ、だろ…」
見覚えのあるそれは、本来この世界にはないものだ。
本来の世界では有名なそれの名を迷いなく告げられるのは、この世界に三人しかいないだろう。
「なんで…」
ツカサはそれを握りしめる。それは丁度手の中に収まるものだった。端目には煤けた木切れを握り締めているようにしか見えない。
ツカサは硬直するほど手に力を込め、そして立ち上がった。
「ツカサ」
「悪い。今日は帰る」
名を呼ばれ返事の代わりにルティカに返せば、ルティカは静かに頷いた。
「気が乗らない時に、森に入らない方がいいだろう」
「……そうね」
フレアは不満そうだったが、反対はしなかった。ツカサの心情を察すれば、当然のことだからだ。
復讐を煽るには、相手が曖昧過ぎる。今、目の前に件のサラマンダーが 現れれば話は変わるだろうが、森のどこにいるとも知れない魔物など、都合よく現れるはずもないのだ。
いや、そもそも本当に存在するのか…
存在の有無等、フレアにはどうでも良いことだった。
顔を強ばらせ、手を握りしめるツカサは奥歯を強く噛むばかりでそれ以上何かを言うことはなかった。
三人は、森に入ることなく森に隣接した場所に設置した転移陣にて城へと帰った。
城に帰るなり、ツカサはろくに何も告げず城中へ早足に消える。
「賢者に泣きつく、か…」
フレアが呟く。言葉の端々に嘲笑が含まれている。
「そっとしておいてやれ」
「わかってるわよ」
ルティカにたしなめられたフレアは、不満そうに返した。
「わさわざ、つつきになんて行く訳ないでしょ。『勇者様』の機嫌を損ねるなんて悪手以外のなにものでもないもの」
ツカサは甘い。
だからこそ、フレアとルティカは巧くやっていると思っている。
ならば、この関係をわざわざこちらから崩す必要はないのだ。
ツカサが『勇者』と言う兵器で有る限り、その存在価値は揺るがない。




