2-16 用法、用量を守って正しく服用しましょう
「補充できると言うことは、在庫の当てがあると言うことかね?」
さすが、サブマス僅かな隙も逃さない。
「あるって言えば、あるかな…」
「これだけ希少なものを?」
うう、ごもっともです。
こんな珍しい薬の入手先があるって、確かに奇妙だよね。
突っ込まずにはいられないよね。
仕方ないなあ。
胃薬出した時点で、予測できたことだもんね。
「…あのね…もう、絶対に他言無用なんだけど」
「話してもらえるのかね?」
「ここまで来たら話すしかないかなって気もするし…ただ、ホント、誰にも知られたくはないんだよね…」
「ふむ…そこは私を信用してもらうしかないな」
行き着く先は結局そこな訳で…まあ、胃薬の件もあるから、仕方ないかな。
「私さ。空間収納持ってるんだけど、そこから出した薬は時間が経つと、復活する」
本当は瞬時に復活するけど、この期に及んで時間のサバを読んでおく。念のため、念のため。
「復活…それは完全に復元すると言うことかね」
「ああ、うん。復元、復元。完全に戻るよ。だから、この薬もきっと元に戻る」
「かなり特殊な固有スキルだ…聞いたことがない…」
「元からあった訳じゃないんだよね。空間収納はこっちに来た時、女神様に貰ったんだ。で、中に薬とか入ってたわけ」
ウーソーはー言ってーなーいー。
空間収納はイリスから貰ったんだし、中に最初からいろいろ入ってたんだし。
そのいろいろは異世界製なだけで。私が向こうで所持していた訳で。
しかし、嘘は言ってない!
「つまり、イリスファルン神から授かったと…もしかして信託を受けた時に?」
「うん、あの時に」
最初からあったけど、そう言うことにしておく。
でもって、リミッターなんかも解除もしてもらいました!
「なるほど、女神の加護付きか…ならばこの効き目も理解できる。君が隠したいと思うのも当然だ」
女神の加護付きって聞くとプレミア感半端ないね。すんごい有難いもののような気がしてくるから不思議。
「そうなると…クレアの洗髪の石鹸も、かね?」
「え、どういう…?」
「クレアの髪の艶が増したのは、君をミーアの家に送り届けた日からだと思うが」
「わかるの?」
「見ていればわかるだろう?」
当然のことのようにロイドは言った。言い切ったよこの人。
「世の男の人って、女の人の変化に気が付かないっていうのに!」
「世の男共がどうかは知らないが、私は男女関係なく、小さな異変も気にかけるようにしているが」
「あー、職業病…」
なんか一気に残念な感じが…
「職業病か…言い得て妙だな…」
納得されても困るんだけど。
「しかし、女神の加護付きであれば、余りにも安過ぎる。これら全てを合わせて金貨一枚は下らないだろう」
「ええっ、ぼったくりっ?」
「王都の大教会の聖水は金貨一枚からだが」
「比較対象がよくわからない!」
聖水って何に使うの? そこからわからないんだけど。
「聖水は呪いや毒の浄化に有効だからね」
「なるほど」
呪いかあ。
呪いがあるなんて、怖いな。異世界。
毒もいいんだ。
そりゃ重宝されるね。
そして、その聖水と同列にされた薬たち…
「サブマスがそれでいいなら、私もそれでいいよ」
ようやく市場の相場を覚えてきたのに、教会の相場とか勘弁して欲しい。
「では、そのように。ああ、復元にはどれくらいの時間がかかるのかね?」
「胃薬、頭痛薬は明日には。栄養剤は初めて出したからちょっとわからない。あと強力な痛み止めも」
「そうか…」
ロイドはしみじみ頷いた。
「では、胃薬と頭痛薬は出立までに毎日納品してもらいたい」
「毎日?」
「出立はいつかね?」
「明日か明後日くらい」
「明後日ならば、胃薬は四十五粒は手に入るな…」
「…それ完全に自分のためだよね…」
検証に託つけて、絶対自分用にするつもりだ。
「検証もするとも」
今、取って着けた。
涼しい顔して、適当に取り繕ったよ。
狡い大人だ。
「当然、納めてくれるだろうね?」
「…………いいよ、出発前に持ってくるよ。湿気らない容器、用意しておいてね。高温多湿は不可だからね。あと、頭痛薬は通常ニ錠だけど念のため、一錠から始めてね。万が一子供に飲ませる場合は四つくらいに割って。そだ、強力な痛み止めは通常の四五倍くらい強いって思っておいて」
「わかった」
「絶対だよ。薬は副作用が怖いんだからね」
「…気をつけよう」
ロイドが頷いたところで、話は一段落ついた。
「じゃあ、もういい?」
「構わない。それと、わざわざ薬を分けてくれてありがとう」
「…どう致しまして」
いきなりのお礼に、一瞬返事の言葉も詰まる。
突然デレるのはやめてください。
◇◇◇
階下に降りると、ウィリアムたちが待っていてくれた。
「お待たせ」
「時間、かかったねー」
「なんかねー」
「もういいのか?」
「とりあえずは」
「じゃあ、買い物に行きましょ」
私たちはぞろぞろと連れ立って、ギルドから出た。
さて、昨日ケチが着いた買い物の続きを始める。
小麦粉、片栗粉、調味料。牛乳とチーズは明日受け取るように話もした。
後は、布。サラシ以外にも染めたのを、赤っぽいのと青っぽいのと、茶色っぽいのとか。
薄いの厚いの全部一反ずつ。
古着だけじゃ、カバー仕切れない可能性があるんだよね。育ち盛りが多いから。一応、自分も引くるめて。
手縫いでどこまで作れるんだろう。そこはフォリと頑張るよ。きっと幾つも縫ってたら、上達するよ。
そんな細々したものを買ってたら、あっという間に一日が終わった。
そして、出発する日。
朝御飯を食べたら、ベッド用の台を引き取り、ロイドに胃薬と頭痛薬を渡しに行く。
代金を受け取ったら、出発だ。
忘れ物はないかな。
牛乳とチーズはフィッツとコークスがもらって来てくれた。
お土産のお菓子も買った。
「もう、大丈夫かなあ?」
「一通り揃ったんじゃない?」
「急がなければ、二ヶ月後でもいいんじゃないか?」
「最悪、ひぃちゃんかふぅちゃんに伝言頼むとか、やれなくもない?」
手紙くらいなら、頼めそうな気がする。
「まあ、ひぃちゃんたちなら目立たないから大丈夫だと思うが、俺たちは町にいないかも知れないぞ」
「あ、そうか。他の依頼とかあるよね」
「でしたら、私が預かりますよ」
「あ、それは助かる」
クレアが提案してくれたのに乗っかる。
クレアなら、大抵ギルドにいるもんね。
ひぃちゃんもわかってるし。説明の手間がなくていい。
「席を外していたとしても、数時間ですから。ブライスもいますし」
「じゃあ、その時はお願いね」
何かあったら、クレアかブライスに伝言を託すことで話は纏まった。
これ、もっと早くに決めておけば良かったなあ。
全然、気付かなかった。
町に来て、市場を回るといろんなものが欲しくなるもんね。
森の家にいると、あるもので何とかしようって思っちゃう。
それはそれでいいんだけどね。
「森の入り口まで送って行くよ」
「ありがとう。じゃあね」
「はい、また二ヶ月後に」
クレアに手を振ってギルドを出る。
そのまま、門へと向かう。
ウィリアムたちは、見送りだけなので荷物はない。
私もない。
どこに散歩に行くんだっていう体で大路を行くのだけど、みんなが道を譲ってくれた。
うん、首からぶら下がったフィーフィーにびっくりしてるんだよね。
わかるよ。
足元をシルヴェリアウルフが行き、首からネフライトスネークをぶら下げた謎の女子。目立ってるよね。怪しいよね。
怪し過ぎて、声をかけるどころか直視する人さえいない。
はははは…。
「ドンマイ」
「みんな珍しいだけだから」
「別に慰めてくれなくてもいいよ」
別に、気にしてないさ。
どうせ、次来るとしたら二ヶ月後だし。
見世物なのは今だけだもん。
そんな少々しょっぱい気分で門を抜けて森に入る。
迷いの森はまだ先だけど、適当に鬱蒼とした森は近い。
この辺りなら、ウィリアムたちが迷うことはないし、強力な魔物は出ない。
人の姿もない。
「この辺りでいいんじゃないか?」
「ん」
三十分くらい歩いただろうか。ウィリアムの言葉をすんなり受けて立ち止まる。
近くに人の気配はなさそうだ。
では。
「軍曹! 帰るよー!」
森の奥に向かって声をかけた。途端、しゅばっとアシダカ軍曹が姿を現した。
おおう、びっくりした。
「ちょっ、早くない?」
声をかけて何秒経った? っていうか、秒で来ちゃうの? 一体、どこでスタンバってたのさ。
目の前に胸を張って立つアシダカ軍曹を唖然と見上げていたら、なんか息苦しくなってきた。
んん、なんかぎりぎりする?
って、フィーフィーが、突然現れたアシダカ軍曹に驚いて、硬直を通り越して絞めに来てるよ。
「ちょっ、フィーフィー絞まってる。マジ、絞まってる!」
ギブギブギブ!
じたばたしていると、アシダカ軍曹が糸でフィーフィーをぐるぐる巻きにして、私から引き剥がしぺいっとその場に放り捨てた。
フィーフィーは白くて長い何かになっていた。時々もぞもぞするので生きてはいる。
フィーフィーが離れた私は、その場にへにゃへにゃと座り込む。
うわー。きつかった。この世界に来て一番のダメージだよ。
アシダカ軍曹はフィーフィーに近付くと、前足を振り上げた。ちょっと怒ってるみたい。
「軍曹待って、フィーフィーはまだメンタル不安定なの。いろいろあったの。ひぃちゃん、説明して」
私の頼みに、ひぃちゃんがアシダカ軍曹の前に進み出た。そして、わちゃわちゃと前足を動かした。
いつ見ても、アシダカ軍曹たちの意思伝達は謎だ。全くわからない。
しかし、話が進むにつれ、アシダカ軍曹の怒りが増していく。なんか、すんごい怒ってる。激おこだよ。
何に怒って…はっもしかして。
ひぃちゃんからの説明を聞き終えたアシダカ軍曹が町の方へと向いた。
ヤバい、多分私の勘が当たる!
いきなり町に向かって進もうとするアシダカ軍曹の後ろ足に何とかしがみついた。けど、一メートルくらい引き摺られる。
「ちょっ、軍曹。町に行ってなにするの? もしかしてあの四人をシめる気なの? やめて、それだけはやめて!」
アシダカ軍曹が町に行ったらパニックだよ。阿鼻叫喚だよ。
「四人はちゃんと裁かれるから! ウィリアム、そうだよねっ?」
後ろ足にしがみついたまま、唖然としているウィリアムに声をかける。正気に戻ったウィリアムは、慌てこちらに駆けてきた。
「リムの言う通りだ。あの四人は余罪もあった。厳しく罰せられる。俺たちを信じてくれ」
町にアシダカ軍曹が突撃したらどれだけの被害が出るかわかっているウィリアムも必死だ。
話の内容を理解して、コークスたちも駆けて来る。
「グンソウが出るまでもないよ」
「あいつら、きっと鉱山送りだよ」
「もっと重い罰かもしれないわ」
口々に言い募られて、アシダカ軍曹は突撃を渋々断念してくれた。
怒っている気配はあるものの、私を振り切ってまでではなくなったようだ。
「軍曹、さっさと帰ろうか」
アシダカ軍曹の気が変わらない内に出発するしかない。
それに否はないようで、アシダカ軍曹は背中に私を乗せ、フィーフィーは白いうごうごの状態でぞんざいに担ぎ上げられた。
「じゃあ、帰るよ」
「あ、ああ。気を付けて」
「またねー」
「ラルガたちによろしく」
「また、二ヶ月後に行くわね」
ほっと安堵の息を付く暇もなく、私はウィリアムたちに挨拶をして、迷いの森へと向かった。
アシダカ軍曹を止められて、本っ当に良かった。




