2-15 ちょっと実験してみる
サブマスはやっぱり胃が痛いらしい。
宿でウィリアムと合流して夕御飯を食べている時に、ふと思い出してウィリアムに聞いたら、答えは案の定だった。
「だよね。なんか、そーゆー顔してるもんね」
神経性胃炎なのか…もはや胃潰瘍までいってるのか。
「大変だねぇ、サブマスも。上の人はどうしてるの?」
サブって言うからには、メインがいるんだよね。
ギルドのトップ、ギルドマスターが。
見たことないけど。
…え、いるの?
気になって聞いたら、みんなが苦笑する。
「ギルマスはトトカにいるよ」
トトカは隣町だ。テテルよりちょい大きいらしい。
「トトカとこっち、兼任なんだって」
「でも、サブマスがいるから、トトカばっかりになっちゃうのよね」
「あとクレアさんな」
つまり、ロイドとクレアの二人でギルマス一人分の戦力?
すごいね。
「でも、ギルマスがこっちに来なかったら、サブマスの仕事が減らないよね?」
「そこはなんとかやってるみたいだな」
胃痛を抱えて?
大変だなあ。
「出来るナンバー2って、聞こえはいいけど負担は半端ないよね?」
「まあね」
そこはみんなわかっているらしい。
だけど、ギルドのことだから口出しの仕様もない。
何かしら、巨大なトラブルでも起きない限りは、今のままなんだろうね。
で、私がある意味台風の目なのね。
主に、アシダカ軍曹的に。
「もしかして、今回の件は胃痛を進行させちゃった?」
「ないとは言えないが、連中を捕まえられたんだ、プラスマイナスゼロだろう」
「なら、いいんだけど」
そうは言っても、胃痛の苦しさは私もわかるから、胃薬差し入れしようかな。
ってことで、翌朝差し入れに来ました。
早い方がいいよね。胃痛はさ。
ちなみにフィーフィーは宿に置いてきた。アルもフィーフィーの側にいてもらっている。
昨日の今日で無茶やる人もいないだろうってことで、ひぃちゃんだけがいつもの肩掛け鞄の中だ。
「おはよーごさいます?」
クレアの許可をもらって執務室に行くと、ロイドは頑丈そうなデスクの向こうにいた。なんかデスクに書類みたいのが積み上がってるんだけど?
「どうかしたのかね?」
朝っぱらからやって来た私を見て、ロイドは怪訝そうな顔をする。
だよねー。
「胃が痛いんだって、ウィリアムに聞いたんだけど」
「……」
私の言葉にロイドは苦笑を浮かべた。
否定しないのは、本当に痛いからだ。
「それで?」
「特製胃薬持ってるけど、飲んでみる?」
「特性? ミーアのレシピかね?」
「ううん、おばあちゃんは関係ないんだ」
まあ、特性の薬って言ったら、おばあちゃんの関わりを考えるよね。
でも私が持っているのは、向こうの世界製。
「細かいことは言えないんだけど」
説明するとしたら、異世界召喚から話さないといけない。
これは回避したい。
何しろ、国絡みだから。本当に知られたくない。
「ふむ…まさか、迷いの森産かね?」
「さあ?」
ここもしらばっくれておく。
隠す以上、与える情報は極力少なくしないとね。ロイドみたいに出来る人はちょっとのヒントでひょいっと核心に至っちゃうからね。
ノーヒントよ、ノーヒント。
きっちりと口をつぐむ私に、折れたのはロイドの方だった。
「…わかった。その薬を貰えるだろうか」
どの辺で折り合いを付けたかわからないけれど、ロイドは追求をやめてくれた。
胃痛の方を取ったのだ。
ま、そうだよね。痛いのは、今ある切実な問題だもんね。
「りょーかい」
私は空間収納から胃薬の入ったピルケースを取り出し、とりあえず二粒を渡す。
成人は五粒なんだけど、こちらの人は向こうの薬に耐性がないから、まんま飲ませない方が良いと思うんだよね。
普段、薬を飲まない人が飲むとよく効くって言うもの。
私の胃薬はミントタブレットよりちょい小さいくらいの粒だ。胆汁成分配合とかで、めちゃ苦い。
苦いけど、私に一番合っている胃薬だ。
高校生からの胃痛持ちで、市販の胃薬はさっぱり合うのが見つからなくて、そんな時にこれに出会った。実に社会人になってからのことだった。会社の側の、個人経営の小さな薬局にたまたま立ち寄った時に勧められた。
味はかなり不味いけど、効き目は一番良かった。
当時もよく胃薬を飲んでたけど、今はそれよりも飲む議会が減ったから、かなり自分に合っているんだと思う。
病院に行けば良いのだろうけど、なんか時々胃が痛いんです。っていう理由で病院に行く気にならなかったんだよね。
熱が八度越えてたら絶対に行くんだけどね。
なんか胃が痛い、とかなんか頭が痛い。では、行きにくいよね。
「はい。飲むなら、水よりぬるま湯とかがいいかも」
薬を渡してデスクの上のコップにぬるま湯を水魔法で入れる。
ふ、ちゃんとコップ一杯とぬるま湯の制御が出来るようになったんだよ。
日々、進化している私を見よ!
ロイドは怪訝そうに掌の薬を見つめていたが、ひとつ息をついて口に放り込んだ。そのままぬるま湯で流し込む。
渋い顔をしたのは、絶対に不味かったからだ。
コップのぬるま湯を飲み干して、視線を私に向ける。
「効き始めるのはどのくらいかね?」
「薬が溶け出したら、だから。十分くらい? で、変化がなかったら量を増やしてみる」
「そもそもの量は?」
「五粒なんだけど、飲み慣れてない人は、少なくても効くんじゃないかなあ、って」
「ふむ、確かに」
ロイドは小さく頷いた。
あるだけ飲めば良い。と言う考えの人ではないようだ。
「適正な量と言うものはあるからね」
なんてことを話しているうちにそろそろ十分が経ちそうだ。
ロイドがふと考え込む。
どうかなー。痛いのは少しくらい治まったかな。
なんてことを考えつつ、様子を伺ってるとひとつ長いため息をついた。
「痛みが引いたようだ」
「それは良かった。胃酸の問題だったのかな?」
「胃酸?」
「胃酸が少なくても、多くても胃は痛くなるよ。疲れてると胃壁も弱って胃酸にやられちゃうしね」
胆汁成分配合と言うのは、その胃酸を中和してくれるのよね。
多い胃酸は薄めて、少ない胃酸は補う。
これだけでどれだけ胃痛が減ることか。
「胃に穴が開いてたら、これでは無理だよ。あまり胃に負担かけないようにね。冷たいものとか熱いものは避けた方がいいよ」
「熱いものは温めるのだから良いと思うのだが?」
「手に掛かったら火傷するような温度は良くはないと思う」
「なるほど」
私の言葉にロイドは頷いた。
「…他に気をつけた方がいいことはあるのかね?」
「基本、刺激物は避けた方がいいよ。カラシとかコショウとか。あと消化に悪いもの。お酒も止めた方がいいと思う」
「味の濃いもの、か…酒は…駄目かね…」
「ご飯時にグラス一杯くらいはいいかもしれないけど…あ、勿論弱いヤツね…寝酒とか論外。あと、ショウガは大丈夫じゃないかな。体を温めるなら、火を通すか乾燥したやつね」
「乾燥?」
「生のショウガは体を冷やすんだよ。乾燥ショウガは逆に温めるの。真逆なんだよね」
不思議だよね。
ジンゲロールとショウガオールは真逆の効能って。
「スープや紅茶にちょこっと入れるといいかも」
「君は良く知っているな」
「まあ、なんとなく?」
健康番組見るの好きなんだ。あとクイズ。
私の雑学の仕入れ先は専らこの二つなんだよね。
お陰で変な知識だけ持っている。
今回は役に立ったかな。
「気をつけよう…ところで、薬は幾らか融通してもらえるだろうか…」
「いいけど、あんまり持ち合わせがないんだよね」
ピルケースに入るだけだから、そんなにはない。
「えっとね…十五粒くらいはあるかなあ。一回、二粒飲むとして七回分?」
まあ、こんなもんだよね。
三食後に五粒で一日。
空間収納にピルケースを戻せば、復活するんだけども。
「全て譲ってもらえるだろうか」
「全部? まあ、いいけど」
「済まない。助かるよ。値段は?」
値段…確か、六百粒で三千円くらいだから、一粒五円?
「んーと、十粒で銅貨一枚?」
むりくり切り上げた金額を言ってみる。
と、ロイドは目を見開いた。
「この効き目で? 安すぎではないか?」
「まあ…私の故郷じゃこんなもんだよ…」
他の胃薬は幾らなんだろう? ずっとこれしか飲んでないからわからないんだよね。
きっと高いのもあるんだろうけど。
「銅貨十枚でも安いと思うのだが…」
「私しか持ってないって言うプレミア着けたらもっと高くできる? いやまあ、商売する気はないから、別にいいんだけど」
向こうの世界製はね、あんまり出回らせたくないよね。
私の正体がバレるから。
「欲がないな、君は」
「そうかな?」
「……もしかして、なのだが…他にも特製の薬を持ってたりするのかね…?」
おお、鋭い。
胃薬だけで、さすがに終わらないかあ。
別の薬の可能性に行く辺り、思考の切り替えが早いんだね。
「誰にも言わないなら、教えてあげてもいいよ」
「…これからも、胃薬を融通してもらえるのであれば、沈黙を守ると誓おう」
「そうくるか…いいよ。譲ってあげる」
「助かるよ」
「じゃあ、私が持ってる特製の薬ね。頭痛薬と風邪薬。これは栄養剤、あとのど飴かな」
薬をイメージして、出てきたのかこれらだった。
「あと…これは……!」
□キソニン!
え、いつのだ? もしかして、歯の治療した時にもらった痛み止め? だっけ?
でもこの薄ピンクの錠剤は□キソニン。間違いない。
って、飲めるの? 飲んで大丈夫なの?
錠剤をじっと見つめていたら、服用できるの文字が浮かんだ。
強力な鎮痛剤だって。
強力って、どれくらい強力?
「どうしたのかね?」
「これ、超強力な痛み止め。なんだけど、どこまで強力なのか、ちょっとわからないんだよね」
「先刻の頭痛薬とは違うのかね?」
「頭痛薬はこの白い錠剤なんだけど…これより確実に強いよ」
私の頭痛薬はイブプロフェンとか、市販のやつなのね。
でもって、市販のより病院で処方された方が強いよね、当然。
「こっちは風邪薬。葛根湯って言うんだ。漢方薬で、まあ幾つかの薬草から出来てるような? 初期の風邪に効くよ」
「栄養剤と言うのは、回復薬とはどう違うのだろうか」
「どう違うんだろう? 疲労回復は確かなんだけど…」
持ってるからって、説明なんかできないって。
薬屋じゃないんだし。
「例えば、これを全て譲ってもらうことは可能かね?」
「全部? なんで?」
「効力が気になるのだよ。胃薬でこれだけの効き目だ。他もそれなりだと予測するのだが」
「うーん。出所が私だって伏せてもらえるなら、いいと言えばいいけど」
いや、それより、効き目が気になるってことは、実験するってことだよね。
「もしかして、効力を試してみる? だったら、私にも結果を教えて欲しいな」
「ああ、構わないが…量が少ないので結果の実証するまでには至らないかも知れないな」
「そうだねぇ…多少、時間があれば、補充できなくもないけど…」
「ほお…?」
きらり、モノクルが光った。
企んでる、なんか企んでる!




