4 森のぼったくり価格
貨幣価値とか、むずかしい…
振り返るとアシダカ軍曹は何やら不満な様子。
焼きたての肉を譲るのは嫌かー、そうかー。
「だって、一週間も食べてないんだよ? 可哀想じゃない。私、そんな人たちの前でご飯食べられないよ。お肉まだあるしタレも残ってるから、また焼こう? ね?」
空腹で倒れそうな人の前で、平然とご飯食べられるような野太い神経してないよ。
落ち着かないじゃん。
私が諭すと、アシダカ軍曹は渋々と引き下がってくれた。
「ありがとー。じゃ、これ切っておいて」
目の前の皿にブロック肉を出してから、ウィリアムたちを振り返る。
「話、ついたよー。このお肉、一人銀貨二枚だよね?」
「ありがたい!」
みんながアシダカ軍曹にビビる中、ウィリアムが近付くと肉を受け取り、人数分の銀貨をくれた。
それをポケットに入れて、生姜焼きもどきを再び作り始める。
タレに漬け込む時間が短くなっちゃったけど、仕方ないよね。
とりあえず、薄切り肉にタレを絡めて、鉄板に油を引き直して、と。
「うっま!」
「この肉、美味い!」
「初めて食べる味だけど美味しい」
「いい肉だ…」
背後で生姜焼きもどきを堪能している声がする。
口にあって良かった。
さて、私たちも焼き始めるよ。
薄切り肉なので、火はすぐに通る。
と、アシダカ軍曹が焼き上がる度、ガンガン食べていく。
熱くないのか…もう、ウィリアムたちにはあげないと言う意思表示なのか…
そうか。そんなに嫌だったのか…
私は三枚くらい食べて、残りはアシダカ軍曹に譲った。
たんとお食べ。
なんか魚が食べたくなってきた。
私、魚も好きなんだよね。
アシダカ軍曹に言ったら魚捕ってきてくれないかなあ。ああ、でも川魚より海の魚が…
フライじゃなくて、煮付けとか刺身が…
私たちが食べ終わるのを待っていたようだ。
ウィリアムが空になった皿を持ってきた。
「助かった、ありがとう…え、と…君は…」
「私? あ、名乗ってなかったっけ? 私は…リムだよ」
本名を名乗るのは止めておいた。異世界だもん、一応用心しておかないとね。
リムは高校までのあだ名だ。
私の名前は里美なんだけど、小三のとき智美ちゃんと同じクラスになった。さとみちゃんが二人だ。近藤は常に二人か三人いるから、なおさらに紛らわしい。
ってことで、当時はリミって呼ばれた。智美ちゃんはさっちゃんだ。中学に上がったら、何故かリムに変形して、そのままだ。
社会人の今、リムで名乗ったことはないけど、慣れ親しんだあだ名なので、呼ばれても私に違和感はない。
なので、私はリム。この世界ではリム。
アーユーオーケー?
「リムか。改めて礼を言う」
「どういたしまして」
ちゃんとお礼を言ってくれるなんて、ウィリアムおじさんは礼儀正しいね。これは好印象ですよ。
ふと視線を向けると、若手三人もペコペコしている。
アシダカ軍曹が怖くて近付けないらしい。
そんなに怖いかなあ?
「リム、君はまだ子供なのに、一人で迷いの森で暮らしてるのか?」
「はい?」
えっと、今理解できない単語が二つ出て来たよ。
子供って誰が?
迷いの森ってこの森のこと?
東洋人は若く見えるってアレかな。それとも身長か? なんかみんなでかいんだよ。言っておくけど、私百六十ちょいよ。日本じゃまあまあ普通よ。だけど、この中では一番低いのよ。
女の子のジュエルは百七十越えてるし、コークスとフィッツは百八十越えで、ウィリアムは二百くらい。百六十が小さく感じる。
それともアレか。私が平たい体族だからなのか。確かに、確実に年下のはずのジュエルの方が、ボンキュボンだよ。平たい体族で悪いか! 好きで平たいんじゃない!
ダメだ。このままでは心の闇を覗いてしまう。 ここはスルーしておこう。
何より、自分の精神安定のために。
「えっと…一人は一人だよ。軍曹がいるけどね…ところで、迷いの森って、ここのこと?」
「ああ、まさか知らないで暮らしていたのか?」
「うん、知らない」
「よく、生きて来られた…ああ、グンソウ? がいるからか」
「かもね。で、迷いの森ってそんなにヤバいの?」
「ヤバいよ! 一度迷い込んだら生きて出られないんだぞ!」
遠くで叫んだのは、フィッツだね。
「そんなに? ウィリアムたちは何でそんなヤバい森にハマッちゃったの?」
ヤバいってわかってたんでしょ。
なのに、何でハマッてさ迷ってんの?
「街道を進んでいたんだが、突然フォレストウルフの襲撃に遭ったんだ。防戦しているうちに、気が付けば迷いの森の中だった」
フォレストウルフって、あの大きな狼かあ。あれ、いきなり襲ってくるよね。
「入ったら出られないの? 四人もいるのに、出口は見つけられない?」
「人数の問題じゃないのー。迷いの森から出るにはAクラスの索敵スキルか幻惑に対する耐性がないと駄目なのー」
今度はジュエルの声がする。
「つまり、どちらも持ってない、と」
「残念ながら、うちのメンバーにはいないんだ」
それは運が悪かった。
Aクラスのスキル持ちって、聞いただけで結構特別そうだもんね。
「迷いの森には、食えるもん何もないんだよー!」
今度はコークスが叫んだ。
「何も?」
「ああ、この森の特性か、幻惑がかかっているせいかウサギ一匹見つけられない」
言われて見れば、ウサギとか小動物は私も見たことないよ。
この森にはいないのかな。
それとも私が気付いてないだけか。
まあ、アシダカ軍曹が猪捕ってくれるから、問題はない。
だけど彼らにとっては死活問題。食べ物がない、だから一週間何も食べていない。
そりゃ大変だ。
「それで、リムは一人なのか?」
「一人、だね。もうすぐ一ヶ月になるかな?」
「一ヶ月も…よく、無事で…」
「うん、まあ、なんとかね」
全てはアシダカ軍曹のお陰です!
私は全く貢献しておりません!
「その…グンソウは、君の従魔なのか?」
「従魔? 違うよ、軍曹は従魔なんかじゃないよ」
アシダカ軍曹を従えるとか、ないないない。
絶対にあり得ない。
力説したら、何故かアシダカ軍曹がぺっちゃりと地面に貼り付いた。
え、どした、どした?
「従魔じゃない? では、一体何なんだ?」
「何って…うーん、敢えて言えば、友達? みたいな?」
どう考えても、アシダカ軍曹からの好意から成立している関係だ。
せめて、友達くらい言わせてくれい。
いや、いっそ私の方が下僕でもいいよ。我慢するよ。力関係なら、間違いなく下僕だよ。
そう言ったら、アシダカ軍曹はぺっちゃりから跳ね起きて、びよんびよんしだした。
一体、何のパフォーマンスなんだろう?
楽しそうだからいいか。
「フォレストブラックスパイダーが友達…」
「ブラックとか言うけど、軍曹は会った時から銀色だよ」
「恐らく、上位のガーディアン種だと思うんだが…迷いの森の主ではないだろうか」
「え、主?」
なにそれ、初めて聞いた。
アシダカ軍曹を振り返ると、自慢気に右前脚を挙げた。
主、らしい。
「軍曹、凄いんだね」
そりゃ、デカイ狼も瞬殺だよ。
主だもんね。
「グンソウが森の主と見込んで頼みがあるんだが」
「頼み?」
「迷いの森の出口まで、俺たちを連れて行ってはくれないだろうか」
「あーなるほど」
アシダカ軍曹がこの森の主なら、出口なんか絶対知ってるよね。
いいんじゃないかなあ。
とか、答えようとしたら、いきなりアシダカ軍曹に引っ張られた。
「え、なに? ちょっと待って」
一言言って、ウィリアムから離れる。
ウィリアムがコークスたちの所に戻るのを横目で見ながら、私はアシダカ軍曹に向き直った。
「もー、なに?」
見上げると、アシダカ軍曹は前足を挙げてわちゃわちゃしている。
ちょっとイラついている感じ。
「え、ウィリアムたちを出口まで連れて行くの反対なの? どうして? 面倒くさい? でもさ、みんなが森に残ってたら、私はやっぱり食べ物を譲っちゃうよ。そっちの方が面倒くさくない?」
だからさ。
空腹の人の前で、平気な顔でご飯とか食べられないって。
そう言うと、アシダカ軍曹はゆらゆら揺れた。
なんか葛藤があるようだ。
迷いの森にハマッたんなら、自力で出て行け。みたいな?
「軍曹、今回は多目に見てよ。あ、チョコレート食べる?」
チョコレートアソートの箱を出せば、軍曹の葛藤は頂点に達した。
「今回は、二粒食べてもいいよ。どれ食べる?」
わちゃわちゃしていた軍曹は、一瞬動きをピタリと止めたかと思うと、鋭い爪先でマンゴーとミルクティーのチョコを交互に指した。
はい、商談成立。
チョコレートは、一日一粒って決めてたんだ。
いくら食べても復活するから、在庫的な問題はないけど、だからといって際限なく食べてたら、体に悪いと思ったんだ。
大体、アシダカ軍曹ってば、蜘蛛じゃない? 蜘蛛ってチョコレートはどうなのよ、的な?
念のための処置っていうか。
まあ、贅沢ばっかりしたら駄目だよってことで。
アシダカ軍曹は素直に言い付けを守って、一日一粒だ。
アソートはいろんな味があるので、一粒だと全く飽きが来ないんだよね。
びよんびよんする軍曹は見てみたい気もする。