2-14 胃が痛い人たち
ギルドに到着したけど、四人の姿はなかった。どこに連れて行かれたんだろう?
取調室みたいな場所があるのかな。もしかした、留置場みたいな場所もあるかも知れない。
今回みたいに、違反者と言うか犯罪者が出たら、一時的に捕獲しておかないといけないもんね。
取り調べは専門の人がやるだろうから、私は関係ない。それとも別のどこかに引き渡すのかな。
「お待ちしてました」
受付の前でクレアが待ち構えていた。
そのまま何を言うでもなく、二階の応接室に向かわされる。
今回はルイスとルリが付いてきた。あと、ウィリアム。詳しい話とか、ウィリアムはできないんじゃないの。と思ったけど、多分ウィリアムは保護者枠。
この町にいる間、私はウィリアムたちの世話になっているからね。
巻き添えとも言うけど。
応接室に入ると、サブマスのロイドがいた。
なんか、顔色が一層悪くなっているような。
大丈夫か、この人。
ロイドは蛇に視線を止め、小さく息をついた。
そのままソファーを勧められ、みんなが座ったところで聴取開始だ。
私は市場からのことを話し、ルイスも同じようなところから話す。
その後は幾つかの質問に答えて終了、かな。
「それで、怪我はないかね?」
「うん」
頷くとロイドが若干ほっとした顔になる。
「それはなによりだ。彼らの従魔の譲渡に関しては、兼ねてより不審な点があったのだよ。ただ、譲渡の手続き自体は正規のものだったので、なかなか手を出せなかったんだ…」
「そのネフライトスネークは記録によりますと、五ヶ月前に譲渡されたフィーフィーに間違いないかと。初期の登録者はオリオ、譲渡後冒険者を止めてからの行方はわかっていません」
「フィーフィー?」
予想以上に可愛い名前だった。
でもって、本来の主は行方不明。
「故郷に帰ったのならいいけど」
相棒を奪われて、故郷に帰る。有りがちな話だ。問題は帰る場所があればよいんだけど。
「僕だったらルリを奪われたらもう、自暴自棄になってしまうなあ」
「心、折れちゃうのかな」
「折れるよ。きっと耐えられない」
ルイスは傍らのルリに抱き付いた。
ルリは嫌そうな顔をしたけど、空気を読んでかじっとしている。
アルは期待に溢れる瞳で私を見上げている。
「…はいはい、アルもぎゅーっ」
首もとを抱き締めると、嬉しそうに尻尾がぶんぶん揺れた。
「そのオリオって人も、自棄を起こしていないと良いんだけど」
「従魔は従魔使いにとっては特別な存在ではないのかね? そのネフライトスネークを育てるほど側に居たのであればなおさら」
ロイドが言っていることもわかる。
私がよく理解出来ていないのは、従魔を奪われたらどうなるかってこと。
全く、想像付かないんだよね。
私の回りにいる存在が強すぎて。
でもきっと、アルやひぃちゃんたち、アシダカ軍曹がいなくなったら、凄く寂しいんだろうね。ってことしかわからない。
ん。どうやら私の想像力はここまでが限度らしい。
「オリオって人ががどうしているか、さっぱりわからないけど、とりあえずフィーフィーは私が預かるよ」
「良いのかね?」
「乗り掛かった舟、的な? 森の家ならフィーフィーものんびりできるでしょ。でさ、オリオと連絡が付いて、フィーフィーと会いたかったら訪ねてくれたらよいと思う」
今さら、蛇が一匹増えたところで、大して変わらないでしょ。
フィーフィーだってリハビリがいるだろうし。
だったら森の家は丁度良いよね。
人にはほとんど会わないし。
鍛えたかったら、森に行けばいいんだし。
迷いの森だったら、鍛えられるよ、きっと。
「リムに頼むしかないな…」
「実際に、フィーフィーの主はリムになってますから」
「? 私、譲渡されてないよ」
いつの間に、フィーフィーが私の従魔になったの?
覚えがないけど。
「魔力差が大きい場合、希に主の書き換えができます。従魔の反発がほとんどない場合に限りますが」
「へえー」
そうなんだ。
「基本的には禁じられていますが、緊急避難措置の場合は認められています。今回はこれに当たるかと」
「確かに。それで問題はなさそうだ。ネフライトスネークに関しても、強力な毒を扱う。リムのところでの保護が、一番良いだろう」
毒?
フィーフィー、毒持ってるの?
「え、ヤバい毒?」
「かなり強力な麻痺毒です」
「ま、麻痺…」
つまりあれか。
獲物を麻痺させてから、ゆっくり絞め殺す、もしくは飲み込む?
意外とエグいね。
「従魔が主に使うことはないよ」
ウィリアムがぽそりと呟く。
だよね。
そんなホイホイ使えるなら、あの四人なんかとっくに食らってるよね。
「折角だ。後でネフライトスネークの毒を採集させてもらえるかね」
「買い取りってこと?」
「ああ、麻痺毒は貴重なのだよ。ネフライトスネークの毒は即効性があるからね」
麻痺か。麻酔代わりに使えばかなり有用だよね。
「わかった。フィーフィーもいい?」
フィーフィーに声を掛けるとスリスリしてきた。OKらしい。
にしても、蛇との意志疎通は蜘蛛以上に大変な気がする。
「とりあえず、フィーフィーの従魔登録もしておきましょう」
「うん、わかった。サブマス、話はこれで終わり?」
「ああ、充分だ」
「では、登録に参りましょう」
クレアに促されて席を立つ。
「リム、今日の買い物は中止にしてくれるか?」
「いいよ。時間はまだあるしね」
ウィリアムに言われて私は頷く。
なんかもう、買い物って気分じゃないしね。
ケチ付いちゃったし。
買い物で発散、っていうのもあるけど、余計なものは買いたくないし。
「今日はもう宿に戻るよ」
「そうしてくれると助かる」
そう言えば、迷子の私を探させるのに走り回らせちゃったな。
申し訳ないことをした。
「俺はまだ話がある。みんなと先に戻っていてくれ」
「りょーかーい」
ウィリアムだけを残し、私たちは応接室から出た。
◇◇◇
ドアが閉まると、ウィリアムは些か大きな息をついた。
「今回は、危なかったな」
「何事もなくて、本当に良かった」
ウィリアムの言葉を受けて頷いたロイドは胃の辺りを押さえる。
「リムに何かあったら、と思うと生きた心地がしない」
「全くだ。グンソウが突撃するような事態にならなくて、本当に良かった」
二人の懸念は専ら、アシダカ軍曹である。
万が一、リムが怪我でもしようものなら、激怒したアシダカ軍曹がどのような勢いで町に乗り込んで来るのか、二人でさえも想像できなかった。
そして、この町にいる冒険者がどれだけ対応できるのかも。
「市場ではぐれた時も焦ったが、どんどん市場から離れていくのは、肝が冷えたな」
「よく、見つけられたな」
「糸だよ。ひぃちゃんが糸を残していたらしい。ジュエルが辛うじて見ることができる」
「なるほど、だから間に合ったか…」
ロイドの言葉にウィリアムは首を横に振る。
「俺たちは間に合っていない。間に合ったのはルリだ。ルリが攻撃魔法を潰してくれなかったら…考えたくもないな」
「よくルイスがそこに居てくれたものだな」
「全くだ」
市場でルイスがリムに気付かなかったら、どうなっていただろうか。
リムが攻撃魔法を受けていたら…
想像するだに恐ろしい。
「何か報奨が出せるようにしよう」
「そうしてくれ」
従魔を不正に奪っていた一味を捕らえることができたのだ。
ルイス、いやルリの功績は小さくはない。
名目としては充分であろう。
フォレストブラックスパイダーのガーディアン種の来襲を事前に回避できた功績の方がよほど大きいが、これは公にはできなかった。
「いろいろ、幸運が重なったものだな。君たちがリムに最初に出会ったことも含めて」
「幸運か? 俺たちは確かに幸運だったが」
あの日、リムに出会わなかったら、迷いの森を無事に出られたかも怪しいのは確かだ。
その点において、ウィリアムたちは幸運だった。
「幸運だよ。リムやガーディアン種に敵対するものと遭遇していたら…リムが人間不信にならなかったのは、君たちだからだろう?」
「…敵対する選択肢は俺たちにはなかったのだが…」
アシダカ軍曹を前にして、敵対するのはかなり難しい。
力の差が歴然としているのだ。しかもウィリアムたちは空腹で、まともに動けるような状態ではなかった。
「それでも、愚かな選択をする者はいるからな」
「そうだな」
自棄を起こして、剣を取る短慮な者もいないとは言い切れない。
そう言った者はパニックを起こすと、予想外の行動を取る。
ほんの数分先の未来さえ考えることができないのだ。
まあ、ウィリアムたちもリムが気の抜けたことを言い出さなかったら、冷静にはなれなかっただろうが。
「…いつか、血でも吐きそうだ…」
「勘弁してくれ。あんたに倒れられた、このギルドはどうなる」
「わかったいる」
頷くものの、ロイドの顔色は余り良くはない。
「回復薬ではなんとかならないのか?」
「一時は誤魔化せる、そんなところだな」
「あんたも難儀だな」
ため息をつくウィリアムを、ロイドは白々と見た。
「原因の一端を連れて来たのは君たちだろうに」
「それこそ、選択肢はなかったんだよ」
肩を竦めるウィリアムに、ロイドは疲れたような息をついた。
胃痛はツライ。




