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2-13 一網打尽

ヘビ注意。


 足元で光るもの。それは糸だ。

 ひぃちゃんが張り巡らせた糸。


 私が路地裏に入る前に、ひぃちゃんは肩掛け鞄から出ていた。ウィリアムたちを探しに行ったのかなあ、と思ってたら違ってた。

 路地裏に入ってすぐに、ひぃちゃんはあちこちに糸を張りだしたから。私とアルは当然気付いていた。

 だから、私がぎゃーぎゃー言ってたのは、三人の気を逸らすためだ。

 蛇が元気だったら、きっとすぐに気づかれてただろうけど、あんなに弱ってたら無理だ。むしろ、無難にやり過ごそうと思ってたかも。そんなこと考える余力はなさそうだけど。


 三人がひぃちゃんの存在を知らないのは、まあ仕方がない。私も宣伝してないし。


 肩掛け鞄に入ってたら、わからないもんね。

 フォレストブラックスパイダーを従魔にしている変わり者がいることは知っていても、それが私だとは思わないだろう。何せ、私がこの町に居た期間は短い。

 後はずっと森の家だったから。


 糸に引っ掛かって転んだ三人は、順繰りに簀巻きにされていった。

 ぐるぐるではないけど、手足の自由は完全に奪われている。

 素手でひぃちゃんの糸を引き千切るのは無理だろう。亜人でも難しいんじゃないかな。

 ちょっと時間がかかったのは、ひぃちゃんしかいないから。ここにふぅちゃんがいたら、もっと短時間で繭レベルの簀巻きになっていただろうね。アシダカ軍曹なんてあっという間だったもん。


 繭にはならなかったけど、ミノムシのように三人は路地裏に逆さに吊るされた。

 ひぃちゃん力強い。

 人間の三人くらい、引き摺り上げて、吊るせるんだ。


「お、お前はなんなんだっ!」


 三人を見上げていると、悲鳴のような怒鳴り声が路地裏に響き渡った。


「ん?」


 見ると、路地の入り口辺りにもう一人立っていた。

 痩せた冴えない感じの。武器は持っていない。

 三人の仲間みたいだけど…あ、なんか魔力みたいのが渦巻いている。


 あ、ヤバい。あの人魔法使いだ。

 なんか攻撃魔法使おうとしてる。


 防御、防御! って、どうやるの? 防御とか練習したことないよ。


 どうしよう?


 なんて考えていたら。


 べしゃぁっ!


 魔法使いが潰された。

 デカい茶トラに。見覚えのある茶トラだ。


「あ、え…る、ルリ?」


 魔法使いを踏み潰し、その背中にバランスよくお座りをしているルリは私とアルを見て機嫌よく鳴いた。


「ルリ、間に合った?」


 ルイスも駆けてきた。ルリを見て、私たちを見て安堵の息をついている。


「ルイス? どうして?」

「市場で慌てている君を見て、なんだろうって思ったんだ。ルリも落ち着かない様子だったから追いかけてもらったんだよ。間に合ったみたいで良かった。で、この人たちはなに?」


 ルイスは路地裏に吊るされた三人を怪訝そうに見上げる。

 糸で口が塞がれているので、三人とももがもがしているだけだ。要領を得ないのも仕方がない。


「来てくれて助かったよ。この人たちね…私のこと脅してアルを取り上げようとしたんだよ」


 そう言うとルイスの顔が強張った。


「従魔の譲渡と言って、無理やり従魔が奪われるって聞いたことがあるけど…」

「ああ、それで合ってると思うよ。断ったら、暴力奮う気満々だったもん」


 そこそこ噂になってるんだ。


「いた! リーダーこっちだよ!」


 今度はフィッツが駆けてきた。

 フィッツに続いて、ウィリアムたちもやって来る。


「リム、探したんだぞ」

「こんなところで何やってんの?」

「え、なに、これ?」


 ウィリアムたちははぐれた私を探してくれたらしい。

 私を見てほっとつきかけた息は、ぶら下がる三人に気付くとそのまま微妙な顔で飲み込まれた。


「リム?」

「なんかね。無理やり従魔を奪う人たちらしいよ?」

「…噂を…聞いたことがある。コークス」

「りょーかい。ギルドに行ってくる!」


 難しい顔のウィリアムに頷いて、コークスは踵を返すと走り去る。

 ツーカーですなあ。


「怪我はない?」


 ジュエルが心配そうに覗き込む。


「うん、大丈夫。ひぃちゃんとルリのお陰でね」


 私はほとんど何もしていない。ぎゃーぎゃー騒いだだけ。

 まあ、下手に間合いを詰められないように気をつけはしたけどね。

 ひぃちゃんの糸に気付かれたら、水の泡だもん。


 もう一人、後ろに控えていたのは想定外だったけど。


 ああ、そうだ。

 四人目も拘束しないとね。

 攻撃魔法を仕掛けられたらまずい。


「ひぃちゃん、あの人もやっちゃって」


 そう声をかけると、糸を伝ってするすると降りてきたひぃちゃんは、ちゃかちゃかと四人目に近づく。

 ルリは最初は興味深くひぃちゃんを見ていたが、ひぃちゃんが糸を出すなりびよんと飛び退いた。

 キュウリに驚く猫みたいな飛び退き方だった。

 糸に絡まると面倒だということはわかっているらしい。

 ひぃちゃんから、結構距離を置いたよ。


 ってことは、ひぃちゃんの方が格上?

 ちょっかいも掛けないんだから、そうなんだよね。


 そうして気絶している四人目はすんなり吊るされた。


 これでひと安心?


 そう思っていると、視界の端で緑色のものが動いた。


 あ、蛇のこと忘れてた。


 見ると、路地の隅っこで一応糸が巻かれた状態の蛇が転がっていた。

 もぞもぞ動いてはいるが、敵意とか戦意は感じられない。それどころか、生命力さえも弱々しい。


 そう言えば傷だらけだったなあ。


 私は蛇に歩み寄った。


「大丈夫?」


 声をかけてみる。

 蛇がうごうごした。

 声が聞こえたのか、音を認識したのか。それとも思念的な?


 意思の疎通が出来れば良いんだけど。


「可哀想に…怪我は今治してあげるよ」


 下級の回復薬を出して、蛇にかける。


 うーん、全快とはいかない?

 飲ませた方が早いかな。

 でも、口は糸で括られてるし。


「ひぃちゃん、ちょっと糸切って」


 ひぃちゃんが足元でちゃかちゃか動く。この前足の上げ下げ具合には見覚えがある。

 アシダカ軍曹が抗議する時がこんな感じ。

 つまり、反対のようだ。


 まあ確かに、あの四人の従魔だもんね。


「大丈夫だよ、ね? 暴れないよね?」


 触れると一応拒絶しているみたいだけど、弱っているので暴れるまでにはならない。


「いいから、こっちにおいで」


 うごうごする蛇を何とか抱え上げる。

 すると、蛇はおとなしくなった。


「もう、嫌なこと、しなくていいからね」


 仕様がなしにひぃちゃんが糸を切ったところで、蛇の口に下級の回復薬を流し込んだ。


 全部を飲み干した蛇は、剥がれた鱗も幾らか回復していた。

 少しは痛いの治まったかな。

 蛇はそのまま私の肩にへと移動する。


 まさにスネークショーのあれ。

 首に大きな蛇をぶら下げて記念撮影のあれ。

 でも、この蛇は大きさの割には重くない。


 ひんやりすべすべの蛇を撫でていると、バタバタと足音が近付いてくる。


「リーダー、連れてきたよー!」

「おう、ウィリアム。違反者だって?」

「従魔絡みのアレだって?」


 コークスの後から顔を出したのは、体格のよいおじさんとお兄さんたち。全員で五人?

 みんな、パワー系だ。


「ああ、リムが脅されたらしい。返り討ちに遭ったみたいだが」

「返り討ち…」

「なんでぶら下がってんだ?」

「おお、シルヴェリアウルフの嬢ちゃんか!」

「これ、フォレストブラックスパイダーの糸だ…」

「フォレストブラックスパイダー!?」

「あの、従魔使いかよ!」


 路地裏に来た五人は、状況を見ながら口々に言っている。

 みんなが好き勝手に話すから、誰が何を話しているかさっぱり解らない。


 ただ、最後の言葉の後で、五人がほとんど同時に私を振り返った。


「ネフライトスネーク?」


 私の首に掛かっている蛇を見て、若干引き気味だ。


 アルの話が出て、ひぃちゃんの話が出て、振り返ったら蛇と言う状態なので、みんな混乱している。


「この蛇は、あの人の。でもきっと、誰かから奪った子だと思うのよね」

「そ、そうか…」


 何故か、五人は私から視線を逸らした。


 原因は、蛇の上にひぃちゃんがよじ登って来たからのようだ。


 足元にシルヴェリアウルフ、首に蛇、その上にフォレストブラックスパイダーと言うのは、確かにシュールを通り越してカオスかも知れない。


 目を合わせたくないのもわかる。


 ちなみに、足元のアルはおとなしく座っている訳でもなく、蛇に向かって文句を言うように吠えている。


 蛇がいる位置が気に入らないらしい。


 アルは出会った時にはもう結構大きかったから、抱き抱えたことないしね。

 そーゆーところが気に入らないのかな。


「アル、もうちょっと我慢してね」


 アルを宥めている間に、四人は地面に下ろされ、順に連行されて行った。


「とりあえず、落ちついたかな?」

「リムはこのまま、ギルドだよ」

「なんで?」

「事情聴取とか、あるからな」

「そっかあ」


 買い物はここで中断。私たちはぞろぞろとギルドへと向かうことにした。





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