20 訳あり物件?
到着しました。
森を進んでいた馬車が不意に停まった。
「着いたぞ」
ウィリアムの声に私は馬車から降りる。
森の中にぽかりと開けた場所だった。
目の前には膝丈くらいの柵があり、その開けた場所をぐるりと取り囲んでいる。
こんな低い柵で、何が避けられるんだろう。
山羊? でも、山羊って意外とジャンプ力あったような?
そもそも、山羊いないし。
奥には小さな家が建っている。
うん。可愛い家。
森の中の良い魔女が住んでそうな感じ。悪い魔女とか山姥が住んでそうなおどろおどろしい感じではない。
大きさは、日本でも普通な一軒家くらい?
ぱっと見て違和感がないから、そんなもの?
ここがミーアの家かあ。
「結界の確認がしたいので、玄関のドアを開けてもらえますか?」
ぽけっと家を見てたら、クレアに声をかけられた。
「はーい」
そうそう、この家の中に入ることができるか、確認しに来たんだった。
最優先事項だよ。
私は正面に伸びた小道を進む。
柵の辺りを越えた時に向かい風が吹いて、ちょっとだけ歩きにくかったけど、風はすぐに止んだ。
家の近くにあるのは、畑かなあ?
雑草がぼうぼうになっている訳ではないが、畝らしきものが手入れされてないのは解る。
その横を通り過ぎ、ドアの前に着いた。
さあ、果たして開くのか? ドアが開くイコール結界は効かないでいいんだよね?
ひとつ大きく深呼吸をしてから、ドアノブに手をかけた。
捻ると、ガチャリと音がして、ドアが開いた。
「お邪魔しまーす」
黙って開けるのは躊躇われたので、一応挨拶をしておく。
ドアは思ったより軽く開いた。
大きく開けると室内が見える。
ドアを開けてすぐが居間だ。三和土とかないのが、外国よねー。
そんな居間に人がいた。小さくてぽっちゃりで品の良さそうなお婆ちゃんが。
「あら、いらっしゃい。良く来たわねぇ」
お婆ちゃんは私に向かってにっこり笑った。
ばたん。
思わず、ドアを閉めてしまった。
「どうしたんですか?」
後からやって来たクレアが、不思議そうに聞く。
「人がいたよ…」
「えっ?」
「あり得ないっす。人が住んでる報告なんかないっすよ」
「だって、いたもん。小さくてぽっちゃりで品の良さそうなお婆ちゃんがいたもん!」
気のせいなんかじゃない。
絶対にいたもん!
私が意地になって言い返すと、クレアとブライスは顔を青ざめさせる。
「小柄でぽっちゃりで品の良さそうなお婆ちゃん?」
「それってミーアさんじゃないっすか」
「えー、マジ勘弁してー」
幽霊は困る。今まで遭遇したことないけど、困る。
曰く付き物件だとはわかってたけど、幽霊は困るのよー!
「おお、どうした?」
「えーなになに?」
「あ、ドア開くよ?」
「中に入れるってこと?」
クレアたちの後から来たウィリアムたちは、私の反応を気にしつつも、開いたドアから中に入ってしまった。
「え、ちょっと待って」
慌ててウィリアムを追いかける。
「別に誰もいないぞ?」
室内に人がいたと言う痕跡はない。
残されたテーブルとか椅子にうっすらと埃が詰んでいる。
「誰もいない?」
「いないよー」
じゃあ、さっきのお婆ちゃんはミーアの幽霊確定ってこと?。
人がいた方が良いのか、いない方が怖いのか。なんとも微妙な選択だ。
「ふーくーざーつー!」
頭を抱えていると、部屋の奥に進んだコークスがドアのノブをガチャガチャしている。
「こっちは鍵がかかってるよ」
「家の中でも鍵をかけるの?」
「リム、あのドアを開けてください」
「え、私、鍵持ってないよ?」
「大丈夫だと思うっす」
「よくわからないんだけど…」
私はドアに歩み寄り、ノブを回した。
と、ドアが難なく開く。
「あ、開いた」
ドアの向こうは台所だ。竈や鍋が見える。
「リム、じゃあこっちは?」
別のドアの前でフィッツが呼ぶ。
そちらもノブを回すと簡単に開いた。
ドアの向こうは短い廊下。右のドアを開けると作業場のような部屋で、左のドアを開けると寝室だ。
「これはちょっと変わってるな?」
ウィリアムが作業場の隣にあるドアノブをガチャガチャしている。
確かに、このドアは他のより頑丈そうだ。
しかし、ウィリアムに開けられないドアも、私がノブを回すとすんなり開いた。
どうやらこれは地下室への階段らしい。
「リムが触るとドアが開くのね」
ジュエルが不思議そうに、地下室への階段を覗き込む。
「うん、一体なんなんだろうね?」
「それも不思議だが、この家の中は三年も経ったような感じがしないな。精々三ヶ月、くらいの感じだ」
「あ、それは俺も思ったー。埃とかちょっとしか詰んでないよ」
「そうそう、家具も傷んでるようには見えないよな?」
ウィリアムたちの疑問は私も感じた。
幽霊がどうのと言うのは置いておいても、この家は驚くほど綺麗だ。
埃だけじゃない。どこにも蜘蛛の巣が張られていないし、虫の死骸さえないのだ
廃墟なんてとんでもない、ちょっとの間留守にした家でしかない。
「結界の中は時間の流れがかなり遅かったと言うことですね」
「それは検証されてたっすよ。外から確認できる畑だってほとんど荒れてなかったじゃないっすか」
「畑? え、まさか庭も結界の中だったの?」
「はい、正解には柵の内側全てです」
クレアは真面目な顔で頷いた。
「私、普通に来たよ?」
そう言えば、庭の中に入るとき、向かい風が吹いたね。あれがもしかしたら、結界の抵抗だったってこと?
「庭に入れたから、まあ大丈夫だとは思ったっすよ。ドアを開けて確定って感じっすね」
「ああ、だから家の中のドアも最初はリムしか開けられなかったのね」
「そうっす。リムがこの家に認められたから、ドアが開いたっす」
「へえ…」
不思議ねぇ、結界って。
あ、でも認められたってことは。
「ここに住んでいいってこと?」
「はい、居住は認められます。ちょっと失礼します」
話の途中で、クレアは居間のテーブルに向かうと、手のひらでテーブルをざっと撫でた。
すると、テーブルの上の埃がクレアの手に集まる。
クレアは玄関のドアを開けると埃の塊をぽいと外に投げ捨てた。
「埃だけで良かったです」
今のは風の魔法で埃が集めたってことかな。
便利だな生活魔法。やはり、私もきちんと覚えなくっちゃ。
クレアはテーブルの上に書類を広げた。
「この家の賃貸契約書です」
「賃貸?」
「はい、賃貸と言っても家賃は発生しません。その条件としては二ヶ月に一度、ミズル草を納品することとなっています。期間は一年。この一年の間の納品の実績を持ちまして、賃貸契約から譲渡契約に移行します」
あくまでミズル草ありきの契約だ。
それだけミズル草が定期的に必要なんだろう。
「実際には、リムしか住めない家なんだけど、ギルド管理の物件なんで、なあなあにはできないっすよ」
「うん、いいよ。別に。ここに住めるなら、私としてもありがたいし」
ゆーれー的なものはスルーしておく。
今現在、気配はかけらもない訳だし。
ミーアの姿をしてたけど、この家の歓迎の証とでも思っておくよ。
うん、そうだ、そうに違いない。今、決めた。私がき。
「では、こちらにサインを」
示された場所に名前を書き込む。
日本語でも、何か変換かかるのは便利ねー。
「はい、契約は成立しました」
クレアがそう言った瞬間、契約書が淡く光った。
「契約魔法か。よほどの物件なんだな」
「ミーアさんちだもんなあ」
さすが、森の魔女。持ち家も特殊なのか。
「できたら、回復薬とか作って欲しいっすね」
「まあ…チャレンジはしてみるよ」
「完成した際は、ぜひギルドに」
「わかりましたあ」
回復薬とか、作れるようになるといいよね。どこの世も、手に職をつけた方が生活しやすいもの。
まあ、時間はあるんだから、のんびり行こう。
「じゃあ私、軍曹に知らせて来るね」
「えっ、グンソウさんが来てるんですか?」
「グンソウさんって、どんな人っすか?」
「あ…止めた方が…」
外に向かって駆け出す私を、クレアとブライスが追いかける。
ジュエルが二人を止めようとするが、そんな声二人が聞いているはずもなかった。
クレアたちが付いて来ていることなど気付かず、私は柵の所まで来ると森に向かって大声をあげた。
「軍曹ーっ! 私、今日からこの家に住むことになったよー!」
アシダカ軍曹、聞こえたかな。
ひぃちゃんに伝言頼んだ方がいいかな。
なんてことを考えてると、森からアシダカ軍曹が突進してきた。
久しぶりに見上げるアシダカ軍曹はやっぱり大きかった。
アシダカ軍曹は私の目の前で止まると、前足をわちゃわちゃ動かした。
その様子は。
えー駄目だよ、駄目だよ。こんなとこ駄目だよ。
って言ってるように見えた。っていうか、実際に言ってるんだろうなあ。そんな気がする。
「えー駄目なの? ここなら森に近いから軍曹は来やすいし、私も森に行きやすいよ?」
言っても、アシダカ軍曹のわちゃわちゃは止まらない。
「でもさあ。家なら竈とか鍋とかあるから、煮込み料理とか作れるよ。シチューとか食べたくない?」
私はシチュールウを二種類持っているのだ。
砂糖や他の調味料も買ったから、ちゃんとした生姜焼きが作れるし、肉じゃがだって作れる。
「焼く、茹でる以外も作れるよ?」
野宿でも、竈を作れば何とかなるような気もするけどね。
でも、台所の竈の方が火の調整とかきっとしやすいと思うのね。
そう言うとアシダカ軍曹はゆらゆら揺れた。
おお、考えてる考えてる。
これが出ると、アシダカ軍曹の陥落は近い。
美味しいご飯の誘惑と戦ってるに違いない。
あともうひと押し。
「軍曹用の大きなお皿も買ったんだよ?」
「!」
アシダカ軍曹がびよんとひと跳ねした。
自分用の皿で美味しいご飯と言うのが決定打となったようだ。
アシダカ軍曹は渋々と私がこの家に住むのを了承した。
ちなみに、この家と皿の因果関係はない。
が、それを口にする私ではないのだ。
無事、アシダカ軍曹の了承を得たことにほっとしてると。
バタリ。
背後で物音がした。
振り返るとクレアが気絶していた。ブライスはへたり込んでいる。
「フォ、フォレストブラックスパイダーのガーディアン種ぅ!?」
ブライスは真っ青を通り越して真っ白な顔でアシダカ軍曹を見上げている。
もしかしたら、鑑定のスキルでアシダカ軍曹を見たのかな。
「あり得ないっ、あり得ないっすよ。ガーディアン種は迷いの森の深部にいるはずっす!」
ブライス、大丈夫かね?
なんか、もう、ブライスまで倒れそうだよ。
クレアなんてぴくりとも動かないし。
「どーしよー! クレアさん気絶しちゃったよー!」
私はとりあえず、ウィリアムたちに助けを求めた。
普通の人は、きっと気絶すると思います




