2 胃袋がっちり
現在何故か、アシダカ軍曹と森を歩いている近藤里美です。割りと元気です。
未だにここがどういう世界なのかは解りません。人間、いるのかなあ?
あれから、空間収納の中にスーパーで買ったものも、通勤用のショルダーバッグもA四書類等持ち運び用セカンドバッグも入っていることがわかりました。笑っちゃうことに、スーパーのカートもあったよ。何かの役に立つ日が来るかな? カートが入るくらいだから、割りと容量はあるみたい。どれくらいかは解らないけれど。
空間収納は時間停止でしかも、消費したものが復活する親切設計でした。
スナックパック、ハンバーグの残りの一個を食べようとしたら封を切っていない完品が出た時は驚いたわー。
野菜ジュース飲んでも飲んでも、空間収納から取り出せたし。
あ、飲んだのは確認しやすい洋梨ミックス二つの方だよ。
一つ飲んで、もう一つはアシダカ軍曹にあげたんだ。
野菜ジュース飲んでも、アシダカ軍曹はゴロゴロ転がって、謎のダンスを踊ってたよ。
これが止めだったようで、完全にアシダカ軍曹になつかれたみたいなんだよね。
胃袋を掴めば良いと言うのは、蜘蛛にも通用するらしい。大きさは関係なかった。
アシダカ軍曹はとにかく強くって、遭遇する狼はさくっと一撃で仕留めた。
仕留めた後は、綺麗に捌いて、毛皮を私にくれる。肉はアシダカ軍曹が食べた。なんか、仕方なしに食べてる感じ。
食べ終わったら、もの言いたげに私を見るので、スナックパックの半分をむしってあげる、までが一連の流れだ。
えっと、これって狼を仕留めて捌いて毛皮をくれるお礼と言うより、お駄賃みたいな感じ?
いや、いいんだけど。スナックパック半分でこれだけしてくれるならありがたいよ。
今も、でかい猪をさくっと仕留めた。
狼と同じ流れになったけど、ちょっと止める。
猪なら、食べられるじゃない? っていうか、温かいもの食べたい。
とりあえず、交渉だ。
「軍曹、鉄板あって火があったら、豚肉なら焼いて食べられるよ?」
アシダカ軍曹はいつもの流れで、猪を三枚? に卸すと、一旦動きを止めた。
暫しゆらゆら揺れてたかと思うと、右足を挙げふいっとどこかに消えた。ゆらゆらは考え中ってことかな。
「あ、あれ、軍曹?」
アシダカ軍曹、どこに行ったんだろう。
毛皮と肉はとりあえず、空間収納に仕舞う。
血の匂いに虫とか他の獣が来たら嫌だし。
しばらく、待っているとアシダカ軍曹がなにかを背負って帰ってきた。
糸にぐるぐる巻きにされてアシダカ軍曹の背中から下ろされのは、鎧だった。
西洋の甲冑みたいな上半身部とトンがった冑。
新しくはない。
ついでに中身もない。
良かった。中身が入っていたら泣くところだった。
アシダカ軍曹は糸の中から鎧を取り出すとメキメキと分解した。
そして、丁度胸当て辺りを私に差し出す。
「え、これ鉄板?」
確かに鉄板っぽいけど、古そうなのに錆びてないから普通の鉄板とは違うようだ。
材質はまあいい。
問題は。
「軍曹、鉄板洗いたいんだけど、水場は遠いかな?」
洗わないで使えないよ。いろいろ怖い。
バイ菌以前にヒト的な何かがさ。
アシダカ軍曹はゆらゆら揺れて考えた後、鉄板その他を再び糸でまとめて歩き出した。さっき鎧をまとめていた糸は拾って空間収納に入れておいた。何かの役に立つかもだしね。
三十分くらい付いて歩いたところで川についた。
水は綺麗なようだ。
じゃあ、洗いますか。
「軍曹、鉄板その他を川に浸けてくれる?」
言うと、アシダカ軍曹は糸を解いて、鉄板その他を川に入れた。この糸も拾っておく。
私は近くの藪から枯れたのを何本か引っこ抜き、葉をむしり纏めて簡単なたわしのようなものを作り、鉄板をわしわし擦る。
まず簡単な汚れを落とす。
土埃をこ削ぎ落として、空間収納から歯みがき粉を取り出す。
食器洗剤は買ってないんだよねー。だからと言って洗濯洗剤やシャンプーで洗う訳にはいかないし。
なら、歯みがき粉を使えばいいじゃない。
研磨剤入ってるし、殺菌成分入ってるし、濯ぎ漏れがあっても人体的に問題ないし。
完璧。
普段、茶碗洗う時に歯みがき粉なんか使わないけどね。
でも汚れが落ちるならいいよね。
使っても、復活するしね。
と言う訳で、川の水は冷たかったけど、頑張ってごしごし洗ったよ。
「あ、軍曹。これ、この辺りで切ってくれる? で、こっちはこう半分にして、角とかギザギザ部分は潰してくれると助かるんだけど」
鉄板と冑を洗ってるうちに鎧の残り、脇と背中部分を切り分けてもらう。
背中はまな板と軍曹の皿替わりに、残りを私用の皿替わりにしたかったから。
アシダカ軍曹は私の希望通りに鎧の残りを切り分け、バリ取りをしてくれた。
おう、どうやったんだろう? 綺麗にバリと角が取れてる。
皿として使っても安全そうな鉄板ができたよ。
それも、歯みがき粉で洗って、一安心。
うはー寒い。
気候は日本の十一月くらいだから、川は冷たいよ。ダウンコートあって良かった。
鉄板を洗い終わり、川辺の石を積んで、簡単な竈を作る。鉄板は竈の脇に置いて、近くから拾い集めた枯れ枝もくべて…
「軍曹…火を点けられる?」
そっと振り返ると、簡易竈に近付いたアシダカ軍曹は薪の中に前足を突っ込んだ。
途端、薪に火が灯る。
さすが異世界。こういう風に魔法は発現するんだ!
アシダカ軍曹クラスだと、何かできるんじゃないかなあ? って思ったんだよね。
っていうか、猪肉が焼けるって言ったら、すぐさま鉄板を入手してきた辺り、焼く力があると思ったんだよ。
「じゃあ次に、お肉をこれくらいの厚みで切ってくれる?」
残った鉄板に収納空間から取り出した猪肉を置く。
そして親指と人差し指で一センチくらいの厚さを作って見せる。
と、アシダカ軍曹はシャキシャキと猪肉を切り始めた。
私は冑に水を汲み歯みがき粉を溶かして、そのま竈に設置する。
平たい板は洗ったらそれでいいと思うけど、冑はなんか一度煮沸しときたいんだよね。
とりあえず冑が煮えるまで放置で、薪を追加してからアシダカ軍曹を振り返る。
厚さ一センチのステーキ肉は、山になっていた。
えーと、これをどうしようか。
焼くのは決まってるけど、まずは筋切りして叩いておきたい。
下味…塩胡椒はないかあ。買ってないなあ、塩胡椒。
調味料はめんつゆとゴマダレ、あとシチューのルーだっけ。
うーん、ソースも欲しかった。焼き肉のタレとかさ。せめて塩。
なんで、塩とソースを買ってないんだあ。
心の中で叫んだら、手のひらに現れた。
塩とソースの小袋が二つ…えっと、この塩ってパッケージからして去年の会社関係者のお通夜の時に、香典返しについてたやつだ。つまり清めの塩…塩には違いないか。ソースは先週食べた、コンビニのお好み焼きについてた。お好み焼きはもうソースがかかってたから、追加投入しなかったんだよね。
そうか、塩はショルダーバッグにソースはセカンドバッグに放り込んだままだった。あと、この濃い口ソースは…ああ、お弁当についてたんだ!
…ま、いいか。
塩とソースがあったよ。ちまちま面倒だけど、使いきっても復活するしね。
じゃあ、筋切りをしよう。このミニカッターナイフで。
刃渡り四センチのカッターの刃は除菌ウェッティで念入りに拭く。
それからちまちま筋き切りして、爪楊枝でぶすぶす刺して洗った川原の石でがんがん肉を叩いて、一枚ずつ塩を塗り込んだ。
正直、すんごい大変だった。石で肉を叩いている時は、一体どこのゲンシジンかと情けなくなったよ。
一頻り下処理が終わる頃には、冑はすっかり煮上がっていた。
冑のお湯は、アシダカ軍曹に捨ててもらった。熱くて持てなかったから。
冑をどけて、鉄板を竈に乗せる。
脂身の塊を鉄板に置いて、例に因ってセカンドバッグに入れていた割りばしでを使い鉄板に油を引く。
よし、油が行き渡ったな。
「じゃあ、軍曹、行くよー」
鉄板に猪肉を乗せられるだけ並べると、ジュワーと良い音と共に肉の焦げる匂いか漂う。
「わー良い匂いー」
美味しそうな匂いだ。
背後でアシダカ軍曹がゆらゆら揺れている。
「楽しみだねぇ」
火の加減に注意しながら、鉄板を見つめる。
そろそろ片面焼けたかな。ではひっくり返して。うん、いい焼き目が付いてる。
じゃあ今のうちにソースの準備をしておこう。
ショルダーバッグから、シリコンの折り畳みコップを出して、ちまちまとお好み焼きソースを溜める。
折り畳みコップはうがい用に入れてたんだけど、こんなことで役に立つとはねえ。ビバ百均!
ソースが溜まったら、肉に爪楊枝を刺して、肉汁が透明ならよし。
まず一枚を自分の皿、もう一枚をアシダカ軍曹の皿に置いた。
「まず、塩のみの確認ね」
一口食べる。
まあまあ美味しい。猪を食べたことないけど、これは高い豚の味。
アシダカ軍曹は熱いのもものともせず、一枚ぺろりとたいらげた。
そして謎の踊り。
うーん、転がるほどではないのか。でも踊ってるんだから、美味しいには美味しんだな。
塩だけだと、ちょっともの足りないなあ。
「じゃあ、次ね」
アシダカ軍曹の皿に一枚追加してソースを少なめにかける。
濃い目のソースだから、たっぷりかけなくても大丈夫でしょ。
私の分にもソースをかける。
そして、一口。
「うん、美味しい」
「!」
やっぱりソースは裏切らない。
アシダカ軍曹が転がるのだから、かなり気に入ったようだ。
私は一枚でお腹一杯だけど、アシダカ軍曹はまだ入りそうなので、残りの分は全部ソースをかけてあげた。
焼いてないものは、空間収納に入れる。
全部食べ切ることもないしね。
明日、また焼こう。
焼きたてのお肉は本当に美味しかった。
やっぱり、温かいといいよね。