18 名前ほど可愛くない
草原?を行く
今日も今日とて馬車はドナドナ進む。
馭者台にいるのはコークスだ。
馭者はコークスとウィリアムとブライスの三人で交代している。
フィッツはどうしてローテーションに加わらないのか不思議だったけど、遠距離攻撃のフィッツとジュエルはいつでも不測の事態に対処できるように、待機してるんだって。
だから、順番に馬車の後ろの方に行くのね。
何かの襲撃が万が一あったら、威嚇もしくは撃退の攻撃を仕掛けるために。
なるほど。
感心していると、馬車の後ろにいたフィッツがウィリアムを振り返る。
「リーダー、プレイリーウルフの群れだ!」
「え、プレイリードッグの親戚?」
プレイリードッグは、可愛いよね。もさっとした感じがさ。
「プレイリーウルフだよ!」
律儀に訂正するフィッツの隣から外を見たら、茶色い狼が見えた。
見える限りでは、五頭くらいいる。
わくわくで覗いたプレイリーウルフは、
「可愛いくない!」
がっかりだった。
プレイリーって言ったら、小さいずんぐりむっくりなの連想するじゃん!
なのに野生の狼は全然可愛いくなかった。っていうか、プレイリーウルフは私の知ってる狼よりもずっと可愛いくない。
茶色いバッサバサの毛皮が特に。
「コークス、プレイリーウルフが出た。馬のスピード弛めるな」
「りょーかい!」
馬車のスピードが上がった。揺れも酷くなる。 うわあ、舌噛みそう。
「上に上がるよ!」
フィッツはそう言うなり、幌の上に上がった。
直ぐ様放たれた矢が見えた。
残念ながら、一矢目は当たらなかった。
幌は安定悪いし、そもそも馬車は揺れるからね。そう簡単には当たらない。標的もかなりの速さで移動しているのでなおさらだ。
「ジュエルも頼む」
「わかったわ」
ジュエルが後方に向かって、火の魔法を放った。
これも当たらない。
難しいね。
「やばい、リーダー! もうひと群れ来た!」
「なんだと!」
おおーこれはまさかの挟み撃ち?
「数は?」
「始めが六頭、後のが五頭!」
「そこそこいるっすね」
ブライスが嫌そうに呟いた。
「プレイリーウルフは持久力がかなり高いからな。ニ群れが相手では、下手をすればこちらの馬が負ける」
狼って何キロも走れるって言うしね。
迷いの森の狼は、単独で出くわすことが多かったから、そんなものかと思ってたけど。普通、狼の戦法はこれなんだ。
「もしかして、ヤバいの?」
「リム、体を乗り出していると落ちますよ」
クレアが私の手を引いた。
落ちたら、プレイリーウルフの餌確定だよね。
わーやだやだ。
身震いして、私はガタガタ揺れる馬車の中を這い戻る。
と、肩掛け鞄からひぃちゃんたちが出て来た。
「ひぃちゃんふぅちゃん、危ないよ」
這い出して来たひぃちゃんたちは私の声に止まることなく、馬車の後方に向かうとぽいと外に飛び降りた。
「ええっ? ひぃちゃんふぅちゃん!」
「うわあ、なんすか?」
「なんだ、どうした!」
馬車の中に私の悲鳴が響き渡る。
ブライスが飛び上がり、ウィリアムが私を振り返る。
「ひぃちゃんとふぅちゃんが、馬車から飛び降りちゃった」
「ひぃちゃんたちが? 馬車を戻す余裕はないぞ!」
プレイリーウルフの群れから必死で逃げてるのだから、ひぃちゃんたちを回収しに戻る訳にはいかない。
それはわかってるんだけどー。
「あ?」
私たちの葛藤をよそに、幌の上からフィッツの変な声が聞こえた。
「フィッツ、どうした?」
「プレイリーウルフが、スッ転んだ。全部…」
「はあ?」
意味がわからなくて、私たちは馬車の後方から外を見る。
つい先刻まで追いかけて来ていた、プレイリーウルフの姿がない。
なんか遠くでじたばたしているような?
それっぽい動きが何とか見える。
「プレイリーウルフは追って来ていないのか?」
「来ないよ。みんな、じたばたしてるだけ」
フィッツの返事に数秒考えていたウィリアムは小さく頷いた。
「そうか…コークス、馬車を戻せ。この際だ、プレイリーウルフに止めを刺しておく!」
「りょーかーい」
コークスの返事の後、馬車に横からのGがかかる。急反転したようだ。
そうして、じたばたしているプレイリーウルフの近くで馬車は停まった。
と、言っても、あの辺にいるな、っていうのが解るくらいの距離。あんまり近付き過ぎるのも、何かあった時危ないもんね。
「確かに、起き上がっては来なさそうだな。フィッツはそのまま警戒! コークス、ジュエル行くぞ」
「ブライス、手綱頼む」
「了解っす」
ブライスが馭者台に移動して、コークスから手綱を受け取る、
私とクレアは、荷台から様子を伺うだけだ。
三人は各々、プレイリーウルフに慎重に近付き、止めを刺して行く。
馬車から様子を見ていたけど、凄く簡単にさくさく仕留めていく。
「こんなに簡単でいいのか?」
コークスが首を傾げながら、馬車まで戻ってきた。
片手に一頭ずつプレイリーウルフを引き摺っている。
ジュエルは両手で一頭、ウィリアムも片手に一頭ずつ。これでも半分の数だ。
「一体、何があったのですか?」
プレイリーウルフの脅威はないと判断したクレアが馬車から降りた。私もその後に続く。
プレイリーウルフを手放したウィリアムはクレアに空いた右手を見せる。
きらきらしたものが絡みついていた。
「糸、ですか?」
「これがプレイリーウルフの足に巻き付いていた」
「ああ、うん。足に絡まっていたから、動けなかったみたいだよ」
「焦って余計にぐちゃぐちゃになってたのもいたわ」
「恐らく、ひぃちゃんたちの糸だろう」
「えっ、ひぃちゃん?」
いきなり名前が出てびっくりしていたら、ひぃちゃんたちが戻ってきた。
「あ、お帰り。プレイリーウルフに糸かけたって、本当?」
聞くと、ひぃちゃんとふぅちゃんは自慢げに前足を挙げる。
「そっかあ、ありがとー」
お礼を言うと、ひぃちゃんたちは機嫌良さそうに、肩掛け鞄に潜り込んだ。
「フォレストブラックスパイダーの糸ですか…あの個体のものでしたら、プレイリーウルフには切れませんね」
「その糸、もらってもいいっすか?」
馭者台から降りてきたブライスが言うと、ウィリアムは少しだけ考えた。
「他のプレイリーウルフに絡んだ糸も集めると、結構な量になる。俺たちとしては、売りたいが…」
そう言って、ウィリアムは私を見た。
「いいだろうか?」
「? いいんじゃない? プレイリーウルフを仕留めたのウィリアムたちだし」
「そうか。ブライス、そう言うことだ」
「残念っす」
「仕方ありません」
残念がるブライスに、やっぱりクレアは冷ややかだった。
ひぃちゃんたちの糸のことがあるので、フィッツも幌から降りてきて、四人でプレイリーウルフを回収しにいく。
集められたプレイリーウルフが地面に並ぶのは圧巻だった。全部で十一頭だもんねえ。
「全ての糸を解くのは時間がかかり過ぎますね」
「そうだな…あまり時間はかけられないか…」
「他のプレイリーウルフが来ても困るよね」
また襲撃される可能性もあるよね。
「じゃあ、私が仕舞っておくよ」
「すまないが、頼む」
「りょーかーい」
私はプレイリーウルフをポイポイと空間収納に放り込む。
十一頭はあっさり空間収納に入った。
空間収納の容量はどれだけなんだろう。
買い物の荷物も入って、プレイリーウルフも入った。
結構な量だよね。
いつか、容量は調べておきたいな。
「じゃあ、行こうか」
ブライスと再び交代して、コークスが馭者台に上る。
「血の匂いが残っているからな。さっさとここから離れよう」
馬車は再び走り出した。
夜。
野営の準備を終えて、私とクレアとジュエルが夕御飯の準備をしている間に、ウィリアムたちはひぃちゃんたちの糸解きと多少余裕ができたのか、数頭のプレイリーウルフも捌いている。
一人一頭なので、四頭で今夜の分は終わった。
私は糸を解いた残りのプレイリーウルフと毛皮を再び空間収納に放り込んだ。
「帰る時に渡すね」
「よろしくー」
帰りは私の分のスペースが空くから、毛皮はそこに置けるしね。
「じゃあ、ご飯にしよー」
ふぅちゃんにアシダカ軍曹へのお土産を渡したら、私たちもごはんだ。今夜はスナックパック、ハンバーグにした。
「ふぅちゃんが帰って来たら、ひぃちゃんにもお菓子あげるからね」
残ったひぃちゃんにこそりと言うと、ひぃちゃんは嬉しそうに謎ダンスを踊った。
夜更けにふぅちゃんが帰って来たところで、焚き火からちょっと離れる。
「今日はふたりとも頑張ってくれたから」
取って置きのチョコレートアソートを出す。
チョコレートの箱を見るなり、ひぃちゃんたちは狂喜乱舞だ。
自分たちで選んだものをあげる。
それをもちゃもちゃと食べたひぃちゃんたちは、昨日の桃の野菜ジュースを超えるはしゃぎっぷりだった。
「ちょ、落ち着けー」
びよんびよん具合もハンパない。
しばらくびよんびよんしていたひぃちゃんたちは、さすがにフラフラになったところで、びよんびよんを止めた。
なんて言うか…本末転倒?
フィールドかプレイリーか、少し迷った




