17 初めてでもない野宿
冷凍イカもスパッと。
馬車は順調に進む。何事もなく野営予定地に着く頃には、日も大分傾いていた。
ウィリアムたちが、野営の準備を始める。大変手際がいい。プロだなあ。
素人の私に手伝えることはないので、準備の様子を観察するのみ。
テントは張らないらしい。
天気が悪い時のみなんだって。
女性陣は馬車で寝て、男性陣は外で火の番をしながら寝るんだって。
ブライス含めて四人いると、火の番も楽だとコークスが言っていた。
私は森で暫く暮らしてたから、野宿にはまあ慣れているんだけど、こんな大勢は初めてなので何か不思議な気分。
夕御飯は鍋に水張って、野菜とか肉とか調味料を入れて、スープを作るのも初めてで、キャンプみたいで楽しい。
もちろん、火は私が点けたよ。
鳴らない指パッチンで、さくっとね。
料理はクレアとジュエルが中心で作るのを私も手伝った。
具材切るとかはできるのよ。
新しい包丁買ったしね。早速、切れ味を試したよ。
トマトも崩れることなくスッパリいったよ。包丁のCMみたいで気持ち良かった。今なら凍った鯖もさくっといけるさ。やってみたいけど、ここに鯖はない。残念。
後は串焼き肉。定番メニューらしい。下味付けた肉を串に刺して焼くだけ。スペシャル時短メニュー。素晴らしい。
肉が焼ける間に、ひぃちゃんにアシダカ軍曹へのお土産を頼む。
今日は、野菜ジュースにしようかなあ。桃のジュースはアシダカ軍曹も好きだしね。
ひぃちゃんはジュースのパックを器用に背負って夜の森に消えた。
ジュースのパックを背負うひぃちゃんは何か可愛かった。
さて、私たちは夕御飯です。
具材たっぷりスープと串焼き肉、そしてかちかちパンをゆっくり食べる。
パンはスープに浸しても固い。特に皮が固いんだよー。パンの皮なのに、動物の皮か? っていうくらい。
私がずっとモグモグしている間に、みんなは完食。
みんな、顎強いのね。
食べ終えて談笑しているのを横目に私は暫くの間モグモグしていた。
ダントツビリで夕御飯を食べ終わり、後片付けをする。
その頃になるとひぃちゃんが森から帰って来た。
「ひぃちゃん、お帰りー」
声を掛ける私に、ひぃちゃんが突進してくる。
ひぃちゃんは私の目の前で、ぐるぐると地面の上を走り回った。
「えー、ひぃちゃんどうしたの?」
何か物凄い勢いでぐるぐるしているひぃちゃんを、私は唖然と見つめる。
「もしかして、軍曹に何かあった?」
聞くとひぃちゃんは立ち止まり、ワチャワチャと前足を動かす。雰囲気からして違うらしい。
アシダカ軍曹は今まで通り。じゃあ、ひぃちゃんは何をぐるぐるしているの?
再びぐるぐるしている様子を見ていると、そのぐるぐるが円ではないことに気がつく。
「んー、楕円? でもないか。何か角があるし」
どうも、円ではなく四角、しかも長方形っぽい。
長方形を描くようにぐるぐるするひぃちゃん…
「もしかして、さっき持って行った野菜ジュース?」
「!」
当たりだったらしい。
ぐるぐるを止めたひぃちゃんはびよんびよんし始める。
い、忙しいなあ。
「もしかして飲みたいの?」
ひぃちゃんのびよんびよんがヒートアップした。気が付くと隣でふぅちゃんまでびよんびよんしている。
ふぅちゃん、このチャンスに全力で乗っかって来たね。
多分、ジュースを渡した時のアシダカ軍曹の反応がハンパなかったんだろうね。そんなに美味しいものなら、自分も欲しいってことかな。
「仕方ないなあ」
私は空間収納から木の皿を二枚出して、桃の野菜ジュースを軽く注ぐ。
大さじ一杯とか二杯くらいの量。
あんまり沢山はやめておく。
アシダカ軍曹の反応を考えるに、与えすぎは良くない。
量は特に問題なかったようで、ひぃちゃんたちは大喜びでジュースを飲み始める。
蜘蛛ってどうやって飲むんだろう? 気になったけど、皿を地面置いちゃっので、ちょっと良く見えない。
ジュースをあっという間に飲み終えた、ひぃちゃんたちはびよんびよんから謎ダンスを踊った。
忙しない…
「美味しかった?」
私の質問に、びよんびよんの激しさが増した。
おおう。そんなに美味しかったんだ。そりゃ良かった。
「それ…」
ひぃちゃんたちのびよんびよんを眺めていたら、不意に背後から声をかけられた。
「うひゃあ!」
振り返るとフィッツが立っている。
視線は私が持っているジュースのパックに釘付けだ。
「なに?」
「野菜ジュースだけど」
「美味しいんだよね?」
ほぼ断定。
フィッツはどういう嗅覚してるの?
っていうか、食べ物関係への反応が凄まじいんだけど。
「……飲む?」
聞くと、フィッツはぶんぶんと首を縦に振った。
なので、空間収納からコップを取り出し、ジュースを一口分注ぐ。
「はい」
「ありがとう!」
コップを受け取ったフィッツは、ろくに確かめもせずに一気に飲み干した。
途端、目を輝かせる。
「桃のジュースだ! しかも桃だけじゃない!」
「ああ、うん。桃ベースの野菜ジュースだからね」
「他に野菜が入ってるのか?」
「うん、いろいろ?」
何の野菜かは言わない。フィッツが知らない野菜だった場合私が説明できないから。
「えーなになに?」
フィッツの様子を見たのか、コークスたちも近付いてきた。
「ちょっと、ジュースをね…」
「フィッツだけ狡い!」
ジュエルがフィッツを睨む。
そうは言っても、真っ先に気が付いたの、フィッツだもん。
まあ、いいや。
「飲む? 一口ずつしかないけど」
言って、コップをあと二つ出して、フィッツから返してもらったのと併せて三つに一口ずつジュースを注ぐ。
「俺たちもいいのか?」
遠慮がちに言っても、ウィリアムはしっかり右手を差し出して、コップを受け取っている。
「ありがとう」
「ラッキー」
ジュエルとコークスは遠慮も躊躇もない。
コップを受け取り、やはりフィッツ同様、迷うことなくジュースを飲み干した。
「桃か! この季節に!」
「甘い! だけじゃなくて?」
「後からいろんな味がするわ」
「何かいろいろ入ってるんだって」
何故かフィッツが自慢気に言った。
「いろいろか…ニンジンは…わかる」
ウィリアムが考えながら言った。
「ニンジンも入ってるかもね」
ジュースはあとちょっとだけ残ってたので、ひぃちゃんたちの皿に全部注いで、はいおしまい。
ひぃちゃんたちはお代わりが出来て、狂喜乱舞だ。
謎ダンスもキレッキレだ。
体力あるなあ。
ダンスの終わったひぃちゃんたちは、ご機嫌で馬車へ戻り幌によじ上って行った。
私は飲み終わった食器を洗わないと。
食器を纏めていると、
「私がやるわ」
「?」
ジュエルが手を出したので、食器を渡す。
ジュエルは食器を持って、少し離れると水の魔法で食器をざっと洗った。
「便利ー。私も火だけじゃなく水の魔法も使えるようにならないとー」
水が使えないと、お風呂の準備もできないしね。
チャレンジしてみよう。
火炎放射の前列があるので、ジュエルのところまで移動する。
ウィリアムたちはまだ、野菜は何が入っていたかを検証していた。
いろんな野菜の名前が出て、ウィリアムたちも楽しそうだ。
「水、出ろっ」
人のいない方へ手を向けて念じる。
と、水が出た。
ジェット水流みたいなのが。
「やっぱりこう来るかー」
ジェット水流…洗濯には良さそうだけど、食器洗浄には向かない。こんなので洗ったら、食器が吹っ飛ぶわ。
「リムは最初の魔力が強すぎるのね。魔力値が高いのかしら…でも、ギルドでは五百って言ってたわよね?」
「多分なんだけど、女神様の加護で底上げされたんじゃないかなあ?」
「あー、その可能性あったわ…町を出る前に計り直してもらえば良かったわね」
「まあ、いいよ。火とか水とか風とか? 生活していくのに使えるだけあれば」
今のところ大丈夫そうよねー。
「普通に生活していくのに、思いっきり余りそうだけど」
ジュエルが呆れたようにため息ついた。
「っていうか、余ってるから、こうなってると思うの」
「足りないよりはいいけど、微妙な調整が難しいのよねー」
ぼやきながら何とか、全開の水道くらいに水を抑える。
もうちょっと弱くして…
本当に効率悪いわ。
魔力が多いと言うことは、逆は簡単なのかな?
好奇心で、強く念じてみた。
バシュッ!
一気に水圧が増す。
ジェット水流は、高圧洗浄みたいな勢いになった。
「わー汚れた壁を洗うのは捗りそうねえ」
「ちょっ、リムっ!?」
ジュエルが悲鳴をあげる。
「ごめーん」
私は慌てて水を止める。
しかし、突然の高圧洗浄の勢いは、水飛沫の拡散も凄くて、私とジュエルはそれをまともに受けてベタベタになっていた。
「リムー!」
「いや、びっくり」
「びっくりじゃないわよ」
ブウブウ文句を言いながら、ジュエルが風を起こして、濡れた服を乾かした。
「風も必要だよね」
「今日はもう、止めてちょうだい」
「わかってるって」
暴風必至の風なんて、さすがの私でも試さないよ。
危険過ぎる。
「細かい調整が難しいのよね。私、割りとズボラだから」
「ああ、うん」
ちょっと、今しみじみと頷いたの誰?
高圧洗浄とかスチーム洗浄とか、一度やってみたい。




