16 馬車の乗り心地は相当なアレ
クッション大事。
出発の日。
朝ご飯を食べてすぐにギルドに行くと、ギルドの前に馬車が停まっていた。
幌馬車っていうの?
あんな感じの馬車。ずんぐりした馬が二頭で引いている。
サラブレッドっていうか、道産子みたいな馬だよね。
力、強そう。
「護衛の依頼を受けて来る」
そう言ってギルドの中に入ったウィリアムは、数分して出て来た。
ウィリアムの後ろに、二十歳くらいの男女がいる。察するに、あの二人が同行するギルド職員なのかな?
二人も同行するんだ。
女性は焦げ茶色の髪で、ちょっと固い感じ。なんだっけ。会社のちょっと怖い先輩、みたいな?
もう一人は、灰色の髪。ボサボサなのは仕様? 違った、寝癖だ。いいのかギルド職員。そんなにいい加減な感じで。
このできる女とダメ男な対比が朝っぱらから、なんて言うかもう…
「はよざいまーす」
「おはようございます。今回、同行しますクレアです。こちらはブライス」
クレアがブライスを見る目は大変冷たい。虫を見るような目だ。
クールな美人の蔑みの目は、迫力あるなあ。ブライスは全く堪えてないけどね。
やはりクレアとブライスはギルドの職員で、ミーアさんちの確認も兼ねているそうだ。
「じゃあ、行こうか」
コークスが馭者台に乗る。
私たちも馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
のんびり馬車でドナドナされている訳だけど、この馬車めっちゃ揺れる。
ゆらゆら揺れるじゃなくて、ガコガコ揺れる。
横揺れじゃなくて縦揺れ。
地面の凸凹を全て拾っているようだ。
そりゃそうだよね。馬車の車輪は木製だし、クッション…サスペンションっていうんだっけ? もない。しかも、道は舗装されていない。
この三重苦で揺れない訳がない。
技術的には仕方ないんだけど、お尻が痛いのよー。
「お尻痛いよー」
「馬車なんかこんなもんすよ」
ブライスがへらりと笑う。
いや、君たちにとっては普通かも知れないけど、移動手段が自動車の私には大変なのよ。
クッションいるならいるって言ってよー。
買ってないよ、クッション。代わりになりそうなものは…ええと…あ、狼の毛皮。あれ使えるんじゃない?
狼の毛皮を空間収納から引っ張り出して、四つに畳んで座布団代わりにに引く。
おおっ、いい感じ。これなら我慢できる。
「ふふーん」
「…フォレストウルフっすか?」
ブライスが即席座布団をまじまじと見詰める。
「しかも、迷いの森? マジっすか」
「なんで解るの?」
「ブライスは鑑定スキルを持っていますので」
ほほー。鑑定のスキルがあると、どこ産かわかるの? 便利ねー。
鑑定って、何でもわかるのかな?
「迷いの森産のフォレストウルフを座布団にするとか…」
ブライスが呆れた顔で、即席座布団と私を交互に見た。
いいじゃない。お尻痛いんだもん。
「常識は追及しない方がいいよ」
何故かフィッツがしみじみと言った。
ウィリアムとジュエルがほぼ同時にうんうんと首を縦に振っている。
「そんなに?」
いや、たしかに常識知らずだけどさ。
なんか釈然としないわー。
「とりあえず、移動中にもう少し詳しい話を聞こうか」
ウィリアムがクレアに視線を向ける。
話? なんだっけ?
「ミーアさんの家は結界に覆われていると聞いたが」
「ああ、その話っすかー。俺、その日丁度薬草の引き取りに行ったんすよ」
あ、ブライスがまさかの当事者だった。
「カレンのパーティーと行ったんすけど…」
「間に合わなかったとか」
「そうなんすよ。前の日の昼頃にはもう、って感じっす」
ブライスは幾分暗い顔でため息をついた。
知ってる人だもんね。やっぱりキツいよね。
「で、カレンたちに手伝ってもらって、埋葬したんすけど、あらかた片付いて一旦家から離れたらいきなり結界が発動して、中に入れなくなったんすよ」
狙ったかのようなタイミングだね。
そういうの、想定していたのかな。
だとしたら、ミーアさんは凄い人なのかも。
「焦ったっす」
「ミーアさんの所には様々な薬草毒草がありましたから、結界で封鎖できたのは結果的には良かったのですが…」
「ど、毒草?」
そんな怖いものがあるの?
「毒薬は魔獣に使ったりするのよ」
私が戦いていると、ジュエルが捕捉してくれた。
回復薬だけじゃなくて、毒薬も扱ってたのか。益々、凄い人だ。
いやでも、森の魔女だもんね。毒草なんか当たり前か。
思わず、大きな鍋で、謎素材をぐつぐつと煮るスタンダードな魔女を連想してしまった。
イメージ怖くなったけど、それだけの薬草を扱うような人を失って、ギルドは痛手だね。
そんなことを話しているうちに昼休憩になった。
馬車が停まり、私たちは外に出る。
「うー。乗ってるだけでも疲れるー」
ぐーんと伸びをする。ついでにちょっと足踏み。エコノミー症候群には要注意。あれだけ揺れてたら、逆に大丈夫な気もするけど。その分疲れるよね。
観光バスだって一日乗ってると疲れるもん。馬車なんて半日でも三倍は疲れる。
伸びをしながら周囲を見回す。
森が思ってたより近い。森と草原の境界のようなところだ。勿論、これは迷いの森ではない。迷いの森の外輪はただの森で、奥に進むと迷いの森になるんだって。
に、しても。
私は足元を見る。
草原を進んでいるのは間違いないんだけど、ここ道じゃないよね?
いや、微かに轍は見えるから、道は道か。でも街道ではない。
「ねー、なんで街道を行かないの?」
街道を行かないから、余計に揺れるんじゃないの。
非難がましく言うと、ウィリアムが一旦森の奥に視線を向けた。
「…グンソウがこちらを見た時、リムの様子が少しでも見えた方が、安心すると思ったんだ」
「軍曹? いくら何でも、見えないでしょー?」
昆虫の視力って、どれだけかは知らないけど、さすがにこっちの様子なんか見えないんじゃないの?
「まあ、その辺は解らないが。念のため、だな」
「へえ」
ウィリアムは私より遥かに気遣いの人だった。
軍曹が心配しないように、なんて私は全く考えなかった。
ひぃちゃんたちが毎晩、お土産持って伝言伝えにいくからいいかなー。とか思ってた。
そっかー。
もうちょい、軍曹の気持ちにならないと…無理だ。蜘蛛の気持ちなんかわからん。
ふと見ると、ブライスが簡易竈に火を入れようとしている。
「あー、ブライス! ちょっと待ってー!」
「わっ、なんすか?」
驚くブライスに私は駆け寄る。
「生活魔法の練習したいの。火を点けるの私にやらせてー」
魔法の練習のことしか頭にない私は、ウィリアムたちの会話は全く聞こえてなかった。
ジュエルが森に視線をちらりと向ける。
「だって…いるわよ、ねぇ?」
「いるいる、マジいる」
ジュエルの呟きにコークスはぶんぶんと首を縦に振った。
「ずっと、こちらを見ているな…」
「いつ突進してくるかと思うと、俺もう胃が痛い」
ウィリアムがため息をつくと、フィッツが鳩尾の辺りを押さえた。
「とりあえず、場をわきまえてはくれている、ようだ」
「でも、リムに何かあったら…」
「どうなるんだろー?」
コークスが幾分顔を青ざめさせ身震いをする。
「そうならないためにも、俺たちは全力でリムを守るぞ」
「そうね」
「そうだよな」
「わかってる」
ウィリアムの言葉に三人は力強く頷いた。
四人で示し会わせたように頷いている様を眺めながら、私は首を傾げる。
「あの四人って、仲良いよね」
パーティーの仲間が仲良いのはよいことだ。きっと、ウィリアムのリーダーシップの賜物なんだろう。
おっと、集中、集中。
「火、点けまーす!」
念のために、竈から向きを変えて人のいない方向へ手を向ける。
火、点け!
ボワッ!
指先から出た炎は、かなりでかい。
「違うのー! 火炎放射じゃなくってー!」
「魔力を解放過ぎっす! もっと魔力を絞るっすよ」
「魔力を絞るー」
魔力少なく、少なく…蛇口を捻って水を調整するように、少なく少なく…
念じていると、次第に炎が小さくなっていく。最後は蝋燭の炎くらいの大きさになった。
「できた!」
「ほい、竈に火を入れるっす」
ブライスに言われるままに、竈に手を突っ込む。すぐに炎が燃え移った。
火は無事に点けられたけど、これちょっと効率悪すぎるよね。
いちいち火炎放射から絞ってられないっての。
大体、屋外だから良いものの、屋内だったら火事になるよ。
最初から蝋燭の炎くらいにならないと。
どうやったら、なるかなあ?
考え込む私をよそに、クレアがヤカンを竈にかけた。
ヤカン…
「あーしまったー!」
「なんだ?」
「どうした?」
私の悲鳴を聞いて、ウィリアムたちが駆け寄った。
「ヤカン買ってない!」
「……お湯は鍋でも沸かせるでしょ?」
ジュエルがため息と共に言った。
「そうなんだけど」
「とりあえず、今回は諦めような」
「あうー」
ヤカンなんて、思い出しもしなかった。
抜かったなあ。
「お茶を煎れました」
私たちがガチャガチャ言っている間にクレアはお茶の準備を終えていた。
さすがクレアさん。隙がないですねー。
仕方なく私たちは軽食を取る。
昼御飯の代わりだ。
こちらの昼御飯、特にこんな旅の途中は軽食でささっと済ませるそうだ。
固いパンとか固いクッキーみたいなのとか。固い燻製肉だとか。
保存食だから、とにかく固い。
この塊がもうちょい大きかったら、立派な鈍器になるんじゃないかな。
で、犯行後に食べちゃえば証拠隠滅。完全犯罪間違いない。
まあ、こんな固いパンとかクッキーを塊で食べきる方が不可能に近いような気もしなくもない。っていうか、私には無理だ。
うん、手間かかるだけだ。完全犯罪成立せず。残念…でもないか別に。
軽食を食べて、休憩の間に火の魔法の練習をする。
ライターくらいの炎を出すには…
ライター…あとチャッ□マン?
あんな風にカチリと火が点いたらいいのよ。
そんなことを考えながら試行錯誤していたら、指パッチンで火が点けられるようになりました。
しかし。
指パッチンは、パッチンって音が鳴ればそれなりに格好も付くのだけど、音が鳴らないとなんかビミョー。
そう、私はいくらやってもパッチンの音が出なかった。
ウィリアムたちはよくできました。と誉めてくれるけどね。
なんかさあ…。
私だけがビミョーな気持ちを持て余しながら、再び馬車の旅が始まった。
振り返らなくても、奴はいる。




