13 ミーアさんの家について
再び、森に一歩近付いた。
とりあえず、場所をギルドに変更する。
誰に話をしたら早いだろう?
ギルドの人の名前さえ知らないし。
と、思っていたらウィリアムが受付嬢に話をしに行ってくれた。
話をしたらすぐに二階の応接室に向かわされた。
なんて頼りになるリーダーだ。
でもわざわざ場所を変えるなんてミーアさんのお家、実は結構ヤバい?
応接室の簡素なソファーに座ってると、五分くらいでドアが開いた。
室内に入ってきたのは、グレーって言うか白髪? な髪色のおじさん。五十代くらいの神経質そうなモノクル。体つきからして細か過ぎて太れないタイプかな。
胃腸とか大丈夫なんだろうか。余計な心配をしてしまう。
微妙に顔色悪いし。
「待たせたかな」
「いえ、それほどでは」
五分とか待ったうちに入らないよ。
「サブマスターのロイドだ」
「あ、リムです」
挨拶したのは私だけだった。ウィリアムたちはあるく首肯しただけだ。顔見知りなんだろうね。サブマスターだもんね。
「それで、ミーアの住居に住みたいと…」
「ああ、はい。さっき教会で女神様が、ミーアさんちがいいんじゃないかって」
「神託があったと」
「神託っていうか、アドバイスっていうか?」
「そうか…」
ロイドはじっと私を見た。
何、言い出してるんだ、この娘。ってことかな。
イリスに直に会ったんだけど、証拠はないしね。
「知らないようだが、ミーアの家は迷いの森に近い」
「あ、知ってますー。女神様もそう言ってましたー」
だから立地は完璧なのよねー。
特にアシダカ軍曹的に。
「あー、だから」
「だから、ミーアさんち…」
コークスとフィッツがなるほどと頷き合っている。
「何を言っているのかね? 迷いの森だぞ」
「ロイドさん…迷いの森に関しては心配いらないかと」
「ウィリアム、君まで!」
ロイドが怒る。うん、それが普通の反応だよね。
「迷いの森なら慣れてるから大丈夫。私としては願ったり叶ったり?」
「は?」
「これでも一応、一ヶ月ほど住んでたから」
「迷いの森に一ヶ月…?」
ロイドは胡乱そうに私を見た。
「人が住める場所ではないが?」
「うん、確かに危ないよね」
アシダカ軍曹がいなかったら、私だって三日と生きて行けなかったと思うよ。
「ロイドさん、リムはフォレストブラックスパイダーを従魔にしているから」
ジュエルが恐々口を挟む。
その言葉に、ロイドは目を丸くする。
「そうか! フォレストブラックスパイダーを従魔にしていると言うのは君か!」
「うん。ひぃちゃん、ふぅちゃん」
なんか、噂になってた!
肩掛け鞄の口を開けると、二匹はするりとテーブルの上に這い出て来た。
二匹は並んでロイドに前足を上げる。
「確かに…」
ロイドは難しい顔で二匹を見詰めた。
「フォレストブラックスパイダーを従えているなら、迷いの森でも生きて行ける、か…」
もっと大きいのが他にもいますけどね。
「しかし…ミーアは三年前に亡くなっている…」
「え?」
あ、ちょっと予想外の展開。
「まさか、迷いの森の魔物に?」
フィッツが不安そうに言うと、ロイドは首を横に振った。
「いや、風邪を拗らせて」
「え、風邪?」
もっと予想外だった。
「高齢だったからな。調子が悪いと言う話を聞いて、薬草の引き取りを早目に向かわせたんだが、遅かった」
ミーアさん、油断しちゃったかあ。
普段元気なお年寄りは、自分を過信しがちだよね。
体力なくしたところで、インフルエンザとか肺炎とか、年齢関係なくヤバいから。
「じゃあ、今は廃屋?」
住人のいない家はあっという間に荒れるっていうよね。
三年あれば、もう立派な廃屋、廃墟?
住めないかなあ。
「住めるのではないかとは思うが…」
「三年も経ってるのに?」
コンクリ製のビルだって、三年経ったらヤバいよ?
木と石製で、大丈夫なもの?
「ミーアの葬儀を終えた途端、家が結界に覆われて誰も入ることができないのだよ」
「結界…」
バリアみたいなもので隔離されちゃったんだろうか。
なら、三年経っても住めるかも知れない。
「その結界は誰も越えられないの?」
「現時点では、誰一人として…しかし、女神の神託があるのならば、あるいは…」
女神の神託。
この世界の人にとっては、パワーワードだね。
「じゃあ、住めるかも?」
「可能性はある…しかし、我々としてはミーアの後を継いでくれる者に、住んでもらいたいと言うのもある」
「あと?」
後を継ぐって、何をするんだろう?
森の魔女って言ってたっけ?
私に魔女的な何かは期待しないで欲しいんだけど。
「回復薬の錬成はできないか?」
「やったことないです」
「そうか…」
見てわかるほどにロイドは落胆した。
「ミーアさんの回復薬、良く効くもんな」
「あれ、最近ないのはそう言うことなのね」
「在庫は昨年でなくなったのでな」
そんなに効く回復薬を作る人だったのか。
ミーアさんがいなくなって、大打撃だね。
「錬成とかはちょっと良く解らないけど、さっき言ってた薬草ならなんとかなるかも?」
「迷いの森の土から栽培した薬草だぞ?」
ほお。
迷いの森から土を持ってきての、家庭菜園?
それなら、私でも出来そうな気がする。
もっと、簡単なのは迷いの森で採取してくるとか?
私、持ってるよね?
「迷いの森産なら、今持ってるよ」
昨夜話していたミズル草半束をテーブルの上に出すと、ロイドの目付きが変わった。
「これは、ミズル草! 手に取っても?」
「どうぞ」
ロイドは半束を手に取るとしげしげと見詰める。
なんかモノクルが光ってない?
エフェクトじゃなしに。
数秒後、ロイドは満足した表情でミズル草をテーブルに置いた。
「素晴らしい。迷いの森産に間違いない。しかも、新鮮だ」
ああ、うん。
空間収納のお陰でね。
「これくらいなら、月一くらいで収められるよ」
「充分だ。話を進めよう」
ロイドはご機嫌に頷いた。
今持ってるので向こう半年は大丈夫。
アシダカ軍曹には悪いけど、薬草採取はちょっとだけ協力してもらおう。
「しかし、君が向かったとして、結界を越えられない可能性もゼロではない」
「そうですねー。とりあえず、挑戦はしてもいい?」
確かにその可能性は無視しない方がいいかな。
大丈夫って気もするけど、万が一がないとは誰にも言えない。
「それは構わない。そうなると、確認のためギルドの者を同行させよう。後は、護衛か…」
「それだったら俺たちが行こう」
なんと、ウィリアムが護衛を名乗り出てくれた。
「え、いいの?」
「ここまで来たら、付き合うよ」
「助かるー」
ウィリアムたちなら、アシダカ軍曹とも面識あるからね。
軍曹も警戒しなくて済むよ。
「ふむ。では、ウィリアムたちな頼むとして、出立するのは一週間後くらいかね?」
一週間はちょっと長いかもしれない。
アシダカ軍曹が痺れを切らしちゃうよ。
むぅ、と顔をしかめると、ウィリアムが私をちらと見た。
「いや、三日あれば十分だな」
三日なら、我慢してくれるかな?
アシダカ軍曹がこの町に襲来するのだけは、何としても食い止めたい。
その辺り、ウィリアムも考えてのことのみたい。
先を読んでくれるの、本当に助かる。
「三日か。わかった、こちらもそれを予定に職員を用意する」
「では、三日後の朝にギルドまで来よう」
「依頼は出しておく、帰りに受付に寄ってくれ」
「わかった…ところで、この部屋はもう少し借りていいか?」
「? 構わないが?」
ロイドが首を傾げる。
私も首を傾げる。
と、ウィリアムが私を指差した。
「リムに旅に必要なものをざっと説明したい」
「なるほど」
ロイドは頷いて応接室を出て行った。
「旅に必要なものより、生活するのに必要なものが良いんだけど…」
呟くと、フィッツが紙とペンのようなものを差し出した。
紙は凄い粗い。昔見た、わら半紙より粗いし厚い。
「なに?」
「買い物リスト、作るんだろ?」
「そうでした」
リスト、大事だよね。
欲しいもの書き出して、どこで買ったら良いか皆に聞かなきゃ。
「えっとねー。まず、鍋でしょ、フライパンでしょ、包丁とナイフ、お皿と深皿、ナイフとフォークとスプーン…」
菜箸は、ないか…
調味料も欲しい、あとは…
リストの項目はガンガン増えて行く。
それを皆が覗き込んでいる。
「鍋、フライパンは金物屋だな」
「包丁もだね」
「お皿は、道具屋? 雑貨屋にもあるわよね」
「調味料は…エドさんとこじゃね? ハーブは一杯あった気がする」
「油もあったかしら?」
「風呂桶? 桶? たらいみたいなのか?」
「お風呂は、人一人入れるような器ならなんでもいいよ」
贅沢は言わない。
宿屋にお風呂がない時点で、覚悟はできた。
最悪、大きなたらいな感じでも我慢する。
「お風呂なんて、この町一番の宿屋にしかないわよ」
「あるの!?」
「あるけど…」
「その宿屋はどこ? 泊まらないとお風呂使えないの?」
「使えるけど、午前中だけで銀貨一枚もとるのよ!」
「うわ、たっか!」
お風呂入るのに一万円! エステレベルじゃない。
あー、でも入りたい…
入りたいけど、今はリストと買い物!
「お風呂は後にして、買い物よ、買い物」
「まず、それだよな」
「でも…もし、ミーアさんのところに住むなら、お鍋とか…いる?」
ジュエルが話の根幹をひっくり返した!
「それなー」
「そうよねー。でも、絶対に住めるっていう話でもないじゃない? なら、買っておいた方がいいかなあ。森暮らしのために」
「森暮らし…なんか、ジワる」
コークスはビミョーな顔で呻いた。
「それに、三年使わないと、鉄は錆びるからな」
「純粋に使えないかもね」
「あり得るー」
三年入ることのできない家の中がどうなっているか、誰も想像できない。
「なら、買っておくよ。仕舞い場所は困らないしさ」
風呂桶以外は小物だしね。
余分にあってもいいでしょ。
「そう言えば…ミーアさんちって、どこなの?」
迷いの森に近い東の方ってことしか知らなかった。
「どこだっけ?」
「依頼を受けるついでに受付に聞こう。」
じゃあ、今から聞きに行こう。
私たちは応接室を後にした。
階段を下りて受付に行くと、依頼書が出来ていた。
ウィリアムが受領すると、ミーアさんちの場所もわかる。
地図を出しての説明だったから、私も横から地図を覗く。
単純に言うと、迷いの森は横長にあって、右側の境界を沿って弓なりに進む。馬車で三日はかかるんだって。
でもねぇ。
「これって…」
わざわざ弓なりに行かなくても、真っ直ぐ突っ切ったら早いんじゃないの?
こう、縦断するみたいにさ。
指差そうとしたら、人差し指をジュエルに握り締められた。
「ん?」
見ると、ジュエルは無言でふるふると首を横に振った。
「…それ、出来るのリムだけだから…」
そうでしたー。
お風呂は大事です。




