第96話 最後に見たもの
心に刺さった何かがと表現はしたが、俺は忘れっぽいのでさっさと抜けてしまった。ボケーッと、神様とドンパチを繰り広げるヒズミさんやハイリス、そして黒髪の男を見る。
『貴方達は、一体何をそんなに怒っているのですか』
「人の事を散々弄んできておいて!」
涼しい顔で神様が言うと、怒るハイリスがヒステリックに叫ぶ。
その時、俺の脳裏にノイズが走った。俺の視界をジャックして、誰かの視点で映像が見える。
『私達の子は、どうなりました? 私には、分からないんです。あれから、何年経ったのですか』
魔王城、その王座で項垂れるハイリスが、誰かにそう聞いている。これは……過去か?
「どうしたの?」
突然のノイズに頭を抑えていると、グリーンパスタが不思議そうに顔を覗き込んできていた。
チラリと周りを見るが、他のプレイヤーには今俺が見た映像は見えていなさそうだ。
「何が、神ですか! 私達は、玩具じゃない!」
『いや、別にそんな風に思ってはいませんよ』
神様の後ろから、黒髪の男が斬りかかる。それも、避けようとはせず、しかし不可視の壁が刃を遮った。
出現した当初は剣を擦り抜けるように躱していたのに、今回は物理的に防いでいる。
またノイズが走った。
『ドイル! どこへ行くの!?』
『俺は、もう一度、神の元へ行く。必ず……この剣を届かせる』
そう言って、神と同じ土俵に立つ為に皆で作り上げた『塔』を目指したドイルは帰ってこなかった。
先程のノイズと同じ時間軸だ。二回目の……『魔王祭』。この頃はまだ、ハイリスに角は生えていないし、ドイルも魔王の側近という役割で最初から動きを取れた。
なんだ、この記憶は。
すぐに思い至った。バッと、俺はヒズミさんを見る。
神様も俺と同じようにヒズミさんを見て、言う。
『ヒズミ、ある意味貴方のせいですよ。貴方の力が、ハイリス達をこうさせた』
「分かってるよ。よぉく、な」
パン! と、ヒズミさんが手を叩く。すると、神を中心としていた謎の宇宙空間が歪み始めたではないか。
『迷狂惑乱界……神域にまで……』
迷狂惑乱界は、世界を『歪める』結界だ。それこそが、ヒズミの《固有魔法》の本質。
界力への干渉、およびその操作。この力があるからこそ、神という別次元、別位相の存在に喧嘩を売る事が、なんて事だっ! ヒズミさんを介して俺に、別に知りたくもない情報が流れ込んできやがる……っ!
うぉぉぉっ! 俺はぽてぽちの肩を叩いて助力を申し込む。
『ヒズミさん、……ところで、あの、その……か、いえ、お顔……あの、えーっと、その顔が、本当のヒズミさん?』
またも記憶が流れ込む。恐らくというかやはり、ヒズミさんの記憶だ! 泣き腫らした目で、しかしそれよりも戸惑いが勝る顔でハイリスが問い掛けてくる。
これは、四回目だ。
二回目と三回目に、またもやドイルとレックスが『塔』を登り神の領域へ至ろうとした為に、神様からペナルティを課せられた故に起きた悲劇だ!
行動や思考に制限をかける為に、神様は彼女達の界力を強化する必要があった。
高みに至ったこの世界の存在は……より強く、『自分』を主張する! 老いや、死から掛け離れ、この世界に『自分』を刻みつける!
過去のヒズミさんの怒りが俺の心中を満たす。
過去の映像……手に持った鏡に写るのは、俺のよく知る『今の』ヒズミさんだ。
しかし、どうやら彼女はそれまで……魔法か何かで自分の顔を変えていたらしい。そういえば初代賢者って絶世の美女だったんだって。
高まり過ぎた界力が、自分を偽る事を良しとしなかった。大き過ぎる『ヒズミ』という存在を、もはや隠せなくなったのだ。
『あ、そのっ。思ってたより地……ヒッ、いえ、素敵ですよ。お肌も綺麗ですし、別に不細工ってわけじゃないっじゃないですか! まぁ、その? 派手さは、ないかもしれませんが』
しどろもどろに弁解するハイリス。視界は揺れている。ヒズミさん視点なので、アイツが当時小刻みに振動していたのだろう。多分、動揺で。
もうやめてくれ、ハイリスさん。ヒズミさんはお顔がコンプレックスなんだ。あんたは顔が良いから嫌味にしかならない……。
過去のヒズミさんに対して憐憫の感情を向けていると、俺の思考が少し漏れているのか現在のヒズミさんから人を殺せる視線が飛んできた。
俺は、決して口にはしないが謝った。素直に、ヒズミさんに申し訳ないと思う事は珍しいかもしれない。
なぜかと言うと、俺はぽてぽちの力を借りて先程から脳内に垂れ流れてくるヒズミさんの過去をプレイヤー掲示板に横流ししていた。
言うなれば動画付きファイルといったところか。プレイヤーの脳内に強制的に流すのはやめておいたのが、俺のなけなしの良心とも言える。
この世界の謎の一部だよ。とかいうタイトルにしたので検証大好きなプレイヤーは見ているだろう。
とはいえ、ヒズミさんの事を知るプレイヤーがどれほどいるか分からないし、そもそも彼女達の過去を見たところで俺達にはちんぷんかんぷんな事が多い。
つまり大丈夫だと言う事だ。うん、問題ないな……。仕方ない仕方ない。
「お前! なんかろくでもない事してないか!?」
してないよ。叫ぶヒズミさんに俺は即答した。
掲示板には、これまでに他のプレイヤーが書き込んだ情報で溢れている。
その辺で宇宙空間をふわふわしている帰還組の連中だって今も、何かしら情報をあげているはず。
つまり、プレイヤーに漏れた情報は隠せなくてもしょうがないという事だ。例えば、ぽてぽちにかかれば脳内に隠し持っていたことすら暴かれてしまうしな。
てかちょっと待て。俺はふと気になった事があった。
ちょうど、なんかよくわかんないけど攻撃を弾かれて俺の方へ滑ってきた魔王ハイリス様がいたので俺は呼び止めた。
「……っ!? なんです!?」
お子さんいたんですね。俺は驚きつつ聞いた。
「え!? 急に!?」
そういえば、魔王様の今の体型は十代後半くらい。映像に映っていた彼女はもう少し歳を食っていたように見えた。
恐らく界力量で見た目が左右されるのだろう。いや、それはいい。つまり、彼女が、魔王様になる前に子供を産めるような年齢だったのかが気になるのだ。
「いや、まぁ、はい」
え? 誰と? そう聞くと、チラリと視線が黒髪の男に向かったので俺は驚いた。
お前、パパだったの!?
「!? 急になんだ!」
「邪魔すんなボケッ!」
突然俺に話しかけられた黒髪ことドイルくんは驚いて思わず俺の方を向いてしまう。ヒズミさんが怒ってくるが俺は無視をした。
いや、へぇ……そんなんだ、意外。じゃあ、ヒズミさんのお相手は、あのもう一人の仲間らしい、マッチョ?
「ふざけんな! 誰があんな奴と!」
ひゅんっと飛んできたヒズミさんに俺はぶん殴られた。
掲示板に書き込みがあった。
56.名無し
もしかして、龍華のモモカさんって、魔王様の子孫じゃない? 外見、似てるし
……ああ。そういう事なんだ。
俺も納得した。何代先の子孫かは知らないが、先祖返りの様なものなのだろう。うん、やっぱ似てるよね。
モモカさんの事、ヒズミさんは知ってたのかな?
「私の記憶見たろ。私達は、あそこの神のせいで見えない事が多い。気付くかよ! しかもいつの間にか《龍》の血が混ざってるなんてな!」
「そ、それ! 私も思いました! なんか複雑……いや、まぁ、色々あったんでしょうけど」
俺の周りでワイワイし始めたのを見てドイルパパが切れた。
「おい! もういいのかよ!?」
『なんだか貴方達、今回は楽しそうですねぇ』
神様も緊張感がない。
頰に手を当てて、まるで幼稚園児を相手する様な空気すら感じさせる。舐められている。そう、ヒズミさん達が判断して苛立ちを募らせても仕方がない仕草だった。
『貴方達が、もういいのなら……神も目的を果たすとしましょうか』
だが、すぐにそれは勘違いだったと知る。
舐めているのではない。
眼中にすらなかったのだ。
神は、俺……ではなくグリーンパスタの側に『居た』。伸ばされた手を、グリーンパスタは頭を変形させる事で回避する。
寄生生物に頭を乗っ取られたみたいになったグリーンパスタを見て俺はすごく気持ちが悪い気分になった。
『魂の形と器の形が、連動している』
感情を感じさせない無表情のまま、神様はポツリと呟いた。そして、虚空へ伸びた腕が、いつの間にか変な所からへし曲がってグリーンパスタに触れていた。
こっちもこっちで、気持ち悪い光景だった。
「あっ」
グリーンパスタの間抜けな声が聞こえて、誰かが息を呑んだ音がする。神が触れたところから、グリーンパスタの身体が光の粒子となって砕けていく。その時、『俺達』の《深淵》から声がした。システムメッセージというものだ。
《それは純粋な食欲》
スキルだ。咄嗟に、そう思った。
その身を崩壊させかけていたグリーンパスタの、欠けた身体の奥から手が伸びた。無数の手だ。
それは、俺達に備わった一番最初の力だ。この世界を構成する、あらゆる界力を咀嚼して取り込み『自身』の力と為す……この世界を滅ぼし得る力。
伸びた無数の手が、神を守る結界に阻まれる……いや、結界を構成する界力を咀嚼する。
神の顔色が変わった。手をふるい、グリーンパスタの身体ごと吹き飛ばす。その辺に転がったグリーンパスタは、死んではいないらしい。だが、息も絶え絶えに横たわって起き上がらなかった。
『悪趣味なっ……!』
見るからに嫌そうに悪態をつき、神は確かに……油断した。結界に、僅かな綻びが生まれる。
それは、ヒズミさん達がずっと攻撃を与えた事で消耗していたところに、加えて更に界力というこの世界の根幹を為す力そのものへの攻撃を受けた為に……ほんの僅かに、奇跡的に生まれたものだった。
これは、観測に長けた俺が綻びに気付いたから生まれた思考なのか、それとも……綻びに気付いたヒズミさんの思考なのかは、分からなかった。
俺とヒズミさんには不思議な繋がりがあった。その繋がりが、教えてくれる。ヒズミさんは、『勝機』を見出したと。
ヒズミさんが俺を介して得たプレイヤーの観測能力と合わせて、自身の力を用いて結界の綻び、最も薄くなった部分を正確に導き出す。
そこへ、即座に潜り込んだヒズミさんが掌を押し込んだ。『迷狂惑乱界』を圧縮し、たった……たった拳一つ分、結界に穴を開けた。
現世に降り立ち、神が自身の存在をこちらに合わせて落とし込んでいても尚、その身体を傷をつける事が敵わなかった無敵の結界に、だ。
「うらぁぁっ!」
淑女が出すべきではない声だが、雄叫びを上げてヒズミさんがその穴に向けて思いっきり拳を放った。
それは抵抗もなくあっさりと……神様の頰を叩き、神様の身体をよろめかせた。
その時、神の顔に浮かんだのは格下から殴られた怒りではなく、感心にも似た戸惑いの表情だった。
しかしそれはそれとして、半ば反射的なのだろう……神は腕を一振るいしてヒズミさんを『消しとばした』。
俺とヒズミさんを繋ぐ『縁』が消え去る前に、その身体が消し飛ぶ前に、俺がヒズミさんを見た時……彼女はただ、満足気にほくそ笑んでいた。
*
《無限に近しき牢獄》という《固有魔法》により、レックスは不思議な空間に幽閉された。
そこから出る方法は、簡単だった。何故分かるのかは分からないが、感覚で確信できる。
奥に鎮座する《元凶》を倒せばいい。
そして、それは恐らくレックスならば可能だった。中々強大な界力を有しているが、レックスにとってそれは問題とならない。ヒズミ達もはっきりと把握していない彼の力がそうさせる。
どうやら、この空間でも正常にレックスの力は働くらしい。そうでなければどうしようもなかったかもしれないが……。
だというのに、体感にして何百時間……レックスはその空間から出る事が叶わなかった。
《無限に近しき牢獄》には、一つの縛りがあった。そしてレックスにはその縛りそのものは破る事が出来ない。
それは、奥に鎮座する《元凶》……その前に立ち塞がる一人の『男』に『勝たなければ』、その先へ進めないというものだった。
それこそ、《無限に近しき牢獄》の効果。出る為には《元凶》を倒さなければいけない。そして、そこに至るには《無限に近しき牢獄》に、自分より先に囚われた者を倒さなければいけない。
そして、《元凶》の前に立つ男は不死身だった。幾百と殺害してみせても、復活する。プレイヤーだからだ。しかし、問題はそこではなかった。
「行くぞ」
もう、飽きるほど見た光景。幾度殺しても、復活した赤い髪の男はまるで時が戻ったのかと錯覚するほど同じ姿勢、同じ顔つきでレックスに挑んでくる。
その男は、決して強くはなかった。だからこそ、レックスの《力》は相性が悪いと言える。
男が剣を振るってくる。何度か鍔迫り合い、しかしレックスの斧が男の首を跳ね飛ばす。
レックスの界力は、相手に合わせて増減する。そして、必ず相手より上回る。
それこそが、《我は、その先へ至る》という自身の名を冠する彼の《固有魔法》だ。
昔は戦闘時間が長引けば長引く程、界力が上昇する効果の《固有魔法》だったが、『神への叛逆』の後、ヒズミやハイリス、そしてドイル達と同じくその『存在そのもの』に《神》からの干渉を受けた事で、《固有魔法》が強力に変化した結果……彼は、実質的な世界最強の男となったのだ。
誰が相手だろうと必ず上回る性質の《固有魔法》は、すなわち『弱い』相手だとある意味弱体化するという事になる。
その性質は彼にとって、どんな相手だろうと戦闘を楽しめる為、悪い事ではなかった。それに、彼の力はそれだけではない。
意志無き者相手には、以前と同じく界力が上昇し続ける。故に、《元凶》がどれほどの力を持っていようと、どれほどの特殊能力を持っていようとレックスに負けはない。
そして、意志がある者相手の場合、『相手がレックスに対し敗北を考えた』時、レックスの界力は上昇する。
レックスの力は常に相手を上回る。一度剣を交わせば、相手の脳裏に『敗北』がよぎる。それだけで、この能力は発動する。
これこそがレックスを最強足らしめる《固有魔法》。今まで……《我は、その先へ至る》を打ち破る者など神を除いて、ただ一人もいなかった。
そう、今までは。
「行くぞ」
もう、どれほどの時をこの男との戦いに費やしたのか。
レックスは、正直飽きていた。
不死のプレイヤー相手に、《無限に近しき牢獄》で勝利を収める方法は簡単だ。
プレイヤーが、諦めればいい。勝てないと、死なないけれど、どれだけ時間をかけても勝てない。プレイヤーがそう思えば、つまりそれはレックスの勝ちとなり《元凶》に挑む事ができた。
しかし、その時は途方を思わせる時間を費やしても、訪れる事がなかった。男には、レッドという男には諦めるという概念が存在しなかった。
レックスは、思う。負けはない。まず負けない。負ける事はない。
だが、果たしてこの男に、『勝てる』だろうか? と。考えた。考えて、しまった。
その瞬間、《我は、その先へ至る》が発動した。
今まで、彼自身知らなかった《固有魔法》の効果が発動した。対象は、相手だけではなかったのだ。
赤い男の動きが格段に良くなった。
そして、レックスの動きが悪くなった。
数度剣を交わして、レックスは自分の力が落ちて、相手の力が増したことに気付き……自身の《固有魔法》の効果を初めて完全に理解した。
それ故に、あとは泥沼に沈むだけだ。考えてはいけない。そうは思っても、剣を交わし、少し押し負けるだけで、生まれる思考は止まらない。
一瞬でも弱気な心が生まれた時点で、《我は、その先へ至る》は無慈悲にもレックス自身の界力を削り取りレッドの界力を増していく。
差は緩やかに、ささやかに、しかし確実に埋められていった。
やがて、最強は、最狂の前に跪く。
「なるほど。攻略法は……ひたすら挑戦することだったか。いい、経験になった」