第93話 《無限に近しき牢獄》+おまけ
戦場は、大聖堂から外へ出た。
二人がただ対峙しているだけで、空気が、世界が震えている。
ヒズミがレックスの拳を避け、距離を取ってから彼に向けて手をかざした。
『界力全開』
爆発的にヒズミの界力が上昇する。『世界』に対して自身の持つ『界力』を"示す"事で発動する事が可能になる大魔法の準備だ。
天体魔法。レックスの様に界力が高く多い相手には魔法結界が無ければ通常の魔法はほぼ通じない。
しかし、始原が異なる天体魔法は違う。
「くるか……っ!」
獰猛に笑みを深めたレックスが警戒を露わにする。また、右手に大きな戦斧を生み出して自身も界力を高めた。
一瞬、ヒズミのかざした手に小さく紫電が走る。
「空雷かっ!!』
咄嗟に発動される天体魔法を見抜き、レックスは大きく斧を振りかぶった。
『天体魔法・《空雷》』
生み出された視界を埋め尽くす程の雷に、しかし一歩も退く事なくレックスは斧を叩きつける様に振りおろす。
振るわれた斧は赤熱し、周りの空気を、空間を蒸発させるかの如き熱量……及び質量を伴って空雷とぶつかった。
そして、両者は拮抗する。
固体でない筈の雷に、割れる様に亀裂が走り、衝突の瞬間の隙をついて背後へ回り込んでいたヒズミが逆の手をレックスに向けた。
『《万里海象》』
海を司る天体魔法。
大量の水が莫大な質量でレックスに襲いかかる。荒れ狂う嵐の海を思わせるそれに、レックスは戦斧を振り回して対抗する。
だが、レックスの生む天災の如き威力の斧より早く《万里海象》に《空雷》が纏わり付き、レックスを囲う様に球状を形成していく。
ヒズミが両手を合わせて下に向けて下ろした。すると呼応する様に水球が、内に暴れ狂う雷とレックスを内包したまま圧縮されていく。
空間を削り取る様な豪快な異音が辺りに響く。冷めた瞳でヒズミが下ろしていた手を振り上げる。
『《地波檀》』
大地を司る天体魔法が周囲や建物を破壊しながら地面を隆起させる。生み出された土槍が、縮み行く水球目掛けて何本も突き刺された。
その時、爆ぜる様に水球が吹き飛んだ。余波で《地波檀》の槍も粉々に砕け散り、まるで堰き止められていたかの様に暴風が吹き荒れる。
「お前の持ってる天体魔法は、これですべて撃ったんじゃねぇか? 凝りねぇ奴だ……オレに、お前が勝てるかよ?」
爆心地から、多少の衣服の乱れと擦り傷程度傷を負ったレックスが歩いてくる。その歩みは、まるでダメージを感じさせず……ヒズミの頰に一筋の汗が流れた。
レックスが一歩踏み出した瞬間、地面から黒い触手の様なものが飛び出して彼にまとわりついた。
金属で金属を削る様な不協和音に、しかしレックスは肩をすくめるだけで歩みは止まらない。
「そうだ、お前の得意とするのはそういう小賢しい真似だろ? まぁ……オレには、一番効きづらい奴な」
「相変わらず、暑苦しい野郎だ」
かつての勇者パーティーで、レックスは前衛盾役という立ち位置だった。故に、極め尽くした界力はあらゆる《力》に対してこの世界で最強の抵抗力を持つ。
相手の界力を操作する術に長けたヒズミは、界力の総量という意味ではレックスに大きく劣る。
その差を埋める筈のヒズミの力が、相手の弱体化及び自身の限定強化……それが人間相手では唯一と言ってもいい、ほぼほぼ通じない相手がレックスだ。
天敵。
「そもそもお前は正面から戦うタイプじゃないんだ。だが……だからこそ、そんなお前が、このオレと対峙出来ている時点で、オレにとっては喜ばしいことだ」
レックスの上から目線な発言に、苛立ちから眉をひそめるヒズミの視線が宙を泳いだ。それにいち早く気付いたレックスがその視線を追う。
《地波檀》により、周囲の地面は吹き飛び、彼らの戦場は地獄の様相であった。舞い散る瓦礫に紛れ、なにやら緑色の何かを視界の端で捉える。
それを見つけたヒズミの口角が僅かに上がった。
「ほぉ……これが、お前の切り札か?」
爆発の様な瞬間移動でレックスは緑のそれを掴み取った。足首の辺りを掴み、ぷらんとしたそれをジロリとレックスは舐める様に見て、首を傾げる。
「なんだ? これが何の役に……」
突如として、レックスの目の前の空間が裂けた。かつての仲間に、空間を切り裂き彼我の距離を無くす力を持つ男がいた。
特徴的な、四角い刀身の剣が裂けた向こうから顔を出して、レックスに強襲する。
ドイルの剣。
レックスはそれを避ける事ができなかった。剣は緑のそれを貫きレックスの胸に突き刺さる。だが、レックスに焦りはない。ドイルの剣はあらゆる全てを斬り裂く、とはいえ……少し斬られた程度ですぐに死ぬ身体では無い。彼らの間柄では挨拶の様なものだ。
とはいえ、その剣が自分の身体を全く傷つけていないことにレックスは驚いた。死なないとは言ったが、当然刺されて普通は無傷では無い。レックスを倒す事が目的なら、無傷にさせる理由は全く無い。
「あばよレックス」
ヒズミの素っ気ない声が聞こえてきた。
緑のそれを貫いた剣、その傷痕を起点に『次元』が裂けた。ぴしりと、界力を消費しすぎたヒズミの身体に亀裂が入る。
《無限に近しき牢獄》
レックスの脳裏に、そのように『翻訳』された言葉がよぎった。この感覚は、自身の『固有魔法』を使用した際の感覚に似ている。
裂けた『次元』の先、そこには、レックスの知らない……《何か》が鎮座している。時間と空間が隔絶した世界。彼の口角は自然と上がっていた。
ヒズミは聖公国に集められた大勢のプレイヤーと、自分が長年掛けて改造したとあるプレイヤーを媒介にして……『世界最強』の男レックスをこの世界から消してみせた。
*
え、なんで俺いきなりブッ刺されてんの。
地下っぽいとこをうろついていたら、凄まじい振動と共に空へ舞い上がって、筋肉ムキムキの野郎に掴まれたと思いきや大剣に貫かれる。
俺が何をしたと言うのだろう。周りを見れば、また顔面にヒビが入ったヒズミさんが居るので間違いなくこの女のせいだろう。ふと気付いたらマッチョマンは居なくなっていた。
俺の腹から剣が抜かれ、無傷のお腹をペタペタ触る俺を無視してヒズミさんがいつのまにか俺の後ろにいた男に話しかける。
「上手く行ったぞドイル」
「ああ。本当にこれであのレックスを無力化出来たのか? どこに放り込んだのかは知らんが、すぐに抜け出てきたりしないだろうな」
先程まで俺の腹にブッ刺さっていた大剣を肩に担ぎ、少年とも言うべき年齢に見える黒髪の男が無表情でヒズミさんに答える。
彼の言葉に、ヒズミさんは俺をチラリと見た。
「そればかりは……『コイツら』次第だろう。どの道あいつをどうにかする手段は、どれも賭けになる」
俺はヒズミさんに絡んだ。
おいおい、また俺を置いてきぼりにしているな?
あと、どんな台詞を浴びせてやろうかとニヤニヤ考えていたら、先にヒズミさんが割り込むように口を挟んだ。
「お前も、助かったよ」
……えっ。
あのヒズミさんが今、礼を言った? やだ、なに? 死ぬのあんた?
「誰が死ぬか。まだ目的を達していない」
「俺はハイリスの所へ行くぞ……あいつもお前も、今回は随分俺を使い走りにしやがる」
「悪いと思ってる。でも、多分、これが最後のチャンスだ。ハイリスも、私も……」
何となくいつもより棘が少ないヒズミさんに俺は薄ら寒いものと……どこか寂しさを感じていた。
礼を言われた気恥ずかしさと、彼女のいつもと違う素直な雰囲気にオロオロしている俺をまたヒズミさんは見て、指先一つでその辺の瓦礫に埋まっていた無限を回収する。
男は去っていった。ヒズミさんは、少し離れた位置にある大聖堂をジロリと睨む。
「グリッパとぽてぽちは、あそこか?」
「あー、多分な。てか私達は逆に行ってたのか、さっきの地下道? 梅田より分かりづらかったぜ」
「ちっ、レックスの奴には随分手間取った」
ヒズミさんとマッチョマンの戦いは、以前あった時の様にとてつもない規模の破壊をもたらした様だ。
辺りがまるで、隕石が複数落ちたのではないかというくらいクレーターだらけ……しかし、そこまで距離が離れていない大聖堂と呼ばれる建物は、まるで結界でも張られているかの様に綺麗なままだった。
その時、大聖堂の一部で大爆発が起きた。
「ハイリスに先を越される」
ヒズミさんが、やれやれとでも言いたげに額を抑えた。
*
「スピアちゃぁん。これ、俺が迷宮で取ってきたんだけど貰ってくれない?」
「えぇ? いいのぉ? ありがとぉ」
媚びっ媚びの声で、むさくてゴツい男探索者からの貢物を受け取るのは青い髪を腰まで伸ばした美少女だった。
スピアと呼ばれた少女は、ニッコリと晴れやかな笑顔のまま男と別れ……その背が見えなくなった瞬間、口角を嫌らしく上げた。
「へっ、全く……男ってのは馬鹿だぜ」
もはや説明をしていくのもめんどくさいのでネタバラシをするが、スピアと呼ばれた少女は何と迷宮都市で数え切れない悪評を我がものにする男・ランスであった!
ニヤニヤと男の時と同じ笑みを浮かべて歩いていると、角からまた別の男探索者が出てきてぶつかってしまう。
やはり丁寧に描写するのが面倒なのでネタバラシをするが、角でぶつかるなんて愚をランスくんはもちろん相手の男探索者も普通はしない。
お互いが、金ヅルだとか可愛いおんにゃの子だと認識して、わざとぶつかりに行ったのだ……!
「痛た……っ」
勢いよく受け身をとりながら尻餅をついたランスこと可憐な青髪美少女スピアちゃんに、わざとらしくやってしまったと額を抑えた男探索者が手を差し伸べた。
「すまない、考え事をしていた。お詫びにお茶でも奢るよ」
普段のランスならば、そもそも角でぶつかるというか互いに武器を突き出していただろう。
しかし、見てくれが変わっただけで無防備にもぶつかってきた男探索者に、アホだなコイツと内心罵倒してスピアは天使の如き笑みを浮かべた。
友人を見て学んだ笑顔だ。彼もとい彼女はその見慣れた笑顔に自信があった。
「いえ、すいません。こちらこそ、ここに来て日が浅いから余所見をしていて……」
「あ、そうなの!? なら、俺が案内するよ。いい店を知ってる」
だがスピアちゃんには先約の金ヅルがいた。今はそこへ向かう途中なのだ。彼女は偽りだが本当に残念だという顔を張り付けて、ペコリと頭を下げて男の財布をスッた。
「ごめんなさい……っ! 今人を待たせててっ!」
そして足早にその場を去る。あっ、と。別れを惜しむ、出会いを常に求めている男探索者の声が聞こえるが、内心で唾を吐き掛けながらスピアちゃんは振り返った。
「また、お会いしたらその時はお願いしますねっ!」
彼女の快活な笑顔に、男探索者は財布を盗られたことにも気付かず鼻の下を伸ばした……。
走りながら、スピアちゃんことランスは悪どい笑みを隠せなくなっていた。
(くくくっ。ぺぺの奴の気持ちが分かるぜ。男どもの単純さ、馬鹿っぷりがツボに入る。全く、良いものを手に入れた)
そう考えながらランスが懐からとあるものを取り出す。それはペンダント型の魔道具だった。ただの魔道具ではなく、迷宮産のいわゆる呪いのアイテムという奴だ。
元々はランダムに容姿を変えるというものだったが、その効果を面白がったヒズミさんに献上したところ、何故か美少女に変身できるアイテムとなっていた。
そうして、ヒズミさんの店に放置されていた魔道具を暇を持て余して忍び込んだランスが見つけて、彼女が帰ってこないので勝手に拝借して遊んでいるのが今の状況だった。
既にパトロンを二桁に及ぶ数作っており、分かりやすくランスは増長していた。
もちろんこれは本編に全く関係ないし、ただふと思いついたネタを突然ぶち込みたくなっただけでオチもクソもない。
それはさておきこの変身魔道具の解除が、実はヒズミさんでないと出来ないという事実を彼が知るのはあと数日先の事だ。
そして、それがどの様な結果をもたらすのか……この書き方をしていたら何となく察するかもしれないが……まだこの時の彼には想像できない事だった。
界力という文字が乱舞して読みにくいよなと、作者自身は思ってます




