第92話 流されるがまま……。
魔物というのは、通常の獣が魔力を用いて自身の肉体を変化……もしくは、そのまま魔法を使う様な生き物のことを指す。つまり人間もそうじゃんとなっちゃうが、定義したのが人間なので基本的に人間以外のことを指してる。
魔獣だとか、他の言い方はともかく細かい分類分けをしていくとややこしい。
世間一般的な認識では、凶暴で他の生き物に害を為すものを魔物と呼んでいる。
魔王軍が操る魔物は、自然界に発生するそれとは一線を画して強く凶暴だ。そして、一際人間に害を為す。
それは、つまりそう設計されているのだろう。
それはさておき、何故いきなり魔物講座を始めたかというと、俺が今まさに魔物に喰われているからだ。
閉じる口腔の中から、僅かに見える外の景色、やがて閉じられていき……外へ手を伸ばし……俺は悲しげに呟いた。
い、嫌だ……助けて……。
そんな俺を見つめるヒズミさんや、攻略組と呼ばれている人の心を持たない連中の瞳は、それはもう冷たいものだった。
まるで路傍の石を見る目だ。一ミリも心が動いていないことが察せられる。何という奴らだ、もはや冷たいとか人の心がないとかいうレベルではない。
グリーンパスタの横で復活した俺はウナギみたいな魔物を瞬殺するヒズミさんに詰め寄る。
一瞬で倒せるなら俺をすぐ助けられたのでは?
「……? 何故助けなくてはならない?」
しかし返ってきたのは心底から不思議だと言いたげな声。まるで俺の言っている事がおかしいのだと言わんばかりに、周りの連中も首を傾げている。
俺は一歩後退り、慄いた。
おかしい、おかしいよお前ら!
「うるさい。早く行くぞ」
そうですね。早く行く事にした。
ところで、グリーンパスタくんや。なんでお前がセーブポイントになるの? 今更だが、未だに理解が追いつかない。
昔は、その状態だと動けないとか言ってたのに今じゃ平気な顔で歩き回ってる。相変わらずキモいやつだ。
レッドはなんていうか、人間の先にあって理解できるけどしたくない気持ち悪さだが、グリーンパスタはもはやどう成長したらそうなるのか分からない。コイツ本当に元・人間?
「そうだなぁ、僕達に分かりやすく例えるなら……ほら、龍脈とか地脈とかそういう概念を漫画とかで見ない? この世界には龍がいたらしいからややこしいけどさぁ」
「あー、こう自然の力の流れとか、そんな感じ?」
ぽてぽちがポンと手を叩いてニッコリとした。ふむ……。パワースポットとかそういう話か?
「そうそう。僕達の世界ではそんなスピリチュアルもこの世界には、はっきりと存在してるんだよ。ほら、オットーさん居たでしょ?」
あの怠惰なおっさんね。今も迷宮都市でおっさん達とパーティー組んでる。
「オットーさんの《ユニーク・マギア》って、地脈とかそういうものを利用するものなんだよね。その時に、コツを覚えたっていうか」
「お前達が『せーぶぽいんと』と呼んでいる場所は星の《界力》が自然と多く集まる所だ。それを界穴、流れは界脈と呼ぶ」
ヒズミさんの解説が始まった。
「イメージは、呼吸をする口みたいなものだと思えばいい。私の転移魔法陣もそれを利用している」
そうだったんだぁっ。俺は感嘆した。おや? そういえば魔法陣の上で死んだら転移先の魔法陣をセーブポイントに選べたのも……?
「うん、おそらく……界脈とヒズミさんの術式を通した事で発生するバグみたいなものだろうね」
「ぺぺって、実はグリーンパスタの事言えないくらい気持ち悪い事をシレッとしてるよねぇ」
ぽてぽちさんの心外な言葉に俺は心を大きく傷つけた。反論する。
いや、俺の場合はヒズミさんとかいう規格外の存在を介しているし、多分この人俺の事改造してて、俺はもはや改造プレイヤーになってる。つまり俺は被害者……?
それはさておきそんな俺と、比べても素で俺よりも凄いことをやらかしてるグリーンパスタくんを同列に語らないで欲しい。
「人には向き不向きがあるしね」
うんうんと頷くグリーンパスタに少々ふに落ちない気持ちが生まれるが、それには同意だ。そしてその向き不向きが極端なのがβテスター……俺は違う。俺は普通の人間、いや、元人間なのでお前ら化け物とは違う。
「まぁ実際のところ、君達第二世代の方が……」
やめろ! これ以上意味深な伏線を増やすな!
「話がズレてっているが、つまりヒズミが地面に書いてるのは転移魔法陣って事だな?」
ずっとボケッとしていた無限が話を締めた。そう、今俺たちはヒズミさんが地面に転移魔法陣を作っているのをだべりながら待っていたのだ。
なんと、もうこのまま聖公国に乗り込もうという話だった。打ち切り漫画かな? 展開が早いのである。
しかし、特に無限のレベルは魔王軍幹部を一人殺害した事でかなり上がっており、それを無に帰すのは勿体ないとの事でヒズミさんは慎重に魔法陣を作成していた。
俺のレベルが無に帰すのはどうでもいいらしい。
「お前らちょっと雑に扱うと死ぬからな」
との事である。
「ところで、お前らはずいぶんと『レッド』ってやつを買っているが……特にグリッパ。あいつはそんなにすごい奴か? はっきり言って……あらゆる才能という点において私が今まで見てきた『べーたてすたー』の中で劣って見えるが」
ヒズミさんの素朴な疑問に、俺達プレイヤーは顔を見合わせた。奴の才能か……。確かに、最近はアレだが本気を出すと男をポンポコ魅了できるk子や、なんかプレイヤーの脳内を蹂躙するぽてぽち。
そして努力すればあらゆる武器を操れる無限、何やってるか意味わからんグリーンパスタ。
その他のβテスターの連中と比べても、はっきり目立った『才能』がレッドには無い様に見える。奴の特徴といえば、つまりはぶっ飛んだ『精神性』だからだ。
「まぁ、彼は傍目から見て器用貧乏でしょうね……でも、すべてのプレイヤーは彼を恐れますよ」
グリーンパスタは確信した顔で言い切った。
「レッドと関わればなんとなく分かると思いますけど……彼には誰も勝てませんから」
*
準備が整ったらしい。魔法陣の中に入ってソワソワと待つ。中心に立つヒズミさんが真剣な顔で言った。
「おい、あっちに行ったらすぐにフラフラするんじゃなく私の指示を待てよ。特にお前だ」
俺を指差すヒズミさんに、分かってないなと俺は肩をすくめる。
やれやれ、俺なんかよりよっぽどフラフラしそうなのがコイツらだぞ?
「出発だ」
ナチュラルに無視をするヒズミさん。
魔法陣から光が溢れ出し、やがて何も見えなくなるくらいその光が強くなると……。
「ちっ」
ふと、真っ白な視界の中ヒズミさんの舌打ちが聞こえた。
光がさっぱり晴れると、そこは何となく見覚えのある雰囲気の場所だった。聖公国に連れて行かれた時にいた建物の中に雰囲気が似ている。なんか教会的なの。
つまり、着いたのかぁ。聖公国。おつかれさんとヒズミさんのいた所を見るが、そこには誰もいなかった。
正確に言うならば、俺と無限の二人しかこの場にはいなかった。
ん?
「ぅぉっ」
横の無限が小さく声を上げた。視線を追いかけると、そこには三人の人間。いずれもが武装し、俺達を見て身構えている。
一人、見覚えのある奴がいた。
「あれ、チ……」
だが、そいつと目があって話しかけようとした瞬間、残りの二人……まず剣を持った男が勢い良く飛び出してきた。
もう一人は大きな杖を構えた女で、何やら詠唱をしている様だ。
すかさず俺を突き飛ばし、前に出る無限。右の袖から三節棍、左からは大振りのナイフを取り出して、飛び出してきた男の振るう剣を弾いた。
更に衝突は五回、力強く振るわれる剣を、卓越した技術で……武器を壊されながらも無限は弾く。
今の無限はかなりレベルが高い。それでも身体能力の差は凄まじい、その差を技術で補っている……俺は素直に感心した。ここまで……。
だが、その数度の衝突で既に無限の右手首は折れ、脇腹には浅くない傷を負っている。しかしよくやっている方だ。何故ならば、相手は『聖痕』の勇者……現地人の中でも強い部類だろう。
後ろに控えた女の方は、俺の知り合いに止められていた。
ヴァレンディ! 俺は叫ぶ、その声に反応したヴァレンディはすかさず女の杖を奪い、無限の首を跳ね飛ばさんとする男の剣を自身のククルナイフで止める。
速い。右手の甲に輝く『聖痕』の力か、かつて見た時よりも数段速くなっている。
「すまん! 待ってくれ! 知り合いなんだ、話をさせてくれ!」
「話をする必要などありません」
ヴァレンディに剣を止められた男が何かを言う前に、聖痕の勇者達がいた方向とは逆から、鋭い声が響いてきた。
振り返ると、そこには剣を顔の前で下向きに構える異端審問官の姿があった。
血礼のシャイナ。ヴァレンディの知っている彼女より、何十年も若返った姿の彼女がそこにいた。
「え? ん? せ、先生……!?」
戸惑いがちなヴァレンディの声。そして同時に俺の視界をジャックする様にノイズが走る。ぽてぽちからのメッセージだ。地図にも似たイメージ映像と共に座標が送られてくる。なんとなく、座標と現在地の位置関係が分かってしまう。
無限にも同じものが来ているのか、俺と視線がぶつかる。
そうこうしている内に、シャイナ先生の準備が整った様だ。爆発的な魔力の高まりを感じてまた彼女の方を見ると、丁度胸の辺りで白く輝く霧を纏う剣を構えていた。
『オーダーセイヴァー』
おっと、やばい奴だな。すかさず無限の首根っこを掴み、逃げ道を探す。ヴァレンディがここにいる理由は不明だが、一縷の望みをかけて口から出任せを言った。
ヴァレンディ! 先生は悪い奴に操られている! 俺には止められないんだっ!
俺達を取り囲む様に霧が広がってくる。一瞬で視界を奪われた。
空気を震わせる程、強く金属がぶつかる音が耳を突いた。複数回……いや、数えられない程だ。俺と無限の周りの床に、いつの間にやら大量の剣筋が残されていた。
パッと霧が晴れ、複雑な顔をしたシャイナ先生が剣を下ろす。ヴァレンディは、大きく呼吸を乱しながら半ばから断ち切られたククリナイフを両手に持って膝をついている。
「先生……っ!? チノですよ! 何故……!」
「ヴァレンディ、邪魔はやめなさい。彼女達は、貴方が思っているよりもずっと恐ろしい」
一番困っているのは残された二人の勇者達だ。杖を奪われ、よく分からない事態になって目を丸くしている女の元に、同じく戸惑いながら男の方が戻っていった。
何となくあいつらに共感できる。わかるよ、わかる。突然自分には関係のないイベントが始まったら居場所に困るよね。立ち位置というかさ。
ほい、迷狂惑乱界。
この場の界力が乱れた瞬間、グリーンパスタから得た情報を元に隠し通路のある壁まで走って強く叩く。
よしっ。出てきた。小さな通路だ、無限の身体を無理やり詰め込み俺も滑り込む。後ろから何やら揉めている声がするが、とりあえず逃げよう。
通路というよりはゴミ廃棄用のソレだった。ひゅううっと下に落ちた所でクッションの様な物に着地する。ベッドだった。
何だここ……何もない空間、本棚とベッドが置いてある。
「元々はグリーンパスタの隠れ家らしい、あいつまじなんなの」
掲示板でグリーンパスタが教えてくれた様だ。マジであいつなんなの。身体の傷を修復した無限が立ち上がる。
ええっ?
「レベルを代償にしてる」
プレイヤーってそんなことできるんだぁ……。
「レベルをだいぶ上げてないと無理だし、かなり効率が悪い。はっきり言ってわざわざ高いレベルを保っていたのが無駄になった」
まぁ、今ここで死んだらどこに飛んでくかよく分からんしな。
てかヒズミさん達はどこに行ったんだよ。
「グリーンパスタとぽてぽちは一緒らしいが……」
もしかしてあれかな、転移中に干渉されたとかそんなんで分断された?
「そんな感じだろうなぁ。とりあえず、ここがバレるのもすぐだろうから逃げろだって。あーもうわけわかんない、逃げてどうすんの?」
だよねぇ。
出鼻を挫かれた俺達は渋々歩き出した……。
*
「邪魔、しやがったな……」
心底不快だと、ヒズミが怒りの声を上げた。
それが向けられたのは、女神像を前に聖剣を持って立つ……聖女。その目は開かれ、星空の如き眼球がヒズミを見ている。
聖女の口が開かれた。
『やはり、お前だ。ヒズミ。かつても、今も……やはりお前が、発端だ』
聖剣の言葉だ。
神が滅多に『世界』に出てこれない為に生み出された、神に最も忠実な僕。強く舌打ちをして、ヒズミは聖剣を睨みつける。
「分かってんだろ。私ができるのはお膳立てだけだ、いつだって行動するのは……お前らが弄んだ『奴ら』だよ、思い通りに行かないのは自業自得ってやつだ」
『弄ぶ? 見解の相違だ。我が神はお前らを軽んじたり、弄んだ事など一度もない。ただ、生きる《界位》が違うのだ。お前達の常識で測れるものではない』
どこか、哀れむ様な声色だった。
椅子に座って、ニヤニヤとしながら事の推移を見守っていたレックスが立ち上がりヒズミの側に行き、肩に手を置いた。
すぐに振り払われるが、全く気にも止めずに肩を竦めた。
「まぁ、細けー話はやめにしよう。お前は、プレイヤーに何を期待してるんだ? それは……俺にとって、どんな存在になり得る?」
『レックス!』
叱りつける様に聖剣が怒鳴る。
この男は、自分が楽しめるかどうかしか考えていない。昔から、そして、自身の『身の丈』を知ってからは尚更。
「ごちゃごちゃ言ってないで、文句があるなら直接出てこいと『神様』に伝えろ、ボケ聖剣」
しかしレックスを無視してヒズミは聖剣に啖呵を切る。聖女の瞳が細められ、怒りというよりは呆れからか、大きく溜息を吐いた。
聖剣が、聖女の口を使って何かを言おうとする前に、ヒズミが獰猛に笑みを浮かべて口を開く。
「分かってるよ。まずは……『聖剣』からだろ」
どこからか、爆発音に似た音が大聖堂を揺らす。震えるステンドガラスを見て、レックスが楽しそうに笑う。
「おいおい、ハイリスがここで攻撃……? 縛りはどうした縛りは」
笑い声を上げて、ヒズミが吠える。
「おらっ! 始まるぞ! 神の支配できない! 滅茶苦茶なストーリーがよ!」
ヒズミがその場から駆け出して、レックスから距離を取ると地面から、勢いよく黒い触手が何本も滲み出す。同時にヒズミを中心として、黒い沼の様なものが放射状に広がって
『魔法結界・黒腕減散域!』
魔法結界の宣言、黒い触手が群れをなして聖女に迫る。しかし、一瞬で聖女の前に移動したレックスが手から大きな戦斧を生み出して、勢い良く振り下ろすと……軽い感触で床に刺さると同時に黒い触手が霧散する。
「邪魔すんじゃねぇ!」
「ヒズミィ! ここで、百年前の続きと行こうぜ! 楽しくなってきたぁっ!」
一瞬で高められたレックスの界力。対峙するだけで皮膚を突き破られる様な錯覚を覚えて、思わずヒズミの額から冷や汗が垂れる。
奥歯を強く噛み締めたヒズミに、レックスは楽しそうな笑みを返す。一歩、彼が地面を踏み締めるだけで、彼の周りの空気が歪んでいく。
『迷狂惑乱界……っ!』
《我は、その先へ至る》
両者はかつての仲間。ぶつかる理由に憎しみがあるわけではない。ただ、自身の望むものの為、それが例え……刹那的な快楽の為だとしても、『始原十二星』である彼らの衝突は世界を揺るがす。
*
「え、ちょっと揺れたぞ?」
地震かな?
何やら下水道の様な所をとことこ歩きながら俺達は身を寄せ合って震えた。
これ、崩れたりしない? 上を見上げてゾッとする。天井? にヒビが入っている……。
「これ道合ってる?」
ん? 先導してるのはお前だろ?
「えっ」
えっ。
TIPS
不死プレでは、懐かしいキャラが出ても、それほど重要ってわけでもない。




