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第89話 ジェイケーダイスキ神


 俺は変な男に捕まって空を飛んでいる。

 蛇型竜の飛行速度はかなりのものだ。スピードだけならばチャーミーをも優に凌ぐだろう。


 異端審問の男は油断なく俺を拘束していた。何かしらの魔法効果の込められた縄で簀巻き状態にされている。

 困ったことに、全く身体を動かせそうにないし、舌を噛み切る様な事も口に嵌められた猿轡によって防がれている。



 だが、この男はプレイヤーを舐めている。

 代償術式……『何か』を捧げる事で世界に満ちた、より大きな界力ファルナからその一端を借り受ける技術。

 それを会得したプレイヤーの自殺を止めることはもはや不可能に近い。例外は、プレイヤーの作ったプレイヤーを封じる呪符くらいだろう。


 俺は代償術式によって魔法を使う。その効果は全て、俺を縛る縄によって霧散させられるが捧げた代償は還らない。

 俺は死に、その場には相手を失った拘束具が残された。


「に、にげられた!」



 *



 ふん、プレイヤーの事をもっと調べておくべきだったな。俺はニヤニヤとしながら復活した。追いかける様に転移してきた懐中時計を掴み懐に仕舞う。……なんか、本当に呪いの装備になってない?


 やけに薄暗い。目の前には、何やらでかい木像の様なもの。デザインセンスの欠片も無い、モチーフのよく分からない人型生物の様な木像だ。


「お、おお……っ! 神の御遣い様が、降臨なされた!」


 ん? 何かに感動した声に惹かれて俺は振り返る。ギョッとした。俺に向かって……いや、恐らくこのキショイ木像に向かって土下座をかましている謎の集団がいたのだ。

 その中で一人、先頭に一人はみ出た老人が両手を合わせて感涙している。どうやら、その視線の先は俺である。


「あ、貴方は神の御遣い様でしょうか?」


 ダンマリの俺に、心配になったのか慌てた様子で老人が聞いてくるので、俺は首を振る。

 即座に、そんなしょぼいものではないわ! と叫ぶ。


「はっ! そ、それではまさか……ジェイケーダイスキ神ですか?」


 なんだその名前は馬鹿か? だがまぁ、俺を神と間違うとは。しょうがない事だが、俺は謙遜した。

 いや、神なんて大それたもんじゃあないが。まっ、神に等しき存在……ってとこかな?


「神に等しき……っ! じぇ、ジェイケー様! ジェイケー様が降臨なされた!」


 JKではないが、もうめんどいので無視をすることにした。しかし、JKってなんだよ? 女子高生の事か? 

 俺は木像を見た。

 あまりにも常人から逸したセンスだが……なるほど、セーラー服を着込んだ女に見えなくもないわけがなく見えない。見えないよ。


 てか気持ち悪いなこいつら。俺は土下座する連中を見渡して思う。二十人程だろうか……薄暗い洞窟にキモい木像を飾って、それを崇める。どう見ても邪教じゃん。


「ジェイケー様、お願いがあります!」


 不敬にも、土下座する内の一人が立ち上がって懐から何かを取り出した。手の上に広げられたそれを俺はつまんで顔の前に持ってくる。

 ネックレス……か? 細い鎖に、綺麗な宝石がぶら下がっている。俺は中々綺麗なそれを見て、しかし意味が分からず渡してきた男を見る。


「我が家の家宝で御座います。これでどうか、娘の病気を……」


 ジェイケーにお前らはなにを期待してるんだ。しかし、異様な雰囲気に飲まれた俺は不適に笑って頷いてしまう。

 するとあれよあれよという間に洞窟を出て山を降り、その麓にあった小さな集落の様な所に大人数でゾロゾロと行軍し、一軒の家の前に着いた。

 流れる様にボロい木造建築の家の中に入り、硬く閉ざされた扉の前に立つ邪教の面々と俺。宝石を渡してきた男が涙を流しながら扉の前で俺達に振り返った。


「娘は、悪魔に取り憑かれてこの部屋から出てこなくなってしまったのです……! 腹が減ったときだけ扉を強く叩き、部屋の前に食事を置いて行けと……」


 引きこもりかな?

 俺は近くにいた邪教メンバーのガタイが良い奴に手で指示をする。扉を壊せ。


「え? いや、でも他人の家だし……」


 逆らうのか? この神にも等しき存在に? 

 そう凄むと、覚悟を決めた瞳でガタイが良い奴はタックルの姿勢をとった。やれ。

 バゴォッ! と木でできた扉が粉砕される。すぐに乗り込んだ俺は、中にいた驚いて腰を浮かしている女の腹に蹴りを入れる。

 流石は引きこもりの雑魚、俺の蹴りでも不意を突かれて尻餅をつく様な軟弱さだ。俺は《スキル》による干渉を行う。

 ……奥底、怠惰な感情がコイツの心の多くを占めている。つまり、病気とはつまり精神の病気と見た。五月病だ。それならば、と。俺は家宝だとか言っていた宝石を見る。これは魔石だな、引きこもり女の頭部を掴む。

 感情とは脳の引き起こす反応だ。それは、この世界でも恐らく同じ……ならば、結界範囲はこれだけで良い。


 もはや当たり前の様に俺の懐にある懐中時計を介して、魔法結界を頭部を覆う程度に展開する。


 食らえ……俺の感情操作魔法、その真髄を!


 引きこもり女のネガティブな面を限りなく無に近づけ、ポジティブな気持ちを最大限に増幅する。

 これだけで充分。大事なのはきっかけだ。家宝らしき魔石が砕け散った。俺は振り返り、キョトンとしている親の前に立ち天使の様な笑みを浮かべた。


「貴方の、家宝をも捧げる献身が彼女の心を救いました。しかしこれは、治療の始まりに過ぎません。褒めなさい、彼女が、自分を誇れるくらい褒めなさい」


 そう言うと、ハッとした顔になる男。


「た、確かに、最近の私は口煩かったのかもしれない」


 引きこもり女が清々しい笑顔で部屋の外へ出た。おお……っ、と邪教メンバーのどよめき。

 満面の笑みで、引きこもり女は自身の親を見る。


「お父さん、私、今なら何でもできる気がする!」

「娘よ……っ!」


 感極まって号泣する男……。二人は抱き合い、これから互いに頑張ろうと誓い合っている。親子の、未来に幸あれ。感動の抱擁に周囲の者も思わず涙した。俺はニコニコと、よく分からなかった。

 何これ。ノリと勢いでやっておいてなんだが、全く話の流れが分からない。何故、コイツらが感動しているのか全く分からないのだ。


「ジェイケー様……! 貴方は本物だっ!」


 本物ってなんだろう。俺はそう思いながらも笑顔を絶やさなかった。

 私は、腹が減りました。試しに言ってみる。


「し、失礼致しました……! おいっ! お前ら宴の用意だ!」


 そして流れる様に始まった宴の席。天にも登らん勢いの火を囲い、怪しげな踊りを披露する邪教徒どもを死んだ目で見つめていると、邪教徒の中のトップらしき老人がこの邪教が生まれた経緯を教えてくれる。


「かつて、この村を流行病が襲いました。病を恐れて近くの街も魔王の呪いだと私達を遠ざけました。私達は、神に祈りました。そして出会ったのです……山で、一人木像を彫る神の御使い様を」


 ほぅ。つまり、その木像を崇めたら流行病が治ったとでも?


「そうなのです! 御使い様が言う通り、木像に向かい『ジェイケーダイスキ。ジェイケーは神』と唱えていると、みるみる村の者達の症状が良くなっていったのです!」


 へぇ……ちなみに、その事を御使い様はなんて?


「『え? マジで?』と、仰っていました。しかし私達には分かるのです……! これこそ、ジェイケーダイスキ神の加護……! そもそもアルプラ神以外の神を崇められた時点で、ジェイケーダイスキ神が同等の神であることは必定!」


 俺は怖くなってきた。


「それから、毎日祈りを捧げているのです。すると、村の者達は病が流行る以前よりも元気になっていきました」


 ちなみに御使い様は今どこに?


「それが……ある日忽然と姿を消してしまったのです。彼は最後に言い残しました。いつか、自らを『JK』と名乗る者が現れたらこれを渡してほしいと」


 そう言って渡されたのは、手紙の様なものだった。封を開けて中を見ると、『日本語』で書かれた内容だった。プレイヤー仕様の暗号である。

 薄々思っていたが……やはり御使いとやらはプレイヤーか……。今までのエピソードだけだと頭悪そうだが……。


『やぁ、これを見ていると言うことは、恐らく頭のおかしい連中にJKだとか言われて困っているということだね? つまり君は、女性プレイヤーというわけだ。

 いや、私もこんな事になるとは思っていなかった。冗談で、この木像を崇めたら幸せになるよって、言ったらまさか本当にね。

 いやでも、流行病がどうこう言ってると思うけどそれ多分ただの食中毒なんだよね。むやみに騒いでただけじゃないかなぁ。閉塞的な田舎だから、一回思い込んじゃうともうダメだよね。水いっぱい飲んだら? って言ったら治ってやんの。ぷぷー。

 という事で、JK教とかいう日本人が聞いたら頭沸いてんじゃねーのって邪教が生まれちゃったので逃げます。

 さようなら、もしあれだったら掲示板に書き込んで下さい。笑います。


 追伸


 できれば木像は処分して下さい。銘を打ってあるのでそれを邪教のシンボルにされてるとか恥ずかしいです。』


 俺は手紙を破り捨てた。


「ああっ! 御使い様の聖書がっ!」


 馬鹿野郎がっ! この俺様がいる時点で、この様な紙切れ必要ないわっ!


「はっ、そ、そうですね……失礼致しました」


「大変だーっ!」


 突然、叫ぶ村人が宴の中に転がってきた。

 何事だと、皆が注目する。


「魔、魔獣だっ! 畑を荒らしている!」

「じぇ、ジェイケー様っ!」


 うむ、と。俺は頷いた。


 そして、魔獣討伐に向かう事になった。俺は疑問だった。コイツらにとってJKとはなんなのだろう。俺にとっても分からなくなってきた。

 何故に俺が先頭に立っているのだろう。やがて畑の前に着くと、二本足で立つ狼型獣人が血走った瞳でこちらを威嚇している。

 魔獣……? 俺は見たことのあるゴミを指差して聞く。


 宴に駆け込んできた村人が引っ掻き傷のつけられた腕を見せてくる。


「ま、間違いなく魔獣だ! 怪我もさせられた!」


 そ、そう。

 俺は戸惑った。ちらりと、狼獣人型魔獣を見る。なんだか、お金が好きそうな顔をしている。神出鬼没のお金お化けと戦うため、俺は近くにいた老人教徒の財布を奪い取った。

 それをポイッと投げる。


「な、なにを!?」


 すかさず飛び込んできた狼獣人に駆け寄り、耳元で俺が何事かを呟くと、なんと恐ろしき魔獣は俺に平伏し腹を見せたではないか。


「お、おお……っ!」

「武力なしに、魔獣を!」

「こ、これがジェイケー様の力……!?」


 俺は振り返り両手を広げた。

 案内しろ。短く告げると、老人が狼狽えながら聞いてくる。


「ど、何処にでしょうか?」


 あの木像のところだ。


「御神体に……?」


 そして、案内してもらい俺はあのきもい木像の前に立つ。手だけで狼獣人に指示をして、頷いた狼獣人はなんの躊躇いもなく木像に火をつけた。


「あ、ああっ!」

「何故その様な事を!」

「御神体がっ!」


 阿鼻叫喚といったところか……。俺は邪教徒どものあまりの慌てぶりに少し引いた。あんな木像にどれほどの信仰を寄せていたんだ……。

 狼獣人は、彼らのそんな様子を見ても顔色変えず、大きな団扇で風を送り火を大きくしている。


 俺は、大火を背に告げた。


「御神体など要らぬ! この、我がこの身こそが神! 俺が神だ!」


 ええっ! どよめきが広がる。

 俺の脳裏に、今までの出来事がよぎる。つまりは、ヒズミさんやハイリスの過去話とこの世界の話だ。


「ジェイケー? ジェイケーダイスキ? 否、否である! 我が真の名を聞け! そして崇めよ! 信仰せよ!」


 押し付けがましい信仰対象に、しかし邪教徒どもは盛り上がりを見せた。ウォオォォ! 空気を震わせる歓声が山にこだまする。

 俺は、柄にもなくヒズミさん達に協力しようと思っていた。正直話のほとんどをよくわかってないし、なにをどうすればいいのか分からないが……要は、ヒズミさん達の『力』を高めれば良いのだろう? とりあえず俺の認識はそうだった。神と戦うならば……まずは同じ土俵に立たねばな。


「我が名は、ヒズミ! 神にも等しき我をヒズミと崇めよ! 嫉妬神ヒズミである!」


 《扇動》と呼ばれるスキルは群衆を前に効果を発揮する。それはつまり、一度坂を転がり始めた球は止まらないという事だ。

 神は信仰によって力を増す、よくある話だ。ならば、ヒズミさんへの信仰を高めれば……アイツの力も増すだろう。多分。なんて良いやつなんだ俺は。


「ヒ○○神……!? ヒズ○神! ○ズミ神……っ!」


 しかし、ヒズミ神という言葉を口にしようとする愚民共が苦しげに顔を歪めている。どうやら、言葉が出ないらしい。小賢しい……! ヌゥゥン!

 《スキル》の出力を上げ、ヒズミ神と上手く発音できない群衆を更に盛り上げていく。言葉にするたび、まるで壁にぶつかる様な反応を見せる愚民ども……だが、互いが互いを高め合い、やがて群衆は一つの壁を越えた。


「ヒズミ神バンザイ! ヒズミ神バンザイ!」


 ヒズミ神バンザイ!

 余談だが、先程の宴で出された食事には一種の興奮剤の様なものが入っていたらしい。この愚民どもは山に生えてる物ならなんでも食べるそうだ。

 異様な光景にドン引きしている狼獣人。俺はそんなゴミ狼を睨みつけて愚民どもから巻き上げた金をぶつけて強要する。

 ヒズミ神バンザイ! さん、ハイ!


「ヒズミシンバンザイ! ヒズミシンバンザイ!」


 金を渡されたというのに珍しく、引きつった顔だった。


 俺は考える。まだ人数が少ない。

 嫉妬神ヒズミ教と名乗るには小規模過ぎる。俺は愚民代表の老人に尋ねる。

 おい、近くにデカい街はないのか?


「はっ。一昼夜かければ大きな街につけます」


 遠いな……。しかし……。

 俺の口角が自然と上がる。高揚した気分が、俺から躊躇いや戸惑いを消し去っていく。何でもできる気がした。


「我が信仰、止まる事を知らず」


 ふははは。ふはははははっ!


 人は群れると、止まれなくなる。

 それを次の日には身を持って知る事になるが、ちょっとアホなこの村人達がノセられやすいだけで俺は悪くないんじゃないかと思う。




TIPS

神出鬼没の狼獣人には作者も驚いているぞ!


とあるプレイヤーは、人里離れたセーブポイントに変な木像とかあったら、深読みして考察し始めたり面白いだろうなぁと考えてたらしいぞ!

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