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第88話 神の存在証明


「まだ、魔法の無かった時代の話です」


 ハイリスはそう切り出した。


「私達、初代勇者一行の物語を知っていますか?」


 その問いに答えたのはポラリスだった。


「ええ、ある日、世界を滅ぼす魔王の出現。その神託を受けた聖女と勇者一行が、旅の果て、魔境の果てに魔王を討ち取ったと……その様に記憶しています」


 コクリと頷いて、ハイリスは続ける。


「途中までは正しいです。しかし結果として、魔王というものは……存在しなかったのです。変わりに私達の前に立ち塞がったのは、聖女アルナを依代に顕現した《アルプラ》。この『星』と同じ名を冠するこの世界を創りし『神』でした」


 星……。俺の脳裏に地動説だとか天動説だとかそんなワードが浮かぶが、よく分からず通り過ぎていった。

 神様っているんだぁ……。いきなりスケールのでかい話になってきた。グリーンパスタの顔をチラリと覗くと、やけに真剣な顔で聞き入ってる。ある程度の事は分かっていた顔だ。

 横のk子は、頭の上にハテナマークが浮かんで見えるアホ顔だったので安心した。


「いわく、この世界は『神』……『星神』と呼ばれる存在が、多く『力』を貸してくれている事で生まれたのだと。そして、それら『星神』達を楽しませる為にこの世界は存在するのだと」

「神々の、遊戯ゲーム……」


 グリーンパスタが仰々しく言うので、空気を読んで俺は深刻そうな顔でゴクリと唾を呑んだ。


「ふふっ」


 空気を読まないk子は鼻で笑った。


「《アルプラ》は、人間わたしたちには読めない感情を顔に浮かべました。『お疲れ様、思った以上に来るのが早くてまだ《魔王》は用意できてないから、コレを《魔王》にするね』」


 ギリ……昔を思い出して、ハイリスが歯を軋ませた。


「コレとは、すなわち《アルプラ》が依代としていたアルナの身体の事。共に旅をした、アルナとの戦闘を余儀なくされました。戦う他にありませんでした。結果的に彼女を殺す事でしか世界を救う事はできず、その先に……私達に残ったものは」


 それ以上、ハイリスは言えなかった。

 帰還組の連中が顔を合わせた。なるほど、そう言う感じね。そう話している。プレイヤー特有の楽観的な雰囲気が出ていた。シリアスな空気にプレイヤーという異物は害悪でしかなかった。

 だが流石魔王様と言うべきか、そんな空気を無視して話を続ける。


「私達は、神の打倒を目指しました。自身らを含む《始原十二星》と呼ばれる他『星神』達の加護者を集め、『星』を創る『天体魔法』の使い手も仲間にしました」


 怒涛の専門用語が溢れる。知ったかぶってうんうん頷く。


「天体魔法……? それって規模が大きい魔法の事なんじゃないの?」


 ちゃんと話を聞いていたらしいぽてぽちが疑問を呈した。熱くなっていたのか説明が足りなかったと額を抑えたハイリスが、少し落ち着いた顔になる。


「……ああ、今はその様な意味で使われていますが、本来の意味は違っていたんです」


 そもそも、とハイリスは指を立てた。


「今この世界の方達が使っている魔法というものは、先程言った『始原十二星』である『精霊』がその身を捧げて作ったものなんです。昔は、『魔天裂光』か『天体魔法』、そして私達の様な加護者が持つ『固有魔法ユニークマギア』しか……いえ、話が逸れましたね」


 こほんと恥ずかしそうに咳をして話を戻す。


「仲間を集めた私達が……《アルプラ》へと至る為に作ったのが、『叛乱迷宮』です。その影響で世界に『迷宮』が生まれる様になったのですが……ああ、えと、それはともかく、『叛乱迷宮』の先で私達は《アルプラ》と対峙しました」


 世界の裏事情がバンバン明かされていく。流石は魔王様だ、ヒズミさんやグリーンパスタの様に勿体ぶらずに打ち切り漫画かってくらい情報を開示してくれる。

 恐ろしいのは、その情報を認識するだけで《プレイヤー》の《経験値ファルナ》がぐんぐん溜まっていく事だ。


「長くなりましたが、結果的に多くの犠牲を払って……惨めにも私達は負け、私は『魔王』。ドイルは『魔王の側近』として、条件が満たされるまで封印される事になりました」


「ヒズミさんとレックスさんは言うなればこの『魔王討伐』ゲームの進行役として……。全員に言える事が、思考も含めた自分の『存在ファルナ』全てに枷をかけられたのです。見えるはずのものが見えず、考えたい事を考えられない。そして、話したい事も話せない……『神の傀儡』と言ったところでしょうか」


 話し終えて、ハイリスは小さく息を吐いた。

 話したい事も話せない……ね。やけにスッキリした顔をしているのは、今までそれを話せなかったからなのかもしれない。

 そういえばプレイヤーの界力ファルナで制限がどうこう言っていた。


「大体の流れは分かりましたけど、それで? 僕らに何を求めているんですか?」


 グリーンパスタがそう聞くと、意を決した様な瞳でハイリスは答える。


「貴方達は、『星神』と《アルプラ》によって招かれる通常の『異邦者』とは別。それはつまり、《アルプラ》にも把握し切れない存在だという事です。故に……貴方達の介入によって『物語』は破綻していく」


 破綻している物語とはつまり『魔王討伐』ゲーム……魔王祭の事だろう。そもそも魔王の封印を解いたのがプレイヤーだというのが、破綻の始まりなのか?


「本来は、選ばれし『異邦者』によって解放されるはずの私から、界力ファルナすら奪い取る貴方達プレイヤー。この世界の法則ルールに縛られる私にとって、この世界の神にすら縛られないプレイヤーの力が必要なんです」



「もう一度、アルプラと戦う為に」



 *



 この人、結構決め台詞的なの好きだよな。

 天を指差し、言い切ったと言わんばかりの顔をするハイリス様を見て俺はぼんやりとそう思った。


 ところで、今もずっと地面に押さえつけられている幹部達はどうするのだろう。俺達では近付くだけでペチャンコだし。さっき早く殺して下さいとか言ってたけど、むしろどうやって?


「魔王様ー、私の手下達を解放してよー。え? てかよく分かんないけどこいつらは殺さなきゃダメなんだっけ?」


 話をまるで聞いていなかったk子が声を上げる。いや、よく考えたら幹部達の話は出ていない。


「ああ……彼らは、先程言った『魔天裂光』と呼ばれるものを与えてありまして、それは《アルプラ》がこの世界に落としていった力の一端です。つまり、その力をプレイヤーに吸収してもらおうと思っていました」


 ですが、と。彼女は言う。


「貴方達が、貴方達のしたい様にするのが一番良いのかもしれない……まさか、刷り込みされた私への忠誠を、上書きされるなんて考えもしませんでした」


 少し笑って、魔王様は魔法を解いた。すると、重力から解放された幹部達がキョトンとした顔で周囲を見渡す。

 円形に沈んだ地面の淵に立ち、下を見下ろしてk子がニコリと笑った。


『無抵抗に死になさい』


 無慈悲の宣告。ハイリスと、帰還組の男プレイヤー二人がギョッとする。

 無言のポラリスは微動だにせず、キリエとシロエがその場から飛び出した。

 俺の蹴りがk子の腹に突き刺さる。グエっと潰れたカエルの様な声を出してk子が転がった、慌てて振り返ると、キリエが剣を振りかぶりシロエの詠唱は終わろうとしていた。


 今の今まで、ずっと気配を消していた無限が間に入ってキリエを止めた。ドサクサに紛れて幹部のツワイさんの首を斬る。シロエの炎魔法が飛んでくる。

 しかし幹部達の目の前に降り立った、何故か鳥の翼が生えたグリーンパスタが庇う様にその炎をまともに受ける。

 爆発が起き、飛び散ったグリーンパスタの肉片が光の粒子となる。炎が晴れ、当然の様に無傷で現れたグリーンパスタが手に持った呪装のナイフでキリエを刺す。


「くそっ! テメェら! 手柄を取るつもりか!」

「無限、一人だけは許すよ。それ以上はペペロンチーノが怒るからダメ」

「お前らはペペロンチーノに甘いんだよ」


 ガッ! とグリーンパスタに顔面を掴まれたキリエが、最初は抵抗したものの次第に身体の力を失っていく。

 ダランと力無く項垂れたキリエを捨て置き、グリーンパスタが無限に首を切られて死にかけのツワイさんに触れる。

 やがて、光の粒子となって彼女の身体は溶けていった。ああ、美人だったのにな。俺はこの世の財産が消えてしまったことを嘆いた。


「え? え? あの……無抵抗の、幹部さん達を殺す事に抵抗があって、面白くないって言ってそれをやめさせたい……そんな流れでは無かったですか?」


 プレイヤー達の突然の凶行に魔王様といえど戸惑いを隠せなかった。俺を見て、苦笑いをするポラリス。


「痛ーい! てめーっ! 何すんだよ!」


 うるさいk子がお腹を押さえて起き上がってきた。もはや収拾がつかない。俺は額を押さえて説明する事にする。

 ハイリスさん、俺は確かにそういう……なんていうか外道な行為は気が引けます。俺は言うなれば清廉潔白なヒロインなので。でも、じゃあこのクズどもを止められるかっていうとそうではなくて。


「確かに、無抵抗の魔族達全員を帰還組の皆さんに殺させたのは、酷いことしたかなって……心を持っている皆さんの気持ちを考えずに無茶を敷いたなと反省していたのですが?」


 え、そんなことしてたんですか。よく周りを見ればここは魔王城下の街だ。しかし、人影一つ見当たらない。え? 全員殺したの? やり過ぎだろ……よく人間と同じ形した生き物をポンポン殺せんな。


「《不死生観》の解放者は、自分や他の生命に対しての倫理観が欠如しやすいんだよね」


 ポラリスが苦笑いで教えてくれた。これだからプレイヤーは……。俺はハイリスの方へ向き、呆れた様に言う。

 コイツらに心なんてありませんよ。人間のフリをしている害獣みたいなもんです。

 k子なんて特にそう。見ました? 使えないなと思ったら即座に処分。笑顔でですよ。恐っ。

 しかし、それならばレベルの方もかなり上がっているはずだが……随分、弱いな? それにしては。

 お腹をさすりながら睨みつけてくるk子を見て思う。


「一度、死んでるからね。皆。レベルが急に上がり過ぎて上手く身体を動かせなかったんだ。何しろ、今までとは文字通りレベルが違ったからね」


 へぇ……。

 あ、もしかしてこの前に経験値上昇でいろんな機能が解放されてたけどそれか? コイツらが大量の経験値をプレイヤーに与えた?


「k子、ひとまずこの人達は君に忠誠を誓っている様だし、お供にしておいたら? 最終的に魔天裂光とやらを頂くとしてもさ」


 グリーンパスタがボロボロで口も聞けない幹部さん達二人を指差してにこやかに言うと、拗ねた様な顔でk子は幹部を呼びつけて物のついでで俺を殺させる。

 グリーンパスタの横で復活した俺は無限からナイフを一つ借りてk子に襲い掛かった。死ねオラっ!

 しかし、一番と三番の幹部さん達はとても強い。例えボロボロだろうとプレイヤーに負ける道理はない。俺は一蹴された。


「おい、魔王さんよ。結局、私達は何をすりゃあ良いんだ? 神殺し……よくわかんねぇが、楽しそうな話だ」


 つい先程までぼけっと聞き専に徹していた無限が獰猛に笑う。ぽてぽち、グリーンパスタも似た様な笑みを浮かべていて、それを見て帰還組の奴らがちょっと引いている。


「そうですね。とりあえず……貴方達に戦ってほしい相手はいます」

「そうでしょうねぇ〜。プレイヤーの相手は、我々『異端審問』でしょう」


 何処からか、知らない男の声が響いた。

 バッと声のした方を見ると、人っ子一人いない魔王城下の民家の屋根……その上に、一人の男が気怠そうに腰掛けていた。

 白を基調とした、厳格さを象徴する様な……異端審問官の制服を着崩したワカメみたいな癖毛の男だ。


「神託は降りました」


 プレイヤー・シロエの前に、いつの間にか男は立っていた。男が手に持つ剣が緩やかに胸に突き立てられる。口から血反吐を吐いたシロエの、右手の甲から『聖痕』が消失した。


「シロエっ!」


 直前まで力無く倒れていたキリエが叫び、獣の様に飛び跳ねて双剣を男に向けて振り回した。男は、それに対して空いた手をかざすのみ。その手から溢れた炎がキリエを焼き、地面に落ちた所で首に剣を突き刺す。


「……っ! かぁっ!」


 キリエの、苦悶の声をぼんやりと聞く。俺はこんな時いつもカカシの様に突っ立っているだけだ。無力感を感じた。たが、キリエとかその辺は、というよりプレイヤーを助けようという気は起きないので静観する。

 なんかまた新展開だぞぉ? そしてよく見てみると、キリエの聖痕も消えていく。


「……なるほど、異端審問官とは、そういう役割なのか」

「彼らはこの物語を円滑に進めるための存在です。より劇的にする為の」


 グリーンパスタがハッとした顔で言うと、魔王様が補足する様に付け足した。

 光の粒子となって消えたキリエ。立ち上がった男が剣を肩に担ぐ。


「『プレイヤー』の処理。そして、魔王様……貴方への」


 男は、指を天に向ける。


「《天罰》です」


 直後、空から降りてきた光の柱が魔王様を呑み込んだ。遅れて凄まじい熱気と爆風が周囲を蹂躙する。

 舞い上がった俺の身体を誰かが掴んだ。その人物は、俺を掴んだまま屋根の上に立つ。

 光の柱が収束し、やがて消えていくと、その場には焼け焦げた後と……無傷の魔王様の姿がある。だが、彼女は苦々しく顔を歪めて自身の手を見つめた。


「くっ……! 制限強化……! こんなことまで」

「聖剣と聖女様はカンカンですよ。《我らが神》からお叱りを受けたってね。お仕事は、きちんと完遂してもらわないと」


 俺を抱えていたのは突如乱入してきた怪しい異端審問官の男だった。俺を小脇に抱えてニヤニヤと魔王様に話しかけている。

 俺も負けじと話しかけた。男の方にだ。

 おいあんた、セクハラだぞ? 淑女の身体にみだりに触れるもんじゃない。

 しかし、俺を見る男の目はまるで路傍の石を見つめる様に冷たい物だった。


「神託と共に、我々は真実に気付きました。恐ろしく高度な隠蔽能力でした」


 話が通じていないのかな? 何の話だろう。男が睨んでいるのはグリーンパスタだった。


「グリッパ、驚きましたよ。よもや……貴方達の様な化け物が身近で、隣人の面をしていたことにね」

「やはり、認識妨害が働いていたんですね」


 俺は暴れた。

 よくわかんねー会話してんじゃねぇ! 何で俺を抱えてんだよ! 離せ! てか今ケツ触ったろ! 不潔! 変態!

 ギャーギャー叫んで暴れる俺の顔面を殴ってくるが、痛みを操作できる俺には効かない。俺は更にキレた。このDV男!


「ちょっ、うるさいなコイツ。殺したら逃げられるし、くそっ……めんどくせぇ」


 抱えられた俺の視界、後ろを見ると屋根の向こうから上がってきた存在が目に入る。無限とポラリスだ。無限が大量の武器を取り出しながら、ポラリスはそのうちの長剣を受け取り異端審問の男に迫る。


「遅い」


 一閃。目にも留まらぬ男の剣が無限とポラリスを斬り裂いた。くっ、使えない! ここは、幹部を操るk子しかいない!

 k子の方を見ると、顔をボコられた俺を見て嫌らしくニヤニヤしていた。何という性格の悪さだ。あいつがボコられれば良かったのにと唾を吐く。


「色々ありましたが、私はこれで失礼させてもらいますよ」

「ぺぺちゃんをどうするつもりですか」


 魔王様の鋭い声が男を貫く。普通なら震え上がる様な殺気が乗せられたそれを、しかし全く意に介することなく男は飄々としている。


「さぁ……? それは、貴方の方が良く分かっているのでは? あの魔女も何か企んでいるのでしょう?」


 男がそう言い終わった時、すでに魔王ハイリスは飛び出していた。弾丸の様に男へ向かい飛来する魔王様が拳を振りかぶると、白い雷の様な魔法が俺達のいた屋根の上を蹂躙する。

 暴力的な破壊を、俺は空から見ていた。浮いている。いや……男が、大きな竜の上に乗っていた。龍華でもあまり見たことがない、トカゲよりヘビに似た顔つきの細身の竜だ。


「流石は魔王、それ程の『縛り』があって尚、死ぬかと思いましたよ」


 その言葉は真実なのだろう。額から流れた冷や汗を拭い、男は竜を駆る。ぐんっと加速して、見る間に魔王城が遠くなっていった。


 俺は、ずっと腰に抱えられながら茫然として、やがて掲示板に書き込んだ。


【悲報】完全無欠の美少女ヒロイン、攫われる


 誰がヒロインだ、と炎上した。





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― 新着の感想 ―
[良い点] さらわれて、(殺したら逃げられるから)閉じ込められるとかまさにヒロインじゃないか。 閉じ込められても掲示板使えば暇することもそれほど無さそうなのが何とも。 もう十分に魔王様からの好感度が…
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