第9話 実績スキルと継承スキル
今日はシトシトと雨が降っている。窓の外をぼんやりと見つめながら俺は珈琲を飲んでいた。うーん、久々だが美味しいですねー。カウンターの向こうにはすっかり普段の清楚さを取り戻したモモカさんが立っていて、にこにことしながらケーキを用意している。
「ぺぺさんには怪我をさせましたから、そのお詫びですよー」
ありがとうございます。フルーツケーキですかぁ、どれどれ……うーん!美味!思わず頰を押さえてしまう。モモカさんに向けてぐっと親指を立てると、とても嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔が最高の甘味ですよー。俺がそう言うと照れ臭そうに頭を掻いている。
そんな感じで俺がモモカさんときゃっきゃとはしゃいでいると、カランコロンと小気味良い音を鳴らして新しく客が入ってきた。チラリと振り返って確認すると、入ってきたのは赤い髪と瞳をした目に傷のある男だった。
その男はこちらに向かって歩いてくる、何故ならば俺の知り合いだからであるが……俺はしっしっと虫を払いのける様に手を使って拒否を示す。俺の安らかな時間の邪魔をするんじゃねぇ。
しかしこの男にはその様な抵抗は意味がない。無視して隣に座られた。
「あら、レッドさん、こんにちは。少し濡れてますがタオル使いますか?」
「この男にその様な気遣いは無用です」
モモカさんは聖母の様なお方なので、こんなやつにも優しい言葉をかけてくれるが、俺がしっかりと断ってやる。だが彼女の優しさは天井知らずだった、またそんな事言ってと困った様な顔を浮かべながらレッドにタオルを準備してやっている。いやいや本当にそんな気を使わなくて良いんですって。
俺は受け取ったタオルで髪を拭くレッドに有り難く使え、感謝を体で示せなどなど呪詛の様に呟いているとモモカさんからとある話をされた。
「そういえば、二人は以前は一緒に行動していたらしいですけど、今は違うんですか?今も仲よさそうですけど」
えぇ、やめてくださいよ。仲良くなんてないです、いや本当。俺は顔の前で手を左右に強く振りながら否定する。そういえば、モモカさんにはその事を伝えていたな。
「確かに一緒に行動してた事はあったんですけど、もうコイツと……まぁあと何人かいましたけど、そいつらについて行けなくなったんです。生きる世界が違ったんですよ」
実際、あの頃の攻略組の人数は月日を重ねる毎に減っていた。その原因こそ、この男を筆頭とした『廃人』どもだ。俺はその様な事をモモカさんに伝えると、不思議そうに小首を傾げる。
「廃人って、なんだか不穏な単語ですけど」
『廃人』というのはですね、常人とはかけ離れた強靭な精神をしていて、その無茶な生き方が常人には真似できないなと周りに思わせた奴の事を指す蔑称です。
レッドを例に挙げるならば、コイツは自分の身にどれほどの負荷がかかろうと目標を達成しようとし、その為ならばどんな汚い手でも使います。
例えば、ゴブリンに中々勝てないなと思えば、不眠不休で何日もストーキングをして行動範囲と癖を覚えて、最後には寝ている所を奇襲したり。
「いやそれはお前だろう」
横から口を挟んでくるが俺は無視をした。
あと、自分と同じ様に周りも出来ると思っている節があって、強制されて嫌になって逃亡したやつの逃走経路を何故か知っていて待ち伏せしたりとかしてた。
三日くらい寝ずにずっと剣を振り回していたり、丸一日魔物狩りをしていたりとか休憩という概念がないのではないかというハードワークについて行けない奴は多かった。
そのようにつらつらとレッドのやってきた事を伝える。
「へぇ、頑張り屋さんなんですねぇ」
まぁ、間違いではないんですが……。俺はどうやってレッドの印象を悪くしてやろうかと考えていたが、そもそもプレイヤーという存在を上手く話すのは難しい。モモカさんには別世界から来た事と不死であるという事くらいしか言ってないしな……。
『廃人』とは、現実世界で言う……ネトゲ廃人という言葉が元になっている。この世界をまるでゲームの様に捉えていて、『スキル』を集める為にいくらでも時間を使い、無茶が出来る奴らだ。
実績スキルと継承スキル。これの存在はモモカさんを始めとするこの世界の人間には伝えていないが、この世界において雑魚である俺達プレイヤーの一番の伸び代とも言えるのがこの二つだ。
何かを成し遂げた後、死んだ時に得られる実績スキル。
何かを極めた後に、死んだ時に得られる継承スキル。
わかっている事と言えばこれくらいなので、今尚スキルの習得方法は手探りだ。つまり攻略組とは、このスキルの解放条件を調べる事を目的とした集団なのである。
そして、今現在いくつかのスキルが解放されていて、攻略組の『廃人』がそれを周りにも取らせる為に強要した……というのが事の次第だ。
一つのスキルを例に挙げると、《痛覚制御》という継承スキルがある。これは自分の感じる痛みを自由に変える事ができるスキルで、腹を突き破られようが腕を切られようが痛覚を遮断してしまえば何も感じなくなる。
実は元々プレイヤーの痛覚は現実世界と変わらない。不死なだけで怪我をすれば痛い。ゲームのキャラクターとは違うのだ。
しかし、大小様々な痛みを何度も味わい、かつそれを無視して身体を動かす事で……《痛覚制御》を習得する事が出来る。
痛覚の扱いを極めた……という事になるのだろうか、区分は継承スキルだ。しかしこの痛みを何度も味わうという所が実に辛い。それを習得させようと強制してくるのだ、そりゃ逃げる。
「コイツは拷問紛いの事までしますからね」
モモカさんが驚いた顔でレッドを見るが、本人は澄まし顔である。何だこの余裕は。
「それを提案したのはおま……「レッドとりあえず珈琲でも飲めよ」
危ない危ない。俺はレッドの口元にカップを持っていき熱々の珈琲を飲ませてやった。こいつは《痛覚制御》の解放者なので熱くて吐き出したりはしないので安心だ。
「やっぱり仲が良いじゃないですか」
微笑ましいものを見るようにとても良い笑顔を向けてくるモモカさんに俺は断固として抗議する。しかし最早新種のツンデレの様な捉え方しかされていなさそうなので、諦める事にした。ぬぅ。
《痛覚制御》の初解放者であり、スキルという存在そのものの初解放者でもあるレッドが『廃人』の筆頭で、巷では最狂のプレイヤーと呼ばれている。文字通り頭がおかしいのだ。スキルの解放条件も分からない状態から痛みを無視して行動していたという事になる。普通じゃない。
本人曰くレベル上げが楽しかったからとか言っていたが……。
ちょっと失礼しますね、とモモカさんがその場を離れた。どうやら近くのテーブルに知り合いが来ている様で、その人と少し話す事がある様だ。モモカさんの独占は世界の損失……悲しいが我慢する事にする。
「それで、俺も竜と話せるスキルが欲しいんだが……どうやって手に入れた?」
出たよ。コイツは基本的に新しいもの好きだ。自分が知らないスキルを持ってるとすぐ聞きにくる。
「竜商人のところの竜と何度も話そうとしたが……やはりその程度では手に入らない様だ」
実はスキルの条件は割と厳しい。剣術スキルとかそういうのがあるとすれば、多分達人クラスになってから死なないと習得できない。
「竜の住処で自分が本当に竜になった気持ちで必死で生きていれば自然と覚えてるよ」
これは事実だ、まぁ昔そんな事があったのだ。さすがペペロンチーノだ、とレッドが答えて珈琲を啜っている。コイツに珈琲の味とか分かるのかな?
「これでも、現実世界ではよく飲んでいた。眠気覚ましになるというが、あまり効いていなかったな」
多分徹夜でゲームする為だろうな。てかお前わざわざそれだけを聞きにここに来たのか?俺の聖域にはあまりプレイヤーが来て欲しくないんだと切実な思いを伝える。
「いやアルカディアに行くという話だったろう」
あ、そんな話もありましたね。アルカディア連合国にある、アルカディア魔法学院ね。うーん、とりあえず一晩寝たらちょっと冷めてしまってね……。
「そうだろうと思って、既にお前の旅支度は済ませてある」
ひぃっ、拉致られる……!俺が戦々恐々としているとモモカさんが戻って来た。
「旅行ですか?……良いですね、男女二人で」
喫茶店内の気温が少し下がった気がする。いやモモカさん、男女とは言いますがコイツは最早見た目が男なだけの別生物ですから、見てくださいコイツの目を。異性という概念が存在していないんです。
「た、たしかに、胸を見ないけど、女の子としても見られてないのを感じる」
そうなんです、そういう情緒は育ってないんです。俺達にひどい事ばかり言われているレッドだがやはり澄まし顔だ。
「もし、スキルの解放に必要ならば愛することはできるが」
スパンとレッドの頭をひっ叩いた。そういうとこだぞ!リーダーは冷徹であれば良いというわけではない!だから攻略組はバラバラになったんだよ!
「いやその原因はお前だろう、結果的には凝り固まった頭が解れて良かったと思っているが」
「ぺぺさんが何かしたんですか?」
話の流れはよく分からないが俺が何かをしたという所で反応を示すモモカさん。少し楽しそうなのは何故だ。いやあのねモモカさん、そんな面白い事はないんですよ?
「何十人かいたグループを内部分裂させたのがペペロンチーノなんだ」
聞こえが悪い!俺は大声で抗議した。しかし困った事に事実だ。攻略組のスキル解放活動に飽き飽きした俺はレッドの追跡を撒く為に、とある奴と共謀して何十人いた攻略組をバラバラにする事で逃げおおせたのだ。見つかって今に至るが。
「ぺぺさんて、やる事が極端ですよね」
モモカさんには、仲良しグループを崩壊させた原因みたいに見えているのだろうか。違いますよと俺は説明する。
言うなればブラック企業、俺はそれと戦う救世主だったと。
「空気が悪かったのは間違いなかった、あそこで一度壊しておく事で俺達プレイヤーは高みに向かう事ができる、そう考えたのだろう」
いやそんなわけないだろ。ただ本当に面倒臭くなったから逃げ出しただけなのだが、これは口には出さず大きく頷いておいた。
「レッドさんはペペさんの事が好きなんですねぇ」
ニコニコとするモモカさんにそう言われたレッドは、顎に手をやりながら少し考えて、言った。
「そう言われると、なんかちょっと嫌だな……」
なんでだよ!別に好かれたいわけではないのだが言い方がムカつく。
「いや、お前が女キャラメイクなんてするから、異性の感情が絡む感じになるだろ?そういうのって昔からギルド崩壊の原因になったりするから嫌なんだよな……」
このギルドとはネトゲー用語の事だろう。大学の男ばかりのオタサーに姫が入ってサークルクラッシュする様なアレだ。ネトゲでも現実でも男女のもつれはあらゆる関係性を破綻させる。
レッド程のネトゲ廃人になると、そういうのはとても煩わしいのだと言う。まぁ分からんでもない。
「いやでもさ、むさ苦しい男を操作なんてしたくないだろ?」
これは俺の持論である。可愛い女の子を自分が動かすって、良いよね。自分がその可愛い子になったら鏡を見ない限りは実感がないが。
「……?ぺぺさんは女の子なんですよね?」
そうですよ。俺は即答した。
俺達の話はモモカさんにはよく分からないのだろう。これは良くない、与えたくない疎外感を与えてしまっている。
ええい、お前がいると俺の癒しのモモカさんが困る!帰らんかレッド!
「ふぅ、やれやれ。とりあえず今日はこのくらいにするか、また明日迎えに来る。アルカディアの件だぞ」
あ、ああ。気が向いたら行くわ。
次の日、俺は龍華王国王都の汚点、いわゆるスラム街に来ていた。何人かのゴロツキを金で従えて、レッドと対峙している。
「ペペロンチーノ、これはどういうつもりだ?」
車も飛行機もないこの世界において、他国に行くというのはとても遠い。つまり、ちょっと面倒臭くなって来たのだ。という事で、レッドにゴロツキを差し向けてみた。
「おい、アイツを殺しちまってもかまわねぇんだな?」
ペロリとナイフを舐めてみせるゴロツキに、汚くないのかな?とか考えながら悪どい笑みを浮かべておいた。
「ペペロンチーノ、昔の俺ではないぞ?」
レッドが偉そうに言う、剣を鞘に入れたまま構えて不敵な笑みを浮かべる。それを見てゴロツキ達が一斉に武器を構えた。
「やっちまえ!」
俺の掛け声と共にゴロツキの一人がナイフをレッドに突き出した、レッドはそれをしゃがんで躱すと同時に足を剣で殴りつける。
一人目が転倒している間に、二人がかりでゴロツキが襲い掛かる。一人は鉄の棒でもう一人は両手にナイフだ。
レッドは掬い上げるように両手ナイフの男の顎を打ち抜くと、返す刀で鉄の棒と鍔迫り合いをする。一瞬、レッドが力を抜くとゴロツキの重心がズレた。その隙を突いて胴に剣を叩き込む。
ゴロツキは最後の一人になった、レッドと同じくらいの大きさの剣を持っていて、それを地を這うように構える。
「俺の蛇剣……受けてみな」
ペロリと唇を舐めると、ゴロツキは一気に踏み込んだ。地面スレスレを掠めるように剣を振り上げてレッドに襲い掛かる。その速さに思わずレッドは剣を盾にするが、当たる直前にゴロツキの剣の軌道は蛇のようにうねり、次の瞬間にはレッドの足を切り裂いていた。
しかし、浅い。寸前で足を引いて躱したのだ、だが無傷ではないので影響は出るはず……ゴロツキはそう考えたのか一瞬油断した。
それに気付かないレッドではなかった、血が噴き出すのも気にせず地面を思い切り踏み込むと、ゴロツキに向けて鋭い突きを繰り出した。
骨を折るような音を響かせて、レッドの剣がゴロツキの胸に叩き込まれた。かはっ、と口から空気を漏れさせたゴロツキがその場に崩れ落ちる。肋骨辺りは折れてしまったかも知れない。
「どうだ、ペペロンチーノ。俺は、強くなったろう」
ふん……。俺は鼻で笑った。めっちゃ強くなってやがる……。
「さて、約束したのはお前だ。アルカディアに行くぞ、お前も魔法使いたいだろう」
いや使いたいけどさぁ、お前の話聞いてるとメンドくさそうな匂いがするんだもんよー。腕組みをしながら唸る俺にレッドが近付いてくる。
俺は懐から石を取り出した。ちなみに暗器は最近持ち歩いていない。死んだらその場に落としてくるので、コストがかさむのだ。
「死ねオラァ!」
俺は石握って殴りかかる。それを剣で防ぐレッド。ふふふ、油断したな。俺は袖から石を取り出した。油断したのは俺だった。
懐に潜り込まれてひょいと肩に担がれると、そのままどこかに連れて行かれる。石はすぐに捨てられた。
うおーやめろー!俺の叫びは虚しく、晴れた空に吸い込まれていった……。
「え?俺達はボコられただけ……?」
ゴロツキ達の悲しげな呻きだけがそこに残された。