表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/134

第87話 ほんの些細なきっかけ



「ペペロンチーノさんは、どこから来たんですか?」


 モモカ、という女性……女性とは言うが、どう見ても小学生くらいの背丈だ。ただ、その胸についたデカメロンは並の女じゃ敵わない。つまり、ロリ巨乳。しかも、合法。合法ロリ巨乳とかいう危ない性癖の塊みたいな彼女が、俺にそんなことを聞いてくる。


 手錠と猿轡をしている俺はもちろん喋れない。それに気付いたモモカが猿轡と手錠を外してくれる……ほう、いいんですか? 逃げるかもしれませんよ? 俺は開口一番そうイキった。


「大丈夫ですよぉ。私からは逃げられませんよ」


 ニコリと無害そうな顔で言う彼女に、少しばかりの反抗心が生まれた。コイツ、俺に逃げられるとは本気で思っていない顔だ……ニヤリと口角を上げた俺は言う。

 ん? あそこになんかありますよ?

 指差した先をモモカが見た瞬間、俺は走り出す。今手持ちの武器はない。故に、街を走る馬車ならぬ竜車目掛けて当たり屋をする。

 そして死ねばセーブポイントだ。プレイヤーの逃げ足をなめ……!? 俺の首根っこが掴まれる。引き摺り戻された。


「なるほど、死を恐れない……いえ、死なないというのは、本当のようですね。不思議な『力』を持った方がいるものです」


 ニコニコと俺を子猫の様につまみ上げるロリ巨乳。俺はニヒルに笑って言った。

 死ぬさ。ただ、生き返るがね。


「ふぅむ。でも、力がとても弱いんですねぇ」


 それな。俺は驚いてるよ。この世界の人間ってば強すぎぃ。


「あら、この世界とは……まるで違う世界から来た様な口振りですね」


 そうだったら、どうする? 信じますか? 


「稀にそういう方はいますからね」


 あっ。異世界人とか普通にいる世界観なのね。まぁいいや、それで? 一体何処に向かっているんですか?


「そうですねぇ、とりあえず……私の店に来てもらいましょう、異界の旅人さん?」


 パチっとウィンクを決めるモモカは、とても可愛かった。俺は思わず鼻の下を伸ばしてしまう。俺はロリコンだったのか……この姿をしている時点で他のプレイヤーどもからその様な扱いは受けていたが、いやしかしこの人巨乳だし、男たる者大きな双丘には勝てないことこれ真理なり。


 ロリ巨乳の肩に担がれて俺は何処かへ運ばれていく。傍目に見れば、どう見ても美少女拉致現場だが、拉致する側も美少女なのでただの百合営業だ。


 それはさておき、辿り着いたのは喫茶店だった。


 中に放り込まれ席に座る。

 どうやらモモカはこの店の従業員らしい、カウンターの中に入ってゴソゴソと何かを準備し始めた。


「コーヒーは飲めますか?」


 コーヒー? 珈琲? の事か?

 まだこの世界に来て浅いが、とりあえずわかっているのは俺達プレイヤーが自動翻訳という摩訶不思議パワーを挟んでこの世界の言葉を聞いているということ。

 なので、俺がコーヒーと聞こえた以上俺の知るコーヒーと同じ……いや、ただそれに類似している何かかもしれないな。

 俺が首を捻って考えていると、それを見てニコリと笑った彼女はそのままコーヒーを準備し始めた。

 ミルを取り出し……その中に豆を入れコリコリと挽き始める。ふむ、俺の知るコーヒーと違いは無い。でもこっちに来て、この身体になってから飲むのは初めてだなぁ。てかコーヒーあるんだぁ。

 ここの街並みも基本的に中華感あるけど、何となく別の文化圏が入り込んでいて……何とも統一性がない。元の世界と変わらんなその辺りは。

 空を飛ぶ竜を交易に使っている様だし、元の世界同様、外国との距離は色んな意味で近いのかもしれない。



「どうぞ、とりあえず一口飲んでみて下さい」


 コトリと置かれたコーヒーカップ。中に満たされた黒い液体、鼻を近づけて香る匂いは俺の知るコーヒーと何も変わらなかった。


「これが、コーヒーです」


 知ってますよ。元の世界にもありましたから。もちろん飲んだ事もね。

 俺がぶっきらぼうに言うと、何故か彼女は嬉しそうに顔を明るくさせた。


「と言う事は、龍華に……こちらに来て初めて飲むのでしょう?」


 まぁ、そうなりますが。



「昔、この国は戦争ばかりしていたんです」


 俺がカップを手に持つと、突然モモカが語り出した。


「戦地となって、元の姿も分からない様な街を私は歩いていました。外国の、私達が滅ぼした国です」


 何やら物騒な話が出てきた。

 昔を思い出し、どこか後悔している様な声色で、彼女は続ける。


「一軒のお店があったんです。屋根も、壁もなく、テーブルもほとんど壊れていて……でも、一人のマスターがコリコリとコーヒー豆を挽いていました」


 少し微笑んで、しかし寂しそうな顔をする。


「私を、敵だと知って尚、彼は私にコーヒーを振る舞いました。私は聞きました、『恨んでいないのか』と。すると、彼は『とりあえず飲んでみろ』と言うのです」


「私は、一口頂きました。美味しかったです。そう答えて彼が聞いてきたのは、『この国で飲む珈琲は初だろう?』というものでした」


 スッと、俺の手に持つコーヒーカップを指差した。


「『だったら、この国で、お前にとっての初めては俺の味だな』……そこに、恨みや怒りはありませんでした」


 俺は、モモカの淹れたコーヒーを一口飲んだ。香りがいい……適当ではなく、練習を積み重ねてきた味だ。だが、『この身体』で飲むコーヒーは苦い。


「『お前が、この国に来るたびに……コーヒーを飲むたびに、俺の味を思い出してくれるのなら……もうそれでいい』。その人を見たのはそれで最後です」


 苦さに顔をしかめる俺を見て、砂糖とミルクの容器を目の前に置いたモモカからは《スキル》の効果によって様々な感情を受け取れる。

 過去に対しては、悲しみや後悔や懐かしさ。そして諦め。


 俺に対しては、ただただ好意を向けて……彼女は小首を傾げて悪戯めいた笑みを浮かべている。


「ペペロンチーノさんの初めて、私が貰っちゃいましたね」


 俺は顔が赤くなるのを自覚した。

 ほげ……と、アホみたいな声を出してしまう。取り繕う様に砂糖もミルクも入れずに飲んだコーヒーはやっぱり苦い。

 でも、俺はこの味が好きだと、何となく思った。それ以来、俺はブラックで飲んでいる。『子供』の身体には苦いけど。


「異邦の方の、長い旅路。その一ページになれたでしょうか?」


 ニコニコと屈託のない笑顔のモモカさんへ、俺は負けましたと諸手を挙げた。一ページどころか一冊作れますよ。


 ふと……ようやく、気付いた気がした。

 ゲームの世界に放り込まれたと思っていた。変な森でゴブリン達と死闘を繰り広げた。そこを出て、竜というデカいトカゲとも一悶着あった。

 その後に地下牢に繋がれて……そこでまたまた一悶着あって今、ようやく俺は気付いたのだ。


 この世界は、ゲームなんかではない。

 色んな生き物が、思い思いに生きて歴史を紡いできた……俺たちがいた元の世界と何ら変わりない世界だ。


「ペペロンチーノさんも、この国に来るたびに、コーヒーを飲むたびに私の味を思い出してくれたなら……それってとても素敵ですよね」


 これは、彼女がかつて誰かにされた事をしてみたかったというだけの事なのだろう。でも俺にとっては……。

 《不死生観》を解放してからずっと感じていた、この世界から見た俺達プレイヤーの異物感。そんな些細なことがどうでも良く思えた。

 この世界の奴らは皆が生きている。その当然の事を、不死なる俺達は気付かぬ内に軽視する。それは……俺達が自分自身プレイヤーを軽視しているからだ。


「あら、やっと……優しい笑顔を見せてくれましたね。とっても可愛い。私の店は、来る人みんなが……強がらなくてもいい、本当の姿を見せてくれる場所にしたいんです」


 今まで、『生きる』事に手を抜いていたわけではないが、これからはもっと全力で……『この世界』とぶつかっていこう。


 モモカさんにとっての真似事は、多分彼女が思っていたよりずっと……俺に簡単な事を気付かせた。



 *



「貴方達に何が分かりますか、異邦者……外から来た部外者のくせに」


 震えた声だった。ずっと、溜め込んできたものを吐き出す様に、彼女は激情を隠しもしない。


「貴方達がきてやっと、やっと私はここまで『自分』を取り戻した! ようやく見えなかったものが見える様になった! でも貴方達が弱いままでは進まない!」

「あーもう、うるさいなぁ」


 k子には人の話を聞くという技能が無いので、配下にした魔王軍幹部TOP3に命じる。


「全力でぶっ飛ばしちゃえーっ!」

界力ファルナ全開』


 ニコニコと楽しそうにk子が叫ぶと同時、魔王ハイリスはヒズミさんの様な台詞を口にした。

 魔王軍幹部達が体内から白い光を生み出した。フィアーが最後に使った光の槌と、形は違うが同じもの。光の剣、光の銃、光の手。それぞれがそれらを大量に生み出した。


『天体魔法』


 魔王軍幹部三人が揃って、凄まじい魔力を周囲に放つ中、魔王ハイリスは天に向けて指を向ける。


『天蓋』


 その指を、下に向かって振り下ろした。

 ただそれだけの動作で、魔王軍幹部とk子と俺が不可視の力……恐らく重力魔法によって地面にぺしゃんこにされた。

 当たり前のように死んで、少し離れていたグリーンパスタの横に復活した俺とk子は、今も地面に抑え付けられている魔王軍幹部達を見つめた。

 円形に大地が沈み込んでいる……。「えーっヤバっ」とk子がアホみたいな声を出した。


「プレイヤーの皆さん! あの三人を殺しなさい!」


 叫ぶ魔王ハイリスに、しかし答えるプレイヤーはいなかった。と言っても、もはや帰還組を名乗る連中くらいしか残っていないし、唯一やる気を見せていたキリエもどうでもよさそうに欠伸をしていた。

 キリエが動かなければ、横にいるシロエも動かない。ダガーとエスニックとかいう男達、ついでにポラリスも無言で佇むだけだった。


「……っ! 強くなりたいのではないのですか!」


 プレイヤーを利用するにおいて致命的な欠点は、全員が全員気まぐれだという事だ。プレイヤーは基本的に命が軽いので、普通の人間と違ってあらゆる対価の価値が低い。

 何事にも、別に今すぐじゃなくてもいっか……どうしてもそうなる。


「すいません、ハイリスさん。一度切れた集中力は中々戻らないんですよ。僕達プレイヤーって特に」


 ずっと黙っていたポラリスが苦笑いをしながらそう言った。露骨に顔を歪めた魔王ハイリスが大きく溜息を吐く。


「……何が欲しいのですか」


 魔王ハイリスが攻略方法を変えた。良い手だ。

 既に横のk子が何が良いかと考え始めている。

 俺は言った。


 何、難しい話じゃないですよ。何故、何で俺達プレイヤーを育てたいのか、貴方がどんな目的を持っているのか。それだけ教えてくれれば、事と次第によってはそれだけで俺はあんたの味方をする。

 悲しい事に俺は、可愛い人には弱いのです。面食いなので。


「ヒズミさんから、どこまで聞いていますか」


 いやあの女勿体ぶって、何も教えてくれないんですよ。現魔王のハイリス様が、昔は勇者一行と呼ばれていたとかそれくらい。

 俺の言葉に、ふふっと鼻を鳴らした魔王ハイリス。


「ええ、そうですよ。それが始まり、私達と……この世界の創世神アルプラとの、戦い。目的なんてただ一つ。愚かにも、手の平の上で踊っていた私達の、」



叛逆リベンジマッチです」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ