第86話 心を動かす動機で理由
「……」
……。……。
「…………」
……。ずずっ。勝手に淹れたお茶を俺は飲む。
ヒズミさんは、カウンターに広げたなんかよく分からない物をかちゃかちゃ弄り始めた。
「……」
……。……?
ヒズミさんの魔道具店を沈黙が支配する。俺は困惑した。少し回想をする。
『なら、協力しろ。私はこの、馬鹿みたいな魔王と勇者の戦いそのものを終わらせたいんだ』
普段嫌そうな顔やシケた面ばかりしているヒズミさんの真剣な顔。
『聖女、ハイリス、ドイル、レックス、そして私。初代勇者一行と呼ばれる私達の、何百年と続くこの戦いを』
そう言い切って、途端に無言になるや今やよく分からない物を弄る始末。
俺はそのよく分からない物を取り上げた。
「……! ちっ、何をする」
いや、なにをするじゃねぇよ。続きは?
「続き?」
疑問だという顔だ。俺は優しいので説明してやる。
あのな? どう考えても今さっき意味深な連中の名前をあげたあのセリフな? あの後にお前の過去回想が始まる流れだったろ?
「何言ってんだお前」
こっちのセリフじゃい!
だったら掘り返してやるよ! そもそも魔王ハイリスが初代勇者ってどういう事!?
「どういうこともなにも、そのままの意味だ。なんやかんやで魔王をさせられてんだよ、アイツ」
そのなんやかんやを詳しく話すべきではないですかねぇ。いや、でも適当な言葉の中に凄い重要な事が含まれまくってる気がする。
これ、聞いても大丈夫なやつかな?
「レックスはこの前見たろ。あのクソキモい筋肉ダルマだ。ドイルは……色々あって限られた条件下でしか行動できない。そして私もそれは同じ、だからプレイヤーどもを利用する。以上」
以上、じゃないよ。レックスってのはともかく、説明雑いよ新キャラぁ。あともう1人アルナってやつは?
もっと丁寧に情報を開示してほしい。
「……聖女、だ」
初代聖女ってことか?
「……まぁ、な。そんな感じだ」
うぜえなこいつ。
俺は心底から苛立った。なんだか渋そうな顔で目を逸らすこの女の考えている事など俺様にかかれば容易に予想できる。
なんかその場のノリでぺらぺら饒舌に話しすぎたなー。めんどいしやっぱり話したくないなー。とかそんなんだ絶対。
残念なことに短い付き合いというわけでもないし、割と分かりやすいのだヒズミさんは。
しかしまぁ……アルナとかいう聖女の名を出した瞬間の、苦虫を噛んだような……なんだか、複雑な表情は初めて見たかもしれない。この人に対していつもそんな事思っている気がするが、それはさておき。
俺の口角が自然と上がった。これは弱みかな? ヒズミさんがキッと睨んできた。
「お前の考えていることなんてこの私にかかればすぐに分かるぞ。アルナに関して私の弱味になるような事があると勘繰っているだろ」
エスパーかな?
しかし俺はほくそ笑む。ほぉ、そういう事はつまり……なんかあるわけだな? 言えよ。なんだ? 恥ずかしい事でもあんのか? かつてお前は百合ップルでそいつは元カノとかよぉ。
「百合……? はぁ? ただの幼馴染だ。私はアイツの事が嫌いだったからな」
そう言ってふんぞりかえったヒズミさんが、怒りの表情……激情ではなく、冷たく……憎悪と言ってもいい顔で続けた。
「だから、今もその見た目だけを引き継いでる『聖女』は見るだけでムカつく」
それを聞いて思い出すのは、なんか魔眼みたいなの使ってた今の聖女とヒズミさんのゴウカ過去回想の時に見た聖女の事。
似ていると言われれば……似ている、のか。その時の見た目の年齢もそうだが、今の聖女は基本目を瞑っていたし……開けてもなんかよく分かんない眼球をしていたので比べてどれほど似ているのかよく分からなかった。
「……聖女とは『役割』だ。《神》との交信媒体であり、聖剣を引き継ぎ……勇者を選定する。ただ、それだけの為に生まれてきた」
そう言って何かを思い出しているような仕草をするヒズミさん、先程までの憎しみのこもった表情がどこか悲しく見えた。
「……そうだな、まずは」
何かを思いついたらしいヒズミさん。しかし俺の視界をシステムメッセージが阻む。
《プレイヤーが魔王軍幹部と交戦します。イベントバトル発生!》
《交戦パーティー名、真・帰還組》
《他のプレイヤーも参戦できます》
おや? なんか始まったぞ。
観戦モードではない。かつて俺がツェインくんと戦闘状態になった時のようなやつか。あの時とは少し雰囲気が違うが……。俺が知らないはずの情報が頭に浮かぶ。
どうやら、以前はプレイヤー以外の……恐らくはヒズミさんの力を使って俺を媒介に行った増援招集だが、今回はプレイヤーの成長に伴い自分達でそれを行える様になったらしい。
俺達に、より経験を積ませるための機能だ。プレイヤー同士の繋がりが強固に……いや、繋がっている部分ともいうべきものがこの世界に……。
近距離でしか使えなかったパーティー機能の掲示板が、いつの間にかその距離を伸ばしていた。グリーンパスタがなんか書き込みをしている。
3.攻略組
1.グリーンパスタ
参戦する?
2.怪力ハングライダー
ジムの経営に忙しいから無理だな
3.ぽてぽち
私は既に参戦してまーす
4.アンリミテッドインフィニティ
いくぞ!!
5.ペペロンチーノ
俺を勝手にパーティーにすんな
6.グリーンパスタ
はいどーん。
俺の身体が粒子化した。俺の視界が、キョトンとしているヒズミさんからテレビの画面を切り替える様に違う風景に変わる。
そこは、どこかで見たことのある場所だった。それよりも、グリーンパスタの奴が俺の了承無しに俺を召喚した事がとても腹立たしい。ぶっ殺す。
ちょうど横に立っていたので胸ぐらを掴んで吠えた。
てめっ! せっかくヒズミから魔王だか聖女だかの話が聞けそうだったのによ!
「えっ! もしかして、本気で関わろうと思ってたんだ。ごめん、あー、やっちゃったなぁそれは」
いつもの飄々とした態度ではなく本気でやってしまったと口をアングリ空けるアホヅラを見て少し溜飲が下がった。
ペッとその辺に投げ捨てて、これまた近くで腕組みしていた無限の横に立つ。
すると無限は顎でクイッと何処かを指す。そちらを見ると、ニコニコする魔王ハイリスの前に首を垂れている三人の魔族。
一番から三番の魔王軍幹部だ。この番号はそのまま古参であり実力が高いことを示している。
様子がおかしかった。
「ハイリス様……! 何故、何故です!」
「私達は、何を間違えたのですか!?」
「……貴方様が望むのならば」
三者三様の反応、『ボロボロ』の身体で自らの主の前に跪いている幹部達が口々に言う。その全てを、うんうんと頷きながらニコニコ聞き流すだけの魔王様。
何故か、魔王様の背後には因縁のあるプレイヤー連中、ポラリスやk子やキリエの姿がある。あとぽてぽちが興味なさそうに、寝そべったレッドを椅子にして空を眺めていた。それは置いといて、全員が微妙な顔つきで魔王様を眺めていた。
俺、無限、グリーンパスタ。浮浪者のようなプレイヤー数人や謎の文様が描かれたタイツ姿をしたプレイヤーが何人も……そいつらは同じ格好なので不気味だ。
そんでその他大勢として、迷宮都市にいそうな装備をした奴等。
俺を含めたそれらのプレイヤーは後から召喚された口で、魔王様と対峙するように向かい合っていた。つまり、k子達がシステムメッセージにあった今回魔王軍幹部と交戦しているプレイヤーか……と、何となく察する。
そんな、後から来た勢の皆でキョロキョロ周りを見渡して、首を傾げ合う。どんな状況だ?
「これは、これはプレイヤーの皆さん。はじましての方はこんにちは。私は、魔王ハイリスと申します」
どこか、薄ら寒い笑みを浮かべてハイリス様は両手を広げて俺達を歓迎した。その手をゆっくりと下ろして、跪く幹部達へ向ける。
「さぁ、殺して下さい。貴方達に入る経験値は中々の物でしょうね? レベル……でしたっけ、すごくよく上がると思いますよー」
「ハイリス様!?」
幹部の悲痛な声が響く。
騒つくプレイヤー達。思わず歪んだ眉を、意識して戻す。ヒソヒソと、俺の後ろに立つ……いつの間にか俺は前に出ていた……プレイヤー達の囁き声が耳に障る。
ふい、と魔王ハイリスは後ろを見る。
「後ろの、帰還組の皆さんには他の魔族を殺してもらいました」
平坦な声でそう言って、魔王ハイリスの後ろに立つ連中は複雑な顔で頷いた。俺の後ろからグリーンパスタが感心するように言う。
「本当だ、レベルが桁違いだね……聖痕持ちでなくても、こちらの人に対抗できるかもしれないね」
ならば聖痕持ちの、キリエやシロエはプレイヤーの癖に現地人に勝ち得る力か……。
「どんな状況なのかよく分かんねーけど、チャンスじゃね」
「そうだな。とりあえず殺っとく?」
「三人か……」
プレイヤー達が……特に、《不死生観》を解放しているであろう人間味の無い奴等が乗り気でそんな相談をしている。
やけに耳障りに感じるその声に俺は舌打ちをして、もう一歩前に出た。
「……あんたの仲間じゃないのか? 魔王軍の」
俺の問いに、ニコリと魔王ハイリスは笑う。その笑みは、やはりどこかモモカさんに似ていた。
「そうですよ」
彼女が指を少し動かすと、跪く幹部達に不可視の力が上から降り注ぐ。ミシミシと身体が軋む音を立て、まるで潰されるように幹部達の身体が地面に沈む。
そんな彼らの呻き声を聞いても顔色を変えず、彼女は続けた。
「ぺぺちゃん。貴方には、プレイヤーには感謝しています。貴方達の界力によって、私は私を縛るものから逃れる事ができました……異分子たる、貴方達のおかげで」
まぁ、と。魔王は一息。
「まだまだ、大したことは出来ませんが」
分かりませんね、それが何故……そいつら幹部を殺す事に繋がる? 自分でも不思議なほど不機嫌な声だった。
「邪魔なんですよ。私にとって、魔族と呼ばれる存在なんて……何の価値もない。いえ、貴方達の強化にはすごく都合は良い」
その言葉に、三人の幹部達が息を呑んだ。まだ抵抗の意思を見せていた一番と二番の幹部から目に見えて力が抜ける。
「愛着がないとは、情が全く無いとはいいません。彼らの自我に罪はない。しかし、存在自体が『私達』にとって……」
彼女はそれ以上、言わなかった。ヒズミさんから聞いた断片的な情報から、何か魔王という立場にも複雑な事情がある事は伺える。だが……。俺は、何か腑に落ちない気持ちになっている。
俺を追い越すように、何体かのプレイヤーが前に出た。
「まぁ、何でも良いけどもらえるもんは貰っとこうかなぁ」
「俺もー」
それを皮切りにゾロゾロとプレイヤーどもが続いていく。俺は、その場に留まり、歪んでいく自分の顔を自覚した。
この気持ちは、この気持ちは……。モヤモヤとする自身の感情を、把握できずに俺は目を瞑った。そんな時、とある言葉が俺の耳を刺す。
「面白くなーい」
パッと顔を上げると、頭の後ろで手を組んだk子が唇を尖らせて不満を漏らしていた。
気付けば、俺は手に懐中時計を握り込んでいる。
『心壁崩理界』
俺を中心に魔法結界が展開される。色彩が狂った世界が、この場を包む。
何も言わずとも、俺の意志を汲んだぽてぽちが不敵な笑みでこちらを見る。グリーンパスタは既に行動していた。
今まさに幹部達を始末せんと近付くプレイヤー達、多くが俺よりもレベルが高く、何よりも人数が多い……。
そいつらを対象にする為に足りない魔力を補う。ぽてぽちが回路を作りグリーンパスタが勝手に他のプレイヤーに代償を支払わせる。
そうして得た魔力を用いて俺は魔法を行使する。
「ケーコォ!」
やる気を削がれたプレイヤー達が武器を下ろし、魔法結界が消えると同時に俺は叫ぶ。
突然呼ばれて目を丸くしたk子だが、すぐに意図を理解したのか瞳にハートマークを映して手を幹部達に向けて掲げた。
ぽてぽちが、回路を繋いでグリーンパスタが勝手に代償術式を使う。俺や帰還組以外のプレイヤー達が死んだ。
『《魅了》』
k子がスキルを行使する。
ぽてぽちの右手の甲……魔王の聖痕が輝きその力を乗せたk子のスキルは魔王軍幹部に届く。
主従権ともいうべきものを奪い取り、幹部達が一斉にその場を飛び立ちk子を抱えた。それを妨害しようとしたキリエとシロエが横にいた知らない男プレイヤー二人と衝突する。
「何しやがるダガー! エスニック!」
「いやぁ、俺らも同感。面白くないんだよね、なんかそこまでするかってね」
「だよね〜」
何やら色々あるらしい。ポラリスだけは、涼しい顔で成り行きを見ていた。
ごつい魔族の三番目……ドライの肩に乗ったk 子が俺の隣に並んだ。横に、一番アインと二番ツワイを侍らせてk子は無邪気に笑う。
「今回だけはあんたにつく〜」
俺は、また一歩前に出る。魔王ハイリスは少し眉をひそめてこちらを見つめていた。彼女は何かを確かめるように、ゆっくりと口を開く。
「何のつもりですか……? ぺぺちゃん」
面白くないんですよ。
俺は何ともなさげに即答した。その答えに、しかし彼女は顔色を変えない。俺のよく知る人に、よく似た顔。俺が引っ掛かっていたのは、ただそこだけなのだろう。
「……私の、為には戦ってくれませんか」
俺は、彼女のその言葉にため息を吐いた。自分でも、思っていた以上に低い声で答える。
「悪いけど、何だか乗り気になれない」
悔しいが、k子の言葉に気付かされた。面白くない。面白くないのだ。
「あんた自身がつまらなさそうにしている。それが何とも面白くない」
俺は、自分で言うのもなんだが単純だ。
いつだって俺の行動に、深い意味なんて無い。いつだって気分屋なのだ。気に食わないと思えば……いつだって誰であろうと噛みついてやる。
「魔王ハイリス……だってあんたは、モモカさんに似てるから」
モモカさんの名前を出した時、魔王ハイリスは俺に対して、初めて……魔王という名にふさわしい、見る者に畏怖を与える激情を見せた。
無限(なにもめてんだ……?)




