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第85話 かつて勇者と呼ばれた敗北者達


 ヒズミさーん。

 俺は魔王祭とかいう、よく分からんものを終わらせるためにとりあえずヒズミさんを訪ねた。この世界において、何か困ったことがあればまずヒズミさんを頼る。これで間違いない。


 ドカドカと店に入り込むと、いつも通り俺を見てすごく嫌そうな顔をしているヒズミさん。気にせずその目の前に立ってベラベラとまくし立てる。ヒズミさんはこう見えて押しに弱いので、大体こうすれば話を聞いてくれる。


 魔王とか何とかって、今世界が騒いでるじゃん? もう嫌なんだよー。迷宮都市はアホの集まりだからともかく、龍華もピリピリしてるし、たまに入るアルカディアもなんか陰鬱っていうか、なんか楽しくないんだよー。

 掲示板も、なんか『悲報』とかいってメソメソした書き込み増えてるし。アホみたいに人生楽しんでんの迷宮都市だけだよ。なんなのこの街。おかしくない?

 プレイヤーもプレイヤーで、クソ雑魚の癖にこの世界の人間から聖痕奪おうとしたり、なんかよく分かんねー方法で職業ジョブを得る為に奔走してるしよー。


「……魔王を聖剣で倒せば終わる」


 聖剣?

 めんどくさそうにそれだけ言ったヒズミさんに聞き返す。


「お前も、聖公国で見たろ。あの口うるさい馬鹿剣だよ」


 ああ、なんか浮いてて喋ってたアレか。聖剣じゃないとダメなの? それこそヒズミさんがバーンっとやってくれよぉ。


「私は、その戦いに参加できない」


 でも聖痕あんじゃん。俺はヒズミさんの右手を突きながら口を尖らせる。三本線の聖痕だ。なんだっけ、グリーンパスタがなんか言ってたな……支援系とかなんとかだっけ? 凄い規模の魔法をバンバン使う癖に支援系ってふざけてる。

 自身の聖痕を、どこか寂しげに見つめるヒズミさん。その様子に俺はギョッとする。予想外の反応だった。

 なんかこう、憂いた表情とか見せられてもリアクションに困る。俺とヒズミさんはそういうデリケートな付き合いのないドライな関係なのだ。


「これは、名残だ。かつて、確かに私はそうだったが……今は、もう違う。ペペロンチーノ、お前は戦いを終わらせたいと言ったな」


 真剣な表情で、ヒズミさんは俺をジッと見つめた。俺とコイツが真剣に見つめ合うなんて……もしかしたら初めてかもしれない。


「なら、協力しろ。私はこの、馬鹿みたいな魔王と勇者の戦いそのものを終わらせたいんだ」


 俺は、彼女の言っている事を理解できなかった。そんな俺の事情など気にするわけもなく、ヒズミさんは続ける。


聖女アルナ、ハイリス、ドイル、レックス、そして私。初代勇者一行と呼ばれる私達の、何百年と続くこの戦いを」



 *



 魔王ハイリスは、かつてペペロンチーノとお茶をしたバルコニーで、『何者もいなくなった』城下を眺めている。その後ろから、プレイヤーのポラリスという男が近付いた。


「魔王さん。どうやら四番の幹部さんが負けたそうですよ」

「ええ、龍華王との戦いの末に。龍の血族でない彼女とはどうやら相性が悪かったみたいですね」


 ハイリスの話す事には、ポラリスにとってよく分からない言葉がよく混じる。ポラリスの後ろから、気怠げに肩を回すk子が欠伸をしながらやってきた。


「あーあ。最近面白くなーい。もういやー」


 ぞろぞろと、ポラリスの仲間『真・帰還組』のメンバーが集まる。


『戦士』の聖痕持ちキリエ。『魔術士』のシロエ。そして、魔王復活にk子と共に関わったダガーとエスニックの男二人。

 遅れてやってきた『攻略組』ぽてぽちが、レッドを引きずって持ってきた。彼はまるで死体の様に力無く、為すがままだが誰もその事を気にしていない。


「あのさー、そろそろレッド戻してやってよー」


 一応、同じグループに属しているぽてぽちが慈悲を求めた。だが、振り返ったポラリスは悲しそうに目を伏せて小さく首を振る。


「ごめん。実はもう、僕達のやれる事はやったんだ。どうやら彼は……どこかに囚われたらしい」

「えっ、そうなの……?」

「うん、システムメッセージでは、《無限に近しき牢獄》とかなんとか……それくらいしか読み取れなかった」

「ヘェ〜。じゃあまぁいっかぁ」


 重かったのか、パッと手を離してレッドを捨て置くぽてぽちに、困った様に笑顔を浮かべるポラリス。

 そんな二人を、ぼんやりと見つめていたハイリスの元へk子がふらふらと近付いた。ジッと、顔を見つめてくるk子に柔らかい笑みをハイリスは浮かべる。


「どうされました? 何か顔についているでしょうか?」


 十代後半頃、見た目からは大体その様な年頃に見える魔王ハイリスが自身の顔をペタペタと触る。

 側頭部の双角を触ろうとしたところで、k子が訝しげに答えた。


「なんかぁ、ぺぺクソがよく一緒にいるロリ牛とあんたって似てない? ねー! キリエ、あんたも思わない?」

「「ロリ牛?」」


 突然話しかけられたキリエと、ハイリスの素っ頓狂な声がハモる。k子はペペロンチーノの事になると一際口が悪くなる。なのでたまによく分からない罵倒文句を言ってのけるのだ。

 やがて、見当がついたキリエが思いついたと言わんばかりに声を上げる。


「牛ってお前、あの可愛いロリ巨乳ちゃんだろ? モモカ、だっけ。龍華の炎竜姫? とかなんかそんな感じの人。プレイヤーにもファンクラブある人」


 ツラツラと語るキリエの話を聞いているうちに何かに気付いて、目を見開きふらりとバルコニーの手すりにもたれかかるハイリス。

 k子がその様子を不思議そうにしていると、ぎこちない動きで首を動かした彼女に見られてギョッとする。


「……モモカ、って。龍華の? その子が、私に、似ている?」


 少し震えた声で、しかし真剣に聞いてくる彼女に、若干引きつつもk子は頷く。

 すると、大きく目を見開き、言葉にならない言葉を絞り出してハイリスは膝をつく。その異様な姿に、全員が彼女の方を見た。

 一瞬の、沈黙。その後、魔王ハイリスが顔を上げた時……その場にいた全員が、彼女の憤怒の表情に気圧された。


「そう……か。そうだったんだ……ふふっ、……相変わらず、虚仮に……っ!」


 強く、立ち上がったハイリスが天を睨む。


「ありがとうございます。貴方達プレイヤーは、やはり特別。おかげで……ようやく出会えました」


 その言葉に、誰も答えない。

 顔を下ろしたハイリスは、強い意志を込めた瞳で『真・帰還組』の面々を見る。


「行きましょう。私と……貴方達の目的を、果たすために」



 *



 聖公国を見下ろす様に、天へ高く伸びた塔型迷宮……それは叛乱迷宮と呼ばれる、世界最大かつ最高難度の迷宮。


 その迷宮内を探索する者を、誰かがこう呼んだ。


『挑戦者』もしくは『叛逆者』と。


 そしてその一人、『仙鬼』と呼ばれる男がとある部屋に辿り着いた。そこは、だだっ広い部屋だ。

 あるのは、台座の様な建築物。その何もない中心に突き立てられた大剣。そして、大剣を背にもたれる様に座り込む一人の男。

 黒い衣装に黒い髪が顔を隠し、その容貌は仙鬼の位置からはよく見えない。


「……ここは、以前何もなかったはず。やはり、条件は魔王軍の侵攻、撃破……現状から考えるに、魔王軍がある程度削られる事が条件か」


 仙鬼が、ボンヤリと以前来た記憶と照らし合わせながら考察をしていると

 座り込む男が、ゆっくりと顔を上げた。

 彼は、まだ二十に満たぬ様な少年に見えた。だが、その闇の様な黒い瞳を見た瞬間、仙鬼の背中に冷たいものが流れる。

 仙鬼は、『探索者』の中で最上位の存在だ。『探索者』として優秀というのは、つまり生存能力が高い事を意味する。

 そんな、誰よりも死地を潜り抜けてきた男が ……ただ、目を合わせただけで恐怖を覚えた。



「また、か。今回は、どれほど保つか……出来る限り登らなければ」


 少年は、虚ろにそう呟き立ち上がった。流れるように背の大剣を抜く。異様な刀身、幅広の大剣は切っ先が無く、まるで長方形の板を貼り付けただけのものに見えた。

 歩き出した彼は、その先にいる仙鬼を見て何も反応をしなかった。自分とは関係がない……瞳がそう語っていた。


「貴方は……魔王ハイリスの」


 気配や音もなく、一瞬の間も無く仙鬼の首元に大剣が突きつけられた。その事実に、更に仙鬼の額を流れる冷や汗。途切れた言葉の、先を言おうにも仙鬼の口は何故か動かなかった。


「お前……今の時代の、『叛逆者』か。ならば、わざわざ説明をする必要はない。アイツを魔王と呼ぶな。俺から言うのはそれだけだ、不愉快だから消えろ」


 黒い瞳に宿るのは、純粋なる怒りだった。だが、その怒りは真に仙鬼へ向けられたものではない。

 だと言うのに、仙鬼は何もできなかった。なんとか、仙鬼が了承の意を示すと剣は下ろされる。ホッと、気付けば仙鬼は胸を撫で下ろしていた。


「ふん。まだまだ、この塔を登るには力不足だな。精進しろよ……」


 それだけ言い残して、この場を去ろうとした少年が、しかしすぐに立ち止まる。


「なんのつもりだ……」


 どこかめんどくさそうな呟きが聞こえる。恐る恐る仙鬼が振り返ると、少年の視線の先……この部屋の入り口から誰かが入ってきていた。

 大きな男だった。巨大な骨格に分厚い筋肉を纏わせた巨漢がニヤニヤとしながら少年の前に立つ。


「久しぶりだなぁ……ドイル」


 ただの挨拶だ。だが、その巨漢から発せられた圧は空気を震わせ、仙鬼にまた大量の汗を流させる。

 仙鬼はまるで、肉食獣の群れに飛び込んでしまった草食動物の様な気分だった。その圧を全く意に介さず、ドイルと呼ばれた少年は苛立たしげに頭を掻く。


「何のようだレックス。俺の邪魔はするな……お前と遊んでいる暇はないぞ」


 どこか呆れたように言うドイルに、レックスは肩を竦めてみせた。


「まぁ、俺としてはそうしたかったんだがな……ヒズミの奴が俺をパシリに使うもんだからよぉ〜」

「ヒズミが……?」


 ピクリと、その名を聞いてドイルは興味を見せた。


「出てこい。だとよ、面白い事を考えていそうだぜ? あの女と……ハイリスの奴もよ」


 依然、ニヤニヤとしているレックスを睨みながらドイルは顎を触って考え込んだ。そしてすぐに、仙鬼の方へ振り返る。


「そこのあんた。外を案内して欲しい。何百年ぶりだ……勝手がわからん」


 頼まれた仙鬼は、唾を飲み込みながら小さく頷く。頭をよぎるのは、『ドイル』と言う名の……最初の『叛逆者』と呼ばれた男の事。

 何百年も昔に生まれた最初の迷宮である『叛乱迷宮』の、一番最初の『探索者』であり『挑戦者』であり……『叛逆者』。

 現在の探索者、その始祖とも言える。もはや伝説に近い存在。そんな彼と……同じ名前の少年。


 ゴクリと、仙鬼はまた喉を動かす。


 探索者とは、この世界の『未知』に引き込まれた求道者とも言える。だから彼は……今自分がその最たるものに触れていると、確信した。




 *



 かつて世界がもっと不安定だった頃。


 《神》に愛されし彼らは旅をした。


 世界を守る為、世界を壊す『魔王』を討つ為に。


 打ち破る為に必要な、破片となった《創造神アルプラ》を集め、やがて彼らは『魔王』と対峙する。


 そして、それが『敗北者』である彼らの戦いの始まりだった。


 彼らに勝ち目はない。

 何百年経とうと……何百年と抗おうとそれは変わらない。変わらないはずだった。



 *



「目的ってなぁに? レッドはボコったしぃ、ペペロンチーノをボコる事? ついでにグリーンパスタもボコりたぁい。アイツなんか怖いからきらーい」

「k子、ちょっと黙って」

「グリーンパスタには手を出さないほうがいいよー」

「ぽてぽち、君も空気を読んだほうがいい」



 *



 俺は、真剣な顔のヒズミさんを見ながら思った。何百年も続く戦い、ねぇ……。やだ、この人何歳なの……?




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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王様が成長したこれで勝つる、けど祭りを終わらせるには倒さないとダメなのか。 ペペさんには上手いこと立ち回って両手に花を実現して欲しいところ。
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