第84話 雷竜王の本気
最近だが、これはサトリ本人から聞いた話だ。彼女はいわゆる『魔法結界』と呼ばれるものを展開する事ができない。
共に迷宮に潜った際に、簡易的なものと前置きした上で張ったものはあくまでも簡易的なものであり、本来の意味での魔法結界とは程遠いらしい。
サトリは、現在この世界においてもトップレベルの魔法使いだろう。そして、高位の魔法使いとは魔法結界を展開できるようになった者が呼ばれる称号のようなものだ。そしてその人数は結構少ない、らしい。
そういう者ほど、魔法結界を展開できなければ自身の魔法の通じない相手が居る事をよく知っている。
界力の総量が高い……俺達で例えるならば高レベルの存在は、あらゆる魔法の耐性が高い。故に、まずはその耐性からひっぺがす必要がある。
その為の魔法結界。相手にデバフをかけて自身にバフをかける為の力場であり空間。
だが、サトリにはそれが要らない。魔法結界とは言い方を変えれば世界に対する『自己の主張』だ。そしてそれは、竜との融合には邪魔になる。
*
《端末の観測能力を最大値》
《雷竜王サトリと魔王軍幹部フィアーが戦闘開始》
《プレイヤー・ぺぺロンチーノを介して観戦することが可能》
怒涛のシステムメッセージが俺の視界を流れていく。右下の方に謎のカウントがあり、それが増えれば増える程……俺達の観測能力が増大する。とまぁ、俺が知らないはずの事は感覚で理解できる。
とりあえず俺の身体機能が停止した。
《肉体が不干渉化する事で、戦闘の余波での死亡が防がれる》
やべえな、ここに来て俺達の人外っぷりが発揮されていく。最初の方にしれっと端末とかいうワード出てきたけど、いいの? それ俺達に見せていいの?
「魔王軍幹部……しかも、これまでの連中とは一線を画しているとみた。驚いたな……間諜もどきの事をする奴がいるとは聞いていたが、本人の実力も伴ったタイプだとは思わなかった」
側頭部から鋭い双角が生え、角の間にはバチバチと電気が行き来している。妖しく輝く金眼は、縦長で中心から紫電を放つ。
両腕にはまるで大きな籠手のような実体を持った雷を纏い、その足は鋭く竜を思わせる姿に変化していた。
どこからか生えた細長い尻尾をゆらゆらと、サトリは長くなった金髪を靡かせる。
「雷竜王サトリ……お前を殺せば龍華の士気は下がり、人族軍の勢いは落ちるだろうな」
「この国にはまだモモカもいるぞ? まっ……」
小さく笑って、サトリが姿を消した。
「負けんがな」
宙へ浮かぶフィアーの背後に突如として現れたサトリが大きく手を振るう。
それだけで、龍華王城の玉座の間を中心とした一部が吹き飛んだ。余波はその辺に転がる騎士達も一緒にぶっ飛ばしていく。
一方、もはや浮かぶ幽霊みたいになった俺と俺の中で観戦しているプレイヤー達はいかなる干渉も受けず、ただ流されるままその様子を観戦している。
球状に収束する暴雷、他者の展開している魔法結界の中でさえ、凄まじい威力が込められていた。
だが、更にそれを覆い隠す様に魔法結界が広がる。
龍華の王城、その一部をモヤの様に覆うフィアーの魔法結界。
『青』
球状の雷が消失した。
顕になったサトリとフィアー、空中に浮かびながら、睨み合う。フィアーが呟く。
『黒』『蒼』
宙に出現した黒雷がサトリを囲うように襲いかかる。更に、隙間を縫うように現れた青い鏡が黒雷を反射し、反射するたびに黒雷はその威力を増していく。
複雑な軌道に暴れ回る黒雷を見て、しかしサトリは微動だにしない。
「魔力全開」
ヒズミさんがよく言う決め台詞だ。多分、エネルギー全開だぁ! とかそんな感じだと思う。
こう、全力で行くぜ? みたいな。
『雷霆招来』
それは、サトリを中心に放たれる閃光だった。魔法結界という異質な空間において、それすら塗り潰すような光の奔流。いや電撃だが、つまり凄まじい力が込められた電撃はもはや光の塊だった。
四方八方で黒雷と衝突し、それぞれの威力に空間が歪む。
「ばかなっ! 我が結界内で、増幅された魔法に……減衰した魔法で拮抗するだと!?」
とんでもない力業だったらしい。いつでもどこでも相性差とか、不利な空間とかそんなのを無視した力押し。それこそが龍華の真髄。
フィアーさんが驚いている間も、サトリは彼に向けて手を鉄砲のように構えて力を込める。
『雷鳴針』
一閃。一筋の雷がフィアーさんを貫く。いや、ギリギリで避けていた。驚きからの油断はないらしい。だが、フィアーの視線の先にサトリはいない。
未だ黒雷と閃光のような雷が衝突している。なのに、それまでその中心にいたはずのサトリがいない。
《あ、あそこだ》
俺の中から誰かの声がする。よく分からないが複数の視界が今の俺にはあるので、何故か後ろも上も見える。
その中の一つがサトリを捉えていた。先程フィアーを襲った槍のような雷、彼が避けてすぐ、それは実体化してサトリになっていた。
右手に、今にも爆発しそうな雷を蓄え、もはや手の輪郭すら曖昧になっている。それを振るう。
『鳴動雷斧!』
巨大な大剣の様な雷がフィアーを包む。
『青!』
しかしまた、それもフィアーの一声で消え去ってしまう。
『雷霆招来・屠竜砲閃』
間髪入れずにサトリが生み出したのは十の雷竜。巨大な竜達が落雷の様な轟音を立てながらフィアーを襲う。
『青! 青!』
魔法を消し去るフィアーの技、それはどうやら吸収技だったらしい。額にいつの間にか生えていた青い眼球、そこにサトリの生み出した雷が吸い込まれている。
しかし、何故今まで一瞬だったそれを俺達が観測出来たのか……それはおそらく、吸収の許容限界が来ていたのだろう。
見た目で分かる程、額の眼球から紫電が漏れてヒビが入っている。
「くっ!」
吸いきれなかった雷竜が、フィアーをついに飲み込んだ。嵐の如き雷の奔流は、中に取り込んだフィアーを弄ぶように破壊する。
『魔天裂光!』
雷の圧力に砕け散りそうになったフィアーが、苦し紛れに叫ぶ。すると、彼から生まれた白い光が雷竜を消し飛ばした。
それは、まるで槌の先端部。それが大量に、フィアーの胸から溢れ出した。
「……なんだ? それは」
流石に魔力を消耗し過ぎたのか、息を切らしているサトリが呆然としている。ゴホゴホと、むせた口から少量の血が。『赤』という魔法の効果だろう。誰かが俺の中で言った。脳裏によぎるのは、サトリとフィアーが戦い始めた最初の方に出てた赤い煙の様なもの。
しかしそんな回想を挟む余地もなく、フィアーの出した光の槌は数えきれぬ量になっていた。
どこか、ツェインくんの使っていた光球と雰囲気が似ているそれは、いかにも待機状態ですと動きを止める。
『天使の落涙』
サトリと同じく息を切らして、ボロボロになった身体に鞭を打ちながらフィアーが言う。
「これこそ、魔王軍幹部たる証。魔王様より与えられし力、その一端」
一つ、光の槌がサトリを襲う。咄嗟に雷で出来た籠手でそれを防ぐ。破裂音がして、籠手を砕かれ剥き出しになったサトリの腕から血が滴る。
フィアーがその力を出した時点で魔法結界は解かれており、俺はその様子からサトリの勝ちを確信していた。何故ならば魔法結界込みでサトリと互角、それ以下だったのだ。
俺の周囲では登場すれば大体破壊される役所ではあるが、魔法結界とは本来圧倒的なアドバンテージなのである。
なので、苦し紛れの悪あがきかなぁと思っていたのに……サトリの表情が硬いところを見ると、そんな悠長な話ではなさそうだ。
「ぐっ……なんだ、これは。ただの魔法ではない?」
「そんなものと一緒にするな」
フィアーを中心に集結した光の槌が矛先をサトリに向ける。その数は、数えきれないと表現したのに更に増えていた。
「死ね」
そして、フィアーが短く宣言すれば、その全てがサトリへ殺到する。たった一つで、サトリの籠手を破壊した光の槌が。まぁサトリの防御力知らないけどすげぇ驚いてたし、多分威力高いんだろうなあれ。
龍華の空に流星群。攻撃の様子を見て、俺は呑気にそう思った。サトリの負けを、とてもではないが想像出来なかったのだ。
不敵に笑う、彼女が負ける姿など。
紫電一閃。小さな火花に似たものが走る。それは、フィアーの横を通り過ぎていった。光の槌が向かう先にサトリは既にいない。
火花は残像だ。
「な、なんだとっ!?」
フィアーさんの間抜けな声が響く。左胸を斬り裂かれ、血を噴き出して驚愕している。
『雷閃』
遅れてサトリが技名を呟く。光の槌が先程までサトリがいた辺りを通過する。だが、今の彼女はフィアーの背後で彼の肩を掴んでいる。
「まぁ、私は聖痕の勇者ではないからお前ら幹部を殺せないんだろう? つまり、せいぜい半殺しってところか」
ギリ、と。フィアーが歯を噛み締めて悔しそうに唸った。彼の身体からまた光の槌が大量に溢れ出す、先程狙いを外して彼方に飛んで行ったものも方向転換をして天へ向かう。
咄嗟に手を離しフィアーから距離を取ったサトリが構えた、だがすぐに異変を感じる。光の槌、もはやその数はもはや数えきれないという表現の百回分くらいになるかもしれない。
しかしそれは何故か、サトリではなく下に向けられていた。
龍華の街、その天を覆い尽くし、眼下に向けて。
「き、貴様っ! まさかっ!」
へぇ、中々テンプレ悪党するねぇ。俺は感心した。プライドとか、そういうものに拘らず窮地になればすぐ汚い手を使う。有効な手ではあるが、真っ当な神経では中々出来ることではない。ゴミじゃんフィアーさん。
フィアーさんは、街を人質に取ったのだ。光の槌は一つでもかなりの威力を持っている。それは、今その矛先を街に向けられて焦るサトリの表情からも伺える。
「ただでは負けんっ! 思い知れ! 魔王軍の力を!」
身体中にヒビが入り、手足の先から光の粒子になっていくフィアーが叫ぶ。ヒビは、ヒズミさん……光の粒子の辺りに俺達と、やたら既視感のある現象が起きている。
恐らく、限界を超えた力の行使なのだろう。そして、その力の向かう先は自身を追い込んだ張本人ではなく、その相手が守るもの。なんて汚い野郎だ。
《天使の落涙!》
雨が、降る。龍華の街に、天から光の雨が降る。
『オオオオォ!』
サトリの口から溢れ出したのはもはや、詠唱でも技名でも無かった。ただの叫びだ。だが、本来『魔法』とはそれでいい。この世界の者が、望めば……対価を支払い願望を実現する力なのだから。
俺の中で知らない人が物知り声で語る。
サトリが光の雨に回り込む。そして、力を解放した。双角が砕け散り、身体の輪郭すらあやふやにして、サトリが全身で雷を放つ。
天へ、幾千もの龍が昇る。雷で出来たそれは、やがて光の雨と衝突する。そこかしこで衝突の余波で光の波が弾け散る。
まるで満天の花火の有様だ。そして全ての雨と龍がぶつかると、少しの余韻を残して龍華を沈黙が支配した。
「ば、ばかな。すべてを、撃ち落とした、だと?」
フィアーの顔は、一目で信じられないと語っていた。もはや浮力を失い、下へ落ちるサトリの姿は人間に戻っていて眼も元に戻っている。
既に戦う力は残っていない。誰が見てもそう見えたが、彼女の笑みは消えていない。
「龍華を舐めるなよ、魔王軍」
吐き捨てる様に、サトリが呟いた。落ちてきた彼女を、下でモモカさんが受け止める。モモカさんが優しくサトリの頭を撫で、何も心配する事はないと空を見上げる。
フィアーに影がかかる。それは竜の形をしていた。茶色い竜だ。名をチャーミーと言い、中年の竜騎士の騎竜である。
その背には中年の主人と、もう一人乗っている。その者は、聖痕輝く右手に剣を握り竜の背を飛び立つ。
重力に任せ、宙で呆然とするフィアーの背から刃を突き立てた。後ろが見えずとも、全てを理解したフィアーが悔しげに顔を歪める。
「こ、ここまでか……」
剣を突き立てた者の名をレントという。龍華の若い騎士であり、一本線模様の……『戦士』の聖痕を持つ『聖痕の勇者』である。
そして、魔王軍幹部は『聖痕の勇者』の手で持って初めて討伐する事ができる。
《観戦終了》
《魔王軍幹部フィアーが討伐されました》
《魔王軍の制限が一部解除されました》
システムメッセージが流れ、俺の身体が元に戻る。実体化してチャーミーの背に乗ると、ギョッとしたラングレイがこっちを見てくる。
「えっ!? どっから出てきた!」
いや、それよりアイツ助けに行かなくていいの?
俺が指差す先には、光の粒子となって消え去ったフィアー……ではなく下に落下していくレントくんである。
やべっ、と慌てて急旋回したチャーミーから振り落とされ、空中で重力に身を任せながら、俺は下の街を見つめて呟く。
「楽しくないんだよな、魔王祭」
迷宮都市以外に流れるピリピリとした空気。余裕のない人達。戦い、傷つく現地の人達。
脳裏によぎるのは、行動も話していて感じた性格も魔王という立場にそぐわない桃髪の少女。てか、あれだ、あの人モモカさんに似てる。
そして……まるで物の様に扱われる『魔族』。思い出すのは、バルコニーで見た彼女の瞳。魔王ハイリスが魔王城下の町に住む見た目麗しき魔族達を見つめる姿。
その、無機物を見つめている様な……同じ目を、幹部の連中にも向けていて、しかしそれを気にする魔族はいない。
歪だった。ハイリスという少女は、触れ合った限りまだ底を見せていない所があっても、どこか人間味のある……優しさすら感じるのだ。
《獲得経験値が一定値を超えました》
システムメッセージが流れた。
《汎用職業の解放》
《スキルリストの解放》
今回の件で、一つ理解した事がある。
プレイヤーはこの世界を観測するだけで経験値を得ている。それは、つまり生きているだけでだ。そして今回、およそこの世界でも……高レベル同士の戦いを観測した。
しかも俺だけでなく大勢だ。何体なのかは分からないが、かなりのプレイヤーが俺を通してこの戦いを観測した。
《大分、僕達の存在意義が見えてきたね》
俺の中から消えていったプレイヤー、そのはずの何故か残っている誰かがそう言った。
「終わらせるか、魔王祭」
俺は近付く地面を見ながらニヒルに呟いた。
《いや、そんなカッコつけてもそんな能力ないでしょ、君は》
地面とキスして俺は死んだ。
TIPS
ラングレイは痒い所に手が届く男として評判だぞ!




