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第81話 たまには龍華でお昼でも



 そういや、迷宮都市にいると忘れがちだが魔王軍ってどうなったんだ? そう思った俺は龍華に帰ってきた。

 街に流れる空気は、まぁ以前来た時と変わらず……むしろさらに血気盛んになってるが、悲壮な空気というものは無かった。

 プレイヤーの掲示板を見ていると、特に大小様々な国が集まっているアルカディア連合辺りは場所によってはもうそれは悲惨な空気らしい。


 モモカさんに久しぶりに会い、その辺を聞いてみた。


「龍華は、国土が広い割には人の住んでいる土地が少ないですからね。基本的には竜が生きる土地と言いましょうか」


 ニコニコと珈琲を淹れてくれる。口に含むと、懐かしい気持ちになった。なんというか、帰ってきた……という、実家みたいな安心感だ。

 やはり、俺はモモカさんの元が帰るべきところなのかも知れないな。

 フフッと、自然と笑みが零れる。


「それに竜との契約には、どうしても武力が必要ですからね。自然と、龍華に生きる人達は血の気が多くなってしまうんですね。だから魔王軍だって……イベントの一つくらいにしか思ってないんじゃないんですか?」


 へぇ……。やっぱちょっと頭おかしいですよねこの国。竜との契約って、どうやるもんなんですか?


「国で管理している竜とかは厳しい試験を通り抜けた竜騎士候補に管理局が相性とかで選定した竜を会わせて、そこで気が合えばって感じですねぇ」


 説明口調ですね、うふふ。ご配慮ありがとうございます。


「まぁでも大体は戦闘になりますね。例えば、私なんてヒノとは三日三晩戦い続けましたから」


 三日三晩ですって。やっぱこの国の人っておかしいわ……。俺は内心ドン引きしながらも、昔を思い出して懐かしそうに微笑むモモカさんの顔を見つめる。


「あれは……サトリちゃんとの出会いがきっかけでした」


 え? 回想……?



 *



 龍華で生まれ育った者は、義務教育の一環として学校に通う。そこは言うなれば兵士養成所でもあり、武術・魔法学ついでに兵法を学んで鍛錬する為の所だ。

 そこでは、軍隊としての規律を学ぶ為……もはや徴兵制と言っても差し支えがない程には物々しい場所だ。


 当時、15歳でありゴウカ王の娘であるモモカは昼食をとるために学食へ向かっていた。腰まである桃髪で風を切り、同年代と比べても高めな身長の彼女は姿勢良く凛とした態度で優雅に歩く。

 170を越えた細身のモデル体型で、しかしその胸に備え付けられた装甲は巨大……としか形容できず、長い足で地面を踏みしめるたびにゆさっと揺れる。

 少し童顔だが、整っている美貌も確かな血筋と相まって、モモカはその年代では学園のアイドル的存在だった。


 だが、同時に妬むものも多い。


「おい七光り、そのデカ乳でタラし込んで得た金で食う飯は美味いかよ?」


 学食で、周囲から遠巻きに見られるモモカに近付いて、ふんっと鼻を鳴らす少女が一人。低い身長を誤魔化すように天に向かって捻れる不思議な髪型をした女だ。

 軍部でもかなり高い位置にある親を持ち、彼女の周りには取り巻きのように何人かの少女が一緒にモモカを睨みつけている。


「セリナさん、残念ですが私は貴方と違ってそこまで尻軽ではないのですよ」


 メンドくさそうにあしらうモモカ。周りが見ても明らかな怒気を孕むセリナが手に持っていた水をモモカにぶっかける。


「どの口が言うんだこの雌豚! ダーリンに粉かけといて! 乳しか取り柄がないからって、すぐ男に媚びやがる!」

「何しやがりますかぁ、このおチビちゃんはぁ」


 バキャアッ! とモモカが指先一つで自分の食事を乗せていたテーブルを破壊する。彼女が放つ闘気に、セリナの取り巻き達は恐ろしくて思わず後退るが、セリナ本人は冷や汗を流しながらもむしろ前に一歩出る。


「あぁ? やんのか、クソ女」

「文字通り竜のクソにしてやりましょうかぁ?」


 立ち上がると、モモカとセリナの体格差が顕著になる。


「セリナさんが見えなくなりましたよぉ〜」


 自身の胸のせいで背の低いセリナが見えなくなり、分かりやすく煽った声音でとぼけるモモカ。直後、その腹にセリナの拳が突き刺さる。

 例えるならば、竜車が大型の動物をひいてしまった時のような鈍い音が響き、モモカの身体が後ろに滑っていく。

 魔法によって元より高かった身体能力を更に強化したセリナの拳は魔獣をも軽く殺す。

 だが、倒れる事はなく、やがて停止したモモカがニコニコとした笑みを浮かべながらも、額に青筋を浮かべて拳を握った。


「お仕置きが必要なようですねぇ……!」


 ミシリ、とモモカが歩く度に床が割れる。今にも爆発しそうな彼女と、対峙するセリナを見て周りがガヤを飛ばす。


「お、またやってんぞ」

「やれやれ! セリナ! なるべく服を破れ!」

「俺も混じろっかなぁ」

「ああ〜二人ともボコボコにしてヒーヒー言わせてぇ」

「キショいんだよてめー」

「あ? コラ、やんのか、ああ?」


 モモカとセリナ、二人の喧嘩を見て興奮した周りの者達も殺気立っていく。毎日、学徒同士の喧嘩でどこかしらが破壊される龍華の学校ではよくある風景である。


「クソデブーーっ!」

「私はデブじゃありませんよっ!?」


 同時に駆け出した二人が衝突する。だが、力の差は歴然、まるで赤子が投げ飛ばされる様に軽々と宙を舞うセリナ。

 ガシャアア! と、派手に学食の長机を滑っていく。並べられた誰かの料理が飛び散っていった。


「おやおやぁ、相変わらず軽いですねぇ」


 小馬鹿にするような態度のモモカに、すぐに起き上がって長机の上に立つセリナが吠える。


「おめぇみてぇに無駄な脂肪がないからなぁ!」

「軽いのは頭の中身ではないんですかぁ?」


 威嚇し合う両者、喧騒の中……静かにセリナへ殺気を向ける者がいた。

 その者は、自身の食事が目の前で粉砕されていった様を呆然と見ていた。

 そして、詫びることもなく目の前で吠える姿に堪忍袋の尾は切れた、と立ち上がる。


「?」

「!!??」


 無言で立ち上がったかと思うと、同じように机の上に乗ってセリナの顔面を掴むところを見ていたモモカは、その見慣れぬ相手に困惑する。

 掴まれたセリナが、驚きつつも何か言おうと口を開いた時……彼女を貫くように落雷が落ちた。

 衝撃で長机は破壊され、土煙が周囲に舞って学食内に存在する殆どの食事がダメになるが、それはさておき下手人は怒りのあまり帯電しながらモモカの方へ歩き出す。

 黒焦げになったセリナを片手で引きずりながら、金髪の少女はモモカの前に立った。同じくらいの背丈だが、肉付きはモモカより悪い……よく言えばスリム体型の彼女は不機嫌そうに眉を釣り上げてセリナをポイっと投げる。


「貴方は、確か転入生の……サトリさん、でしたっけ?」


 ゴキゴキと指の骨を鳴らすモモカのその問いに、しかしサトリは答えることなく片手を顔の前まで持ってきて、その手に雷を纏う。


「ぶっ殺す」

「上等ですよぉ」


 瞬間、振るわれたサトリの手から放たれた雷光、それを拳にまとった赤い闘気で相殺するモモカ。そこを起点に弾かれた雷と炎の如き闘気が食堂をまたも破壊する。

 これが、『炎竜姫モモカ』と『雷竜王サトリ』の初めての邂逅であった……。



 *



 ジジジ……。いつの間にか俺の横でサンドイッチを頬張っているセクハラジジイこと『千里眼』が大型テレビくらいのサイズで、虚空に映像を映し出している。

 それによって、鮮明にモモカさんの過去を見ることが出来る。時折視点が、揺れる胸やスカートに潜り込んで非常に見辛い時があるが、そもそも三視点くらい同時に映されているのでその場で何が起こっているのかは凄くよく分かる。

 相変わらず無駄に便利で犯罪的な奴だ。


 それはさておき、俺はツッコミ所の多さに額を抑えた。横のジジイに話しかける。

 あのさ……。


「ん? ああ、気になるか? 実はワシもその場におったんや」


 ああ……何故に鮮明な過去映像を出せるのかって話ね……。いや、そうじゃないんだが。


「やだー、恥ずかしいですよぉ。あー、でも私、凄く若いなー」


 少し赤らんだ頰に手をやって、恥ずかしいと腰をくねらせるモモカさんが懐かしそうに自身の映像を見る。

 いや、あの、なんていうか……。


「ん? ああ、そうなんですよ。『千里眼』と呼ばれるようになる前から、この人こういう魔法が得意なんですよ。学校では、有名人でしたよ。まぁ、私の卒業前に盗撮騒ぎで居なくなってましたけど」


 いやこのジジイのことはどうでもいいんですよ。


「どうでも良いとは、つれないやつやな。何やったら脱獄編まで聞いてくか?」


 ウッセェ! ちょい黙らんかい!

 俺は長く伸びた白い髭をグイッと引っ張って黙らせる。ブンブンと振り回しながら吠える。


 いや、デカいって! 胸は、今もそうだけど……身長! あとガラ悪っ! ガラ悪いよ! てかサトリもでけーし!


「そ、そんなぺぺさん……こんな所で胸がどうとか……声大きいですよぉ」


 ムギュッと自身の巨乳を腕で潰すように抱いて顔を赤らめるモモカさん。ジーっとその姿を見ているジジイ、おそらく映像保存の為なのだろう顔の横に浮いている謎の眼球を握りつぶす。


「な、何するんや! このっ……! ああいうのが好きな男は多いんやで!?」

「また妙な商売をしているんですね……?」

「アッ!? あが……が……」


 プンスカするジジイに、何かを察したのかメキメキとやばい音を立てながら、ジジイの顔面をアイアンクローで破壊しようとするモモカさん。

 このジジイはどうでも良いのだ。俺が聞きたいのは何故今のモモカさんは……。


 バァン! と、いきなり強く開け放たれた喫茶店の扉。驚いてそちらを見ると、店の入り口に立つ……銀に輝く鎧を着込んだ長身の女性に思わず目を奪われた。

 しっとりと輝く長い銀髪はウェーブして螺旋を描き、長い睫毛と強気な瞳はまるで炎に揺らめくように光を放つ。

 すらりと伸びた長い足も、銀の脚甲に包まれているのに細く、体型に鎧が合わせてあるのか女性的な腰つきや胸部が鎧の上からでもしっかりと分かる。


 なんていうか、まともに綺麗な大人の女性だっ!! そして、どこかで見たことがあるな?


「モモカァ! ちょっと聞いてよ、うちのバカがさぁ!」


 ズカズカと店内に入ってきて、勝手にカウンター席に座り込むその女性は、怒り心頭と言った様子で話し出した。

 その際にモモカさんが掴むジジイを見て、嫌そうに顔を歪めるとその腰を掴んで後ろにポイっと投げる。

 ズシャアーッと滑っていったジジイを思わず追いかけてツンツンと突いてみる。死んだか?


「あ、相変わらずセリナちゃんは手荒いでほんま」


 セリナ……? それってさっき……。チラリと、奥様同士でのランチタイムに旦那の愚痴を言うような様子、というかまさにその通りな銀髪女性を見る。


「この前ゴウカ様にボコられた癖に、また喧嘩売って返り討ちにあってんだけど! あんたからももうさ、ゴウカ様に喧嘩買わないでって言っといてよ! 世話する身にもなってよね!」

「そうは言いましてもー、それで聞くような人じゃないのですよ。お互い様でしょうそこは」


 俺の脳裏に、以前『竜人化』を見せて早々にぶっ飛ばされた騎士団長とかいう男が浮かぶ。彼の事を思い出したのは完全に何となくだが……。


「破滅のは、初めて会うんやっけか? 『十華仙』の『銀灰戦姫』セリナちゃんや。ちなみに三人の子持ち」


 どう見ても二十代後半頃に見えるセリナを見て、それどころか十代前半に見えるモモカさんを見る。

 あの二人同学年なんだっけ?


「そやで。まぁワシとは……何歳差だったかな?」


 ……この国の人達はどういう身体してんの?



 *



「頼むよ、魔女〜。ちょっとついてきてよ〜」


 街を歩く俺に、気持ち悪い声で懇願するのはラングレイだ。急に現れて、ついてきてよの連呼である。中年男性が少女に懇願するその様子は事案物。不審者丸出しであった。


「上司に家に誘われてさー、奥さんの飯を食ってけっていうんだよ……」


 一人でいけよ……。俺が呆れながらに言うと、ハァ? と言いたげな腹立つ顔でラングレイは言う。


「いや、色々辛いんだよ。この前なんてレイト連れてったんだけど、今回は逃げられてな〜」


 ……そんな逃げるような仕打ちを受ける所に、ついてこいってお前なめてんのか。


「いや、お前なら上司部下のしがらみもないから大丈夫だ。いやほんと名案だね、お前なら……なんとかできるかもしれない」


 そう言って、懐からラングレイがチラリと何かを見せてくる……。ちっ。駆け引きなんてめんどくせぇ、何を持っているのか言いやがれ。


「今度、アルカディアの方で魔王軍には負けないぞって例年通り開催されるお菓子フェスタのチケットだ。今の情勢もあって、参加者は限られて入手困難な激レアだぞ」


 ほぉ、あのフェスね。国外からも職人を集めて、様々なお菓子を持ち寄る感じのアレね。ススっと出されたそのチケットを俺はむしり取るように奪い、踵を返して歩き出す。

 おい、早く行くぞ。どこに行けばいいんだ?


「相変わらずチョロいな」




 そして、俺達が辿り着いたのは城からも近い高級住宅街にある一軒の豪邸。中に入って迎えてくれたのは、全身に包帯を巻いて車椅子に乗る騎士団長と……その後ろで、巨大な皿に、禍々しいモノを載せて微笑む『十華仙』のセリナだった。


 俺はラングレイの方へ振り向く。ニコリと笑ってくるのでニコリと返し、何となくこの先の展開が読めてフフッと笑った……。





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