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第79話 再戦! 見せよ新技!


 すっかりホームタウンとなっている迷宮都市で、俺が経営している喫茶店。そこの、ソファー席で座りながら俺は珈琲を啜っていた。

 ぱらりと、手に持った小説のページをめくる。内容は異世界転移物だ。俺達プレイヤーの脳内で展開される掲示板にて、大好評を博し書籍化した作品である。

 プレイヤーはこの世界に随分と馴染んできた。出版業界にも侵食しているという事実に、薄ら寒いものを感じながら……まぁプレイヤーの出来ることなんて限られているし、どうでもいいか。


 異世界転移物とは言うが、こちらの世界から俺達の世界への転移物だ。内容としては、こちらではうだつの上がらないゴミ男だった主人公が平和な世界でその力を発揮する……そんな感じである。

 そりゃあ、魔法もないあちらの世界にこっちの人間が行けば……まぁ物理的に無双できる。だが無戸籍の不審者ならではのしがらみが彼を襲い、匿ってくれている女との恋愛……そして衰えていく魔力。

 ただの無双系と思いきや割とリアルな事情に苦戦していたり、徐々に弱体化して普通の人間になっていくが主人公はそれを好意的に受け入れるようになって……みたいな。


 書いたのがプレイヤーの癖に中々面白い。そして、これがまた意外とこっちの世界の奴らに受けている。魔法のない世界の家電とかそういう描写が逆に目新しい様だ。

 魔法という不思議パワーが生まれた時からあったからこそ、無い世の中が想像できない……そんな隙間産業を見事開拓したこの作者には脱帽ものだ。


 それにしても、やはりブラックバイト編は名作だな。物理的にはどうしようも抵抗できないブラック店長が良いキャラしているぜ。まっ、俺ならもっと上手くやるがね。


 ニマニマとしながら小説を読み耽る俺の足を蹴るやつがいる。顔を上げると、そこにいたのは白い羽毛の鳥男だ。何というキワモノ。

 俺は舌打ちした。


「チッ……じゃねぇよ。お前店長だろ、働け!」


 語尾にピヨをつけやがれこのキャラ崩壊野郎! 俺が吠えると、ひょこりと現れた少女店員がニコリと笑った。


「えー、むーちゃんのピヨ、聞きたいなー。絶対可愛い〜」

「からかうなよ」


 気取ってんじゃねぇぞ、このギャグ枠がぁ……。はっ、俺の視界に少年店員が写る。なにやらこちらを寂しげに見つめている……。だから、どんなドラマ展開がこの店であったんだよ?

 どちらかというとホワイトな店長である俺は、自分の店の職場環境というものを整える事に気を使う。

 これは良くないな……。サクラを雇って少女店員に少年店員に惹かれるような事件を起こすか。あとこの鳥男に新たな呪装でも与えてやればいいか……。


「ねぇ、なにが美味しいの?」


 いつの間にかランスくんとの修行の旅から帰ってきていた無限アンリミテッドインフィニティが俺の前に座ってメニューを広げている。

 そうだな……と、俺は少し考える。仕方がない、俺が自ら珈琲を淹れてやろう。


「コーヒーねぇ。口コミでは、そこの鳥男の方が美味いって、話だけど?」


 何だと? どこ情報だ、それは……? 俺は愕然として膝から崩れ落ちた。ガクガクと身体が震える。

 俺が、この鳥野郎に負けた……?


「そりゃ、毎日淹れさせられてりゃ、そうなるだろ」


 当然だと言いたげに言い放った鳥男を強く睨みつけ、俺は震える声で反論する。

 いや、でもだって、俺……結構練習したし……。結構、こだわるし……。


「いやそのこだわりを俺に押し付けてきたのは誰だよ……」


 言われてみれば、この鳥男に修行をつけたのは俺自身だった。何日もかけて叩き込んだその技術は、もはや師であるこの俺様を越えて……?

 俺はポロポロと涙をこぼし床を叩く。悔しい……っ! 悔しい! 何故、俺がこんな思いをしなければいけないっ!?


「自業自得じゃね?」


 ボソリと無限が呟く。その言葉は俺の心を冷たい刃で切り裂いた。バッ、と立ち上がった俺は店の入り口へ向けて歩き出す。


「どこに行くんだ?」


 修行だ……。こんな鳥野郎に負けてると言われたままでいられるかっ! 珈琲修行の旅に出る……!

 しかし、入り口の扉はすでに開け放たれており、そこにはまるで足で通せんぼをする様に佇む一人の男がいた。


「俺を置いて? この……進化したランス様を置いてどこに行く?」


 その男とは、無限と共に修行の旅に出ていたランスだった。そして口上がとてもうざい。もうちょいセンスのある口上考えてから出直してこい。

 すると、一度軽く笑ったランスが扉を閉めて出ていった。無限達や、店内の客達は何事だろうと無言になっている。


 パリィィン! 派手にガラスを撒き散らしながら窓から何かが入ってきた、ランスだ。回転しながら侵入してきたランスがカッコつけて着地し、テーブルや椅子を吹き飛ばしながら床を滑る。

 やがてその勢いが止まり、停止したランスが顔を上げた。


「わり、なんか良いの思い浮かばなかったわ」

「ぶっ殺すぞテメーーっ!!」


 怒りに任せて懐中時計に込められた『迷狂惑乱界』を解放。展開前に術式を書き換える……! 俺とヒズミさんには密接な界力ファルナの繋がりがある。

 だからこそ、あの女の魔法結界を改造できる! 喰らえランス! 半径二十メートル……! 『心壁崩理界』……!


 懐中時計を前に投げ付け、そこから展開される色彩の狂った世界。それは俺とランスとその辺にいる連中をまとめて包み込む。

 俺の魔法結界内では、全ての生き物が感情を隠せなくなる。感情の赴くままに行動してしまう。だがそれは副次的効果に過ぎず、俺の感情操作魔法に対する『抵抗力』を弱める事に意味がある。


 ランス……っ! テメーを廃人にしてやるよ……。自身の命を代償に、そこそこの魔力を得る。

 それを全てヒズミさんの魔道具へつぎ込んで、増幅された俺の魔法効果が波の様にランスに襲いかかる。


「間抜けが」


 だが、ランスは人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて歩き出す。目には見えぬ魔法の力を、まるで風にそよぐ柳の葉の様にするりと躱し、一切の力みなく俺の背後を取った。


「これが……『瞬間臨地』だ。ペペロンチーノ……」


 ドズゥッ! と、俺の腹をランスの槍が貫く。俺は口から血反吐を吐き出して、しかし戦意は失わず死にかけの身体から殺意を振り絞ってランスの頭を掴む。


「これが……最後の、『心壁崩理界』だ……っ!」


 展開されていた魔法結界が収束し、ランスの頭部を覆う。局所展開による威力増加……! 感情を失え! ランスっ!


「お前の魔法結界なんぞ! なまっちょろいんだよぉっ!」


 と、ここまでふざけたところでやめた。死んで復活した俺はランスの隠れ家の秘密資産とランス自身を担保に店の修繕を依頼してから戻ってくる。


 戻ってきた俺を笑顔で出迎えるクソランスに俺は笑顔で借用書を突き渡す。ビリビリと破るランスに笑顔で言う。

 おいこらランス、物には限度ってもんがあるんだぞ。何歳だおのれは。


「まぁ、それは置いといて。俺の新技を見たいだろ?」


 さっき見たし……。


「あんなの、一部でしかない。あのクソオヤジを、やれるぜ……」


 ほんとかなぁ?

 ちょいちょいと無限が突いてくるのでそちらを向く。


「おい、店員の子達戸惑ってるけどなんとかしてやれよ」


 そうだな……。ちょうどいいから内装リニューアルといこう。

 ドカドカと入り込んでくる業者の方達。俺はテキパキと指示をしながら作業を進める。親方らしき人が近付いてきて、報酬の確認をしてきたのでランスを指差した。

 ついでに『千壁』印の借用書を渡す。俺は罪を適当に流しはしない。償わせてやるよ……ランス。



 *



 荒野に風が吹く。

 僅かな草が生えた大地に、ポツンと立つゴウカの姿があった。周りをキョロキョロと見て、近くにいた俺に話しかけてくる。


「ランスはどうした? 呼び出したのはアイツだが」


 手に果たし状を持ってゴウカはウキウキとしていた。だが、それを送った当の本人が約束の時間になってもこの場に現れない……。これは、あれだな。

 横にいるラングレイが戸惑いがちに俺に聞いてくる。


「あのさ、なんで俺はここにいるんだろう」


 ああ、そうだな。間違いなくランスの"策"だ。姑息なアイツが、正面からぶつかるわけがない。

 どこか近くに隠れる所はないか? 地面を掘って隠れているかもしれない。もしくは狙撃かな……? しかし奴に狙撃魔法なんてもの使えたかな?


「いや、違う。彼はどうでもいいんだ。俺だよ、なんで俺がここでゴウカ様の面倒を見なくてはいけない?」


 何しにきたの?


「知るか! モモカさんに連れて帰ってこいって言われたんだよ!」


 じゃあ自分で来たんじゃねーか。

 そうこう言っていると、馬に乗った集団が近くを通りかかる。馬車を牽いているが、行商人とかそんなのかなぁ?


「うーん。こう見るとやはり竜の方が圧倒的だな。馬なんて大したことない」


 でも一般的には、竜を操るのって難しいことなんでしょ? そう考えると、扱い易い馬の方が普及するわなぁ。

 しかし、割と色んな技術面が発展している癖に妙に中世ファンタジー感出してくるよね、この世界。まぁ、生き物に宿る界力ファルナがどうこうとか、便利な魔法があるせいで科学が発展しないとか色んな理由付けはあるんだろうが……。

 それでも違和感に感じる所が……。


「死ねぃっ!」


 勝手に行商人だと思っていた集団は盗賊みたいな連中だった。馬車の中からいかにも悪党ヅラの男達が出てきて武器を構えてゴウカに飛びかかる。

 馬に乗った奴らも武器を抜き放ち、凄い勢いでゴウカへ向かう。ギラリと眼光を鋭くしたゴウカが応戦する。

 描写をするのも面倒なくらい瞬殺だった。彼我の実力差を感じることができない連中だった様だ。


 しかしそんな中、舞い散るゴミどもの間をすり抜けるように迫る刃があった。ランスだ。肉壁を盾に隙間を縫ってゴウカへ猛襲する。

 だがもちろんゴウカは気付いている。その槍を拳一つで弾き、地面に崩れ落ちるゴミを足で避けながら構えた。ランスと向き合い、ニヤリと笑う。


「さぁ、新しい技とやらを……見せてみろ」

「……」


 しかし無言のランス。俺は嫌な予感がした。横のラングレイが息を飲む。


「アイツ、逃げるんじゃね?」


 逃げそうだな。明らかに重心が後ろに偏っている、戦う気にはどうも見えない。だが……何故、まだ走り去らない?


「……やれやれ、期待外れだな。逃がすつもりは」


 肌が震える。ゴウカから放たれた強烈な殺気は俺とラングレイの腰を抜かせるには余りある。ペタンと座り込んだ俺達の方は全く配慮する事なく、ゴウカはその闘気をランスに向けた。

 冷や汗を垂らすランスと、ゴウカの距離は一瞬で詰められた。瞬時に反応したランスが逃げ出そうとした方向……そちらへ回り込んで瞬間移動したゴウカ。

 遅れて破裂した、元々ゴウカが立っていた地面。同時に振るわれるゴウカの拳……!


『瞬間臨地・林……!』


 爆発に近いエネルギーの奔流……。思わず顔を腕で覆った俺が、腕を退けた後に見た光景は何と、ゴウカの拳が空を切り五体無事なランスの姿だった。


「い、いなした……」


 ラングレイが驚愕に顔を染める。

 嬉しそうに口角を歪めたゴウカが、目にも留まらぬ速さで足を上げ伸ばす。カカト落としだ!


「うおおおっ! 『瞬間臨地・山!』」


 ゴッ! と、文字に起こせば一文字だが、実際に周囲にかかる『圧』は筆舌に尽くしがたい。ゴウカのカカトを槍で受けたランス、そこを中心に衝撃波が周囲に迸る。

 一瞬遅れて、ランスの足が地面に割れ沈む。そこから伝搬した破壊の波が地面を、まるで湖に貼った氷を割るように剥がしていく。

 俺とラングレイは余波でコロリと転がった。


『瞬間臨地・火!』


 それ程の衝撃を受けて、しかし肉体が残したランスが逆にゴウカを押し返す。弾かれた様に吹っ飛んだゴウカが、着地した頃には既にそこにランスの姿はない。

 視線を変えると、物凄い勢いで走り去るランスくんの後ろ姿があった。


「才能の無駄遣いだなぁ」


 どうでも良さそうにラングレイが呟く。

 俺は、なにやら跪いているゴウカを見る。どうした? 追いかけないのか? そう言いながら近付いていって、俺はひょえっと変な声を出してしまう。

 ゴウカは跪いて、脇腹辺りを抑えている。そしてそこからは、少なくない血が滲み出していた。ま、まさか……ランスが?

 どこか、悔しげに笑うゴウカは小さく首を振った。


「いや、この傷自体はセンキの小僧にやられたものだが……しかし大したものよ、あの一瞬で的確にここを突き、かつ毒まで盛ってくるとはな」


 毒盛って逃げたの? アイツ……。俺はあまりの姑息さに、感心よりもはや呆れが来た。


「ふん、センキも逃し、ランスの奴も逃すとは……修行が足らんな。出直すとしよう」


 もう血が止まったらしく。盛られた毒もまるで意に介していないゴウカが元気そうに立ち上がった。

 ホッとしたラングレイの脇に竜のチャーミーが降り立ち、颯爽と乗り込む二人。


「ではな、ペペロンチーノ。しばらく自身の研鑽に精を出すとする。モモカとサトリにもよろしく頼むぞ」


 何をよろしくすればいいのかはわからないが、返事を待たずラングレイとゴウカは飛び去っていった。

 俺は、それをぼんやりと見上げながら周囲に転がる謎の盗賊? 紛いの連中を見下ろす。恐らくだが、ランスに何かしらを吹き込まれてゴウカを襲う羽目になったのだろう。

 もしかしたら、自身への私怨をゴウカへ向く様に誘導したのかもしれないな……。

 俺の脳裏に、高級ケーキと高級珈琲、ついでにレアな魔道具を貢いできたランスが浮かぶ。


 呻くかわいそうな人柱を椅子にして座り込み、俺は空を見上げた。ふぅ、と一息。いい加減、現実を見る事にする。



 え? 俺、置いてかれたよ?



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