第78話 理不尽な暴力、その連鎖
迷宮都市には、お約束というか慣例の様なものが存在する。
まず、探索者の第一歩はこの街に足を踏み入れることだ。すると、どうだろう。思った以上に栄えているし、どの国とも違う……独特な雰囲気がある。
それはそうだろう。この街では今まで自分を守り縛っていた『立場』が意味をなさない。生まれや外見、積み重ねた地位……その全てが。
残るのは、迷宮潜りの才能、そしてこれから積み重ねていく実績だけだ。
この空気を感じて、自分のこれからに思いを馳せる……これが第一歩。
第二歩目は、迷宮ギルドへの登録だろう。
迷宮ギルドとは、探索者の無駄な死を防ぐ為にあらゆる情報を共有し、それだけでなく競争も煽る。すなわち、迷宮都市の繁栄の為に作られた組織である。
探索者達は迷宮で手に入れた物を売却し金を得る……その手順を、迷宮ギルドが仲介する。そうすることで探索者達は複雑な事を考えず迷宮へ潜る事が可能になるのだ。
迷宮ギルドの建物内に入ると、まず新顔は注目を浴びる。中は食堂のようなものが併設しており、多くの探索者がいるのだ。そして、いけ好かないと判断されれば絡まれる。これが通過儀礼であり慣例のようなものだ。
探索者は刺激を求める。仮に、相手が何処かの国の王族だとしても、この街では何の意味もない。
故に、普段迷宮ギルドの中でだらだらと燻っている様なゴミ程よく絡む。
そう、今まさに目の前で起きている様に……。
「おおい、坊ちゃぁぁん、君の様なオシメも取れていない様な子がこんな所に来たら危ないよぉ〜」
ガシィッ! と、筋肉を見せびらかす様な服を着た女探索者が、少し頼りない線をした体躯の新人男探索者のケツを勢い良く掴む。
新人が慌てて横を見ると、そこにいるのは何と二メートル近い背丈の女だ。新人は大層驚いた様子で口をパクパクしている。
何故ならば、その腕一つとっても新人の腕より太く、逞しい……。見せつける腹筋は美しく均整のとれたエイトパック……。髪が少し痛んでいて枝毛が酷く、彫りが深く濃い顔立ちの女探索者が獰猛な笑みを浮かべた。
「どれ、私が助けてやろうじゃないか。どんな迷宮が良い、何遠慮するな……優しく、してやるよ……」
そう言いながら、新人を連れて何処ぞへと去って行く女探索者。こういうパターンの場合、誰も助け舟を出さない。
大体こんな事をする様な女探索者は腕が立つし、探索者は男の比率が多いので野郎を助ける趣味は無いのだ。
しかし、次にこんなパターンの場合は皆、嬉々として混ざろうとする。
「おい、テメェ……俺達を見下した目をしたな……?」
「ふん、そう見えたか? 洞察力だけはあるんだな」
若く、ギラギラとした新人が入ってくるなり周囲をジロリと見渡した。呆れた様に肩をすくめると、その様子を見ていた傷だらけの顔をした男探索者が立ち上がって胸ぐらを掴みに行く。
その時、何人かの探索者達の腰が浮いているのが確認できる。いつでも参戦できる様にだ。
もし、新人がその態度に見合った実力を持っていて男探索者を一蹴した時に追撃をかける為である。皆生意気な新人に泡を吹かせたくてしょうがないのだ。
そんな事をしている暇があれば、さっさと迷宮に潜れば良いのにと上位の探索者は言う。しかし上位の探索者とはすなわち迷宮に魅入られし者……そうはなりたくないから、暇を持て余している奴らが新人いびりの様な事をする。
「好きだなー、コイツらほんとに」
俺と同じテーブルに座っている無限がタピオカミルクティーを飲みながらどうでも良さそうに言った。
俺も、キャラメルフラペチーノを飲みながら同意する。
暇人の極み……ほんとゴミ溜めだよ、ココ。
一触即発の新人と男探索者、ピリピリとした空気に周りのボルテージも自然と上がっていく……。
その二人の間を、わざわざ通る奴がいた。胸倉を掴む腕ごとグイグイ押し通ろうとする青い髪をした槍使い……そう、『堕槍』のランスである。
あまりの鬱陶しさに観念したのか、掴んでいた手を離し、標的を変える男探索者。
「てめぇっ! ランス! 何のつもりだ!」
「ああーん? つもりも何も、邪魔なんだよゴミ共。何故俺様がゴミを避けて歩かにゃならん」
シレッとした顔で言ってのけたランスに、男探索者と新人が揃って青筋を立てた。いい加減、苛立ちが頂点まで募ってきたのか腰の剣を抜き放つ新人。
周囲がざわつく。やるのか、刃傷沙汰になるまで……! 待ってましたとランスの眼光が鋭くなる。
『双星激突……!』
直後にランスの槍が二人を吹き飛ばした。うめき声をあげながら地面を滑って行く二人……。ランスは一撃でもって、二人の男をのしてみせた。
しかし彼に対してかかるのは怨嗟の罵倒のみだった。
「くそっ! やられちまえばよかったのに!」
「かーっ! 新人のやつも情けねぇっ!」
溢れんばかりの罵倒を受け、気分を良くしたランスが転がる新人の元へ歩いて行く。
「くっ……」
ガッ! と、悔しげに呻く新人の頭を踏みつけてランスくんはゴミを見るような瞳で見下ろした。こらえきれない笑みがランスの口から漏れ、口角をこれでもかと引き上げる。
それはさておき、迷宮ギルド内にまた新たな来客があった。白髪混じりのとてつもない毛量の髪をなびかせ、ゴウカは騒ぎの渦中にあるランスくんを見つける。
「その程度の実力で……この街でやっていけると思ってんのかぁ? 出直してこ……!」
ぶわっと、ランスくん……の巻き添えにギルド内全ての人間が冷や汗を噴き出す。その中で直に『闘志』を浴びたランスくんが顔を引きつらせ、逃げる為に地面を強く蹴ろうとした所で肩を掴まれた。
あまりの速さに、俺を含め他の連中も目が追いつけなかった。入り口近くの床はジュウジュウと焼け焦げて煙を立てている。
「ランスではないか」
凄絶な笑みを浮かべたゴウカが嬉しそうにそう言った。ギリギリと、掴むランスの肩が悲鳴を上げている。
引きつった声を漏らしたランスくんが情けない顔で振り返った。
「ああ、こりゃ、どうも……ゴウカさんでしたかね?」
ランスの目が鋭くなった。瞬時に身をよじらせて服を脱ぎ捨てる事でゴウカの拘束から逃れる。
地面を滑りながら上半身裸で槍を構え、咆哮を上げた。
『屠竜殺・滅突!!』
俺の見たことのない技だ……! 凄まじい闘気を凝縮させ、破裂寸前を思わせる身体が急加速してゴウカに槍を突き出した……!
しかし、その刃は虚しくもゴウカに掴み取られてしまう。素手で槍を掴める理屈は分からないが、外から見ている限り大したダメージは与えられて……。ランスの目は、死んでいない……!?
ゴウカの、槍を掴む手が発光している。それは凝縮され、体内に送り込まれた魔力の奔流……! やがてゴウカの身体中、穴という穴から魔力の輝きが漏れ始める……!
「ぬ、ぬぉぉ!」
ゴウカは思わず槍を手放し、自身を見た。直後に距離を取ったランスが腰に槍を構える。追撃……!?
「ヌゥンッ!」
気合い一発。ゴウカが吠えて全てを吹き飛ばす。体内に送り込んだ魔力は霧散した。だが、そうなる事を見越していたのか、油断をしていなかったランスの追撃が迫る。
『爆閃突・極!』
ランスの全力。滅多に見せない、まさに必殺技と言える威力を秘めた一撃だ。
『竜戦哮!』
しかし、ゴウカが両手を突き出して謎の竜頭型衝撃波を出すと、まるで自動車に轢かれる様にランスは吹き飛んでいった。
錐揉み回転して、木の床を突き破り上半身が突き刺さる。惨敗であった。そんな彼の元に、普段から恨みを募らせている探索者達が武器を構えて飛びかかる……!
もちろんそんな闘志盛り盛りの連中をゴウカが見逃すわけがない。ランスの近くに瞬間移動して、襲い来る刺客達に向けて拳を構えた。
皆が、いやあんたではないという顔をしたが手遅れだった。数秒後にはランスくんと同じく床に突き刺さる。
俺のテーブルに座ったゴウカがにこやかに言う。
「息災であったか、ペペロンチーノ。おや、そこのお嬢さんは友達かな? どうも、ペペロンチーノをよろしく」
「いえいえ、おじさん強いっすねー」
目の前で握手する二人を見ながら俺はズコズコとキャラメルフラペチーノを飲みきってテーブルに置く。
「この子は迷惑をかけるだろう。昔から、手のかかる子でな」
「まぁ正直そうすっねー」
俺はテーブルをトン、と叩いて言う。
いやだから、お前は俺の親父かっ! 昔からってまだ数年の付き合いだろうがっ! 無限もテメェ、適当に流すな!
「いや、もうめんどいオーラがひしひしと出てる。お前の知り合いって大体そう」
お前もその知り合いの一人なんだよな。
ところでゴウカよ、突然こんな所に何の用なんだ?
俺の言葉を聞いて、ゴウカは一つ頷いて言う。
「そう、それだ。サトリから聞いたのだ……ここに、センキがいると」
まぁ、うん。俺は曖昧に頷く。いるっちゃいるが……。何故?
「何故も何も、モモカにサトリ、二人を捨てていったあの男と決着をつけねばならん」
めんどいオーラがひしひしと出ている。俺はメモに『千壁』の家までの地図を書いてゴウカに渡す。
「ほぉ、ここに居るやつに聞けば、居場所が分かるんだな? 助かった、今度は土産を持ってくる」
いや、しばらく来なくていいぞ。そうしてゴウカは去っていった。奴が出ていってから荒らされたギルド内の清掃が始まり、賠償責任は誰にあるのかという話になる。
何故か俺の名前が上がるので猛抗議していると、床に刺さっていたランス君がようやく起き上がった。
スポリと上半身を抜いて、キョロキョロしているとゴウカ騒動前にボコられていた新入りが隙ありと言わんばかりに襲いかかる。
それを躱し、ついでに腹パン。顎フック。かかと落としを決めて憂さ晴らしをするランスくん。新入りが何をしたというのか。
不意打ちをしようとしていたが元はと言えばランスから喧嘩を売りにいっている。
頭を抱え、床に膝をついてランスは叫ぶ。
「くそっ! くそっ! 悔しい……悔しいっ……! あのクソオヤジが……っ。許せねぇ、何故……俺がこんな目に合わなければいけない!」
日頃の行いではないだろうか。
俺だけでなくまわりの人間全員の心が一致した。ゴウカにボコられたのを見て、溜飲が下がったのかランスを見る皆の瞳は少しだけ優しい。
「アイツを、倒したい……! このままでは終われない……っ!」
ギリ……と、強く歯を食いしばるランス。余程屈辱的だったのだろう。この男は分が悪くなるとすぐに逃げ出す為、実は負けに慣れていない……のかな?
大勢の目の前でボコられた事が彼のプライドを傷つけたのだろうか。俺は普段の逃げ回っている姿の方が余程みっともないと思うが、これは個人の感性の違いだ。
おもむろに立ち上がるランス。つい、どうしたと聞いてしまう。少しだけ振り向いてランスは言う。
「修行に出る。奴を倒す、必殺技を会得するぜ」
あぁ、そう。
俺は興味をなくした。だが、違う奴が食いついてしまう。無限だ。ハイハーイと、手をピンと伸ばして言う。
「なら、私がいい師匠を紹介してやるよ」
「なんだと? ぺぺの友人か……いや、背に腹はかえられん」
何故俺の友人だと背に腹が変えられなくなるのかな?
なんだかナチュラルに俺の事をディスってくる奴が多い事多い事。打倒ゴウカの、ランスくん修行編が始まろうとしていた。
*
ってわけなんだけど、あのランスがゴウカに勝てると思う?
何処かへ行ってしまった無限とランス。暇を持て余した俺はヒズミさんの店に行ってお茶をしていた。
気怠そうにお茶を啜り、ヒズミさんが答える。
「無理だろうな。流石に相手が悪い。まぁ私にとってはどちらも木っ端だが」
だよな。ランスも強い方なんだろうが、俺の見立てならば、ゴウカはこの世界でもトップ層だろう。残念だがランスはその領域には達していない様に思える。
『流仙峡』とかいうとこに行くとか行ってたけど、行ってどうなるのやら。
「流仙峡だと……!?」
俺の言葉を聞いて、目を見開くヒズミさん。俺は戸惑い、聞く。
な、何かあるのか? その『流仙峡』とやらには。
「いや、しかし……まさかな」
ええい……! 勿体ぶるな!
焦らせてくるヒズミさんに対して俺は吠えた。すると、真剣な瞳を見せてくる。顎を軽く摩り、神妙な顔つきで口を開く。
「もしかしたら、あるかもしれん……ランスが、あの技を習得したならば」
あ、あの技……だと? それは一体!?
遠くで雷鳴が聞こえる。窓を叩く雨が、やけに耳に残った。
「『流仙峡』には仙人が住み、独特な武術を扱う。そして、その極意を持ってすれば、あのランスでもゴウカを地に沈める事が可能だろう」
ゴクリ、と俺の喉が上下に動く。
「その名も、『瞬間臨地』。かつて、神に挑んだ人間が扱った武術、その相伝だ」
なんかスケールデケェな?




