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第77話 撒かれる布石


 もう、俺はダメだ。置いていってくれ……ここから先には進めそうにない。


 ガクリと俺の首が折れるように力を失った。そんな俺を抱きかかえて、ラングレイが半泣きで叫ぶ。


「いい加減にしろ……っ! お前脆すぎるんだよぉーっ!」


 そんな事言われても……。俺はプルプルと答える。俺達プレイヤーをこんなに弱く作った何者かに言って……。


 そんな俺達を遠巻きに見ているランスくんとサトリが困った様に頭を抱えていた。


「おい、どうしてもアイツを連れて行かなきゃならんのか」

「それが一番のお仕置きなんですよ。あの足手まといを連れて高難度迷宮なんて潜れるわけがない。くそ……っ! あのデブがっ!」


 怒りのあまり頭を掻き毟るランスくん。高難度の迷宮は足を踏み入れるだけで無差別継続ダメージを与えてくる様な所が多い。

 つまり、プレイヤーの様なクソ雑魚が入れば一瞬で死ぬ。


 ということで、作戦会議をする為にプレイヤーを即殺する環境効果がない所で輪を作った。一緒に連れてきた竜のチャーミーは暇そうに欠伸をしている。

 俺は言う。


「あのデブを殺そう」

「賛成」


 ランスくんの答えは早かった。しかし、他の二名の答えは芳しくない。


「迷宮都市のトップスリーの一人なんだろ? 噂だけは聞く。勝てるのか……? サトリ様もいるとはいえ」

「おい待てラングレイ。何故その殺人計画に私が勝手に入ってるんだ」


 えー? でもあんた龍華の王様なんだし、強いやつと戦いたくないのぉ?

 俺が目をクリクリとさせて聞くと、サトリは何だか複雑そうな顔をして思案した。


「うーん。なんて言うかなぁ」


 言い淀んでいる。珍しい。

 ランスくんが懐から紙束を取り出して広げた。突然の行動に俺達が目を丸くしていると、決意をした瞳でランスくんは言う。


「俺が独自に調べた奴と奴の側近達の能力、そしてそれを考慮した殺人計画は百に及ぶ。サトリ姐さんに加え、更にモモカの姐さんも加われば……れる」


 真剣な眼差しだった。こいつと知り合って数年、ここまで真剣な眼を俺は見た事があっただろうか。

 俺はランスの中に強い覚悟を見た。それに負けないくらい強く頷き、ランスの手を取る。

 ああ……! あのクソデブをぶっ殺そう!


「だからお前らの展開は早いんだって! ちょっと待て、まだサトリ様が喋り終わってないだろ!?」

「『千壁』と言う名の由来は、奴が数え切れぬ程の魔法を自在に操るからだ。壁とはそのまま奴の扱う魔法の比喩。その中でも、大地を操る魔法に関して俺は奴以上のものを見た事がない」


 大丈夫、ヒズミさんがやべえ魔法使ってんの俺は見た事がある。街レベルで地面が剥がれてたぜ。


「まじ? ならアイツも大した事ないんじゃね?」

「本当に話聞かないなこいつら」


 なんとかヒズミさんを味方に引き入れたいが、そう上手くは行かないだろうな。


「なんかヤベェ魔道具転がってねぇかな。今度パクりに行こうぜ」


 いいねいいねー。今あの人弱ってるし、チャンスだぜチャンス。


「迷宮都市には深入りするな。これは龍華の王に代々と受け継がれる……まぁ忠告みたいなものだ」


 サトリが騒ぐ俺達を無視して話を始めた。


「これはうちの国だけじゃない。他所様の国でも、そこを治める者が知っておかなければいけない……」

「ヒズミさんの魔法結界って、妨害特化なんだよな。だからよ、魔法全てを阻害する的な魔道具を作っていても不思議じゃあない」


 確かに、『迷狂惑乱界』とか最たる例だよな。あとだいぶ前に、なんか黒い触手をわらわら出すのも見たけどアレも多分……。

 バチバチっと、俺とランスくんは電撃を食らった。


「まぁ、正直こうして迷宮に来ている時点でダメなんだけどな、何でか分かるかランス」

「何でですかね? 迷宮には試練が多い、力をつけるには最適な場所だ。一国の王になるならば暗殺者にも負けぬ肉体が必要……いくら強くても問題はないはずですよね」


 逆立った青髪から静電気を迸らせてランスくんがキリッとした顔で答えた。少し焦げて同じく逆立った緑髪から静電気を以下略……。

 サトリよ、少しだけ聞きたいんだけど……もしかして迷宮に惹かれていないか?

 俺は、ダメ元で迷宮潜りに行かないかと誘った時に即答で行くと答えたサトリの姿を回想した。


 俺のその問いに、サトリは一度瞑目する。カッと見開き、大きく頷く。


「別の迷宮も攻略したい」


 ヤバイことになったな。

 俺とランスは目を見合わせた。ラングレイが俺の胸倉を掴んで揺さぶる。


「お、おまっ! お前! どうすんだよ! どうする!? リトリ様の胃に穴が開くぞ!?」


 なるほどなぁ。こういう事になるから迷宮都市には関わっちゃいけないのかな? まるで違法薬物のような土地だ。


「内在する界力ファルナが多いほど、迷宮に囚われる。その引力をどうにかしたければ、まずは近付かないことだ……山脈に行けば、その引力から遠ざける事が出来る」


 一緒に輪を組んでいた『仙鬼』がポツポツと語る。成る程な、俺は頷いた。山脈とは竜山脈のことだろう。あそこには強大な力を持った竜が多い、それが理由だな?

 仙鬼は小さく頷いた。


「そうだ。特にサトリは、王家の血脈ではないから迷宮の引力に彼らより惹かれ易い。モモカなら、こうはならないのだが」


 へー。あの国に王家とかあったんだ。俺は素直に感心した。強い奴が王になってるとか聞いた気がするんだけどなぁ? 俺の疑問にも、彼はすぐに答えてくれる。


「王家とは龍の直系、当然能力も高い。故に、サトリがモモカに勝つまでは同じ血族の者達が上に立ってきた」


 龍ねぇ……。俺は腕を組み、少し思案してからランスくんを見た。目を閉じて腕を組んでいる。成る程な、俺に任せた……そういうつもりだな?

 俺はそろそろ覚悟を決めた。テメぇ仙鬼さぁん……。

 しかし満を持してのツッコミを妨害する存在があった。


「センキぃっ!」


 進路上にいた俺を吹き飛ばす勢いでサトリが仙鬼に抱き着いた。ひっくり返った俺をランスが起こしてくれる。起きてすぐ目に入ったのは、今までにないほど顔を緩ませて『仙鬼』と呼ばれる男の胸に頬ずりをする金髪ロリの姿だった。

 俺はラングレイを見る。無言で首を振った。


「久しぶりだな、サトリ。君の界力ファルナを感じたものだから、様子を見に来てしまったよ」

「えー? ずっと、どこに行ってるのかと思ったら迷宮都市にいたんだなっ!」


 仙鬼は、端正な顔立ちにクソ長い黒髪の男で、身長も高い。そしてかなり若々しい見た目だ。よく分からん毛皮や鎧で武装しているが、その隙間や鎧の上からでもその身体がガチガチに鍛えられているのが分かる。

 そして、その男の腕の中で発情したメスのような顔で媚びまくる龍華王の姿に、彼女の部下であるラングレイは大層困った顔をしていた。


 俺は目頭を押さえた。

 おい。

 俺はイチャイチャしている二人に意を決して話しかける。事情を説明しろ。


「ん? ああ、センキはカトリとリトリの父親だよっ!」


 見た目相応の満面の笑みを浮かべて、シレッと爆弾発言をするサトリ。ちらりと俺はラングレイの方を見てから、サトリの方へ向き直る。

 お、おい。カトリの名前を聞いてラングレイの目が丸くなっているが、あの、俺その辺の事情よく分かんないけど、え? 良いの? それ言っていいの?


「ん? ああ、え? 駄目だっけ。別にカトリとは縁を切ったわけじゃないし」


 いや、駄目かどうか俺知らない。二人が兄弟だっての、何となく察してたけどさ。ずっと触れてなかったのね。龍華って権力争いとかどうなってんのかよく分かんないし。


「私も分からん」


 そういうの担当はリトリくんだもんね。で? どうなのラングレイ。俺が話を振ると、ラングレイはやけに落ち着いた顔で頷いた。


「まぁ……ずっと父親不明で、それが理由で色々荒れた時期もあったし、もう一人息子が居たなんて俺は知らないし、今も俺は何も聞いてないしなっ!」


 流石だぜラングレイ。不都合を見てない事にする技術に関してはお前の右に出るものはいないなっ! だから厄介事押し付けられんだよ! カトリにも会ったことあんだぞお前はっ!

 しかしラングレイは、俺は知らないの一点張りだった。首をいやいやと振り、関わりたくないですと諸手を挙げる。


「ぺぺ。よく分かんねーけど要件済ませておこうぜ」


 自分の不利益が絡んでくる事柄には冷静なランスくんがそう言うので、俺は懐から取り出した謎の箱を取り出して仙鬼の前で開ける。

 この箱には、よく分からない呪いがかけられており、俺以外には開けられないのだ。だから俺がこの男の目の前に立つ必要があった。

 そしてそれは困難な道だと思われていたが、なにやら予想外の展開で何とかなった。


「これは?」


 仙鬼が穏やかな顔で聞いてくる。

 千壁の奴からお前宛だ。箱には、指輪の様なものが収められていた。

 早く取れ、と。俺は急かす。この指輪は仙鬼以外持てないらしい。理由はよく分からないが、少なくとも俺はこの指輪を持った瞬間に絶命したので、その様子を見たランスくんは指輪だけを持って仙鬼を探しに行くことをやめた。

 まぁ、これが俺を連れて行かなければいけなかった理由というわけだ。

 つまり、要約すると嫌がらせである。


「ああ、ローズマリーは流石の仕事をする。ありがとう」


 ひょいっと指輪を取り、それをまじまじと見つめながら仙鬼は指にはめる。


「これで、攻略が捗りそうだ」


 迷宮の話だろう。

 まるで途方も無い夢を語るバンドマンに惚れ込む女の様な顔をしたサトリが手を組んで猫なで声を出した。


「センキ、久しぶりに会ったんだし、たまには龍華に来ないか?」


 その誘いに、しかし仙鬼は頷かなかった。


「もう、あの国にある迷宮は攻略済みだからね」


 あの国にもあるんだ……。俺はぼんやりとそう思った。へぇ、迷宮都市だけじゃないんだな……。そう呟くと、仙鬼の深淵を覗く瞳が俺を見る。


「この街の迷宮とは、また違うものがね」


 俺の方をジッと見つめながら仙鬼がそう言った。ニコリと笑顔を返す。こっち見んな。


「じゃあ、もうこれから一生来てくれないじゃないかっ!」


 サトリが拗ねた子供の様に言う。ラングレイが「何で自国の王様のこんな姿を俺は見ているんだ?」と切ない嘆きを呟いている。

 仙鬼はニコリと笑って、サトリの頭に手を置いた。


「ごめんよ。俺は、目指さなければいけない所があるから」


 遠く、高い空よりも上にある何かを見て、仙鬼は言う。


「未だ、届きそうにはないけれど」


 どこか憂いを帯びたその姿を見て、目をハート型にさせた幻覚を周りに見せる勢いでサトリが魅了された。


「カッコいい……」


 どこが?

 俺は心底から不思議だったし、やっぱり『千壁』と同じでなんか気持ち悪いので早く帰りたかった。

 ランスくんも同じなのか、こちらに背を向けてそわそわしている。ラングレイに至っては剣の手入れを始めた。


「時にプレイヤーの君」


 突然話しかけられてドキッとした。話しかけんなよと言いかけて口を閉ざし続きを待つ。


「いつか、『君達』とは"そこ"で会うかもしれないね」


 そう、意味深な事だけを残して彼は去っていった。

 その背中を、寂しげに見つめるサトリが印象的だった。基本的に彼女は男に対して強気な姿勢だし、あんな媚びた態度をとるタイプではなかったが……。

 俺はどこか見てはいけないものを見てしまった様な気持ちになって目を逸らした。



 *



「え? 渡せた、だって?」


『千壁』が驚いた顔をする。まるで出来ると思っていなかったという面だ。俺とランスくんはニヤニヤとした。


「あんまり俺達を舐めるんじゃねーぞ」


 そうだそうだ! 楽勝だったぜ!


「まさか、奴の元嫁を連れてくるとは……驚かせてくれるよ、アンタ達は。いや、それで気まぐれに奴が現れるとはね。なんだか負けた気分だよ」


 パチン! と『千壁』が指を鳴らした。

 すると、別の部屋に繋がるカーテンの向こうから檻が転がされてくる。檻……? 中には見慣れたゴミ雑巾が入っていた。


「仕方がない。アンタ達の豪運を認めて……コイツも解放してあげようじゃないか」


 ガチャリと檻の扉が開き、中からクソ狼獣人が出てくる。クソ狼獣人は感極まったと涙を零した。


「アリガトウ……お前タチの事ヲ、オレは侮ってイタ」

「ふん、意表を突かれたのは久しぶりだよ」


 俺とランスくんは、顔を合わせる。そして千壁の方へ向き直り、満面の笑みを浮かべた。


「別にそいつは解放しなくていいです」



 *



 聖公国の大聖堂、少し前に破壊され尽くしたはずのその建物は、まるで何事も無かったかのように元の姿を取り戻していた。


 女神像に祈りを捧げる聖女の背に、異端審問官の長であるロードギルが声を掛けた。跪き、少し下方を向きながらよく通る声を張る。


「聖女様。魔王軍の動きが活発になってきております。『聖剣』の勇者を選定する時がきたのではないでしょうか」


 その言葉に、壁を背にもたれていた謎の巨漢が下品な笑い声を響かせる。


「何がおかしい」


 その男に対し、心底から苛立った声を出すロードギル。巨漢は肩を竦めた。


「いや、なに。まだそんな茶番をしているのかと思ってな」

『何が言いたい』


 巨漢の言葉に反応したのは、ロードギルでなく天から降りてきた『聖剣』であった。ゆっくりと、聖女の頭上に位置取り停止する。


『レックス、お前もヒズミも、一体何を考えている』

「くはははっ。あの女と俺を一緒にするな、俺はただ……」


 どう猛な獣の様な笑みを浮かべ、巨漢レックスは言う。


「俺が楽しみたいだけだ」



 薄っすらと、開いた瞳で聖女はそれを見つめていた。ロードギルは、ただ心配そうな瞳を聖女に向けている。



 *



「さぁ、困ったね」


 魔王領の、寂れた土地。住む者が居ないのに、立ち並ぶ家屋。

 そこを根城にしていたプレイヤー・ポラリスは椅子に腰掛けて手を組んだ。

 目の前に立つ、桃色髪に角を生やした……魔王と呼ばれる存在を見上げる様にして、首を少し傾けた。

 魔王は片手でk子を掴んで引きずっており、彼女の右手の甲にある『聖痕』の光が徐々に弱まっていく。

 やがてその光が消え去ると、魔王はその手を離してK子が床に落ちる。


「返してもらっただけですから」


 ガシャン! と、窓を突き破って入ってきたキリエがその勢いで魔王に斬りかかる。その双剣に、指一本立てて魔王は応戦する。

 剣先を、ちょいと押すだけでキリエはバランスを崩して壁に叩きつけられる。ステータスに差がありすぎるのだ。


「おや、そこにいるのはレッドさんではないですか」


 キリエを一蹴した魔王は、ポラリスの足元に寝転がる赤い髪の男を見て驚く。だが、彼はまるで死んでいるかの様に身動ぎ一つしない。


「プレイヤーさん達は不思議ですねぇ。仲間割れですか?」

「そういうわけではないよ、魔王様は一体何が目的で?」


 チラリと、床に転がるk子を見る魔王。


「先程も言いましたが、ただ私の界力ファルナを取り戻しにきただけですよ。ぺぺちゃんには感謝しないといけませんね、今までは貴方達プレイヤーへの干渉権がありませんでしたから」

「ああ、なるほど。では、あとは、ぽてぽちの分も徴収しよう……ということですか」


 ぽてぽちは今、シロエと遊んでいるはずだ。そう考えながらポラリスが聞くと、魔王は首を小さく振る。


「いえ、今日はこの辺りにしておきましょう。充分です。後はヒズミさんの進捗次第と言った所ですか」


 魔王の口から出た言葉に、ポラリスは眉をひそめる。


「魔女……ですか。貴方達この世界の『人間』は、一体プレイヤーを使って何がしたいんです」


 どこか、怒気をはらんだ声色だった。

 その問いに対し、唇に指を当てて少し微笑んだ魔王は、ジッと彼を見る。


「私も、ヒズミさんも……ずっと昔から、やりたい事があるんですよ」


 ポラリスは強張らせた顔のまま続きを待つ。

 くるりと、踵を返して頭上に指を立て、魔王は言う。


「引きずり落とすんです」


 天を衝く、その指は一体何を意味するのか。


 ポラリスにはまだ、分かるはずもなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] いきなり人数増えて話に混ざってるとかホラー過ぎる。 そしてサトリ様が元嫁とか言われちゃうの可哀そう、 いや別に可哀そうじゃないか? 魔王様がプレイヤーに手を出せるようになったのは、 配下…
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