第76話 迷宮人探しツアー探索パーティ集め
ヒズミさんちーっす!
バコーン、と。とある魔道具店の扉を勢い良く開け放ち俺は叫んだ。俺の声を聞いて、薄暗い店内でモソモソと動く影。
「チッ…………。うざいやつが来た」
カウンターの向こうからひょこりと顔を出したのはやはりと言うべきか、まぁこの人の店だから当然なのだがヒズミさんだった。
長い茶髪を頂点で雑に結んで、顔中にヒビ割れを作った疲れた顔のヒズミさんは俺の後ろに立つランスを見て更に顔を歪めた。
「ランスまで居るのか」
「そんなつれないこと言わないでくださいよー」
強い奴にはとことん下手に出るランスくんがきしょい猫なで声を出したので俺は冷めた視線を送る。
ヨロヨロとカウンターから外に出てくるヒズミさんの、露出した手をジロリと見る。手の皮膚にもヒビ割れの様なものが……。この人弱ってんな? 俺は内心ほくそ笑む。横のランスくんも口には出さないが、視線はヒビを舐め回す様に忙しない。
「言っておくが、この状態でもお前ら二人を捻ることなど容易いからな」
どうやら俺とランスくんの考えることなどお見通しらしい。しかし、『千壁』とかいうクソデブと違ってこの人は割と常人的な精神に近い。
ヒズミさんの威圧など、あのクソデブに比べると優しさに溢れているという事だ。ほっこりとした顔を浮かべる俺達に、ヒズミさんはドン引きした。
「きしょ……。なんなのお前ら」
ため息を吐いてカウンターにもたれるヒズミさんは本気で体調が悪そうだ。多分だが、この前の聖公国の一件だろう。
そういえばあの後どうなったの? てかあんな宗教国家をめちゃくちゃにして大丈夫なわけ?
「あの国とあの土地は特別だ。今頃もう、元に戻っている」
へ、へぇ。元に、ね。なんかまた複雑な事情が絡んでそうだな……。深入りはまずいか?
「……? ああ、聖公国で暴れたのって魔王じゃなくてヒズミさんなのか」
ランスくんは悪事の為にか頭の回転が速い。俺とヒズミさんの会話から真相に辿り着いた。世間では魔王が現れたと言われているが……いや実際近くに居たけど。
暴れたのは、ヒズミさんと謎のマッチョだ。
「あそこは、『叛乱迷宮』の影響下にありますしね」
やべえぞ。今度はランスくんの口からわけわからんワードが出てきた。俺達プレイヤーは、まだまだこの世界の事について知らない事が多い。
いや、誰かは知っていて掲示板を漁れば出てくる情報かも知れないが、便利な機能とは大体使いきれないものなのだ。
それでもヒズミさんの口から出る情報は、この世界の住人ですら知っているか分からないものが多い気もするが。
「『叛乱迷宮』ってのは、一番の難易度を誇ると言われている塔型の迷宮で、一部の変態を除いて挑もうという気すら起きない様な所だ」
なんでも、とランスは続ける。
「登りきったら、『神様』とやらに挑戦できるらしい」
へぇ。俺はどうでも良いので相槌だけ打った。
「……ランス、お前は挑まないのか」
「え、嫌ですよあんなとこ。あ……でも『仙鬼』があそこにいたらどうすっかな」
複雑そうな顔のヒズミさんと嫌そうに顔を歪めるランスくん。まぁ、俺には何百年……いや生きている限り縁がない場所だろうなぁ。
仙鬼ね、うんうん。それでヒズミさぁん、ちょっくら龍華まで連れて行ってほしいんだけど?
「お前ら、私のことを便利な道具だと思ってないか?」
呆れ顔のヒズミさんだが、俺は言い返す。
それはあんたもだろー。俺だって流石に気付いてんだぞ! プレイヤーの中でも俺って特殊な個体になってきたなって。それってきっとヒズミさんに改造されてんだなって。
「まぁ、そうだけど」
悪びれもしないヒズミさん。例え俺を改造する事によって俺が苦しむ事になっても、別にどうでもいいやと言いたげな顔だ。酷すぎる、扱いが悪い。
よよよ、と泣き真似する俺を、表情を変えずに見るヒズミさん。
「ふん、むしろ感謝してもらいたいね。お前の大好きな魔法が使えるのも、私のおかげってわけだ」
やはりそうなのか、まぁそれはどうでもいいから龍華に連れてってよー。
泣き真似をやめてニコニコと俺はヒズミさんを指差し、感情を揺さぶる。人間にとって感情とは、斬っても離せぬ生きる糧とは俺の持論だ。
夜寝ている時に耳元で羽音を響かせてくる虫に対してするような顔を俺にしたヒズミさんが指を一振りした。
俺の首にかけた懐中時計から魔法陣が湧き出てくる。やがて俺とランスくんを入れる程の大きさになると強く発光して、その光が晴れる頃には俺とランスくんの身体は龍華王国まで飛んでいた。
「……転移魔法ってさ、伝説級の代物なんだぜ」
やっぱやべーぜあの人、と続けるランスくん。だがもはや慣れっこだし、この世界の基準を現地人ほど分かっていない俺は特に気にせずズンズン進む。
「何とかあの人を言いくるめて、旅行会社を立ち上げられないものか……」
ランスくんがボソボソと何かを言っているので思わず反応してしまう。
それはダメだ。アイツは気まぐれが過ぎる。そしてよく考えてみろ、この龍華で魔女と呼ばれている様な奴だぞ? 都合良く力を使わせてくれると思うか? メリットを提示して契約したとしてもその時の気分で反故にするだろう。信用ならんという事だ。
「凄い説得力だな」
だろ? 案外アイツとの付き合いは長いからな。
「ああ、実例が目の前にいるしな」
実例……? お前はたまに良くわからんことを言う。それはさておき、何だか街の様子がおかしい……。
「そうなのか? 俺はよく分からんが」
ああ……。俺は神妙に頷き周囲を見た。
特に多いのが若い男だが、そいつらから発せられる闘気……なんというか血に、飢えている。他にも露天の様なものをやっているおっさんが、ダンベルを上下させながら道行く人々を射殺す様な目で見ていたり。
大きな胸を張り威風堂々と歩く眼光の鋭い女傑みたいな買い物帰りのお母さんが居たり、少し路地裏を見ると路上戦闘に興じる若者達。
いや普段からもよく見られる光景ではあるが、こんな街にいるだけで皮膚がピリピリする程血気盛んだった事などなかった。
「あんた達旅行に来たのかい? だったら驚いたろう、なんたって今の龍華は戦時中の空気そのもの……なんせ、国王様が魔王領へ攻め入ると直々に宣言したわけだからな」
その辺でリンゴを食っているおっさんが解説してくれた。迷宮都市の奴らは迷宮第一なのであまり実感がないが、一応今の世界情勢は魔王軍が各地に攻めてきて人々は恐怖に陥っているとかそんな感じなのだ。
俺の行動範囲である迷宮都市は先程言った通り世捨て人ばかりだし、龍華に至っては普通の街人が戦る気満々と国全体が好戦的なので、俺の認識も毒されてきている。
魔王とは恐怖の象徴……今も、世界のどこかで悲しみに暮れている人達がいる。
まぁそれは置いといて、リンゴのおっさんは他にも用事があるらしい。
「ところで、お兄さん達に良いものがあるんだ」
ゴソゴソとおっさんはカバンから何かを取り出す。ずいっと出されたのは、謎の石がついたネックレスだった。
「これを付けているだけでね、魔物……魔族ですら近寄ってこないんだ。聖公国の総本山、そこで取れる希少な聖結晶と呼ばれる石から削り出したレアな一品だよ。旅行するのにピッタリだね。それもそのはず、なんと、高名な神官が施した高度な魔除け術式があるんですねー。ほら、これなんか利用者の口コミなんだけど、高評価ばかりでしょ? これね、個人差はあるけど……」
バッ! と未だベラベラと喋るおっさんからネックレスを奪い取るランスくん。それを掲げて、ジロジロと見る。
「何が希少な石だぁ? こんなもん、希少ですらない……その辺でパワーストーンだとかなんとかで売ってるようなもんと大差ねぇぜ?」
流石の目利きだった。金目の物にはうるさいランスくんにとって、鉱石類の目利きは当然の如く身につけている技能。チャチな詐欺になど引っかかるわけがない。
俺は指輪に刻まれた念動術式によりそのおっさんに不可視の鼻フックを仕掛けた。フガッと豚みたいな顔をするおっさんにランスくんが凄む。
「おい、俺達を馬鹿にしてんのか? 騙したいならもっとうまくやりな」
一発腹に膝を入れて、おっさんを地面へ崩れ落としたランスくんが踵を返して歩き出す。ぺっと俺は唾をおっさんに吐きかけてその後を追う。
前を行くランスくんがちゃっかりとネックレスをパクっているのを見て俺は戦慄した。この男のクズっぷりには敵わないな……。『堕槍』の二つ名は伊達ではない。
「まてっ! 貴様ら!」
ニヤニヤと歩く俺達を背中から呼び止める声があった。高い、女の声だ。くるりと俺達が同時に振り返ると、先程崩れ落ちたおっさんの側に何者かが立っていた。
軽鎧を着た女だ、その鎧は何処かで見たことがある……急所を最小限に金属で隠し、後は動きやすいが丈夫な布で作られた機能的な龍華の騎士が着込む制服だ。
肩くらいまである髪をおさげにして結んでいて、まだ十代後半かと思わせる顔つきの少女だった。中々器量は悪くない。派手目な顔つきではないが、その方が良いという男は多くいる。
生真面目そうに吊り上がった目は俺達、特にランスを強く睨みつけている。
「白昼堂々と、恐喝強盗とは……見上げた根性だな!」
ズンズンと大股で近付いてきたその少女は流れるようにランスくんの胸ぐらを掴み、吠えた。
「さっき盗んだ物を出せ! この強盗めがっ!」
やれやれ、と肩を竦めたランスが呆れたように言い返す。
「何を言ってやがる、あのおっさんは俺達を騙してクソみたいなもんを売りつけようとしたんだぜ? それに、盗んだとか何とかって……あんたのポケットに入っているそれのことか?」
ハッとして少女がズボンのポケットを漁ると、パワーストーンみたいなのがついたネックレスがジャラリと出てくる。
先程までランスが持っていたネックレスだが、その証拠は既になくなった。
「……!? ぐっ、手癖の悪さは筋金入りの様だな……! 卑劣なっ!」
「あくまでも俺のせいにする気か? この盗人がぁ!」
ランスが強く少女の手を振り払うと、その勢いに負けて少女は尻餅をつく。鼻で笑って見下ろすランスを、悔しげに睨みつける少女。
俺は何やってんだろうコイツらと思いながら少女に右手を差し出した。
私の連れがごめんね? 大丈夫?
ニコリと天使の如き笑みを見せると、キツイ表情が幾分か和らぎ少女は俺の手を取った。右手に聖痕は無し。
あなた、お名前は? ニコニコと聞く。
「あ、私はデイジーだ」
よろしくデイジーさん。立ち上がったデイジーのケツの埃をセクハラのついでに払ってやる。街で見かけた悪漢が、俺の様な清楚な美少女を連れていることに何か裏があると感じたのか、デイジーは俺とランスくんを交互に見た。
やがて、ランスをケダモノを見る目で責め立てる。
「あんたっ……! この、変態……! ロリコンっ!」
誰がロリだ。どうやら日本人的センスで作成された美少女ペペロンチーノ様はこの世界で割とロリっ子になるらしい。かなり今更だが。
変態呼ばわりされたランスくんはまるで動じなかった。ジロリとデイジーの肢体を舐める様に見つめてわざとらしく舌をチロチロさせる。かなりきもい。
ひっ……と、自身の身体を抱く様に両腕を交差した彼女は、一度強く睨みつけた後どこかへ走り去って行った。
「ほぉ、賢明だな。彼我の実力差を感じ取ったか」
セクハラ顔から一転、訳知り顔でそんな事を言い出すランスくんにお前はどんな立ち位置なんだと突っ込みを入れたいところだが、この悪党の側を歩いているだけでしょっぴかれそうなので少し距離を取る。
さぁ、とりあえずサトリ辺りにでも……と考えたところで、デイジーという少女が本当に賢明だったのだと知る。
「こっちです! あそこに変態強盗野郎がいます!」
何と別の仲間を連れてきたのだ。これにはランスくんも驚く。しかしデイジーが連れてきたのは、髪をオールバックに撫で付けた中年男ラングレイであった。
「え? うわ、魔女じゃん。久しぶり。変態って、こっちの男? んー、なんかみた事あるような」
俺の顔を見て表情を歪め、続いてランスを見て何かを思い出そうとするラングレイ。俺も手を上げて挨拶することにした。
久しぶりだなぁラングレイ、てことでサトリのとこに行くぞ。
「なになに知り合いかよー、ビビらせんなよなっ! ラングレイさん? よろしく、この子はちょっと勘違いしてるみたいでね。いや、俺も悪い事をした。でも誤解なんですよー」
馴れ馴れしく握手を求めるランスにラングレイは警戒心高めに後退った。
「いや、まてまて、情報が多いって。ちょっと待って。ええ? 何でこうお前の知り合いってこんな押しが強いの?」
ちらりと、俺はランスに目配せをした。他には気付かれないくらい一瞬だけ俺を見たランスくんはギラリと眼光を鋭くした。
くるりと方向転換し、成り行きを見守っていたデイジーに向かって歩き出す。
「よぉデイジー。さっきは悪かったな。俺も詐欺師に絡まれて気が立ってたんだ……仲直りしよう」
そうなんだよ、許してやって欲しいな。普段はあそこまで酷くないんだ。これも、全て私を守る為というかぁ。
俺もベラベラ喋りながらデイジーの元へ歩き出す。すると、突然絡まれ始めて困惑している彼女の前にラングレイがめんどくさそうな顔で立ち塞がった。
ニコリと俺は言う。ラングレイさん? ちょっとどいて、私は今その子と話しているというかぁ。
「デイジー、君はとりあえず戻りなさい。ここは俺がなんとかしておくから……君はまだ『破滅の魔女』を相手にするには早い」
ギョッとした顔でデイジーが俺を見る。
「た、隊長……こ、この子がっ!?」
違うよ? コテンと首を傾けるが、デイジーは自身の上司の言う事を信じる様だ。一歩後退った。
観念した様にラングレイが溜息を吐く。
「分かった、分かったよ。とりあえず、場所を変えよう」
*
黒い雲が空を覆い尽くす。
その雲の下を、一匹の竜が飛んでいた。茶色い鱗を持つ雌竜だ。風を切り、遠くにそびえる黒煙立ち込める火山へ向かっている。
「来るぞ……! 層を跨ぐ!」
その背には何人かの人影があった。その中の一人、青い髪をした男が槍を強く握って叫んだ。その言葉に、他の者達は無言で頷く。直後に、何か目に見えない壁を乗り越えた……そんな錯覚を彼らは覚えた。
直後に、全員の皮膚に透明な刃で刺されたかの様な痛みが走る。
「まずいっ……!」
金髪をオールバックにした中年男が顔を青くした。だが冷静に、金髪の少女が虚空に指を切る。
すると、竜を中心として球状に雷の結界が張られた。それに守られたのか、先程までの痛みは嘘の様に引いていく。
「簡易的だが、魔法結界を張った。つまりこれは何らかの魔法効果……って事か」
「た、助かりましたサトリ様」
ピイっと、小さな蒼い鱗の竜が鳴いた。
その小竜を肩に乗せた金髪の少女が眉をひそめて言うと、ヘナヘナと力の抜けた中年男がお礼を言う。
「くそ、空間全体に作用する環境効果……しかも無差別に、凶悪すぎるだろ。こんなとこに来て何が楽しいんだあの変態野郎は」
青髪の槍使いが心底腹立たしいと歯軋りを立てた。中年男もそれに心の中で同意しながら、ふと視線をズラす。もう一人、先程からやけに静かな同行者が気になったのだ。
その視線の先の少女は、どう見ても力無く突っ伏していた。慌てて駆け寄った中年男が抱き起こすと、前にかかった緑髪がはらりと落ちて顔が露わになる。
金髪の少女の肩に乗っていた蒼い竜が羽ばたいて彼女の腹に乗り、顔を舐めた。だが、何も反応はしない。
まるで、眠っている様に彼女は……
「し、死んでる……」
人物紹介
ヒズミさん
ドラ○もん
ラングレイ
面倒事をよく押し付けられる苦労人
デイジー
この作品に足りないヒロイン要素を持つ期待の新人




