第73話 『職業《ジョブ》』の力
ボッボッボッ! キリエが剣を振るうとこんな感じの風切り音がする。洗練されているとは言えない、雑な剣筋だ。
俺の両腕とついでに片足をぶった斬り、その後に胴体を蹴り上げるキリエ。俺の身体が宙を舞い、天を仰いでいると下から飛んできたキリエの追撃が迫る。
為すすべもなく、胴体を三分割されて地面にボトボト落ちていく俺。着地したキリエが俺の顔面を踏み付ける。
氷柱と剣撃の舞う、オットーと師匠の戦場の横で俺が両手を広げながら、もう何度目になるか分からない復活をしてイキる。
どうした? こんなもんかよ? 俺の首がぶった斬られ、ついでとばかりに胴体がまるで包丁の通販で切断される野菜みたいにバラバラにされる。
顔面に剣が突き刺さった辺りでまた復活した俺はイキる。どうした? こんなも……。間合いを詰めたキリエがまぁまぁ速い、つまり俺では避けれないレベルの剣速で俺をカレーの具材の様にバラバラにしていく。
杖に氷を纏い、それで師匠の剣を受け止めるオットーを横目に俺は復活した。はぁはぁ、と息を切らせて汗を垂らすキリエをニヤニヤと見る。
しかしなんだ。ちょっと死体蹴りがすごい。どれだけ恨み持ってるの?
「まて、ペペロンチーノ。俺がやる」
シレッと死んでレベル一のクソ雑魚レッドが俺の前に出た。やめとけよ……お前さっきボロ雑巾にされてたじゃんと言うが、それで止まる男ではない。
『解放』
レベル一にやれる事なんて、魔剣の代償術式による一時的なドーピングのみ。最早恒例となった死に芸でレッドが走り出す。
「『職業』を手に入れた私に、お前ら雑魚が敵うと思ってんのかっ!」
レッドとキリエが交差する。剣速は同等。だが単純に手数はキリエの方が多い、レッドの剣を持つ腕が斬り落とされた。
その瞬間、わずかにレッドの身体が発光したように見えた。
残された手で地面に落ちていく自身の腕付きの剣をキャッチして、腕をその辺に吹き飛ばしながらレッドが剣を振るう。
先程までよりも速い……! だが、攻撃の勢いのまま身体を回転させていたキリエの剣はそれよりも速かった。
『回転剣舞!』
どっかで聞いた事のある技名だ。レッドがバラバラになった。
普通に強いな……。ぼそりと呟くと、横にいたグリーンパスタが神妙に頷く。
「すごいね、レッドを歯牙にも掛けない。あれでもプレイヤーの中では最強に近いと思うけど……聖痕持ちのプレイヤーはもはや別次元だ」
グリーンパスタの顔面に短剣が突き刺さるのを見ながら俺も頷く。
ああ……しかし、あれの入手法は聖痕の持ち主、その殺害のはず……プレイヤーが現地人に勝てるとは思えんが……。
ズポッと顔から短剣を抜いて放り投げるグリーンパスタが傷口から光の粒子を漏らしながら深刻な顔をする。
「……ケーコのスキルでタラし込んだとか、もしくは更に厄介なスキルを持った仲間がいるか。何にせよ、プレイヤーはこの世界で脅威になりつつあるね」
やがて傷が塞がっていくグリーンパスタの顔を見ながら俺は真剣な顔を保つ。内心で思う。
何でこいつだけ俺達とは再生のプロセスが違うんだろう。ほんとキモいな。
パラパラと氷の破片が散らばってくる。オットーと師匠の戦いは激化していた。地面から隆起する氷を避けて、それを足場に斬りかかる師匠。
それを、時には氷を足場にしながら躱して、オットーが叫ぶ。
「待てっ! ちょっと待とう! 俺達が争う理由はあるか!? あいつらなら好きにしてくれていい!」
ひどい奴だ。仲間を売る気か。俺が吠えると驚いた顔を返してくれた。
「仲間……!? あーもう面倒臭いなぁ!」
「これが『聖痕の勇者』……か」
師匠は師匠で話を聞かずオットーに襲い掛かる。だが、オットーには余裕があった。光る聖痕の輝きもどこか弱々しい。
本気を出していないな……。恐らく理由をつけて逃げようとしている。相変わらずろくな奴じゃない。
「さぁ、大分スッキリしてきた。本題に入るとすっか」
疲労しているのにどこか満足気なキリエが懐から縄のような物を取り出した。それを宙にポイと投げる。
縄が蛇のように動くと、またまた復活して走ってきていたレッドを簀巻きにして地面に転がす。すかさず近付いたキリエが簀巻きレッドに何か……呪符とでも言うべき紙切れを貼りつけた。
「プレイヤーは殺さず封じてしまうのが一番良い。言うまでもなく、お前らが一番分かってるわな」
そうきたか。いや、そうするしかないが。俺は感心して拍手を送った。さて、どう逃げるやら。
「僕達を封じる、ね。それを、君は出来ると……大した自惚れだ」
メキメキと骨が軋む音を立てて、横に立つグリーンパスタの輪郭が大きくなりながら歪に歪む。掲示板で何か伝えてきている。何々? 今のうちに何とかして?
こっちの台詞だ。しかしキリエに舐められたままというのも気に入らない。見せてやるか……。俺は片手に黒い杖を持つ。これは恐らく、k子……つまりプレイヤーを封じる為にハイリス様が俺に渡した物。
この杖から出た謎の黒い網みたいなのは、それこそ先程キリエが使った縄の様な効果……つまり封印系の効果を持つ、のかなぁと思われる。
つまり、当てれば勝てる。今のキリエならば『迷狂惑乱界』で一瞬の隙を作れるだろう。
グリーンパスタの変貌に気を取られつつも警戒を怠らないキリエがジリジリとこちらへの距離を詰めている。
一足で俺達を捉えられる間合いになればすぐに飛んでくるだろう。その、踏み込みの瞬間を『迷狂惑乱界』で妨害する。
ピリッとした空気が俺達とキリエの間に走る。氷の壁に囲まれた師匠をちらりと見て、焦った様な顔をキリエが見せる。勝負を急ぐ気配、来る……!
「何々、何の騒ぎだよこれは? え、てか私の家で何してんの」
そんな緊張の瞬間に空気を読まない声が響いた。トコトコと、ベリーショートの目つきの悪い貧相な女が俺達の争う道場前に歩いてきていた。
無限だ。キリエはすぐに標的をコイツに変えた、俺やグリーンパスタなんかより戦闘能力に秀でているからだ。地面を踏み込んで、無限に向かって走りだそうとした所で、その肩に謎の鉄杭が刺さる。
「ぐっ!」
ボコォッ! と膨らんだ鉄杭がキリエの肩辺りを中から吹き飛ばす。それに怯んだ時には、無限は買い物袋を地面に落として何処からか取り出した手裏剣を両手に構えてすぐに投げていた。
曲線的な軌道で迫る手裏剣を躱したり残った片手の剣で叩き落とすキリエ、足は完全にその場に縫い付けられており、そこにまたまた何処からか取り出した鎖鎌と短刀を握る無限が迫る。
キリエの反応は悪くない。手裏剣を凌いですぐに、片腕を失ったというのにそれを感じさせない動きで剣を構えて無限を迎え討つ。
「キャラ被りめっ!」
無限が叫んだ。恐らく外見的特徴が似通っているのが気に食わないのだろう。キリエの刺突が無限の腕を正面からぶった斬る。
だが、既に投げられていた鎖鎌。その分銅がキリエの腕に鎖を絡ませる。遅れて巻かれてきた鎌がキリエの足に刺さり、同時に脇をすり抜けた無限の短刀が逆の足を切り裂いている。
足を失い、膝をつくキリエ。往生際悪く振り返った所でその首に鉄杭が刺さった。
「う、くぐぅっ!」
「んで? どんな状況? コイツなんなの」
レッドより強いんじゃね? 疲労しているかつ不意打ちに近かったとはいえ、レッドをボコボコにしたキリエを圧倒する無限に俺とグリーンパスタは開いた口が塞がらなかった。
俺は言う。
コイツ、なんかお前を狩りにきたらしいよ。よく分かんないけどk子のクソと組んで俺達に何かやりたいみたい。
それを聞いて膝をつき喉を押さえる手から血が溢れるキリエを見る無限。苦しげに呻くキリエから怨みの篭った視線を送られるが一切気に介せず、むしろ嬉しそうに口角を上げる。
「へぇ。へぇぇ! そう、面白いねぇ……!」
ガッ、と。キリエの残された腕……右腕を掴み思い切り引っ張る無限。その手の甲に刻まれた『聖痕』を舐める様に見てうっとりとした顔をした。
「『聖痕』……『職業』か。プレイヤーからは、どうやって奪うんだ? 教えてよ……!」
「は、はばせぇ……!」
キリエの身体能力は、例え手負いだろうと普通のプレイヤーより数段上の位置にある。震える手で無限を押し飛ばし、しかし自身の体重すら支えられず後ろに倒れてしまう。
死ぬのは時間の問題だな。ひっくり返ったもののすぐに起き上がった無限がやけに真剣な顔で、あらぬ方向を見た。
視線の方向から、氷の壁を切り裂き飛び出してきた師匠の剣が無限の首を跳ね飛ばした。
「あっ! すまないっ!」
オットーの間抜けな声が聞こえる。
すまんで済むかっ! 俺が吠えると横で変形していたグリーンパスタも斬り刻まれる。ついでとばかりに俺の顔面には呪符がベタリと貼られた。
キョンシーみたいになった俺が地面に崩れ落ちる。力が入らない……。
「キリエ、どうやらお前の負けの様だな。俺も負けだ、お互い修行が足りないな」
師匠がキリエの首を吹き飛ばす。
オットーの横で復活した無限とグリーンパスタが周囲を警戒するが、キリエが復活してくる様子はない……。
「座標を変えたか」
簀巻きのレッドが師匠に担がれながらなんか言ってる。すると、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。
道場の方から、人影がゆっくりと出てくる。細いシルエットで、やたらと髪がボリューミーな男……拍手をしながら歩いてくるそいつはプレイヤーだった。
「『職業』持ちのプレイヤーすら……驚いたよ、正直舐めてた。攻略組をさ」
横からひょこりと顔を出したキリエがベーっと舌を出す。
「ウチは疲れてただけだし! 不意打ちが無ければ勝てたもんね」
「はーっ? 力にかまけて気が抜けてんだよ。隙だらけだったぞ」
口論を始めたキリエと無限はほっといて、グリーンパスタが新たな闖入者に親しげに話しかける。
「こっちこそ。君が《座標操作》を解放しているとはね、久しぶり……ポラリス」
ポラリスと呼ばれたプレイヤーは、ポケットに手を突っ込んでにこりと笑う。
「僕個人としてはさ、君達攻略組に対して恨みなんて無いんだけど……仲間がね、君達との確執が、ひどいから」
それに、と。ポラリスは続ける。
「だからこそ、君達ならば使える。僕達の目的に」
「目的……?」
グリーンパスタが眉を顰めた。それより俺の呪符を剥がして欲しい。こんな細っこい雑魚そうな男なんてほっといて俺を助けろ。
師匠に担がれてるレッドより扱いが悪いぞ。今の俺は漫画で言う背景に写る死体に近い。オットーも場の空気に流されて深刻な顔をしているが絶対何も分かっていない顔だ。よく分かんないけどめんどい事になってんな、って顔だ。
無限は死んだ時にボトボト落とした武器達と買い物袋を拾って道場の方へ帰りたそうにしている。
「未だ遠い、まだ実験にすら辿り着けていないけどね」
ゆらりと歩いて俺の元へきたポラリスが呪符をべりっと剥がしてくれた。サンキュー。付いてきていたキリエが怒る。
「なんで!? せっかく捕まえたのに、生贄にしようよ!」
「ペペロンチーノはここに置いていった方がいい。性格的に邪魔だろうし、何より『魔女』の影響を受けた個体だ。彼女を使うのはこちらに不利益しかない。k子にも僕から言っておく」
生贄とか怖い事言ってんですけど。慌てて逃げた俺は無限の後ろに隠れる。おいグリーンパスタ、どうする? オットーに戦わせるか?
「……いや、彼らの手数は読めない。もし、彼の『聖痕』を奪われてしまったらと思うと」
ちらりと俺は目線を逸らし、欠伸をしているオットーを見た。こんなんだけど、コイツを殺せるプレイヤーがいるとは思えんが。
「彼らの目的は分からないけど……まぁレッドなら大丈夫じゃない?」
どうやら攻略組のリーダーは見捨てられる様だ。賛成した。よし、じゃあここは痛み分けという事で辞めとこう。
パンパンと手を叩いて俺はにこやかに言った。もう良いじゃん、争う意味が分かんない、k子にもあんまり目くじら立てんなよって言っといてくれよな!
そう言いながら俺はポラリスというプレイヤーに近付いて肩にガッと腕を回した。なっ?
「それは、君達同士で解決してよ。僕は個人間の事には口を出さないさ」
ぐりっと、ポラリスの胸に黒い杖を押し付けて俺は言う。
そうかい、じゃあ死にな。
『解放』
ぶわっと杖の先から黒い網状の物が飛び出した。それはポラリスの身体を巻き取るとかその様なことは無く、ウニョウニョと彼の右手の甲だけを狙って襲いかかる。
一部キリエに向いたのもあったが、すかさず距離を取った彼女に斬り払われてしまう。ゾゾゾとキモい音を立てながら黒い触手がポラリスの右手の甲に吸い込まれて……。
「これが、ペペロンチーノ、君の奥の手か……! 驚いた、『封印術式』でなく、この様な……!」
なんかめっちゃ驚いてる。どこか喜びを隠せない顔に俺は少し引いた。その辺りで黒い触手がまるで気が済んだと言いたげに杖に戻ってくる。
ボコォッとキリエに腹を蹴られて吹っ飛んだ俺だが黒い杖は離さない。ゴロゴロと転がって、杖を見る。
うーむ、なんか光ってる点がある? 大して変化はなかった。
「は、ははっ。何かしてくるだろうとは思っていたが……これは予想出来なかった、そんな事が可能だとはねっ! だが、僥倖……だよ」
興奮してふらついたポラリスを師匠が支えた。
「とりあえず、今日はこの辺りでさよならとしよう。また、会おう。いずれ、同じ所を向ける事を祈って」
俺達に大きな影が差す。身体が吹き飛ばされそうになる程の風圧と、皮膚を震わせる程の羽ばたきの音を立てて、巨大な鳥が俺達の目の前に降り立つ。
その鳥にしがみついて、師匠やポラリス、そしてキリエは空へと舞い上がっていった。一度上空で翼を広げ、瞬きの後には遥か遠くに飛び去っていく。
「あっ! くそ、てめーら私の家を直していけよっ!」
なんやかんやで連れ去られたレッドを心配する声が上がることは無く、無限の怒りの声だけを耳に、ただ俺達は呆然とするしかなかった。
とりあえず内臓が破裂したので俺は死んだ。




