第71話 リセマラの後のカレー。
プレイヤーは弱い。
これは、あと何百年かの月日を費やして界力と呼ばれる不思議パワーを蓄えるまで、いやそれでも覆せないかもしれない事実だ。
この世界において界力という概念は絶対だ。例え『刺した相手を殺せる』みたいな特殊能力を持っていたとしても、界力において圧倒的に格上が相手だと効かない。
だから俺達の運動能力がゴブリンというクソ雑魚モンスターを上回っていたとしても、俺達の攻撃はゴブリン以下だ。
そんな俺達だが、とある一点においてはこの世界の……特に人間に対して優位に立てる。
『嫌がらせ』である。
*
オットーと呼ばれる男が、朝目を覚ましてベッドの淵に座り込む。くぁ……と、欠伸を大きく、伸びをしてから立ち上がろうとして目の前に突然現れた変な男に気付く。
ああ、またか。そう言いたげな顔をしてオットーは遠い目をした。
「おっ、今日もすまんね」
変な男は軽快な笑みを浮かべて片手でごめんねとジェスチャーして笑う。そうこうしているうちに、オットーの目の前で光の粒子が集まり人の形を作りはじめた。
やがて粒子が集まり、そこから出てきた男がオットーの方へ振り返ってごめんねと片手をあげる。
「またなんだ。悪いね」
遅れて現れた男に、最初に居た男が肘を突きながら軽快に笑った。
「おいおい。またリセマラかよ?」
「お前こそ。何周目だ? 諦めってものを、知らないのかな?」
「はは、言っとけ。今回こそ……」
「それは俺の台詞さ……」
仲良く談笑しながら男達はその場から去っていった。バタンと閉められた扉、借りている宿の一室でオットーは窓の外を見た。
その目は、未だどこか遠く、言うなれば現実逃避をしている男の目だった。椅子に座って一部始終を見ていた俺がニコニコと言う。
よぉ、オットーくん。そろそろ気は変わったかな?
「チノ……」
俺を見て苦虫を噛み潰したような顔をするオットーに、立ち上がって近付いた俺は肩をポンと叩く。
さっきのような、廃人と呼ばれる連中に一生付き纏われる生活は嫌だろ?
だから早く魔王領へ行こうぜ。
「これは、一体なんなんだ! あいつら、昨日いい感じになってた女とあと少しと言うところでも現れたんだぞ!」
あと少しって、お前。飯食って次どうする? って段階だっただけだろうが……女を見ていた感じ、その先は無さそうだったぞ。
「そんな事はない! いや、ともかくあれはなんなんだ……」
光の粒子が俺とオットーの間に集まって人の形を取っていく。現れたのは女だ、えへへと笑って頭をかく。
「ごめんね? またなんだ」
「いや、いいよ全然。それより……」
しれっと、オットーがナンパをしようとしているがそれをガン無視して女プレイヤーはニコニコとその場を去っていく。
「リセマラ終わらないよぉ〜」
そう言い残して、扉が閉まる。多いなぁ、この辺。廃人がさ。
……。
「……」
無言の俺達。
俺は仕方なく解説してやった。
あいつらはな、ガチャスキルってのを厳選しているんだ。レベルは一から二へ上げるのが最も楽だからな。
そしてガチャスキルは多く引きすぎても、失われたステータスや次への必要経験値に対してリターンが少ない。
まぁ、レベル一だけを犠牲に、良いスキルをゲットして自分を育成するのがブームなのさ。
「ちょっと待ってくれ。俺に説明しているんだよな?」
そうだが。
そして、奴らは皆が《不死生観》っていう死を恐れないスキルを解放しているんだ。きしょい連中だぜ。正気じゃない。
最近ではそいつらは悉く人間性を失っているって事で、『廃人』と呼ばれるようになっててな。
まぁ元々は攻略組っていう変態どもに付けられてた蔑称だったわけだが、垣根は広がっているんだよね。
「いや、よく分からない。とりあえずその、あのよく分からない奴らはいつまで俺の近くに現れ続ける?」
さぁ? 飽きるまで、だから……下手したら一生かもね。ゲットしたスキルに飽きたら違うの求めてまたリセマラするかも知れないし。
俺が素っ気ない顔でそう言うと、言葉に詰まったオットーは、顔を伏せて溜息を吐いた。やがて、意を決した様に顔を上げると、幾分か真面目な顔ではっきりと言う。
「分かった。お前らの要求を飲む……だからこの呪いを外してくれ!」
オットーという男は今、プレイヤーのセーブポイントになっている。何故とかどうやってというのは置いといて、それがどの様な結果をもたらすのか、まぁ雑に言えばプライバシーを侵害されまくるという事だ。
廃人と呼ばれるプレイヤーは数を増やしている。というのも、俺達の《スキル》の仕組みとして、解放者が増えれば増えるほど……頭打ちはあるようだが、解放条件が緩和していくからだ。
特に《不死生観》の解放者は多い。既に条件緩和は頭打ちになっているそうだ。つまり俺やレッドの時と比べて、死亡回数は半分以下で解放出来るようになっている。
「くそ……! なんでトイレに入ってても出てくるんだコイツら……!」
ベラベラ喋っている今もまた、廃人が一人出て行った。今日は多いなぁ。俺が呑気にぼやくと、縋り付いてくるオットーが涙ながらに訴えてきた。
「チノ! 俺が悪かった! 行こう! 魔王領!」
そうかそうか。分かってくれたか。
ニコリと天使の如き笑みで俺は肩をもう一度叩く。
これはグリーンパスタの策だ。
ガチャスキルという暇潰しのお陰で謎のリセマラ行為が流行っている今が一番迷惑な嫌がらせだった。
*
そして、ようやく旅が始まった。
俺、オットー。地図を見ながら前を行くレッドとグリーンパスタの四人でトコトコ歩く。馬車とかそういうものを買う金はない。なので徒歩である。
幸いにも、この位置から魔王領……唯一の出入り口である城塞都市までは大した距離ではない。
「ぺぺ、こっから先なんだけど。少しリスクが高いけどこっちの山を越えていこうか悩んでるんだけど」
グリーンパスタが俺の方まで下がってきてそう聞いてくる。俺は地図を見ながらふむふむと言った。
どんなリスクがあるんだ?
「そうだね。強力な魔物が出るかもしれないし、魔物自体の数が段違いだ。でも日数はかなり短縮できる」
ほう。魔物ね、それならオットーくんがいるから大丈夫だ。なっ? 俺が彼の方を見ると、キリッとした顔でオットーは答える。
「任せろ、だから早く行こうぜ」
喋っている途中でまた知らないプレイヤーが目の前に出てきたのでイマイチ決まらなかった。この辺多くない? どんだけいるんだよプレイヤー。ゴキブリみてーだな。
「じゃあ、もし魔物が出たらお願いしますね? 僕達じゃ大した戦力になりませんから」
ニコリと人の良い笑顔でグリーンパスタは言い残して前をまた歩く。
その件の山を越える道中、早速魔物が出てきた。俺達の歩く少し人に慣らされた道を、まるで意に介さずに横切ろうとしたのは熊のような魔物だ。
俺達に気付いて咆哮を上げる。ビリビリと空気を震わせて、近くの木に止まっていた鳥が一斉に羽ばたいた。
『氷華・《地滑り》』
オットーの武器は背丈程の木で出来た杖だ。それを地面に突き刺すと、そこから花を開く様に氷の結晶が湧いて出て、地面を走る様に氷の杭が熊に向かっていく。
熊の魔物が咄嗟に腕を振るい、氷を粉砕するがこの魔法の地面から生えている氷はただの張りぼてだ。
いやもちろん刺さればタダでは済まないが、地面を伝う冷気が本領だという話だ。
「!!」
足元から凍りついていき、身動きを取れなくなった熊が見るからに驚く。直後その胸に氷の杭が突き刺さった。
ドサリと倒れこむ熊さん。杖を熊に向けていたオットーが一息吐いて、それから杖を肩に担いだ。
「ま、こんなもんか、つかりた」
こいつ強いじゃねーか。俺は少しびっくりした。何でもなさそうな顔で杖を肩にトントンするオットーくんに対して不覚にも昼行灯的な格好良さを感じてしまう。
しかしよく考えれば、元々魔王討伐軍などという組織に志願する実力はあるという事だ。問題は怠惰な性格なのだろう。気分でパフォーマンスにムラが出来るタイプだ。
「ふっ。中々やるな」
腕を組み偉そうにコメントをするレッドは無視して俺はグリーンパスタに囁いた。
で? 実際コイツのユニークマギアは強力なの?
「うん。本人と同じくムラがあるタイプのものだけど、座標次第では……君のお友達の龍華王とも張り合えるかもしれない」
なんだと? それは凄いな。座標という意味が分からんが。俺はこの世界に来て長いが、サトリ以上の存在なんて両手を越えるくらいしか知らないぞ。
「両手越えるんだ……」
まぁな。俺は目を伏せた。
それどころかあのヒズミ以上の奴もいるときた。それに比べてどうだ俺達は。何しにきたんだこの世界に。嫌がらせにきたのか?
「あー、この前のレックスさんね。そういえば聖公国は大変な騒ぎらしいよ。何か魔王が襲撃したって事になってるけど」
レックスとはこの前にヒズミと喧嘩していたデカい男の事だろう。ひょこっと出てきて暴れる辺りが何となくヒズミさんと似ていた。
それはさておき俺達の旅は続く。
俺達の前に立ち塞がる巨大な影。一つ目の巨人……でっぷりとした腹を叩き、片手に巨大な棍棒を持っている。
『オデ、ニンゲン、コロス』
分かりやすい敵っぷりだな……。俺とグリーンパスタはソソソと端っこに寄って気配を殺す。腰から剣を抜いたレッドと杖を地面に突いて構えるオットー。
ダッ! とレッドが地面を蹴った。すかさず魔剣の力を解放。魔剣に刻まれた代償術式が命と引き換えに一時的にまぁまぁ多めの界力をレッドに与える!
ぐんっと加速したレッドが再び地面を蹴り宙を舞う。振るう魔剣の刀身が赤く光った。突如として発火した刀身がそれを推進力に変えて加速させ一つ目の巨人に迫る。
魔法の応用……! プレイヤーの魔法はクソ雑魚なので補助に使う方がより効果を発揮するのだ!
巨人の一振りで粉々に散ったレッドに俺達は感心した。奴のひたむきな努力だけは評価せざるを得ない。
雑魚なりに工夫してこの世界の連中に対抗しようとしている……俺みたいに諦めたプレイヤーが多い中、レッドの様な奴は珍しい。
「うおっ!」
巨人の振るう棍棒を杖でいなしたオットーが声だけは危なげに、割と余裕を持って脇をすり抜けた。
オットーを追従する棍棒を、杖を盾に身をよじりながら回転して受け流す。棍棒の上を舐める様に滑り、着地と同時に杖による突きを巨人の脇腹に食らわせた。
だが刃物でないので刺さるわけでもなく、少し跡だけを残してオットーは距離をとった。ダメージも全く無さそうに巨人は姿勢を戻す。気持ちニヤニヤしている様な気がする。
今の突きに何の意味があったんだ? 疑問に思っていると、オットーがニヤリと口角を上げた。
『氷華・《冬虫夏草》』
巨人の脇腹、杖の突かれた跡が淡く発光し、そこからまるで血管の様に蒼く幾筋も光が広がっていく。
そして、巨人の身体を突き破る様に氷の杭が花開いた。意外と、血や内臓は飛び出なかった。凍っている様だ。
口から血反吐を吐いた巨人が棍棒を取り落す。傷口からどんどん氷の杭がはみ出ていって、やがて氷の華は顔面も割ってしまう。
力を失い地面に倒れた巨人。ひどい殺し方に俺とグリーンパスタはちょい引きしつつもオットーの強さに感激した。
コイツァなかなかの掘り出しモンだな。
「相手の魔力の流れを利用したのか、あんな使い方があるとは……」
オットーの近くで復活したレッドがブツブツとなんか言ってるのを無視して俺はオットーに駆け寄ってタオルを渡す。
お疲れ! お前やるじゃん!
「はぁ……もう疲れたなぁ。早く解放してくれ」
タオルを受け取って顔を拭きながらオットーは愚痴る。まぁまぁ、k子のクソゴミを処分したら解放してやっからさ!
バンバンと背中を叩いて俺は上機嫌に笑う。
さぁ、どんどん行こうぜ!
お前なら魔王領だって楽勝だ!
*
カレー食べたい。
野営中。焚き火を囲んで言い放った俺の言葉に誰も反応しなかった。なのでもう一度言う。
カレー食べたい。
「え?」
グリーンパスタが心底意味が分からないと言いたげな顔で素っ頓狂な声を出すので、俺はその顔をジッと見た。
カレー、食べたくない?
「作るって事?」
違うよ。いい店知ってる。行こ。
無表情のレッドと、コイツ何言っているんだろうと言いたげな二人の視線を感じながら、俺は満面の笑みを浮かべた。
カレー食べたい。




