第69話 やっぱり辿り着かない
地面のほとんどが水没しており、浮かべられた石の板のようなものを足場にして先を目指す迷宮がある
迷宮の中でも屈指の足場の悪さを誇る水没迷宮だ。そこを俺、鳥男、サトリに加えてボンクラーズという男プレイヤー三人組を加えた異色のパーティーで進む。
「足元に気を付けろ、水に引き込まれれば命は無い」
ボンクラ一号が俺達の一番先頭を進みながら言った。その足元で、皺くちゃの老婆のような手が突然水面から飛び出す。勢いよくボンクラ一号の足首が掴まれた。
ガボォッ。一瞬で水に引き込まれた一号が声もなく沈んでいく、水面にボコボコと気泡が弾ける。しばらくして浮かんできた一号の身体は力なく、プカリと浮かべばすぐに光の粒子となって消えていった。
なるほど、身をもって危険を教えてくれたか。俺達、特に鳥男とサトリは呆然とその様子を見ていた。二号と三号が身を屈ませ水面に顔を限界まで近付けて叫ぶ。
「アルフレッドーっ!」
「くっ、このクソヤロー!」
ザパァっとそのボンクラ二匹の後ろ側から皺くちゃのカッパみたいな魔物が通路に登ってきた。機械のような動きで首を後ろに向けていく二号と三号は腕を振り上げるカッパを見て、顔を青ざめさせると抱き合いながら叫ぶ。
「「いやーーっ!」」
楽しそうだなコイツら。俺は呆れ顔でぼんやりと思った。
サトリの指先から迸った雷がカッパにぶち当たる。全身を突き抜けた衝撃によってカッパは関節部から電気を漏らして、五体バラバラに飛び散った。
ボトボトとその辺に落ちていくカッパの身体……そのグロさに二号と三号は抱き合ったまま震え上がった。
「これ、水の中に雷落としたらどうなるんだろうな」
サトリが突然そんな事を言い出した。そして思い立ったらすぐにやりたくなったのか、俺達を包むように球状の電撃結界を張る。
バチバチと外周部に雷が踊り、一際大きく弾けると四方に飛び散って水面に着弾した。水中を走り抜ける衝撃、視界いっぱいに広がる大量の水が雷を受けて嵐の如く暴れだした。
蹂躙する雷。水の隙間から、痺れて身体を焦げ付かせるカッパみたいなのとか魚みたいなのがチラチラ見える。
蹂躙、その言葉が相応しかった。俺達を包む球の外はまるで積乱雲の中を思わせる荒れっぷりだ。積乱雲の中なんて入った事ないけど。
この迷宮の足場は濡れているので、もし他の探索者がいれば巻き添えを食らっているだろう。多分いないのだが、もう少し確認すべきだと思う。
「よし、おっけ」
ドン引きしている俺達をよそに満足気なサトリさん。これが俺ツェーってやつか……敵のいなくなった迷宮内を歩きながら俺はどこか腑に落ちない気持ちだった。
普通の人間ならば、危険が無くなってサトリさんしゅごい! となるのかもしれないが、俺達プレイヤーの様な命がその辺の変な虫より軽い存在にとってはただ刺激が足りないという結果をもたらした。
「サトリしゃんしゅごーい!」
「さすがっすね! やっぱロリは最強、はっきりわかんだね」
しかしそんな繊細な心を持つプレイヤーは俺だけの様だ。他二匹は自分達の仲間が死んだ事を忘れてきゃっきゃと喜んでいる。
おっさん二人が無邪気に騒ぐ姿はとても見苦しかった。気分を良くしたサトリは小さな胸を張りズンズン進んでいく。その後を、ボンクラ二匹と俺と先程から空気の鳥男が続く。
*
はっ!
俺は回想から帰ってきた。目の前でレッドが宙を舞っている。オークというでかい猪頭の人型魔物の一撃を躱し、空中で身を捻っている。
頭が地面を向いた状態で、オークの眼前に位置するレッドが腰の剣に手を置いた。未だ三日月を思わせる不安定な姿勢だが
「スキル《居合一閃》」
レッドがそう小さく呟くと、逆さまのままだというのにまるで地面に足をついているのかと錯覚させるほど安定した姿勢に不自然に切り替わり、そのまま鞘から剣を引き抜いてオークの首を斬り落とした。
崩れ落ちるオークの巨体が地響きと共に倒れ伏した。ガチャスキル……コイツもちゃっかり引いてやがるのか。
地面に降りてきたレッドが鞘に剣を仕舞いながらため息を吐いて戻ってくる。グリーンパスタが拍手で迎えた。
「すごいね! ガチャスキルの弊害を逆に利用するなんてね!」
「そうだな、一連の動きに混ぜる事で物理法則を一時的に無視することも可能だ。これは中々に興味深い」
ペラペラとレッドは続ける。
「しかし、知性のある相手にはそう何度も通用しないだろう。太刀筋が固定されていて、途中にキャンセルするのも難しい。動きを読まれて格好の的だ」
コイツは何と戦う気なのだろう。
俺はどうでも良い気持ちを隠さず歩き出す。現在の俺達は徒歩で魔王領に向かう道中だ。あの場にいた魔王様に連れて行ってもらえば良かったものを、このアホは……。
「てかそもそも場所聞いたの? レッドがズンズン進むもんだから忘れていたけど」
グリーンパスタも今更になってそんな事を言い出した。俺は懐から杖を取り出して見せる。
言葉にはしにくいが、これがあれば何となく場所が分かるんだよな。こりゃまた不思議なアイテムだぜ。
「……魔王との通信装置みたいなものなのかも、界力の繋がりが、微かにだけど遠くにあるのが分かる」
こいつ、界力とかいうあやふやパワーが分かるの? 俺だってハイになった時に何となくその一端に触れた様な気はするが、そんな繋がりがどうこうとか訳わかんないが。
「まてっ!……誰か来ているな」
ガサガサと茂みから汚い服装の男達が群れをなして出てくる。
その中のリーダーっぽいのが薄汚い口を開いて手に持つサーベルを舐めた。なんて汚い……まさか、あれで斬りつけられるのだろうか? 何というエンチャントポイズン……ここまで嫌悪感のする魔法は見たことが無いぜ。
「くくく、有り金全部置いてきなぁ……」
「痛い思いをしたくないだろ? おっと、そこの嬢ちゃんも置いてきなぁ、なぁに殺しはしないさ」
へへへへ、と笑う男達、何というステレオタイプな盗賊だ……! こちとら異世界生活も長いがこんなのに初めて会ったぜ、多分。
しかし普段からならず者達をよく見ている俺は全く動じる事もなく欠伸をしていた。こりゃまたチャチいのが出てきたもんだぜ。
男達の中の一人、一番ふくよかなクソデブがニコニコしながらグリーンパスタを見る。
「ぼく、あの子が良いなぁ……」
あまりの気持ち悪さに自身の身体を抱いたグリーンパスタが俺の後ろに隠れる。
「ちょっ、勘弁してよ! え? やだ殺されるより全然嫌!」
コイツを渡せば引き下がってもらえないかな? だが美少女の俺も狙われているからな……ちっ、レッド。やれるか?
「ふっ……」
俺と同じく動じていないレッドが剣を構えた。やる気だ、《不死生観》の解放者は他者への死にも鈍感になりがちである。それを抜きにしてもレッドという異常者は人を殺すことを躊躇わないだろう。
「へぇ、やる気か、面白れぇ」
盗賊達が陣形のへったくれもないまま武器を各々構える。しかしその隙を突いてレッドが大地を蹴った。急襲……! レッドの周囲に浮かんだ火球が剣に纏わりつく。
エンチャントファイアってとこか……! 中々カッコいいな。でも火を飛ばせよ。レッドの横っ腹に矢が刺さった。
ぐらりとバランスを崩すレッド、そこをすかさず数人がかりで盗賊達が襲いかかる……!
『解放』
命を捧げたレッドの界力が爆発的に上昇する。界力の上昇とはすなわち全能力の上昇だ。その場で回転したレッドの剣が盗賊達の腕を切り裂いていく。
「ぐあぁっ!」
「いてぇっ!」
「うぐっ! くそっ!」
だが浅い。そして時間も無い。レッドは地面に低く沈み込んでまた剣を振るう。その手の甲に矢が刺さった。一瞬の隙、他の盗賊達の刃がレッドを剣山の様にする。
ガクリと力を失ったレッドの身体が粒子となって空へ昇っていった。俺とグリーンパスタはそれを穏やかに見つめて言う。
今回は長生きだったな。
「うん、しぶとくなってるねぇ」
しかしどうしたものか……。俺達を囲む盗賊達、そして姿の見えない弓手。対してこちらは恐らく戦闘に役の立たないグリーンパスタと、どちらかと言うとか弱いヒロイン枠の俺。
駄目だな勝ち筋が見えない。
光の粒子が俺の横に集まり始めた。それは人の形に集まっていき、やがてレッドが現れる。
「僕のレベルを代償にしてセーブポイントを作成した」
ニヤリと笑うグリーンパスタ。騎士道という言葉を知らない盗賊がレッドを斬り殺す。肩から袈裟斬りだ。
しかしレッドの身体は倒れず、その手が盗賊の首を掴む。傷口から光の粒子が漏れるが、再び集まって無傷な肌を形作る。
「な、なにっ!?」
さすがの盗賊達も恐れて後退った。一人、首の掴まれた盗賊がレッドを蹴り飛ばす。思った以上に吹っ飛んでいくレッドを見て盗賊はニヤリと余裕を取り戻した。まぁ、レベル一になったしね。
「レベルを代償にその場で再生させた……けどジリ貧だな。ペペロンチーノ、自分の魔法結界使ってよ」
あ? 無茶言うな。あれは魔王様の力を……あれだ、代償に引き出したものだから今じゃ無理。
「しょうがないな……」
ガッ、と。レッドが愛用する黒い趣味の悪い魔剣を拾ったグリーンパスタが俺を突き刺す。
ぐふっ、お、おい! 何しやがる!
「勿体無いなぁ」
怪しく魔剣が光る。よくも分からないまま俺は死んだ。
復活すると、知らない街の教会だった。だがおかしい、レベルは下がっているのに荷物は絶命する時のままだ。
俺は懐から懐中時計と黒い杖を取り出して呆然とした。つ、ついに死んでも離せない呪いにかかったか?
横で顔色を悪くするグリーンが息を切らせて言う。
「あそこは近くに『流れ』があったからね。あんまり取りたくない手なんだけど、そのアイテムを失くすと困るかなって」
何言ってんだこいつ。
俺の横に立ったレッドが鞘に剣を仕舞いながら口を開く。
「さぁ行こうか」
お前に休憩という概念はないの? そもそも雑魚いんだよ!
俺は自分を棚に上げて言った。今時あんなヤラレ役みたいな盗賊らに敗走する奴なんて漫画で見かけねーぞ!?
あーあー、レベル一だよ。俺は不貞腐れて外に向かって歩き出す。俺の二もあったレベルがこれでパァだよ!
おや? 教会を出てすぐの所で何やら揉めている複数人の男女を発見。合わせて五人。しかし四対一の構図で、一人の方が必死に四人に縋り付き声を荒げているように見える。
しかし、素っ気ない四人は相手にせずその一人に背を向けて立ち去っていく。愕然と立ち尽くす一人の方……その男の心情を表すかのようにポツポツと雨が降ってきたのであまり濡れたくない俺はそそくさとどこか雨宿りに良い建物を探してその場を去った。
*
そ、それでぇ。何とか盗賊さん達から逃げたんです……もうほんとに怖かったぁ。
そう言って俺はメソメソと涙を流す。すると目の前で険しい顔をして聞いていたおっさんどもが俺のテーブルにドンっと食べ物を置く。へへ、まいどあり。
「くそ……盗賊どもめ、こんな女の子達まで……」
「許せねぇな」
「ほらっ、たんと食え! 少し痩せているんじゃないか?」
いただきまーす。ニコリと天使の笑顔で俺はご馳走してもらう。やれやれ、俺金持ってないんだった。
道中はグリーンパスタが金を持ち歩いていたので俺は何も買うことが出来なかった。なので酒場みたいな所でおっさん達相手にたかっていたのだ。
隣にいる俺の顔そっくりで髪が黒色をした、例えるなら2Pキャラみたいなのがニコリと笑って俺のメシに食らいつく。俺はその顔を押しのけてお淑やかに言う。
こら、これをもらったのは私ですよ……? お前金持ってるだろ……。
しかし抵抗する2Pキャラの頰が歪む。
「いやいや、お姉ちゃんだけずるいよぉ〜」
誰がお姉ちゃんだ。俺のガワを被っている変態野郎ことグリーンパスタのデコに手刀を叩き込む。
「こらこら、喧嘩は良くねぇ。ほら、これもやるから」
姉妹喧嘩を見かねたという様子でおっさんがまた貢いでくれるので俺は仕方なく引き下がった。だがそんな事より何だその姿は、何故俺のパーフェクトキャラメイクをパクってやがる。まぁ仕方ないかもしれないがな、それだけの完成度だ。しかし色違い如きでは俺には届かない。俺が一番可愛い。
「わぁ、ありがとうございますぅ!」
パアッと、俺には及ばないが天使に近い笑みでグリーンパスタが舌ったらずにぶりっ子すると、おっさんどもはそれに対して気恥ずかしそうに頰を掻いたり頭を掻いたりして「へへっ」とか言ってる。
んだよこいつ、ぶりっ子きめーんだよ。俺は掲示板にそう書き込んでグリーンパスタを非難した。
君の真似だよ。と返ってきたが俺はもっと可愛いので議論にならない。
ふと、視界の片隅に写った酒場の一角。端の方の席で、ただ酒を片手に呆然と陰鬱な空気を醸し出している男がいた。
「ん? あぁ、あいつ……なんでも今まで一緒にいた仲間に追い出されたらしいんだよ。ったく、見てるこっちまでシケてくるぜ」
へぇ……。ニコニコとしながら俺はその男から目を離さなかった。心配ですね。そう小さく呟いて、俺は男の右手の甲をジロリと見つめていた。




