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第68話 そういえばそんな事頼まれてましたね


 挽いた珈琲豆をネルの中へ入れて、円を描くようにお湯を注ぐ。鼻腔をくすぐる珈琲の香りが心を満たす。


 小さな女店長が淹れる珈琲の味は日に日にクオリティを高めていた。眼鏡の向こうに見える優しげな瞳、姿勢の良い立ち姿は彼女の勤勉さと誠実さを感じさせた。

 その女店長は自身の経営する店だと言うのに毎日いるわけではなかった。だからある意味、彼女が珈琲を淹れているのは客にとっては貴重な姿だ。


 二人の若い男女の店員も、この店が出来た頃に比べて随分と落ち着いた雰囲気を持つようになった。人は環境で育つ、荒くれた人間の多い迷宮都市という場所でそうなれたのは間違いなくこの店で働いているからであろう。

 店長が居ない時は、全身に白い羽毛を生やした鳥型獣人のような男が珈琲を淹れている。たまに羽毛が珈琲に浮いているのもご愛嬌、というやつだ。


 チリン。鈴の音色は来客者である。

 店内に新しく入ってきたロングコートの男がカウンター席に座った。ベージュ色のコートに同じ色のハット、それを深く被っているために顔立ちを伺うことはできなかった。

 その男はカウンターを指で軽く二度ほど叩く。女店長はそちらをチラリと見てから、先程淹れた珈琲を店員に運ばせてコートの男の前に立つ。


 コートの男が小さな紙をカウンターの上に置き、珈琲を一杯注文する。女店長はニコリと頷いて紙を回収した。


 カサカサと静かな店内に紙の擦れる音が響く……。


「ほぉ、中々強気だな」


 紙に書かれた文字を読んだ女店長が不敵に笑った。そこに書かれていたのは……。



 *



「そこに書かれていたのは?」


 聖公国のなんだかでかい教会らしき建物の屋根の上、グリーンパスタが足を伸ばしてそう聞いてくる。その横で三角座りをする俺がニヤリと口角を上げて続きを話した。

 何とだな、俺へのラブレターだったんだ。


「ええっ!」


 大袈裟に驚いてみせるグリーンパスタ。その後ろで建物が一つ爆散した。周囲に舞う残骸の中に一人の影。ヒズミさんだ、ヒズミさんが謎の黒い触手みたいなのを周りに従えて残骸を足場に飛び回る。

 指を立てて宙に何かを描くように、まるで指揮者の如く緩やかにかつ流麗に指を踊らせた。


 そのヒズミさんを追うように巨漢が大地を蹴った。身を捻りながら蹴りを繰り出そうとした所で全方位に魔法陣が浮かぶ。

 強く発光した魔法陣からあらゆる属性の魔法が放たれる。全てが巨漢に着弾し、魔法の規模の大きさから彼の姿が見えなくなる。


 それでだな、デートして欲しいって書いてあったから俺は了承したわけだ。


「へぇ、その人イケメンだったの?」


 うーん、ちょっと渋い感じだった。声がね、渋いね。

 魔法の嵐から無傷で抜け出した巨漢が拳を握る。


「声って、いやそれはいいや。てかデート? デートしてどうすんの」


 本気で不思議そうなグリーンパスタ。どういう顔だそれは。そりゃ、俺のような美少女だったらデートの百個や二百個くらい誘われるもんさ。

 この前なんてな、人気の無い怪しい建物に連れ込まれたんだぜ。

 巨漢の振るう拳を右手で受け止めたヒズミさんの身体に走ったヒビは顔面まで届き、そのまま空中から地面に叩きつけられる。


「え、え? それ、大丈夫だったの?」


 俺はグリーンパスタの首を絞めた。お陰でここにいるんだよぉっ! ボケェっ!

 地面にクレーターができて、ふらふらのヒズミさんは何とか立つ。目の前に巨漢が落ちてきて、地面をカチ割りつつニヤつきながらヒズミさんに一歩近付く。


「うぐ、ぐぐ……! あ、そ、そういうことね!?」

「フン、ヒズミィ……お前弱くなったか? 界力ファルナが小さくなってるな? どうせ、意味わかんねぇことしてんだろ」

「意味が分からんのはお前の頭が弱いからだろうが……!」


 ヒズミさんの魔力が爆発するように上昇……彼女を中心に大地が鳴動した。その余波でコロリと転がって屋根から落ちた俺とグリーンパスタが、なんでか知らんが争っているヒズミさんと謎の巨漢の近くに落ちる。

 視界の端で聖女と異端審問官が呆然と立ち尽くしているのが見える。


界力ファルナ全開』


 その言葉はやけに鮮明に聞き取れた。


『天体魔法』


 ヒズミさんの足元から地面が、大地がめくれ上がり隆起する。天に届くかと思わせるくらい伸びた大地はまるで巨大な爪。

 その爪の一つに引っかかった俺は下半身を失いながら横で同じく身体の半分を削られたグリーンパスタへ話を続ける。

 だからな、今こんな事になってんだぞ? お前責任取れるの? グリーンパスタは答えない、左半身だけで困ったように頰を掻くだけだ。


地波壇チハタン


 異端審問官達と聖女が周囲の人間を逃し、守る為に結界を張る。その直後、天に伸びた大地の爪はたった一人の男を目掛けて音速の壁をもブチ破って俺達の身体も消し飛ばし



 聖公国のセーブポイントは、今まさに天変地異の真っ只中にある大聖堂? ではなくその裏にそびえ立つ謎の塔型建造物だ。

 そこは大聖堂からそこそこ離れており高い位置にある為、遠目にどえらい事になっているのがよく見える。俺の横で復活したグリーンパスタが頭を抱えた。


「ここまでの事は流石に読めなかった」


 そもそも何を考えて俺をここに連れてきたの?


「僕はね、この魔王祭に疑問を持っていたんだ。違和感っていうかね。それを解消したかったというか」

「ところでぺぺちゃんのデートの話はどうなったんです?」


 ちょっと前に俺を屋根の上に降ろしてどこか離れた所にいた魔王ハイリス様がニコニコとしながら近くに立っていた。


「そもそも、魔王ハイリスとヒズミさん達の関係性が分からない。あの……レックスという巨漢も」

「ねぇねぇ。聞いてます?」


 あの、ちょっと待ってもらえません? このクソガキの話も聞いてやってもらえませんかね? もう、あの、なんか世界の秘密とかもうどうでもいいんでコイツに話してやって下さいよ。

 チラリとグリーンパスタがハイリス様を見る。


「……教えてもらえます?」

「それはできませんね。したくないわけではないですよ? でもペペちゃん以外のプレイヤーへの情報開示は控えようかなって」


 まぁ、結局デート行ったんですけど、途中で刺客に襲われて……その男も俺の事を罠に嵌めたのかと思ったんですが、狙いは男の方だったんですよね。


「ペペの魔法はヒズミさんの影響ですよね? この上達具合は異常だ」

「ええー、それでどうなったんですかぁ?」


 なんか腹にナイフぶっ刺されながらも刺客を返り討ちにしてましてね。死にかけでなんか君のお陰で人の心を取り返せたとか言ってるんで私もちょっとノッちゃって、なんか色々感動的な演出しちゃったんですけど、まぁ最終的にそいつ生きてたんですよね。


 うふふ。と話し終えた俺とハイリス様は笑い合う。ニコニコしたまま彼女は俺の手に杖の様な物を握らせてきた。


「そう言えば、ケーコちゃんの居場所が分かりました。今度こそ、お願いしますね?」


 はぁ、忘れてましたね。

 ちょうどここに攻略組の廃人がいるんで廃人仲間に連絡取らせますね。おいこら、グリーン……え? 居場所分かったんですか?


「灯台下暗しという言葉がありますが、まさにそれです。魔王領……そのとある場所にいる様です」


 へぇ。

 ガサガサと茂みの奥から現れたレッドが表情筋を動かさずに近付いてきた。


「ペペロンチーノ、俺もk子に用事がある。その周りの連中にな」


 ……コイツどこから?

 突然の登場に俺やハイリス様、グリーンパスタですら絶句した。真顔で何も言えず、レッドが近付いてくるのを待つ事しか出来なかった。


「ぽてぽちが捕まった。助けに行く。ちょうどいい、グリーンパスタも来い」


 ガッと俺とグリーンパスタを脇に抱えてレッドは歩き出す。その様子を呆然と見るだけだったハイリス様は少し離れてから小さく手を振ってきた。

 いや、助けて下さいよ。助けてくれなかった。



 *



 それはさておき、鳥男が何故迷宮都市の俺の店で働いているのかを話そう。


 それは、もう一ヶ月は前になるか。



「す、好きな人が出来た……?」


 龍華王国にあるモモカさんの喫茶店でサトリとお茶していた時の話だ。戸惑いがちなサトリの声が店内に響く。

 ギョッとするようにこちらを見る鳥男は無視して俺は前のめりに聞いた。どんな男なんです?


「えっとぉ、騎士をやってる人なんですよね」


 俺はサトリの方を見る。首を振るサトリ。この件について少しも聞いたことがないということか。


「まだ若いんですけど……その……」


 あ、ああ。イケメンなんですか?


「まぁ、カッコいいですよね」


 そうすか。相変わらず面食いっすね。

 テーブルの下で蒼白の鱗を持つ小竜が餌を食っているので、その邪魔をするべく足で小突く。コテリと転がった小竜が怒って俺に飛びかかってきた。

 俺の身体より一回り小さいくらいまで育った小竜に乗られ、地面に倒れてマウントを取られた俺は渾身のカウンターを放つが竜鱗に負ける。皮膚が破けた。

 ドタバタと暴れていた俺と小竜だが、サトリが小竜の首根っこを掴んで俺の上から下ろして口を開く。


「なんて奴だ? 私が連れてきてやろうか? 国王権限で」


 圧政かな? 夜の暴君と呼ばれるサトリにかかれば既成事実を作る事など朝飯前とも言えた。



 しかし、恥ずかしいと言って教えてくれなかった。

 というわけでモモカさん抜きの飲み会を開催する事になった。参加者は俺とサトリと鳥っぽい人間だ。

 ダン! と、鳥男がジョッキでテーブルを叩いて吠えた。


「何故俺には振り向いてくれないんだ!」


 コイツまだモモカさんを狙っていたのか……。俺は無言でサトリの顔を見る、すると彼女も俺の方を向いていた。そして同時にコイツ何言ってんだろうね? と首を傾げる。

 サトリが鳥男の肩を叩いて、優しい笑顔を浮かべて言った。


「その理由を、果たしてお前は本当に聞きたいのか?」


 俺も優しい笑顔を浮かべて逆の肩を叩く。


「顔だよ」


 俺の無慈悲な言葉に鳥男はテーブルに突っ伏して泣きべそをかいた。


「世の中顔か! くそ! モモカさんの好みの男なんてどうせ大したことない……いや、どころか悪い男ばかりだ! 絶対」


 腕を組むサトリが頷く。


「確かに」


 そういえばなんかこの前も変なのに捕まって金払えないとかあったな……イケメン喫茶とかいうアホみたいな店のことだ。

 鳥男の主張は続く。


「俺は、モモカさんを影ながら日々支えてきた……! あの人の事ならば、今この街で一番、俺がよくわかってる!」


 なんか気持ち悪くなってきたなコイツ。

 俺は溜息を吐いて言う。あのな? お前鏡見たことあるか? どう考えてもペット枠だよ。もしくはマスコットね。


「誰のせいだと!?」


 顔を勢いよく上げて不満を言ってくるが、そもそもその変な見た目になってなかったらもうとっくにモモカさんに追い出されてんぞ。あ? 分かってんのか、オラ!


「うぐぐ……!」


 ガシャコン、と。鳥男の右腕が大砲に変わる。

 ほー、そういうところだぞ。短気め、すぐに暴力に訴えようとする。チンピラ時代から何も変わってないな、レッド如きに負ける雑魚が呪いの力で粋がってやがる。


「いやだから呪いに関してはお前のせいだって!」


 はー、やだやだ。そうやって私のせいにするのね。まぁそうだけどさ? でも足治ったんでしょ? あのまま汚ねぇスラムで一生過ごすより有意義な人生送れてると思うけどなぁ〜。なんでそれが分かんないかなぁ〜。


「うぐぐ……」

「お前口喧嘩弱いな」


 嘴をモニョらせて言葉に詰まる鳥男にサトリの冷ややかなツッコミが入る。

 ふん、今程度で何も言い返せなくなるなんて雑魚にも程があるぜ。もうちょっと屁理屈ってもんを覚えてこいや。


「俺だって、お前に感謝してるんだ……! 確かに変な身体にはなった……! だが、この身体になる前の俺の人生は終わってた……お前の言う通り飽きてモモカさんに捨てられていただろうさ」


 涙を流しながら語る鳥男。

 俺は少しキョドッた。いや、この流れで真剣に感謝の気持ちを伝えられてもな……。


「ありがとう。いつも呪いの件に関してブツクサ言っているし、いや全く不満がないわけではないけど、感謝しているんだ」


 ちょ、ちょっと……。ええ? 俺はサトリの袖を掴んで揺すった。

 あの、サトリさん、コイツめっちゃ酔ってんだけど。サトリは微笑ましそうに俺を見るだけで何もコメントしてくれなかった。諦めて鳥男の対処に移る事にした。

 おい、やめろよ。ほら水飲め水! グイグイと嘴にコップを押し付ける。ダバダバと溢れる水が鳥男の服を濡らす。


 ガタッ! と急に鳥男が勢い良く立ち上がった。俺は驚いて椅子からひっくり返りそうになるが、何とか持ちこたえて姿勢を整えながら文句を言う。

 なんだよいきなり!


「それはともかくイケメンになりたいピヨ……」


 鳥男の頬を流れる一筋の涙。さっきから泣きまくっているが、一番切ない涙だった。周囲の客も同感する者が多数、頷いて賛同している。

 中には俺とサトリという美ロリ二人を侍らせておいて何を生意気な事を言ってると憤っている客もいるが……それはさておき、しばらく黙っていたサトリが突然何かを思い出したような顔で話し始めた。


「そういえばだが、以前迷宮都市に行っただろ? それから色々とあの街のことを調べたんだ」


 ……?

 なんだ急に。


「迷宮からは不思議なモノが手に入る。その中には、容姿を自由に変えられるものがあるのだという」


 ふん、眉唾だな。

 実際今そこにいる鳥男を見ろ。あんなんになるのがオチだぜ。


「そのモノの中には過去に実在した伝説的な魔道具も含まれるんだ。例えば、過去現在未来その全てで並び立つ者がいない絶世の美女と言われる初代『賢者』の作った……美容アイテムとかな」


 賢者? いや、それは置いといてその美容アイテムとやらが、まさか……?


「そう。自身を思い通りの姿に変えることのできるアイテム。イケメンだろうと美女だろうと思うがままな」


 鳥男が目をクリクリと大きく見開いた(?)。ワナワナと震えて一歩後退り、本当に? と小さく呟いた。

 それを見てニッコリと笑ったサトリが、パン! と両手を叩いて立ち上がった。


「という事で行くぞ! いざ迷宮潜りだ!」


 こ、こいつ……! 迷宮にハマってやがる……!

 そして何故か俺も連れて行かれるようで、俺達はすぐに出立した。


 山を越え谷を越えて、目指すは多くの無謀な夢が散りゆく地。終わらぬ欲望と興奮が渦巻く街。


 いざ、迷宮都市へ……。




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