第7話 モモカさんの恋愛事情 後編
前話にて突然さらわれた主人公
彼女は一体どんな目に遭ってしまうと言うのか
「どうしたんですか?カトリくん」
中央通りの喫茶店、閉店後に店の前でカトリは右手に手紙を持って突っ立っていた。近くに来ていたため、少し寄っていたモモカがその姿を不審に思い彼に話しかける。
クシャリと手紙を握りつぶすカトリ。静かに呟いた。
「僕のせいで……。チノさんが危ない目に遭っているかもしれない」
どこか決意をした瞳で、踵を返し歩き出す彼をモモカは呼び止める。
「どこに行くんですか?」
「先生、今日の所は……これで失礼します」
目を合わせずにそう答えるカトリ。恐らく巻き込まない為にだろう、モモカはそれ以上何も言えなくなってしまい、ただその後ろ姿を見守る事しか出来なかった。
「あんだよにぃちゃん、なんか用かぁ?」
カトリが人気の少ない……治安の悪い地域に入り少し歩いた所で二人組の男が立ちはだかった。
奇抜な髪型のアウトローが目と鼻の先で抉るように睨みつけてくるのを、冷たい瞳で一瞥し即座に腹に拳を入れる。一瞬、呻き声を上げるがすぐに地面に崩れ落ちた。
「てめぇぇ!」
もう一人の仲間が棒状の武器を振りかぶりカトリに向けて振り下ろした。それを右手で受け流すと同時に左の掌底を相手の顎に入れる、意識を刈り取られたのか男は白目を向いて倒れ伏した。
二人の男を一分とかけずに制圧したカトリはその勢いのまま、倉庫の様な建物の扉を開けた。そこに待ち構えていたのは、十人程の男達……。彼は臆せず中に入っていった。
「ふん、中々やる様だな」
倉庫内の奥、暗がりの中に鎮座する謎の人物が言葉を発すると同時に男達はカトリを取り囲む、一触即発の空気の中……謎の人物が立ち上がり彼の方へ歩いてくる。
「だが、この人数を相手に……どれだけ保つかな……?」
暗がりから明るい所へ来た事でその人物の容姿が明らかになった。緑の髪に翠眼が特徴の、この様な所とは無縁に思える少女であった。更にその少女の事をカトリは知っている、普段から彼は彼女の事をチノと呼んでいて、なんと自分の店で働いている店員なのだ。
「ええっ……?」
倉庫にカトリの驚く声が響いた。
「いや、チノさん。僕はあなたの事を人質にされてここまで来たのですが」
抗議の声を上げるカトリに俺はふふっと笑って教えてやる事にした。洗脳って、わかるか?
「まさか、いま洗脳されていると?」
そういう事だ。俺が頷くと、何処からか「えっ」という声がする。それはアウトローな男達の一人からだった。どうした?
「いやいや、あんたが勝手に仕切り出したんだろ?」
この可憐な少女がそんなことするわけないだろ。俺はそいつを無視してカトリに対して事の経緯を話し始めた。
どうやらこいつらの内の何人かが、最近出来た喫茶店のマスターに自分の彼女が夢中になっているのが気に入らないらしい。何でもそのせいでフラれたって奴もいる。要は逆恨みだ。
実に情けない理由だが、そういう奴らとそれを面白がった奴らが集まって衝動的に起こしたのが、このチノ様誘拐事件というわけである。
「うん、まぁあの……フラれたというのは残念ですが……それで他の人を巻き込むというのは良くないかと。それに、僕から何か彼女達にしたわけではないので……問題の解決にはならないかと」
「だからこうして鬱憤を晴らしに来たってわけよ……!」
先の台詞は俺の口から出たものである。洗脳されているので俺はこの情けない男達の味方なのだ、しょうがない。
「ふー……チノさん。正直な事を言うと、実は君の事は調べてあってね……とりあえずこの場を何とかすれば、話し合えるだろうから、少し大人しくしといてもらえるかい?」
身構えるカトリに俺は不敵な笑みを浮かべた。面白い、この人数を相手に余裕綽々だな。その様子を見た男達は侮られていると怒りを募らせた。
「舐められてるぞ!やっちまえ!お前ら!」
俺はその怒りをカトリに向けさせ、増幅させる。そうだ!いつだってどこでだって、イケメンが女を独占していくんだ!非モテ男の元には何も残らない!
決して俺の恨みではないが、男達の共感は得られたらしい。雄叫びを上げて男達がカトリに向かって走り出した。
『地を這いて、万物はその営みを止め……』
まずい……!カトリの詠唱を聞いた俺は即座に男達に指示を飛ばす。
「その場で飛べっ!」
直後にカトリの周囲の地面が放射状に凍りついていく。俺の指示を聞いて、行動できたのは数人だった。ほとんどが足首まで凍りついて身動きが取れない。なんて使えない奴らだ。
だがこちらのアウトローもやられるだけでは終わらない。
『火は集い、貫くが如く……』
空中でアウトローが使ったのは火球を飛ばす魔法だ。ファンタジーでお馴染みのファイヤーボールといったところか。基本的に街でプラプラしている俺は、闘技場以外では中々見れない魔法の迫力を身近に感じてテンションが上がっていた。すごいすごい!
飛んで来た火球をカトリは半身をひねりかわすと、即座に地面を蹴った。着地した直後のアウトロー魔法使いを一蹴りで沈ませ、更にもう一人に肘を叩き込む。
なんだよアイツ、普通に強いな。もうバトル漫画の世界の出来事なので俺には参加できない。所属しているアウトロー側がすでに壊滅状態なので、俺はどう寝返るかを真剣に考えていた。
目の前で久々に少年心をくすぐる魔法戦を見れたので既に満足しているというのもある。後はどう言い訳するかだけだ。
と思っていた矢先に、突然俺の身体が浮いた。首に腕を掛けられている。ちょっと、苦しいんですけど
「動くんじゃねぇ!こいつがどうなっても良いのか!」
既にアウトローは一人しか残っていない。その最後の一人が、今まさに俺の顔にナイフを突きつけていた。
マッチョな奴なのでマッチョ男と呼称するが、俺はそいつの太い腕に囚われており更には身体が宙に浮いている状態。
腕にしがみついてバタバタと窒息しないようにするので精一杯だ、もちろんカカトでマッチョ男の太ももあたりを蹴りまくるが、ステータスの差は無情である。俺の足の方が痛い。
「くっ、ここに来て普通に人質になるとはっ……!」
カトリも流石に俺という可憐な人質がいると身動きが取れないらしい。頰にペタペタとナイフの刃を当てながらマッチョ男は笑う。
「へへ、この可愛い顔に一生物の傷がついちまうぜ?お前責任取れるのかよ」
なんていうステレオタイプな悪党だ……!逆に惚れ惚れするぜ!まぁ、俺は顔に傷がつこうが死ねば戻るしそこの心配はないのだが、今まさに窒息死しそうなのでまずはそっちの方が勘弁願いたい。
最近久々にレベル2に上がったのだ。ここで死んだらまた戻ってしまう……。ちなみに暗器はこのクソ男共に拉致られた際に全部没収されているのでこのマッチョ男を倒す手段は俺に無い。
「どうすれば彼女を解放する?それより苦しそうだから緩めてやって欲しい」
カトリが諸手を挙げて質問する。調べているとは言っていたが、俺が不死のプレイヤーであることは知らないのか?それとも不死とはいえ女が傷付けられるのを見過ごせないとか?
俺が半分幽体離脱しながらボンヤリ考えていると、マッチョ男は少し腕の力を弱めたので首くらいまで幽体が戻ってきた。
「そうだな、お前のそのイケメン面に……一生残る傷をつけさせてもらおうか……」
逆恨みでそこまでするのか。もう引っ込み付かないんだろうなぁと大人しくぶら下がりながら事の成り行きを見守っていると、カトリはため息一つしてこちらに歩いてきた。
「それくらいで良いなら、好きにすると良い。だが彼女の解放を約束しろ」
なんて、格好いい奴なんだ……!俺はこの流れに乗ってヒロインムーブをする事にした。
「カトリさんっ!そんなのダメっ、私のことなんて良いから……」
涙ながらに訴える俺の発言を男二人は特に気にすることも無く、俺をぶら下げながらマッチョ男はカトリに近付いていく。おい、無視すんなよ。
「へへへ、俺は約束を守る奴だぜ?とりあえず、こっちが先にやらせてもらう」
マッチョ男がニヤニヤしながらカトリの顔へナイフを近付けていき、その刃を彼の肌に食い込ませようとしたところで腕ごと消えた。およそ人体が鳴らしてはいけない音を響かせて、マッチョ男の腕があらぬ方向へ曲がっている。
多分何かが飛んできてマッチョ男の腕を弾き飛ばしたのだ。多分と言うのは、俺には全く視認できなかったからだ。
カトリが驚いて自分の後方に振り返っている、足が凍って戦意喪失している男共の奥に人影が一つ。ぐあぁぁと呻き声を上げてついでに俺を落っことしたマッチョ男が腕を抑えながら叫ぶ。
「だ、誰だテメェは!」
問いかけられた人物は、その長い桃髪を靡かせて怒りの瞳を男達に向ける。その目は、爬虫類の様に鋭く光っていた。
その人物がこちらへ一歩踏み出すたびに胸の辺りが大きく弾み、男達は思わず視線がいってしまう。
「カトリくんのなにを傷つけるって言いました……?」
モモカさんだ。普段からは想像できない程の威圧感でこちらに歩いてくる。その迫力たるやカトリを除く全員が足を震わせて身動きが取れなくなってしまう。俺も思わず失禁するところだった、腰を抜かす程度で済んで良かったぜ。
「せ、先生……落ち着いて」
この場に現れてから常に冷静だったカトリも少し戸惑っている様だ。必死にモモカさんを止めようとするが、彼女は止まらない。
「このカッコいい顔に傷をつけるなんて、その発言だけでも許されませんよっ!!」
そしてモモカさんは血走った目で拳を振り上げてマッチョ男のすぐ目の前の地面を砕き割った。その勢いにマッチョ男はその大きな身体を子供の様に震わせて泣きべそをかきながら失禁している。
俺は先日のモモカさんの容姿がどうこうの発言を思い返しながら、その余波で吹っ飛んでいった。
「本当にごめんなさいぺぺさん、あの時は少し冷静さを欠いてまして……」
後日、俺は身体中に包帯を巻きながらモモカさんと歩いていた。松葉杖もついている、もちろんこれは全てモモカさんの地砕きのダメージである。
「いやでもぉ、この国の宝とも言えるイケメンが失われるなんて……あってはならないことだなぁって」
よく分からない言い訳をするモモカさんに俺は優しく笑顔を浮かべた。モモカさん、実は面食いだったんですね。
「いや違いますよ!そこだけじゃありませんから!まぁそりゃあ、顔が良いことに越したことはないですけどー」
まぁ、わかりますよ。そりゃ人間ですから、顔が良い方が良いですよね。大事なのは中身だーっていう奴も居ますが、それは外身も良ければ尚良しって意味ですから。
「あの、ちょっと怒ってます?」
いやいや、そんな事はありませんよ。イケメン保護に夢中になって私の事を無下に扱った事を根になんて持ってません。
「やっぱり怒ってるじゃないですかぁ!ごめんなさいごめんなさい!」
必死に謝りながら抱きついてくるモモカさんの胸部装甲を身体で感じたところで俺の怒りは霧散した。しめしめ、このままドサクサに紛れて揉み揉みさせてもらいますか。
「あれ、先生とチノさんじゃないですか」
そんな時、後ろから突然話しかけられたので振り返るとそこには例のイケメンカトリが立っていた。その横には見知らぬ女性がいる。おや珍しい。
「カトリくん!ちょうどお店に行こうと思ってたんです」
モモカさんがパァっと花の様な笑顔を浮かべて俺から離れた、くそ……またもやこやつのせいで。俺が呪詛の視線を送っているとカトリは困った様に頭をかいた。
「あー、すいません。今日は臨時休業にしてまして。その、彼女が先程合流できたもので」
そう言って隣の女性の方を見るカトリ、視線が集まったからか彼女はペコリと頭を下げた。
「カトリの嫁のシャオトです。彼がお世話になってます」
あっ……。俺はチラリと横目にモモカさんを見た。見事に笑顔が固まっている。そういえば、彼に直接そういう事を聞かなかったなぁ……。
「修行先で知り合ったんですよ、僕が王都で店をやるって言ったら……ついてくると言ったものですから」
少し照れながら言うカトリにぎこちなく愛想笑いを返すモモカさん。俺の肩を掴み、無理矢理方向転換させる。ゴキリと嫌な音がするが俺は為すがままだ。
「そ、それじゃあめ、迷惑掛けますし、ここで失礼しますね」
「?は、はい。今度は僕から店に伺いますね」
俺をヒョイと持ち上げて街へ消えていくモモカさん。何となくその背中には哀愁が漂っていた……。
その後しばらく、とある喫茶店は夜にだけ開いてお酒を提供する様になったという。その店のマスターは幼い見た目ながらも扇情的な格好をしていて、一部の人間から根強い支持を受けているらしい。
何でも常連によると、普段はアルコールを提供していないし服装も落ち着いていると言うが……。今までも不定期でこのような事があったらしいので心配はしていないと言う。
「チノさん、君の目的は何となくわかっていたんだ」
店を辞めますとカトリに伝えにいくと、突然そのような事を言われた。成る程、通りで常に俺に警戒心を抱いていたわけだ。
ふん、と鼻を鳴らすと俺は踵を返して去ろうとする。
「君に僕を見張る様に頼んだ人に、もう心配ないと伝えてくれないか?ダメな兄でゴメンともね」
……?何の話だろう?どうやら俺と彼の間には擦れ違いが発生している様だが、既に片手を上げて去りゆく途中なのでそれを修正するのは難しい。俺は意味深なフラグは放置してそのまま帰路に着こうとして酔っ払ったモモカさんに捕まった。
「ううう、今回は静観しすぎたのがダメでした……今度は私からグイグイ攻めますよぉ〜」
や、やばい。めんどくさいぞこの人……。この話はもう何度目になるやら、こうなっては中々解放されないぞ。もうヤケだと俺も酒を煽る事にした。
龍華王国では、昼下がりに肩を組み合って歩く酔っ払い少女二人組がしばらくの間目撃されたという。何でもその二人に粉をかけようとした不届きものは次の日にボロボロの姿で発見されるとかなんとか……。