第66話 心壁崩理界
兄妹っぽい異端審問官二人の容姿は、金髪碧眼だ。二人ともよく顔が似ていて、兄の方はまだ少女と言われても信じてしまうくらいだろう。
二人とも華奢で幼いが、強き意志の込められた瞳は年齢以上の印象を受ける。まだ十代半ばにも満たぬか、そんな歳でも異端審問官とやらをやれるとは……つまりは天才、というやつだろうか。
「俺は、俺を裏切るものを許さない。絶対にだ」
どの口がそんな戯言を吐き出すのか。ランスくんが歯をむき出しに怒りを露わにした。つい先程までの友達を守るムーブは一瞬で終わった模様。早いよ、俺なんてそれに乗っかって絆がどうこう言っちゃったじゃん。
しかしこの男が利益抜きにものを考えている今の状況は有り難い。裏切る確率が減った。多分。
「んダァ? こんなガキどもにイイヨウにされてたのカヨ? 情けねェな、オマエら」
問題はこの狼獣人だ。コイツは金で動く。つまり金が多い方の味方になるので裏切る可能性を常に考えなければ……ちょっと待て。
俺は少し考えた。そもそも、なんなのこの状況。聞いてみる。
あの、ちょっと待ってもらえませんかねぇ? 貴方達は一体何故このペペロンチーノ様をお狙いになって?
「魔王の手先と馴れ合うつもりはない!」
「……黙って死ね」
全く聞き入れてもらえず兄妹は襲い掛かってきた。これだからガキは。俺の前にランスと狼獣人が割り込んでくる。
ぶつかる兄の方とランス。交差する刃越しにランスくんがベロリと下品に唇を舐める。
「綺麗な顔してんな……! 好き者のおっさんはさぞかし喜ぶだろうねぇ……!」
一方、妹の方が振るう剣を腕ごと掴むことで防いでいる狼獣人が、力負けしているのかどんどん身体が押されていく。やがて膝を地面について、プルプルしながら驚愕した。
「こ、こノ細腕のどこにそんナ……!?」
悪党とかませ犬っぽい発言が目立つ二人と仲間である事がとても恥ずかしい事のように思えてきた。
それはともかく、兄の方と何回か斬り結んで今は鍔迫り合い状態のランスくんに俺は話しかけた。
お前はなんか聞いてないの? どうせ金もらって俺をここに案内したんだろ?
「お前を売るのに理由なんか聞くかよっ!」
ガキィン! と一際大きな金属音を立てて兄とランスが距離を取る。そうすか……。その俺の言葉を無視して二人は大技に入る態勢をとった。
兄は天に剣を掲げ、ランスは腰に槍を構える。
『見せよ威光。知らしめよ正義』
「爆閃突」
兄の剣に迸る白雷が凝縮され刀身の輪郭を曖昧にさせる。ランスの魔力が槍の穂先に集中して嵐の如く吹き荒れる。
同時に振り抜いた二人の刃が宙で激突した。歪む空間、空気の軋みは音にもならず、無音の衝撃がそこから周囲に広がる。
あまりの衝撃の密度にまるで時が止まったかのような錯覚を覚える。僅かに、ランスの槍が押された様に見えた。
『オーダーセイヴァー』
「穿」
咄嗟に手首を捻ったランスが槍の石突きに膝を叩き込む。直後に、兄の剣から爆発する様に雷が放たれた。
二人を中心に、俺達がいる怪しい建物が余波で爆散する。崩れた瓦礫の中、尻餅をつく兄にランスが槍を突き付けてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「次は、妹ちゃんかい?」
兄とランスの戦闘の合間に狼獣人をボコって、爆発の時には障壁を張る余裕さえあった妹の方が苛立ちを顔に滲ませた。
ちなみにだが狼獣人はボロ雑巾の様になってその辺に転がっていて、あと戦闘の余波でボロ雑巾になった俺もその辺に転がっている。
ヨロヨロと立ち上がって俺は言った。
あの、いつまでこんなことをするのでしょうか?
「我らが使命は、聖女様に従う事。魔王軍を仕留めよと命じられた、ただそれだけ」
そうですか……魔王軍をね。しかし俺はとある事実を知っている。
それはおかしいなぁ……。そう言って俺はニヤリとした。
魔物はともかく、魔王軍幹部は聖痕持ちでしか倒すことは出来ない。それが『ルール』だ。最近聞いた。
「……だが、弱らせる事は出来る。いや、それこそが使命なのだ」
ふぅん。
そして、異端審問官は聖痕を持てない。これもルールだという。代わりに『神』とやらから特別な界力を与えられる。らしいよ。
可哀想だな、つまりはそれって、お前達は聖痕を持った……『勇者』達の前座って事だ。かませ犬とでも言おうか? 虚しいと思わないか? お前達の様な実力者がその様な扱いをされるなんて、俺は辛い耐えられない。
俺は右手を差し出した。
「お前も魔王軍に入らないか?」
俺に人事権などないが。ノリと勢いで言ったその言葉に、妹は烈火の如く怒り始めた。
「侮辱するか……っ! 我らの矜持を!」
地雷だったか? 妹の矛先が俺に向いた。やべっと小さく俺は呟く。殺意がやばい。だが、ここまで怒りの感情が爆発しているのならば都合が良い。
俺の感情操作魔法は基本的に格上には効き目が悪い。そしてこの妹には全くと言っていいほど効く気がしなかった。
俺は両手を広げ、天を仰ぐ。額の角から溢れる力が俺に全能感を与えてくれた。自分という枠組みが人の形を超えて、空間そのものへと広がっていく。まるで、世界と自分には何も隔てる物は無いかの如き錯覚を覚える。
これこそが、界力の深奥。全は一であり、一は全。すなわち自己の拡大こそが……。俺は満を持して、宣言する。
『魔法結界』
俺を中心に広がる様々な色が天地を作る空間。地面はジグゾーパズルの様に分けられ、この世に存在し得る色全てがバラバラに配置された。同じく様々な色をした雲がいくつも散らばり、空自体はまるで明滅するようにその色を変化させる。
ここでは、人の感情を囲い隠してしまう壁を取り払い、自分の全てを曝け出して己を解放出来る。
そして、俺の感情操作魔法が……例え格上だろうと通りうる空間。
『心壁崩理界』
ここに欺瞞や虚栄の盾はない。全ての存在が自分を隠す事なく存在できる。俺の作る理想世界へようこそ。
俺は自尊満々に言い放った。
これも最近聞いた話だが、一度破壊された魔法結界はしばらく展開することが出来ない。よって、妹は先程ヒズミさんの魔法結界によって破壊された『絶対審理裁域』を使う事はまず不可能だ。
だが、誤算だったのは彼女がもう一つ魔法結界を展開できる事だった。
『雷郷破境界』
俺の魔法結界は黒雲と落雷が支配する荒れた大地に上書きされた。額の角が砕け散り、俺は脱力して膝をつく。
ば、バカな……! この俺様の魔法結界が、お前よりも格下だと言うのかっ!?
言うまでもなく、どうやらそのようだった。いつの間にかランスくんと狼獣人の姿はなく、俺一人が妹と向かい合う。
勝ち目はなかった。だが、俺は諦めると言う言葉を生まれてこのかた習っていない……!
しかし諦めなかったからと言って劇的に俺が強化されると言う事はなく、檻の様に俺を取り囲む雷は徐々に範囲を狭めていくので、ただぼんやりと見つめることしか出来なかった俺は諦めた。
負けました。ぺこりと頭を下げると魔法結界を解除してくれた。ふらふらと弟の方が俺を縛り付ける。え? 殺さないの?
「お前にはまだ用事がある」
欠伸をしながら俺が連れ去られていく様子を遠くからランスくんと狼獣人が見ている。どうやらコイツらの助けは期待出来ないらしい。俺は一切の抵抗なく、そのまま拉致られていくのであった。
*
○アンチペペロンチーノスレ
【面汚しの】ペペロンチーノまたやらかすpart.12【恥晒し】
252.名も無き被害者
迷宮都市在住だけど、ランスのゴミと変な建物入っていったんだ。その建物が吹き飛んだよ
253.名も無き被害者
あの人はギャグ世界に住んでるのかな?
254.正直見たことない名無し
どうしたらそんなことに……
255.名も無き被害者
そんで今ロリとショタに縛られてどっか連れてかれた
256.名も無き復讐者
性癖の業が深すぎる
*
縛られて動けない俺は仕方なく掲示板を見ていた。
すると酷いことが書かれているので擁護する事にした。ペペロンチーノさんは性とかそういうのとは乖離した存在です……と。炎上した。
誰がロリコンだ! 確かに俺の容姿は幼い。現実世界での俺がそう作ったということはつまりそういうことだと誰かが言った。
バカが、俺はこの世界に来て何度目になるか分からない自己主張をした。だからな? 俺はキャラクターとして操るならばこの様な見た目が一番良いという話であって……。
それはともかく、迷宮都市で拉致られて数日。俺は聖公国と呼ばれる所で牢に入れられていた。
天井から鎖で吊るされた枷で手を拘束され、ボロい貫頭衣を着せられた俺は檻の向こうにいる来客に対して不敵な笑みを見せた。
よぉ、久しぶりだな……。グリーンパスタ。
アルプラ教の下級神官が着込む法衣姿のグリーンパスタが、呆れ顔でため息を吐いた。
「どういう心理でそんな顔ができるの?」
ああん? 何がおかしい。ガッシャガッシャと暴れて見せると、指を一本口の前に持ってきてはシッと子供をあやす様な仕草をするグリーンパスタ。
「うるさくしてると酷いことされるよ。ただでさえ君、魔王軍幹部とか言われて敵視されてんだから」
まぁ、事実だし。
俺は神妙な顔をして頷いた。それには海峡よりも深き事情があるんだけどな……。
「k子もいたらしいね。あの子も何を企んでいたのかよく分からないけど」
あいつもすぐ流される所があるからな。行動に対して深読みしない方がいい。大した理由なんて無いぞ。
「そうかな? あれでいてβテスター……お仲間も恐らくそうだし。深読みした方が、正解だと思うけど?」
k子自身のコントロールは難しい。すぐ癇癪起こすし。それなら、お仲間とやらがあいつを隠れ蓑にして何かしていたと考えた方が正しい。
「まさにそれだよ。掲示板でも中々ボロを出さない……独自のコミュニティを形成しているんだ。一体、何をしようとしているのか……僕の推測だけど、今回の魔王復活には彼らが関わっている」
だからなんだろう。俺は心底からそう思った。正直なところクソ雑魚なプレイヤーどもがいくら群れようが知れている。
この世界において絶対の指標は界力だ。束になろうと一人の人間に劣る俺達プレイヤーが、一体何を出来ると言うのか。
「僕が調べたところ、魔王の復活には一定の手順を必要とするんだ。まずは異邦者が……」
そこまで言って、グリーンパスタは突然首をグリンと回して何処かを見た。牢の並ぶ通路の先、そこから誰かが来たようだ。
カツン、カツン。規則正しく、硬い地面を叩く靴音が響いてくる。些か頼りない光量を放つ壁のランプが人影を写し出す。やがて、暗がりの中から一人の女性が俺の前に姿を現した。
「チノ……久しぶりね」
柔らかく、優しい声音だった。まるで自分の子供に話しかけるような慈愛すら感じる。その女性は、俺の記憶より少し皺が減ったような気さえした。
先生……。俺の口から自然と漏れるようにその言葉が出た。とある町の孤児院が脳裏に浮かぶ。そして、かつてそこで子供達を相手に優しい笑顔を浮かべていたこの人を。
俺と先生がしんみりとした雰囲気で見つめあう中、グリーンパスタだけがどこか取り残されたような顔をして立ち尽くしていた。