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第65話 絆の力

 

 魔王城のバルコニーみたいなところから見下ろす、城下の街は中々に景色が良い。


 魔物を使役して、人間に災いをもたらすとされている魔族。しかし魔王城下の街では、普通に人と変わらぬ生活を送っていた。


 魔族と呼ばれる連中は姿が白金色の髪に長い耳と、まぁだいたいが似通っているものの、なにをもっても美形揃いだ。

 まるでお人形さん。とは上手くいったものだ。まさにその言葉が正しい。


『まるで』というのがポイントなのだ。その良い比較対象が俺達プレイヤーなのだが、プレイヤーの美は極めると造形美というものに行き着いてしまう。

 どこか、作り物めいてくるのだ。これは、キャラメイクを雑にしている奴ほど当てはまる。俺達のキャラメイクは部位ごとにテンプレパーツをくっつけるだけでもいいからだ。

 バランスが良いものに人は美を感じるが、良過ぎるとそれに対しては逆に違和感を感じてしまうのだ。

 だからこそ、俺や……認めたくはないがk子辺りなんかの『あえて』不完全なバランスを計算して配置したキャラメイクの方が、生き物には受けが良い。


 つまり、魔族達が美しいというのは『生き物』として美しいという話だ。


 そんな彼らが、普通にいっぱいいて、普通に過ごしているのは見ているだけで心が安らぐってものよ。

 俺は龍華や迷宮都市の汚いところを見過ぎたのだ。人は醜い……時には騙し、裏切り……簡単に相手を陥れる。

 全く、一度滅びた方が良いのかもしれないな。


 ふっ、と。鼻を鳴らして俺はバルコニーに置いたテーブルとイスで優雅に珈琲を啜る。

 気付けば目の前に魔王ハイリス様が座っていた。なんだか、つい先日より若返った気がする。見た目年齢一桁台に突入しそうな勢いだ。


「ぺぺちゃん」


 いつのまにか彼女は俺の事をちゃん付けするようになった。チノ時代や、さん付け時代は過ぎ去り、俺と彼女の蜜月は深まりつつある。


「ケーコちゃんがゼクスと共に討ち取られました。それ以降帰ってこないのですが、何か聞いていますか?」


 俺は、イスをガタッと倒し立ち上がった。手が震えてカップから珈琲を零してしまう。


 ゼ、ゼクスの兄貴が……? バカなっ! 兄貴がそんな簡単にくたばるわけが……っ! 驚きのあまり、俺はプルプルと生まれたての子鹿の様に震えた。


「アルカディア本国が出張ってきまして、彼らは特殊な兵隊さんをもっていましてね。なんでも、不死身なのだとか」


 不死身……か。なんて不気味な兵隊を持っているんだ。死なないなんて気持ち悪いな。俺はそんな兵を操る人間がいる事にもゾッとした。

 そいつらはそんなに強いのですか……?


「いえ、ゼクスの記憶は確認しましたが、あれは動く爆弾の様なものです。肉体に呪法を刻み、魔道具による強化で身体能力を底上げする……なんとも恐ろしい兵を作るものですよ」


 そ、その程度ならば、ゼクスの兄貴には『超回復』の魔法が……。


「それがですねぇ、彼の魔法の核が解析されちゃいまして。というかケーコさん、裏切りましたしね」


 なんてゴミ女なんだ! 俺はクソゴミ女のニヤケ面を思い出す。なんて奴だ、どうすればあんなに気の良かったゼクスの兄貴を裏切れるというんだ……!


「実は以前からケーコちゃんに、ゼクスからセクハラを受けていると相談はあったのですが。やはりしっかりと対策をするべきでしたね」


 ……確かに。ゼクスの兄貴は筋肉むきむき系の魔族で、むさ苦しいタイプかつ少しデリカシーの欠ける所があった。しかしそれが魅力でもあったのだ。

 だがケーコはお子ちゃま女だ。だからまぁ、兄貴のオープンセクハラは耐え難かったのかもしれない。

 そういえば、食事中に出てきた変わった形の食べ物を見て『まるで○○○○みたいだ』とか、他にも『ケーコ。お前何カップだ? 人間ってのはデカければデカいほど良いんだろ? 触らせろよ』とか言われて顔を歪めていたな。

 俺に対しても『ちっぱいってやつか、特殊な嗜好を持った男相手には効くらしいな』とか、『俺と添い寝するか?』なんて言ってきたりしていたお茶目な人だ。


「なんであんな子に育ったのか……」


 ハイリス様が遠い目をして彼を思い出す。俺も思い出したことがあった。魔王軍幹部は少数精鋭で人里を攻めて成果を上げなければいけない。なので強い人間がいる土地や魔王領から遠い土地を攻めいるには充分な準備をしていく。


 だと言うのに、ケーコの奴はゼクスをアルカディアの中央近くまで攻めるよう誘導して、かつ魔物を封じ込めた水晶を協力者に頼んで隠していた。

 魔物で撹乱して強力な人間を自らで相手する……それが魔族の戦い方なのだが、その魔物を連れて行けず、しかしケーコという妹分にカッコいい所を見せようとゼクスは頑張ったのだろう。

 だが、事前に体内の魔力の流れを阻害する薬品を摂取させられていた事もあり、『超回復』のポテンシャルを全て発揮することはできなかった様だ。


 それに、何処からかリークされていた情報から攻め入る街にはアルカディアの兵隊、それと異端審問官まで派遣されていたという。

 まぁ魔王軍の協力者とは俺の事だが、そうした味方の裏切りによって魔王軍幹部でも第六席を名乗っている男は討ち取られてしまった。


 掲示板にゼクスの襲撃場所と時間まで書いて、ケーコの奴は……まさか本気で彼を仕留めるつもりだった……?

 いやしかし、魔王軍幹部も一枚岩ではない……。ゼクスを疎ましく思う者は間違いなく一人ではなかった。


 俺はとんでもない事実に辿り着いた気がしたが、気付かなかった事にした。魔王軍の闇……魔族、彼らもまた、人と同じ様に醜い一面を持っているのかもしれない。


「ぺぺちゃん。私はゼクスについてどうこう言うつもりはありません。それにしても今回は魔王軍側の大敗ばかり……異例の結果ですが、それこそが目的なので良しとしましょうか」


 その言葉には、俺も驚いた。


「しかし、この辺りで反撃とさせてもらいましょうか。ヒズミさんはプレイヤーを強化……いや、そのさらに奥を目指している様ですが、私は別のアプローチをと考えています」


 別のアプローチ……。とは? そもそもヒズミさんの目的もよくは知りませんが、ハイリス様は一体何を……。


「まぁまぁ。とりあえず、ぺぺちゃんには頼みたいことがあるのですが」


 はぁ。気の抜けた返事をすると、ニコリと笑ったハイリス様が、どん! っと俺の目の前にとある物を置いた。捩くれた禍々しい黒い角を細くした様なもの。

 それを受け取り、まじまじと見る。指揮棒の様なサイズだ。つまりは、杖……か?


「これをプレゼントします、要領としてはヒズミさんの魔道具と一緒ですよ」


 へぇ……。

 俺は少しウキウキとした。魔王と呼ばれる程の人がくれるアイテムだ、さぞかし強力なのだろう。口角が自然と上がる。


「その代わりに、ケーコちゃんを捕らえて来てくれませんか?」


 喜んで。

 ニコリと俺は安請け合いで即答した。躊躇いはなかった。奴も同じプレイヤー、その身柄を売る様な真似は俺とて少しは躊躇い……はまぁ無いが。物欲には負ける。


「ああ、それと」


 もう一つ、付け足す様にハイリス様は俺の右手を優しく持って、手の甲をさすって続けた。


「他にも、ケーコちゃんの様に五本線の聖痕を持つプレイヤーさんを皆捕まえて貰えませんか?」


 ……アイツ、聖痕持ってたの?

 言われてみればそんな気がする様な、しない様な。あまり興味が無いせいかk子に対しての記憶が薄い。

 しかし、五本線、ですか?


「ええ、この様に」


 そう言ってハイリス様は自分の右手の甲を見せてくれる。そこには、中心から花びらの様に伸びる五本線の模様がある。どこかで見たな。ぽてぽちもこんなの無かったかな。


「ふふ。これについては、また教えますよ」


 柔和な笑顔のまま、ハイリス様は俺のデコに指を置く。そこからニョキリと黒いツノが生えてきた。すると俺の身体に力が満ち溢れる……。

 くくく、俺の力はハイリス様の為に。力に溺れた俺は跪き、笑みを深め忠誠を誓った。


「お、お願いしますね」


 くくく、お任せを。すぐにでも、吉報を貴方様にお届けに上がりましょう。


 俺は立ち上がり、片手を上げながらその場から去った。



 *




 魔王軍の逆賊であるk子を捕らえねばならぬ。その使命に燃える俺は、とりあえず迷宮都市に来た。

 つい最近魔王軍幹部に襲われたこの街の復興は順調で、むしろ復興業という新しい安全な仕事の需要が生まれた事で探索者達も助かっているくらいだ。


 何故、迷宮都市に俺が来たかというと……だが、正直俺一人でk子を捕らえることが困難だからだ。

 奴には一度俺やグリーンパスタ達攻略組を出し抜いたプレイヤー仲間がいる。そして今、魔王軍を裏切り逃走した奴は恐らくそいつらと共に行動しているのだろう。


 それが何の目的の集まりなのかは分からないが、何となく攻略組や俺を敵視していることは察している。

 


 つまり、攻略組の連中と不本意ながら一時的に一緒にいる事でk子を見つける確率が上がるだろうという判断だ。

 それに、まず探し出す為にぽてぽちの能力が必要だ。


 レッド、ぽてぽちの二人が今は迷宮都市に居る。


 掲示板で連絡を取っているが、今は迷宮潜りの最中なのかすぐには来れないとのこと。仕方ないと、俺はアンリミテッドインフィニティこと無限の元へ向かう事にした。


 その道中、知り合いに話しかけられた。


「よぉ、ぺぺ」


 俺の肩に気安く腕を回してくる青い髪の男ランスくんだ。ニコニコと楽しそうにしている。俺は腕を振り払った。

 ええいっ、暑苦しい!


「おっ、なんか力強くなったか? まぁいいや、ちょっと遊びに行こうぜ」


 暇だし、いいけど。ちょっとだけ暇だからな、ちょっとだけ。

 俺は口を尖らせながらついていく。すいすいと人気の無い路地を通り、何やら怪しい建物に案内されたので一緒に中へ入っていく。

 その中の一室に入ると、扉の近くに待機していたランスくんが後ろ手に鍵をかけた。


 おいおい、ランスくん。これは一体どんなサプライズだい?


 その部屋には二人の人間が居て、なにやら武装している。服装から異端審問官であることがわかった。

 まだ十代半ばの子供に見えるその男女二人組は、何となく兄妹である事が外見から分かる。無邪気そうな雰囲気を出しつつも、そこに威圧感もあった。


 しかし俺が不敵な笑みを浮かべると、その二人は警戒心を露わにして威圧感を増した。


「いやいや、なに。その二人がお前と遊びたいんだってよ。まぁ、相手してやってくれよ」


 そう言って背中に担いでいた槍を構えるランス。ガキンチョ異端審問官二人も腰の剣を抜く。俺は、余裕の笑みを浮かべたまま、懐から懐中時計と黒い角杖を取り出した。


 面白い、この魔王軍幹部ペペロンチーノ様を前に……無事で帰れると思うなよ。


『魔法結界』


 兄妹らしき異端審問官らが手を繋ぐ。その口から、まるで祝詞の様な詠唱が溢れる。


『絶対審理裁域』


 二人を中心に俺とランスくんは魔法結界に取り込まれる。厳かな法廷の様な景色になり、俺は傍聴席、ランスくんが被告人なのか証言台に立っていた。


「え!? 俺!?」


 驚くランスくんはすぐに槍を持って異端審問兄妹へ危害を加えようとするが、どうやら身体が動かせないのか、証言台の前でプルプルとしている。

 俺はふふっと笑った。


「罪状、平気な顔で友人を裏切った」


 兄っぽい方がまだ声変わりが終わってなさそうな高い、通った声でランスくんの罪を述べる。


「有罪」


 速すぎる判決だった。妹っぽいのが一片の遠慮もなく言い放つと、瞬く間にランスくんは十字架に磔になった。


「ちょっ……急に裁判の形式変わってない!?」


 火刑かな?

 違った。落雷が落ちてランスくんの悲鳴が上がる。この姿を写真に収めれば、ランスに恨みを持つ幾人かが買ってくれるほど無様な姿だった。

 ゴトリと地面に崩れ落ちたランスくんをちらりと見て、すぐに俺を見てくる兄妹は次に俺を標的にする様だ。


 気付けば証言台に俺が立っている。

 くくく……俺は含み笑いをした。


「罪状……」


 遅い。迷狂惑乱界……。

 俺の懐中時計から魔法結界が展開される。これは、かつてヒズミさんがあらゆる魔法結界に対抗する為に作り出したらしい、言うなればアンチ魔法結界だ。

 空間にヒビが入り、ガラスの様に砕け散ると元の怪しい建物の一室に景色が戻る。


「何故俺の時にしなかった……」


 焦げたランスくんはしぶとく生きているようで、俺を睨みつけて恨めしそうな声を出してくるが無視。


「ぐっ!」

「結界を破壊……?」


 兄が呻き、妹が眉をひそめて怪訝な表情。どちらかというと兄の方が負担が大きそうだ。複数人による魔法結界はヒズミさんの回想でしか見たことが無いので仕組みは分からないし、回想では全員が苦しそうにしていたが……。まぁ、今考えても仕方がないか。

 俺は杖を構えて余裕の表情を浮かべた。


 さぁ、どうする? やるか?


「ならばっ! 直接!」

「……裁く」


 剣を構える異端審問兄妹。俺は余裕を持ったまま頰を掻く。

 おい、ここらでやめておかないか? 殺し合いをしたってしょうがない。その、ほら。俺、実は強くなくて、目的は分からないけど、あんまり野蛮なことはさ、ねぇ?


 杖の力は分からないが、とりあえずプレイヤーの雑魚さを身に染みてわかってる俺は遠回しに戦闘を避けるために命乞いをした。


「うおおおっ!」

「……死ね」


 だがその甲斐虚しく飛び掛かってくる異端審問兄妹。二人の細剣に白い雷が迸る。俺はすかさずハイリス様から頂いた黒杖を発動した。

 すると杖先から黒い、網の様なものがビャッと飛び出す。それは中々に広範囲へ飛ぶ、そして兄妹をまとめて絡め取ろうした所で、白雷の残像を残した兄妹の剣によってバラバラに切り裂かれた。


 ば、バカなっ!!

 兄妹達は黒い網を切断した勢いのまま俺に肉薄する。まずい、やられるっ!


 俺の両腕を斬り飛ばさんと振るわれる二つの刃、しかしそれを遮る物があった。槍と剣がぶつかる甲高い金属音が響き、兄妹が顔をしかめさせる。


「お前ら、俺の友達に何をしていやがる!」


 ランスくんだ。少し焦げ臭いランスくんが俺を傷つけんとする敵に怒りを露わにした。俺は感激で口に手をやって、はわわっと声を出す。


 ぶぉんっと勢いよく振るわれた槍の勢いに、兄妹は堪らず距離をとった。妹の方が苛立ちから端正な顔を歪めて舌打ちをする。

 おいおい、可愛い顔が台無しだぜ? 俺はそう言って懐から札束を取り出して窓の外へ向けて投げる。

 召喚サモンっ……!

 シュバッと現れた狼獣人が空中で札束を掴み取り、そのまま窓を突き破って中に侵入してくる。ゴロゴロと俺とランスの元へ転がってきて、ニヤリと口角を上げて立ち上がった。


「おイ、トモを傷つけるヤツは許さネェんだ。オレは」


 ゴキゴキと拳を鳴らす狼獣人。

 くくく……。取り巻きが増えて余裕を取り戻した俺は両手を広げて自分を大きく見せる様に威嚇しながら不敵な笑みをまた浮かべた。

 どうする? まだ、やるかい?


「……ゴミどもが、いくら群がろうとも」

「我らが女神の威光を前に、ただ裁きを待つのみと知れ」



 どうやらやる気の様だ。やれやれ、俺達をなんだと思っていやがる。

 俺とランスと狼獣人が顔を見合わせ頷きあった。俺達に言葉は必要ない。見せてやるぜ……絆の力ってやつをな!


 理不尽に迫る権力の横暴。それに抗う俺達の戦いが、火蓋を切って落とされた。





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