第64話 兄貴、死す。
とても長い机……食卓が置いてあり、そこに並べられた椅子に座って魔王軍幹部の面々と皆で食事を取ることになった。
ここは魔王城と呼ばれる趣味の悪い外観に似合わず、お洒落な西洋風の内観を持つ建物の中。その部屋の一つ、食堂内にて俺は席に座らずとある女とメンチを切り合っていた。
「は? は? なんであんたがいんの?」
ずいぶんなご挨拶だなぁ、ケーコォ……!
とある女とは、白髪に赤目の褐色女でありプレイヤーの中でもトップ層のゴミ女ことk子だ。なんと俺と同じく魔王軍幹部をしているらしい。
とってつけた様に頭頂部に二つ黒い角が生えているがなんてこった、へし折ってやりたい衝動にかられる。
「なに、このとってつけた様なツノ。へし折ってやろうか」
そこは気が合うらしい。k子も、俺に生えた角を見てそんなことを言ってきた。
睨み合う俺とk子。我慢できなくなったのかこの女は俺のデコに生えた美しき黒角を掴んで揺すってくる。折れた。
「えっ……脆い……」
アニエスこと魔王ハイリス様に与えられた力が失われていく。ガクリと俺は膝をついた。こ、このアマッ! ムカついたので椅子を振り回すと、キャアっと悲鳴をあげて顔を庇うクソ女。その頭の角に椅子がぶち当たる。折れた。も、脆い……。
ガクリと膝をつくk子。俺を恨めしそうに睨んで歯軋りを立ててくる。俺は、それを息を切らせて見下ろしながら鼻で笑った。
雑魚が、欠けた幹部枠に穴埋めで入れたからと調子にのってんじゃねぇぞ。
「それはあんたのことでしょっ……! ぶっ殺してやる!」
扇情的な、着物に似た衣装をはだけさせながらK子のゴミが飛びかかってきた。二人で地面をゴロゴロと転がり、マウントを取られた俺は一発殴られる。
くそっ! ゴミ女がっ! 俺も負けじと殴り返した。すると髪の毛を掴んでくるので俺は鼻を掴む。
「お前ら! さっきからなにやってる!」
そうして、くんずほぐれつキャットファイトを繰り広げていると、でかい食卓に皿を配膳していたツェインくんという魔王軍幹部の一人が俺達に向かってキレた。
俺とゴミ女は同時に彼の方を向きキレかえす。
やかましい! 今このゴミ女を躾けてんだ!
「はぁ!? ゴミはお前だ! クソダサ緑髪!」
て、てめっ、んだと! この……っ!
「やめろ! お前らも早く配膳を手伝え! 私が怒られるだろうがっ!」
依然として床を転げ回る俺達に、流石に痺れを切らせたツェインくんが光球を操って俺達二人を爆殺した。
復活した俺とk子がズカズカと食堂に乗り込んでツェインくんに詰め寄る。
「ちょっと! なにしてくれるわけっ! しんじらんない! 死ねっ!」
おうこらやってくれたのう……ええ? この落とし前どうつけてくれるんじゃい?
クソ女と俺が身体を密着させて上目遣いをして見せると、ゴクリと生唾を飲んでツェインくんが慌てて俺達から離れた。
「ぐっ……見てくれだけは人のフリをしやがって!」
「やだーえっちーっ。なに考えてるわけ〜?」
自分の魅力を扱う事に長けたk子相手にツェインくんはタジタジであった。やれやれ、情けない。こんな売女風情に……。俺が頭を抱えてそう言うと、カチンときた様子でk子が俺を睨む。
「はーっ? あんたに言われたくないんですけどぉ。世の中にロリコンが多い事多い事」
いやまてこら。俺は確かに、この美少女の姿を利用してきた事はある。それはつまり世界に対する貢献であってだな、ロリコンだとか、そういう性的趣向が関わる様な下賎な利用の仕方はした事がない。
つまり俺という存在は、性的なものからは程遠い、絶対聖域というわけだ。いやまぁ確かに? 色恋が役に立つ場面があればそれを利用することもあるだろうが?
「ごちゃごちゃうるさっ」
んだと? これだからお子様はよ。人の話を聞けねぇ。あのな……
「あーうるさいうるさい」
耳に指を突っ込み俺の言葉を遮断するクソ女。俺は飛びかかってその指を引っこ抜こうとする。
おい! 聞け! オラ!
そうしてまた揉み合っていると、またまた怒るツェインくんが俺達を引き離した。
「いい加減にしろ!」
「なんだね? この騒ぎは」
いつのまにか食堂に入ってきていた男がメガネをクイッとしながらそう言った。ビクリとしたツェインくんが姿勢を正し、慌てて新たな闖入者の方へ向いてお辞儀をした。
「お、おはようございます!」
「おはよう。ところでツェイン。まだ準備が終わっていない様だが」
白金色の長髪に長い耳。魔王軍幹部というか、魔族と呼ばれている連中は大体そんな感じの容姿だ。どいつもこいつも、綺麗な見た目をしている。
そこに眼鏡属性を追加したこの男は、ジィベン。魔王軍幹部の第七席である。
先日、龍華軍との衝突で戦死した第八席と、負傷して治療中の第九席……それら自分よりも下っ端が使えない為に、彼がツェインくんと新入りである俺達の教育係となっている。
ちなみにツェインくんは第十席だ。
「す、すいません! こ、このバカどもが揉めるものですから……!」
「ツェイン」
短く、そして鋭い一言でツェインくんを黙らせるジィベンの兄貴。
「下の管理が行き届いていない事を、下のせいにするな。お前が悪い。いい様に振り回されて、恥ずかしくないのか」
言葉に詰まるツェインくん。ショボンとする様はどこか犬を思わせた。俺はジィベンの兄貴に擦り寄って服をちょいと引っ張る。
あの、ツェインくんをそんなに怒らないでやって下さい。私が……。ここまで言って俺は瞳をウルウルとさせる。
私がケーコちゃんと仲良く出来ないのがわるいんですぅ〜……。号泣である。俺の涙腺はもはや水道の蛇口の様なものなので、変幻自在の泣き真似を可能としていた。
「きっしょ。ぶりっ子かよ」
ボソリとケーコのゴミクズが俺を罵倒するが、俺の嗚咽でジィベンの兄貴には聞こえない。兄貴は俺の頭を撫でて、気色悪い砕けた笑顔で俺に目線を合わせる為にしゃがんでくれた。
「チノ、気にするな? 喧嘩なんて誰でもするものさ。それに、ケーコの奴はちょっと癖があるからなあ。おいケーコ。あまりチノをいじめるんじゃない」
ジィベンの兄貴は少しロリコンの気があるらしい。成熟した肉体であるk子が《魅了》をかけられない人種だ。人種? 人なのかはよく分からないが。
そんな彼を、心底軽蔑した目でk子は見て、すぐに顔を逸らした。鼻を鳴らし、不機嫌そうに椅子を蹴っては何処かへ歩いていく。
「おい! ケーコ! どこに行く、配膳は!?」
「知らなーい。気分悪ーい。あー、うざー」
ふらふらと去っていくk子をツェインくんが怒鳴りながら追いかけて行く。その様子を、仕方がない奴だと言いたげに見つめるジィベンの兄貴に俺は抱きついて媚びた。
兄貴、ごめんね? いつも、いつも……なんだか迷惑かけるているなって。ケーコちゃん、私のこと嫌いみたい。
最高の笑顔を見せながら兄貴は抱き返してくれる。
「気にするな。いずれ仲良くやれるさ。お前の良いところを、そのうち分かってくれる。……まぁ、困ったことがあったら俺を頼れ」
兄貴! 俺は感涙した。しかし、少し気持ち悪いなとも思う。俺は男より女の方が好きなので、例え中性的な見た目でも性別オスと抱き合うのは少し精神ダメージがでかい。俺は兄貴の腕から逃れて、ふらりと体勢を崩す。
「大丈夫か!」
心配した兄貴が支えてくれるので、俺は力なくうなだれて、疲れたと訴えた。すると休んでおけと言ってくれたので部屋に帰って休む事にした。
しばらくして飯ができたと兄貴が呼んでくるので、読書をしていた俺はいそいそと準備をして食堂に向かう。
食堂に着くと、ツェインくんとk子、そして魔王ハイリス様だけが席についており、俺とジィベンの兄貴もそれに習って席に着く。
ハイリス様、他の連中は?
「ぺぺさん。また死にましたね? k子ちゃんも……後でまた力を分けますので来て下さい。それはともかく、他の皆さんはもうすぐ来ると思いますよ」
どこかのほほんとした雰囲気の魔王様に、俺ものほほんとなって飯を食べる。すると、近くにいたk子が嫌味を言ってきた。
「このタダ飯食い。ロリコンに甘えるゴミ女。美味いか? 尻軽女」
おい、飯中に汚ねぇ口を開くな。お前はもう少し語彙ってもんを身につけろ。頭の悪さが露呈してんぞ。
「は? 難しい事言われても分かんない。死ね。大したこと出来ないゴミ」
やれやれ。どれだけお前は俺の事が嫌いなんだ? 器の小さい奴だ。いつまでも昔の事をネチネチと。ガキめ。
「私、この前に街一つを《魅了》かけてやって、魔王軍の占有地にしてやったんだよね。働いて食べるご飯の美味しいこと美味しいこと。まっ、あんたにはどれだけの時間をかけても分からない味だわ」
なんだと……お前、俺に喧嘩売ってんのか。そんな簡単な挑発に乗るようなお子ちゃまだと思ってんのか? この俺を。
魔王様をはじめ、ツェインくんとジィベンの兄貴もまた喧嘩をしていると呆れ顔だった。
「喧嘩? あんたと私は同じ場所にいないしー。街の一つや二つ、落としてから対等だと思ってよね」
やれやれ、これだからお子ちゃまは。しかしお前の言うことは正しい。喧嘩とは確かに、同じレベルの者同士でしか発生しないと言うしな。
お前みたいな低レベルな奴とはな、そりゃ喧嘩にもならん。
「あんた一人じゃなんも出来ないもんね。口だけ。偉そうにして、自分を強ーく見せてる空っぽ女!」
……いい加減にしろよ。
俺はお子ちゃまではない。なのでこんなショボい喧嘩の売られ方では買おうにも買えない。しかし俺の肉体はお子ちゃまボディなので、そちらに少し精神を引っ張られた俺はガタンと椅子を吹き飛ばしながら立ち上がって吠えた。
上等だ! 街の一つや二つ……いや、国を落としてきてやんよ!
「言ったわね! やってみなさいよ!」
同じくk子も立ち上がり、俺と向かい合う。バチバチと、俺とクソ女の視線が交差して火花が散った。
「まぁ、ほどほどにして下さいね」
魔王様の、平然としたご飯を食べながらの一言でとりあえずこの場はお開きとなった。
俺はジィベンの兄貴の元へ行く。笑顔で迎えてくれた彼は、手を広げて俺が飛び込んでくるのを待っていた。やべえな、このロリコン。
「チノ、俺が力を貸してやる」
兄貴っ!
俺は満面の笑みでその腕の中に飛び込んだ。兄貴に見えない様に、ペロリと唇を舐める。見ていろ、k子。俺様の力を見せてやるぜ……。
*
紅蓮の炎が俺の足を焼く。
十字架に磔にされた俺を火葬するべく炎が足元で踊る。
「チノォー!」
武装した人間に囲まれ、身体中に刃物を突き刺されたジィベンの兄貴が地べたを這いながら俺に手を伸ばす。
俺と、兄貴の間に四本腕の男が立ち塞がった。
「魔王軍幹部、討ち取ったり!」
その男の片方の右手の甲に、バッテン印の様な四本線の聖痕が光る。四本の手に、光で作られた大剣が握られて、兄貴に向かってそれは振り下ろされた。
兄貴ィィィ!!
迷宮都市の、日が沈みかけた紫の空に、狼煙の様な煙が立ち昇り、虚しく俺の叫びが溶けて消えていった……。
*
死んで、ヒズミさんの魔道具店の地下にある魔法陣で復活した俺は目を閉じて兄貴との日々を回想した。
やっべ。ロリコン討ち取られちゃった。
もはや、色々通り越して笑えてきた。ふふっと声が漏れて、部屋の入り口にヒズミさんが立っていることに気付く。
ヒズミさんは少し引いた顔だった。
「お前、なんて言うか……『破滅』の名は伊達じゃないな」
なんか失礼な物言いだな。
俺はこの女に引かれているという事実が気に食わなかった。
「いや、だってお前……異例だぞ。ええ……っ?」
いやそんな事言われても。
困惑する俺達二人。
後日に発行された迷宮都市新聞の見出しはこうだ。
『魔王軍ですら……! 《堕天》の毒牙!』
という、少し不本意なものであった。これはおかしいと、俺が新聞社に抗議に行く。すると、ニコリと笑って書き直してくれた。
『魔王軍ですら……!? 《破滅の魔女》、その軌跡』
俺の特集記事だった。なんか違う。お前らにとって、というか人間達にとって魔王軍幹部討ち取ったことの方が重要なのでは?
こうして、また俺の根も葉もない風評被害が広まるのであった。とほほ……。