第63話 ガチャスキルと都合の良い女
石畳の上に台座があり、その上にニョキッと石柱が建っていた。周囲の壁から石畳を血管の様に青い光が走る。それは脈動しながら石柱目掛けて集中し、光が頂点に達すると収束し実体となった。そしてその形をクリスタルの様な物に変化させる。
ここで、脈動する光が黄色になった。ドクンと強く光が震える。ここで、視界の端から緑髪の美少女が顔をひょこりと出した。
白い衣装をはためかせ、石畳の上を忙しなく踊る様にその少女は進んでいく。彼女が石柱に辿り着くと、黄色に光るクリスタルを一発叩いた。
するとどうだろう、黄色の光が赤の光に変わったではないか。しかし、まだ少女は叩く。赤、赤。叩く度に脈動する光、やがて何度か叩かれた赤の光は美しい虹色の光に変化した……!
くるりと緑髪の少女が振り返り、にぱっと満面の笑みを浮かべてその場から去っていく……。
ピシリと、クリスタルにヒビが入った。
虹の光をヒビから漏らし、クリスタルが砕け散る。虹の雨の様な景色の中……剣の形をしたシャボン玉の様なものがプカプカと浮かぶ。
『SSレアスキル! 《剣術・飛刃》!』
それはなんと、剣撃を遠距離に飛ばせるスキル……! 激レアスキルだ!
それを見事引き当てたプレイヤーは歓喜した。彼は賭けに勝ったのだ。早速、掲示板に自慢をする為に書き込む事にした……。
*
激レアスキルをガチャで手に入れた奴が掲示板に書き込んでいる。俺はそれをぼんやりと見ながら呪詛を吐いた。
くそ……ゴミ風情が、何を斬撃が飛ぶだけで喜んでやがる。そんなのが最高レア度だなんて、お前……現地人の基本スキルみたいな技だぞ。
迷宮内。俺がイライラとしながら貧乏揺すりをしている目の前で、巷ではボンクラーズと呼ばれている男三人組がきゃっきゃとはしゃいでいる。
「いくぜー。《横斬り》!」
ボンクラ一号がスキル名を叫び、割といいフォームで横薙ぎの剣戟を放つ。それを盾で受けたボンクラ二号がその攻撃の重さに後ずさった。
「す、凄い……! なんて重い剣だ! よし……! えいっ、《盾殴り》!」
二号の盾が加速して一号の剣を叩く。弾かれた一号がよろめいて尻餅をついた。またきゃっきゃとはしゃぐ二人の横でボンクラ三号が宙を虚ろな瞳で眺めて拳を握っている。
「こい、こい! 確定演出……! きた!」
どこを見ているのか分からない顔で独り言を話す姿は端から見ればどう見ても不審者だが、これは掲示板やシステムウィンドウを見るプレイヤーの特徴だ。プレイヤーのほとんどが不審者なのでつまりはいつも通りと言うことになる。
三号が拳を振り上げた!
「きた! Sレア! なになに……十字斬り?」
早速新スキルを試す事にしたらしい。三号の前に一号と二号が盾を構えて待つ。
緊張しているのか、ただでさえたどたどしい姿勢がさらに酷く、素人と変わらない剣の構えで三号が叫ぶ。
「おお! 《十字斬り》!」
素人の様な構えから一転、突如として別人の様な太刀筋で剣を二度振るう三号。その名の通り一瞬で十字を描く様に剣を振った三号が、振り終わった姿勢のまま感動に打ち震えた。
「す、すごい……! 身体が勝手に動いた!」
「だよね! 見て見て、《横斬り》! 《横斬り》!」
一号がまるでコピペの様に全く同じ太刀筋で剣を振るう。どうやら、スキルごとに決められた型の様なものがあり、発動するとその型に沿って身体が勝手に動く様だ。
先日、通称というものが俺達プレイヤーに実装された。ボンクラーズが今実演していた様なものに加え、魔法を使える様になるスキルもあるらしい。
プレイヤーの一部……例えばレッドとか無限の様な変態どもを除けば、殆どのプレイヤーがまともな戦闘能力を持たない。
何故かと言えば、誰かに教えを請うても全ての動きの元となる身体能力に絶望的なまでに差があるのだ。
だから俺達プレイヤーにはこの世界の人間の戦闘技術を学ぶという事がかなり、難しい。
かと言って現実世界での技術が役に立つかと言われたら……ここと違って界力という不思議な力がない世界の技術はこの世界ではあてにならない。
赤子に腕立てを何十回もしろと言っても出来ない様な話だ。そしてレベルの増減によりステータスが変動するので、せっかく身体で覚えた動きもレベル一つの差で違和感を感じてしまうのである。
そんな雑魚であることを宿命づけられたプレイヤー達にとって、《ガチャスキル》とは一定の成果を保証された革新的なものだった。
例え、ガチャ一回につきレベルを一つ犠牲にするとしても、死ねばスキルをリセットされるとしても……プレイヤーは引ける限りガチャを引いた。
ガチャによるレベル低下は、経験値テーブル据え置きである。つまり、ステータスは下がるのに、次のレベルへの必要経験値はガチャをする前と変わらないという事だ。つまり同じレベルよりもレベルが上がりにくい。
ガチャの引きすぎには注意しなければいけないという事だ。まぁ、それら全てこの俺様には関係ないのだが。だって俺はガチャ引けないんだもん。
「凄いぞ! どんな動きをしていても《スキル》を使えばその通りに動くぞ!」
ボンクラ一号が踊りともいえない奇妙な動きの最中にスキル名を叫ぶと、途端に先程と全く同じ動きで剣を振るう。
まるで記録されていた動きを再生しているかの様に、その太刀筋は全く変わらない。むしろ気持ち悪いくらいだった。
わいわいしているボンクラーズを眺めて、爆破してやりたい気持ちになる。何故なら俺は奴らと同じ気持ちを味わえない。
ガチャ機能とやらは、俺以外のプレイヤーに適用されている。ヒズミさん曰く、俺がこの機能の核らしい。だからか、他プレイヤー曰くガチャを引くときの受付キャラは俺になっているらしい。ソシャゲの非操作キャラみたいな。
ふん、だが俺はゴミのようなプレイヤーどもと違い、そこそこの数の《スキル》を持っている……。それに魔法も自前で使える。
例え、ガチャ機能のせいで他のプレイヤーと同レベル時のステータスが劣ってしまっていたとしても全く悔しくない。この前基礎ステータスが上がったのにそれも無くなったけど、悔しくない。
俺は物理タイプじゃないしな。どちらかというと魔法タイプだし、悔しくないもん。
俺の瞳からホロリと涙がこぼれた。
何故俺だけが……こんな目にあうのだ。何がガチャスキルだ。鼻くそに鼻毛がついた程度の力でなにを喜んでいやがるクソどもめが。
しかし、何か言葉にできない、淀んだものが俺の心の奥底に積もっていくようだった。
それは、名状しがたい苦痛を俺に与え、心はささくれ立っていく。
肩で風を切りながら俺は街を歩く。どんっと通行人の肩に当たる。どうやら現地人のようだ、俺は吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「え? そこまで強く当たった?」
通行人が心配そうに俺に手を伸ばしてくる。だが今の俺は反抗期のクソガキのように荒れていた。その手を振り払い、俺は走り出した。
キャッキャと誰かがはしゃぐ声がする。その声は、まるでお前だけが仲間はずれだと笑っているように聞こえた。
俺はヒズミさんの魔道具店に押し入った。
やい! この干物女! 俺にこんな屈辱を味あわせやがって……許せん! この貧乳!
しかし、私は貧乳ではないと言われて瞬殺された俺は地下の転移魔法陣の上で寝そべる。あーあ、つまんね。掲示板を覗いてみても、最近はガチャスキルの話題ばかり。
心を支配する嫉妬の感情、そしてそれはやがて憤怒へと変わっていく。俺を取り巻くこの世界、その全てに怒りを感じた。
そしてなんとなく、俺はその感情を操作して自分の中で増幅しながら循環させてみた。中々面白い試みであった。俺の、ある意味唯一の拠り所でありアイデンティティの感情操作魔法による、感情増幅の極致とも言えた。
イメージは円運動だ。もはや増幅された憤怒の感情に対して怒りを感じるようになるが、またそれも増幅し……永久機関がここに完成した。
だが心と肉体は密接な繋がりがある。俺は憤死した。
同じ場所で復活してまた寝転ぶ俺。
すげぇ、本当に憤死って出来るんだ……。かつてレッドが動かずに絶命した事があったが、まさか自分がその境地にまで達するとは。しかし全く嬉しくなかった。
そのほかに気になることがあった。
この転移魔法陣は、界力の操作に長けるヒズミさんが作った、世界でも類を見ない長距離瞬間移動を可能とする凄ぉい代物だ。
界力とは、この世界において万物やあらゆる事象の大元である。つまり、界力の理解とはすなわちこの世界の理解そのものになる。
つまり俺のこの、無限に循環する感情も界力の一端ということだ。そんな哲学的なことを考えていたら、なんだか俺がとても凄い存在のように思えてきた。
ニヤニヤしていたら俺の頭の上に誰か立っていた。
赤い、フード付きのロングコートの様な服を着込む女だ。どこか既視感のある桃色の髪を短く切り揃えていて、耳の上あたりから刃物の様な赤黒い双角が伸びる。
流石の俺もニヤついていたところにそんな不審者が現れれば驚く。のわっ! と大声を出してしまった。
「えっ? あらら? 何故ここに……ヒズミさんにそれ程に仲の深い方がいらっしゃるとは」
いえ、仲が良いわけではないですよ。あの人俺に対して扱い酷いですから。いつか痛い目に合わせてやりますよ。
「うーん。それはどうでしょう。ヒズミさんに勝てる人は少ないですからね」
そうですよね。ほんと、何者ですか。あの女、なんか一人だけ理外の存在というか、なんか立ってるステージが違うんですよね。
突然現れた謎の女とペチャクチャと話し合う俺。どこか、モモカさんと雰囲気が似ている……。そのせいか、とても親しみを感じていた。
「あなた、お名前は? ヒズミさんはここに居ますか?」
私はチノですが。貴方こそどちら様でしょう。どこから現れました? 転移魔法陣が起動した気配は無かったですけど。
「へぇ。この魔法陣の事も知っていますか。いえ、それは置いておきましょう。私は、ハイリスと申します。あっ……失礼、やっぱりアニエスでお願いします」
偽名ですか。
初対面で堂々と偽名宣言をするとは、中々面の皮が厚いですね、うふふ。
「うふふ。いえ、口が滑りました。ハイリスという名を外で話してはいけませんよ。あなたに迷惑がかかりますから」
口元に手を置いて上品に笑うハイリスもといアニエスさん。俺もニコニコとしていたら、突然彼女が真顔になって俺はビビる。
「……なるほど。今更気付くとは、あなたプレイヤーですか」
プレイヤーだと何かまずいのだろうか……。俺はとりあえず頷いておく。
「ヒズミさんめ、隠していたんですね」
はぁ。俺は困った。アニエスとヒズミの間で、プレイヤーがどう関係しているのかは分からないが、とりあえず俺は全くの無関係であろうことが想像に難くないからだ。
気付けば、俺の手が彼女の両手に包み込まれていた。
「チノさん。私の元へ来ませんか? 悪い様にはしませんよ……。あなたが力を望むのならば、私はそれを貸すことも可能です。実際に、私の力でプレイヤーは飛躍的にその能力を伸ばしています。あなたの友人かもしれませんね」
何を、言っている?
「あなたたちプレイヤーは、『私』や『ヒズミさん』にとって特別なんです。そして、ヒズミさんの友人である、更に特別なあなたが私は欲しい」
いやだから、ヒズミさんとはそういう関係ではないんです。利用し合う、言うなれば都合の良い関係……ドライな、感じです。
「まぁまぁ。ヒズミさんもそろそろ私に気付く頃でしょう。話は手短にお願いしたいのです。あなたは力が欲しくありませんか? 力でなくとも良い、望むものを、出来得る限り用意します」
ははは。ならばなんだ、魔法を使える様になりたいと言っても?
「可能です」
……空を飛べる様になりたいとかは?
「可能でしょうね」
むむむ。なら、あの、凄い力持ちになれるとか。
「……? それくらいなら、まぁ」
へぇ。へぇ……。
ちょっと考えます……。
俺は考える。はっきり言って怪しい。俺はこの女の名前しか知らない。なのに急にそんな事を言われてもなぁ。
「……!? ヒズミさんに気付かれましたか。とりあえず来て下さい!」
ヒズミさんに会いに来たのでは?
魔法陣が光り、気付けば俺はよく分からない原っぱに来ていた。アニエスが俺の右手を掴み、掴まれたそこが何やら発光している。
「ちょっとあの岩を破壊してみましょうか」
一軒家くらいの大きさの岩だ。ははは、アニエスさん。貴方、プレイヤーを舐めていますね? あんな岩、破壊するのに何百年かかると思って……。
そう言いながら、俺は右手から溢れる力を岩に向かって解放した。
光が幾千もの筋となって収束し、それが岩に当たると爆音と共に粉々にさせる。砂埃が舞い、砕けて崩れた岩の残骸が目の前に残り、俺は自らの力に震えた。
これが……俺のものに……?
手首から先のない右手を見ながら俺は感動する。凄い、これならクソプレイヤーどもを蹂躙できる。レッドとか。無限とか。
「え、ええ……。正直思ったより脆いな……」
少し引き気味で頷くアニエス。後半はすごく小さい声だった。俺は跪いた。
アニエス様。私、チノはあなたについて行きます。
「あ、ハイ」
そうして俺は魔王軍幹部として名を連ねる事になった。