第62話 元祖厄介者
「あれは、昔からの顔馴染み……いや、腐れ縁……いや、ただの知り合いと喧嘩した後のことだ」
ヒズミさんの回想は、穏やかな語り口で始まった。
「私は、イライラしていた。そして、何となく始めていた森作りの様子を伺いに龍華の近くに寄ったんだ。するとだな、なんか揉めてる連中がいたわけだ」
揉めてる連中とは、つまりゴウカと異端審問官なわけだ。
当時既に龍華王として君臨していたゴウカと、その騎竜アグナムートはまぁデカイ。だから大層目立ったらしい。
対する異端審問官は三人ほど、連中は……まだ俺は戦う姿をしっかり見た事がないのでよく分からんが、大規模な魔法を使えてかつ格闘技術も高い、要は凄く強い魔法戦士らしい。
「私の森の近くで、なんかドンパチしてたんだ。それだけで腹立ったから『天体魔法』でぶっ飛ばしてやろうと思った」
天体魔法というのは、まるで天体規模あるんじゃないかってくらいデカイ魔法のことを指す。雑だが、地図を書き換える程の威力を持つ魔法のことを皆そう呼ぶ。らしい。
ちなみに以前このヒズミさんと、龍華のデカイ竜二匹がドンパチやった時はそれの応酬だったわけだが、あれは漫画で例えるならばバトル漫画の終盤によくありがちな怪獣大合戦みたいなもんだ。
「だがな、事件はその時起きた。まだ私は何もしていないぞ」
ゴクリと俺達は唾を飲んだ。
「『聖女』ってのはな、役割上どうしても美人に生まれてくるものなんだ。その時はとある事情からそれだけでも気に食わなかったのにも関わらず、揉める連中を前にこう叫んだのさ。『私の為に争わないでっ!』……ってな」
沈黙が生まれた。俺達は話の続きを待っている。しかし、ヒズミはそれ以上語る事はなかった。全て語り尽くしたと言いたげな、一仕事終えた顔をしている。えっ?
「えっ?」
サトリが俺の方を見てそう言った。俺はコクリと頷く。
うん……だから『嫉妬』なんだね。アホみたいな理由だが。
「いや、ムカつくだろ。アイツ……まぁ先代『聖女』は自分に酔ってた。その顔を見たら分かる」
真顔でそう言ってのけたヒズミさんが俺の頭に手をぶっ刺した。ガクガクと震える俺の顔面。突然の凶行と俺の壊れた顔面に驚き過ぎて半泣きになったサトリが一歩後ずさる。
俺の脳内に映像が送られてきた。それを、ヒズミさんは俺を介して精神干渉によってサトリにも同じ映像を見せる。
「あ、ああっ、脳がっ! 脳が犯されるっ」
何やらビクビクと卑猥な声を上げるサトリを無視してヒズミさんの回想エピソードが始まった。
*
その映像は俯瞰視点だった。裸の俺とサトリが幽体の様に空にプカプカ浮かんでいる。
そしていきなり戦闘シーンだった。
三人の異端審問官が衣装をはためかせて駆け出して、ヒズミを囲う様に位置取りする。それぞれが両手を組んで魔力を練った。
『魔法結界・絶対審理裁域』
魔法結界とは環境の書き換えだ。例えば水のない所で水を使うよりは、水の多い所でその水を操れば良い。その水の多い所を、いつでもどこにでも強制するのが魔法結界だ。
『ちなみに自身と世界の界力の繋がり、その深奥を知らなければ展開できないぞ』
ヒズミさんが脳内で補足説明してくれる。訳わかんないけどセンキュー!
それはさておき、どうやら異端審問官達は三人で魔法結界を展開して、その中にヒズミさんを閉じ込めることに成功した。
多分、複数人で展開しているのだし、なんか凄いのだろう。しかしヒズミさんにはアレがある。
『迷狂惑乱界』
魔法結界は、展開時よりも、解除時よりも……強引に破壊された時に多くの魔力や体力を消費する。
異端審問官達が展開した魔法結界がガラスの様に割れ砕け、一気に消耗し汗を掻く彼らはヒズミさんの指の一振りで爆炎に飲み込まれ吹き飛んだ。
『てかここじゃないんだよな。戻そ』
頭の中にそんな声が響き、場面が切り替わった。どうやら時を遡ったらしい。つい先程ボロ雑巾にされていた名も知らぬ異端審問官達が健在で、今の面影がある若いもさもさ髪のゴウカが一人の女を庇う様にそいつらと向かい合っていた。その後ろに控えた赤い鱗のデカイ竜が唸り声を上げている。
口論する彼らの間に女が飛び出た。
『私の為に争うのはやめてっ!』
遠くから幽鬼の如き足取りで、陽炎の様に世界を歪ませて歩くヒズミさんの額には青筋がピクピクしていた。
ゴウカが女の前に出て、手で抑える。
『下がっていろ。奴らにとって大事なのは『聖女』。お前ではないんだ。俺は、それが許せない』
なんだか普通にカッコいい事を言っている若いゴウカ。横のサトリが意外だと言いたげに感心した様な目で楽しそうに見ていた。
『……あまり、我々を舐めるものではないぞ。小童めが』
異端審問官三人の中で、一番歳をとっているおっさんが厳かな声でそう言うと、腰の剣を抜いて明後日の方へ向ける。
直後に剣身に雷光を纏わせ、それを振るうと雷の斬撃が近くにあった木々を薙ぎ倒し吹き飛ばし爆発した。
『彼我の実力差を』
そのおっさんが喋りきる前に、その場にいる全員が上空からとてつもない圧力を感じて沈黙した。冷や汗を全員が垂れ流し、空を慌てて見上げるとそこには装飾のない黒い衣装に身を包み、長い茶髪を風にはためかせる女の姿……まぁつまりヒズミさんが怒りを隠さず殺気を撒き散らしていた。
『何者だっ!?』
おっさんが叫ぶが、ヒズミは答えない。代わりに空へ向けて手を掲げた。すいっとそれを振り下ろすと、異端審問官とゴウカ達の間の大地に亀裂が走った。おおーっ、とサトリの間抜けな声。
『私の森に、何をした?』
そこからは、最初に見た景色だった。ゆっくりと地面に降りてきたヒズミさんに対して迅速に対応した異端審問官達。それを瞬殺して、振り返ったヒズミさんの姿に当時のゴウカや聖女はビクリと身体を震わせた。
『お前の攻撃も、私の森に飛び火していたがどうしてくれる? ああ?』
どう見ても難癖つけてくるヤンキーだった。
ゴウカと赤い竜が聖女を庇う様に前に出て、歯を剥き出しにして戦意を露わにした。
『お前も、彼女を狙う者かっ!』
どうやら疑心暗鬼であるらしい。近付く者全てが敵に見えている様な、そんな瞳をしていた。そんな彼に対して、ヒズミさんは今と変わらぬ顔で不機嫌そうに頭を掻いた。
『ああっ!? 私にとって今代の聖女に何の用事もないぞ! ただ私は、お前に落とし前をつけろと言っている』
ギロリと聖女を睨みつけてヒズミさんは続ける。
『哀れな女だ。《アイツ》から与えられたその器量も、その界力も全てな。そして異端審問官が居たと言うことは使命を放棄したか? それしか能が無いくせになぁ』
機嫌が悪いのだろう。聖女は何もヒズミにしていないのに、凄く棘のある訳の分からない罵倒をした。
よくわかんない事を言っているが、何となくバカにしてんだろうなと思ったのかゴウカがブチ切れて吠える。
『貴様が目立たぬ容姿だからと僻んでいるのかっ! 彼女の選んだ道を虚仮にする者を俺は許さんぞ!』
聖女が何を選択したかなど、ヒズミさんは知る由もないし興味も無いのだろうが、一つ逆鱗に触れる事があった。
それに気付かぬゴウカがまくし立てる。
『貴様が何者だろうと! 如何に強者だろうと、俺は彼女の為に力を振るう!』
ウオオオ! 叫ぶゴウカと赤い竜が融合する。竜を鎧とした巨人が地面を踏みしめて、拳を構えて咆哮した。竜契約の深奥、竜人化だ。
ゴウカの、今はもう見ることの出来ない全力の姿。横のサトリがおおっと感嘆の声をまた上げた。
『炎天業燼』
まるで太陽の様な炎の塊がゴウカの拳に集中する、そのまま天高く舞い上がったゴウカが下にいるヒズミに向けて拳を振り下ろした。
巨大化した炎の塊が竜を象って地へ下る。莫大なエネルギーだった。恐らくだが、山の一つや二つは優に吹き飛ばす威力だろう。
しかし、それ程の力を前にしても……ヒズミさんの瞳には焦りも何もなく、ただただ怒りだけが宿っていた。
『天体魔法・《万里海象》』
突如ヒズミを巨大な球状の水が覆った。現れた水球に炎の竜はそのアギトで喰らい付く。大量の水蒸気が周囲に充満するが……そこには荒れ狂う嵐の海が炎の竜を逆に喰らい尽くす様があった。
周囲を蹂躙する膨大な水を見て、さしものゴウカも慄いた。
『こ、これほどの水を……!? 何も無い所でっ!?』
空気を引き裂く爆音と共にその水はゴウカの頭上を取り、そのまま落下してゴウカを地面に叩きつける。
地面にぶつかった水が雨の様に周囲に降り注ぎ光の粒子へ還っていく。魔力で生み出された水だからだろう。
クレーターの中心で身体を震わせながら立とうとするゴウカを、いつのまにか近付いていたヒズミが首根っこを捕まえて上体を起こさせる。
『どいつもこいつも、ただの容れ物でしかない肉体の美醜をすぐに比較する。気に食わない、レックスや……お前も、神もだ。そんなに可愛いが正義か?』
恨めしげにそう言って、ヒズミが何かをすると、急速に力を失ったゴウカから赤い竜が分離してその辺に転がる。
『やめろ!』
分離した後も変わらずゴウカの首を掴むヒズミに赤い竜が必死に叫ぶ。口腔に炎を蓄え、チロチロと脅しの様に見せつける。
しかしヒズミさんにとってはその程度の火など脅しにもならないのだろう、ちらりと見てゴウカを投げ捨てると偉そうに踏ん反り返った。
『やめろ、だと? この私に、指図するか。トカゲ風情が』
俺は一連の回想を見ながら思った。この人、ただ難癖つけて暴れるヤンキーじゃん。サトリも同じ事を思ったのか俺にすすっと近付いて耳打ちをしてくる。
「今んとこ聖女全然喋ってないんだけど」
たしかに。そちらを見てみると、目の前で起きている状況がよく分からないのか困惑した表情で事態を見守る聖女の姿が。
絹の様な金髪に、彫刻の様に整った顔。均整のとれたプロポーションで巨乳の女にヒズミさんが嫉妬するのは仕方の無い事だと思った。
俺には一歩及ばないものの、中々の美人だからな。そんな事を考えていたら、ついに聖女が動き出した。
『光あれ!』
詠唱。聖女の手から溢れた光の奔流がヒズミを包む。その隙に赤い竜がゴウカを掴み距離を取った。
『確かに私の容姿は神より与えられしもの。この美は、我らが神を模した奇跡そのもの。確かに、貴方が嫉妬するのも仕方がない事でしょう』
おっと、聖女さんも何やら勘違いしているぞ。ヒズミさんが八つ当たりみたいに暴れるもんだから、聖女さんにはこの女が何をしに来たのかよく分からないのだろう。
だから、さっきから容姿を僻んだ発言が目立つのでそれが原因なのかな? と思うのも仕方がない。
だが、それこそがヒズミさんを怒り狂わせるワードなのだろう。光の奔流が晴れれば無傷で現れたヒズミさんがこの世の全てを呪い殺す勢いの眼力で聖女を睨みつけている。
『嫉妬? 嫉妬だと? この私を、馬鹿にしているんだな?』
ヒズミを中心に大気が震えていた。何もせずとも大地が割れ、空間が歪み、謎の破砕音が辺りに響く。
『私にかかれば、お前ら人間風情の容姿など如何様にも変えることが出来るんだよ……! 思い知れ……! 自らを醜悪な姿に変えられて尚、隣人を愛する事が出来るか……!?』
大の字に手足を広げて、ヒズミを中心に巨大な魔法結界が展開されていく。それは、割と近くにあった当時の龍華王国の王都をも中に収めた。そして、その中に存在する全ての人族の容姿を、歪に変化させていく。
黒や赤、青や緑の肌。そして至る所に生える謎の毛とか、やたら屈強な筋肉がついた不恰好で不細工なその姿は、まさに御伽噺の魔王軍が操る魔物達のよう。
俺はドン引きした。
やだ、この人こそ魔王じゃん。
息を切らせて身体にヒビの入ったヒズミさんが大量の汗を流しながら不敵に笑った。
『ふははは! どうだ! はははは!』
そう、狂ったように笑ってその場から姿を消したかと思えば、近くにあった小さな森が葉を紫に染めて急激にその版図を広げていく。
その様子を、同じく醜悪な姿となったゴウカ? と聖女? が身を寄せ合って呆然と見つめている。
俺は脳内でヒズミさんに話しかけた。
あの……なんだか収集がつかなくなってきたんですけど。
『まぁ、事件といってもこんなもんだ。この後に龍華の連中総出で私のことを討伐しにきたわけだ』
場面が切り替わって深く暗い、森の中。嫉妬の魔女の森だ。この中では、人間は魔力の制御を失いまともに歩くことすらままならない。
しかし、それを先頭に立つ魔物みたいなの……多分聖女だと思われる生物がなんか結界の様なもので中和して森の中を進んでいた。
彼女の後にはゴウカ? を筆頭に醜悪な魔物っぽい奴らが群れをなして進軍する。まるで魔王軍だ。
彼らが向かう先に、やたら捻れた大樹があった。その枝に腰掛けた『嫉妬の魔女』、やたらくたびれた様子だがその威圧感は健在だった。
『くくく、来たか。醜いなぁ』
ニヤニヤしながらそんな事を言うヒズミさん。
その姿は、衣装も身体も変にボロボロで、既に満身創痍といった様子だった。先程から気になるのが、なぜこの人の身体にはヒビが走るのだろう。
『さすがにこの規模での肉体改変は無茶し過ぎた。代償に捧げた界力は尋常ではない。お陰で今なお私は弱体化している』
脳内でまた補足説明があった。容姿を僻んでここまでするヒズミさんの嫉妬の魔女たる由縁が既にもう明らかになっていた。
それに正直ゴウカの恥ずかしい所とかそんなの関係なく魔王ヒズミの討伐記録みたいになってる。
そうこう言っているうちにヒズミさんとその討伐隊の闘いは激化していく、弱体化したというのにヒズミさんの力は大勢を相手にしても引けを取らなかった。
どころか討伐隊のほとんどがやられてしまう。残ったのは、もう正直見た目が化け物達の集まりなのでよく分からなくなってきたがゴウカ? とその周囲何人かだけであった。
まだ人より少し大きいくらいのタケミカヅチとヒノカグツチ、そしてゴウカの騎竜アグナムート。残った竜はその三匹だけだ。
その他はその辺に転がっている。
『クソ……この化け物女ガァ!』
『これは、本当に人間なのか……?』
既に流暢に喋るタケミカヅチとヒノカグツチがヒズミに襲い掛かった。しかし地面から隆起した巨木の根と土の巨腕が行く手を阻む。
だがその二匹の後方より、巨大な火柱が立った。竜人化したゴウカとアグナムートを中心に炎が収束していく。
『ちっ』
ボロボロのヒズミさんがここに来て顔を歪めた。これを食らうとまずい。誰がどう見てもそんな反応だ。ニヤリと竜人ゴウカが口角を上げた。
『ゴウカ!』
聖女? が声を上げる。ただ彼の身体を心配する様な……そんな焦った声だった。
『これで決める! タケ! ヒノ! 退けぃっ!』
その場から飛び退いたタケミカヅチとヒノカグツチ。直後に竜人ゴウカは自身に炎を纏って、まるで隕石の様に真っ直ぐ魔女へ向けて飛び出した。それに対して何かをしようとするヒズミだが、地面から噴き出した炎と、それに紛れて後ろから現れたタケミカヅチにより身体を抱き締められて拘束される。
『ぐっ! クソトカゲがっ』
悪態をヒズミさんがついてすぐに、隕石は彼女に直撃した。大地を破り、大気も裂ける程の爆音が周囲に響き……両腕のへし折られたタケミカヅチと、胸にヒズミの腕が突き刺さる竜人ゴウカの姿があった。
『界力全開』
ボソリとヒズミさんが呟いた。
そして、雷がゴウカの肉体を内側から破壊し、漏れ出た余波でタケミカヅチをも巻き込み吹き飛ばした。
『天体魔法・《空雷》』
人の身体と竜の身体が分離しながら宙を舞う。何事かを叫ぶヒノカグツチと、自分も食らいながらもゴウカ達の方を見て悲痛な声を上げるタケミカヅチ。
ヒズミが、勝利を確信して頰を緩め、疲労が溜まったのか身体を弛緩させる。
その隙を、五体満足なゴウカは見逃さなかった。空中で体勢を整え、身体の内側から崩壊した自身の騎竜を足場に強襲する。
拳に溜めた魔力が赤熱し、周りの空気を歪ませた。ヒズミの目の前の地面に着地して、衝撃で地面が少し隆起する。
その顔に、初めて驚愕という感情を貼り付けたヒズミの腹に拳が突き刺さる。爆ぜた魔力がヒズミの身体をくの字に折りたたみ、彼女の身体が地面を何度かバウンドしてやがて止まった時には、既にゴウカら人間の姿は元の姿に戻っていた。
『はぁ……はぁ……』
息を切らせたゴウカがヨロヨロと、ヒズミさんには目をくれず何処かへ歩き出した。悲痛な面持ちで死にかけのアグナムートを撫で、その横に転がる肉塊を見て涙を流す。
その肉塊は、どうやら人間だった様で、美しかったその容姿は見るも無残になっていたが、その瞳だけは美しく変わらずそこにあった。
聖女が震える手をなんとか持ち上げた。それを優しく、しかし強く握りしめてゴウカは膝から崩れ落ちる。
『まぁ、あれは私も読めなかったな。自身の肉体を代償にした身代わり魔術だ。流石『聖女』だと素直に感心したよ』
脳内に響く呑気な声。
俺の視界にはまだ号泣してボロボロの聖女を抱くゴウカの姿が。なんか言ってる。
『すまない……! すまない……俺が、もっと強ければ……!』
『いい、の。い、いの、です。楽し、かった。いま、までず、っと』
『俺はもっと強くなる……! だから、死ぬな!』
俺はちらりと横のサトリを見た。ちょっと瞳を潤している。俺は顔を戻し天を見上げてそろそろ突っ込んだ。
回想長いって!
*
とりあえず分かったことはヒズミさんはやっぱ『魔女』って呼ばれるだけはあるなってことだな。俺の様な冤罪による紛い物とは違う、本物の厄介者だ。
見てた感じ、なんかそれほど悪い事してない。聖女とかゴウカとか、おまけで吹き飛ばされた異端審問官の人達とかお仕事だったろうに理不尽過ぎるだろう。
てかこの人はこれを見せて何がしたかったのか。最終的になんか負けてゴミの様に転がってたけど……そこそこ長い付き合いになってきたこの女の人となりを何となく分かってきたからこそ思う。
その様な醜態をあっさり見せる気になったというのが何やら怪しい。プライドの高いこの女が、何故……?
「いやぁ、なんか……凄かったなぁ。私が物心ついた時には既にアグナムート様は御隠居していたし」
あれで生きてたのが凄いわ。内側から雷に全身を破壊されたんだぞ。なんか肩代わりしてた聖女も喋れただけ凄い。
「『聖女』の回復魔法は格が違う。事実あの女もその後は自分を回復して大人しく国に帰ったしな。まぁ後遺症はあったろうが」
酷い事をしておいて他人事のように話すヒズミさん。何故か俺の方をジッと見てきた。なんだよ、言っとくが俺なら胸に腕ぶっ刺さった時点で死ぬかんな?
「刺さなくても殺せる。それはともかくとして、私は望みに答えたぞ。お前は私の実験体になる。そう言ったな?」
ん? ああ、言った。なんか思ってたのとは違ったけど、言ったもんはしゃあない。痛いのは嫌だよ。
「……他者の界力へ干渉する時に、相手の許可や了承がある時とない時では、可能な事と負担や代償が天と地ほどの差が生まれる」
だから無理矢理大勢の肉体を変化……それは界力への干渉なくしては不可能な事らしいのだが、ともかく強引にそれを行なった結果が、あの回想時のボロボロの姿だと言う。
それがなんだと言うのか。そう言ってすぐに嫌な予感というものが頭で警鐘を鳴らす。何故、コイツはわざわざ実験体云々の話をぶり返した?
「分かるな? お前は、今……了承したぞ」
脱兎の如く俺は走り出すが、一瞬で捕まった俺はヒズミさんの腕の中でバタバタと暴れる。
いやーっ! 一体何されちゃうの俺ぇ!
「『お前達』は弱過ぎる。まぁ、私に任せろって」
ズブズブと俺の頭の中に手を刺していくヒズミさん。だからこれなんなの? 俺の頭はいつから不思議ポケットになったの?
横のサトリさんは俺を助けようともせず、ただ困惑した顔で成り行きを見守っていた。ヒズミさんの手の甲にある三本線が輝く。ん? 聖痕?
俺の視界がブラックアウトする。だが黒い視界の中、ぼんやりとシステムメーセージが浮かび上がった。
《新機能実装!》




