第61話 自由
よし! いけ! 俺のペペロンチーノ二世!
競竜という走って競争をしている竜達の順位を予想して、お金を賭ける遊びを俺はしている。隣の鳥男と共に、俺達によって名付けられたお気に入りの竜の応援の為だ。
競技場でたったかと走る黒鱗の竜、目つきは悪いがイケメン(竜基準)のペペロンチーノ二世。この子の命名権をかけた戦いは、それはもう熾烈なものだった。
最終的に障害物を無視してのバトルロイヤルみたいになって、最後の最後で鳥に乗った奴が空から襲い掛かってきた時は危なかった。乗ってる奴がクソ雑魚じゃなければ負けていたかもしれない。
いや、そもそも試合前に下剤を盛った差し入れを知り合いに頼んで仕込んでいなければ他の参加者にすら負けていただろう。特になんか猿轡噛んだ変態は普通に強かった。奴の肛門がブレイクしなければ確実に負けていただろう。
という事で助かったよメレンゲ。そう言って俺は鳥男とは反対側に座っていた少年プレイヤーの肩を抱いてニコリと笑う。
メレンゲはとても嫌そうな顔をした。
「ひ、ひどいよ。僕にそんな犯罪の片棒を担がせてたなんて」
何言ってる。出場者が決まった時点で戦いは既に始まってんだよ。ニコニコと俺は続ける。
いやぁ、プレイヤーってのは反則的な所あるよね。見た目が良いもんだから、それにプラスして幼いとそりゃもう最強。疑うって気持ちが薄れちゃう。可愛いショタとロリは最強、はっきりわかんだね。
メレンゲは手で顔を覆った。
「どうしてこんな子に育ったの……?」
失礼な奴だな。まぁ、もし? 俺に少し歪んだ所があるとしたなら? 攻略組のせいだな。あいつらが悪い。特にレッドとグリーンパスタ。いや、ぽてぽちも無害なツラして頭おかしい。あと無限の奴なんてこの前俺を切り刻んだからね。
「怪力ハングライダーさんも大変だよね」
うん、うん? なんであいつ? 一番周りに迷惑かけないからって無害扱いされてるけど基本的に思考回路おかしいよ? あの人。
俺が真剣にそう言うが、メレンゲは真面目な顔をしていた。
「いや、今答え出てたじゃん」
なにおう……! いや、よそう。お前には借りがある。それを返しに来たんだったな。我らが二世ちゃんが稼いだ金で飯を奢ってやんよ。
ワーッ! と、歓声が上がる。レースが終わったのだ。我らがペペロンチーノ二世はなんと三位だった……! よくやった! 中々良い成績じゃない!?
「え、竜券外れたじゃん」
おつかれ二世! 次は勝てるぞ! 初めてでこの成績は凄い!
「身内贔屓がすごいなこの人……」
そうして、来た時よりも財布が軽くなって、心も軽くなって俺達はその場を後にした。
次の日、暇を持て余した俺はフラフラと龍華の王城の方へ向かっていた。以前に魔王軍と衝突して以来、ずっとバタバタしているので冷やかしに行くのだ。
そういえばラングレイを最近見ていないな。怪我をしたとかは聞いていないが……今日は軍の方へ行ってみるか。
ということでトコトコ歩いていく。軍の修練場の様な所に着くと、何やらざわついている場所があった。
軍人達がワラワラと集まっていて、それに対峙する様に白い法衣を着た連中……恐らく聖公国の使者達がいた。
なんだなんだ?
その集まりの近くに寄っていくと、その中心には見知った顔が居た。レイトという青年だ。かつて復讐に燃える鬼と化して闇堕ちしたが、騎士となって周囲の人に恵まれた彼はすっかり元に戻るが、ようやく見つけた復讐相手もよく分からない奴らに横取りされたという複雑な人生を送っている人だ。
その彼の右手を、白い……ロードギルとかいう異端審問官と同じ服を着込んだ女性が優しく両手で包み込んでいる。
「何でこんなところフラフラしているんだ?」
気付けば横にラングレイが立っていて、俺にそう話しかけてくる。見上げて俺は集団を指差す。
あれ何してんの?
「ああ、レイトの奴が『聖痕』を持っているって話らしいよ」
へぇ、そうなんだ。ふと彼の右手の甲に一本線の模様があったことを思い出す。あれね。
「いわゆる、『戦士』の適性を持っているんだと。てか知ってる? 新聞に出てた見習い騎士ってあいつの事だぜ。いやぁ、凄かったぞ。魔王軍幹部をまさかあいつが討ち取るとはな。今思えば、それが『聖痕』を持つって事なんだろうな」
実はレイトはラングレイが教え育てた部下である。だからか、まるで我が子が良い成績を残した時に凄え喜ぶ親バカみたいな感じになってる。
「いやー。なんか覚えも良いし、才能は感じてたんだよな。この件でサトリ様も偉く彼を気に入ってな。早速、騎竜を見繕うつもりみたいだし」
サトリの事だから夜の方も狙ってそうだな。俺がポツリと言うと、件の女王様が後ろから俺の肩を抱いてニタっと笑う。
「よっ、相変わらず下品な奴め。すぐに下の話をするな」
でも狙ってるんでしょう……?
「その前に聖公国に目をつけられてしまったがな」
そう言ってサトリは残念そうに首を振った。
レイトの奴、一体何をされるんだ?
「聖公国に魔王討伐軍として招集されるらしい。私の大事な騎士を奴らに掠め取られるのは気に食わんが……流石の龍華でもこの件には強く出れん」
この龍華王国でさえ、大人しくならざるを得ない聖公国か……。
「ああ、ちなみに前王様は逆らって異端審問官と揉めに揉めたらしい」
ええ……。相変わらず狂犬だな……。脳裏に浮かぶ、髪の毛モッサモサの初老のおっさんの凄絶な笑顔。
ちなみになんで?
「なんだっけな。流石に生まれる前なんだが、当時の『聖女』候補と、こう……駆け落ちしたとかしてない的な」
まさかの理由だった。あの戦闘狂に人を愛する心があった事に驚きである。いや、子供いるから当たり前なんだけど。
「で、『嫉妬の魔女』が介入して異端審問官達も前王様もボッコボコにしたらしい。前王様の騎竜もその時の怪我が原因で隠居してなぁ、最近までは生きておられたのだが」
そういや戦闘狂にぶっ飛ばされた騎士団長がそんなことを言っていた気がする。騎竜ってのは、家族みたいなものだと聞いていたからそんな不謹慎なこと言っていいの? と考えたのを覚えている。
「そういえば、その事件が『嫉妬の魔女』と呼ばれるようになった所以らしいが、いまいち詳細なところが分からないんだよな。何故、今のエピソードで嫉妬なのか」
たしかに。ゴウカから直接聞いたりしてないのか?
「あの人、なんか恥ずかしいのか照れて話してくれないんだよ」
照れてって……気持ち悪いな。しかしなんだ、ここまで聞くと俺まで気になってきた。くっ、どうせ大した理由じゃないんだろうが、あのゴウカやヒズミをからかえるネタがあるならば、俺はそれに食いつくしかない。
だれか、誰か当時から生きている奴がいないのかっ!?
はっ!
「一人で騒がしいな……」
呆れた視線のサトリの手を掴み、俺は高らかに宣言した。
「あいつに直接聞きに行けばいいんだぁ!」
そう、ヒズミに直接聞きに行けば解決だ。奴とのエンカウント率が高い場所は迷宮都市の魔道具屋だ、おいサトリ、行くぞ。
「あのな、お前……私はこれでも一国の王だぞ?」
キリッとしたサトリが続ける。
「そんな気まぐれに国外に出かけられると思うか?」
*
というわけで迷宮都市に来た俺とサトリはその辺にいた探索者と臨時パーティを組んで迷宮に潜っていた。
うおおお! 前衛の男二人が武器を掲げて突撃する。その先には巨大な甲冑が中身も無しに大きな剣を持って動いていた。空虚な兜の中には怪しく赤の光が輝き、その残光を残して鎧は高速移動をした。
「ぐああああ!」
装備をビリビリに裂かれて吹き飛んだ男二人が地面に落ちる。二人ともがマッチョなむさい男なので全く嬉しくないサービスカットだった。
『雷鳴針』
ボソリと俺の横にいたサトリが呟いた。甲冑に向けて伸ばした指先から一筋の雷光が煌めき、一瞬の間を置いて甲冑が爆散した。
粉々になった甲冑から怪しく暗い輝きを放つ変な石が転がるので、俺はそれを拾い巾着に仕舞う。
魔石という奴だ、魔力のこもった……例えるなら電池みたいな便利物質である。要は売れる。
甲冑の残した巨大な剣は、ヒビが入って砕けたかと思えば中から同じデザインの普通サイズの剣がその場に残った。
やったぁ。ドロップアイテムだあ。
「これが、中ボスって奴か? 雑魚だな」
ふふんっと得意げなサトリさんが半裸になった男どもを蹴りつける。
「おい! 雑魚ども! さっさと起きろ!」
俺はそれを横目にドロップアイテムの剣を掲げてうっとりとして、唇を舐める。
これは、よく……切れそうだなぁ。
ゆらり、と。俺は剣を片手にサトリ達の元へ向かう。起き上がった男達がギョッとした目で俺を見てきた。
なんだよ。幽霊でも見たような顔をしてさ、傷つくぜ。こちとらお前らじゃ話すだけで幸運なレベルの美少女だぞ? それをお前、パーティまで組んで迷宮に潜ってさ……一生分の運を使い切ったな。死ね。
振り下された俺の剣を白刃取りしながら男が叫ぶ。
「ちょっ! こんな低レベルの精神汚染で我を失ってるぞ!」
精神汚染とは呪装によって思考がおかしくなっちゃう事だ。この男は俺がドロップアイテムによって精神汚染を受けていると言いたいのだろう。
バカがっ! この俺様がそんなもんの影響をうけるわけがないだろ! 大人しく斬られやがれ!
だが貧弱美少女な俺はそのままペイっとその辺に投げ捨てられて剣を取られる。
ハッ! 俺は正気に戻った。
危ない危ない、まさか呪装だったとはな。しゃあねぇ、それはやるよ。
「お、おう。ありがとう……こんなレベルの精神汚染で……」
剣を片手にモブ男がボソボソ言っているが、俺は無視した。サトリに話し掛ける。
どうする? もう少し深部に向かうか? 正直、中ボス如きに瞬殺されたこの男どもは足手まといにしかならんが?
「え、文字通りおんぶに抱っこされてきた奴の言うことじゃない」
確かに俺も足手まといなのは間違いない。だが、俺という存在がいるだけでそのパーティに華やかさが増し、男どもは俺に良いところを見せようと張り切る。つまり常時バフがかかるわけだ。よって俺はそこにいるだけで良いのだ。
「足手まとい三人居ようがこの私には全く問題がないが……それでは面白くない。とりあえず帰るか」
帰った。男どもと別れて街をサトリと歩く。さぁ、次はどこ行くか。
「いやいや、嫉妬の魔女の所に行くんじゃなかったか?」
あれ? そうだっけ。
当初の目的をすっかり忘れていた。ということで奴の経営する魔道具店に向かい、着いたと同時にドアを勢いよく開ける。
ヒズミさーん!
カウンターに座っていた嫉妬の魔女ことヒズミが俺を興味無さそうに見て、その横のサトリを見ると顔をキョトンとさせる。
「なんだ、珍しい客人だな。龍華王がなぜこんな所に」
そんな事よりヒズミさんさぁ! ズカズカとカウンターに腰掛けて俺は元気よく語りかける。カウンターの上には何やらチョコレート菓子が置いてあったので勝手に食べた。
俺は血を吐いて死んだ。
どういう了見だヒズミィ!
ドパーンとドアを開けた俺は叫ぶ。少し肩身狭そうに椅子に座るサトリがこちらをチラリと見た。しかしヒズミさんは鬱陶しそうに顔を歪める。
「お前が勝手に暴れてるだけだろ。ちなみにさっきのは身体能力を強化する秘薬の試作品だが、お前の肉体が脆弱すぎて内臓がやられたようだな」
そんな危険な物を食わせやがって……!
「ツッコミ待ちか? 鬱陶しいから早く要件言えよ」
つれないヒズミさん。諦めた俺は椅子をもう一脚出して座る。ちらりとサトリを見ると困ったような顔をしていた。
「お前から言ってくれよ」
なんだサトリ、お前ヒズミにビビってんのかぁ? ケラケラと笑う俺にサトリが悔しそうに唇を噛む。
ザクッと俺の腕になんか針みたいなのが刺さる。そして凄い痛い。投げたのはヒズミさんだ。あの……なんでこんな酷いことするの?
「……痛いか?」
痛いよ。
「あっそ」
俺から針を抜いたヒズミさんがジッとその針を見つめてニヤリとした。腕をさする俺を見て首を傾げた。
「それで? 何しにきたんだっけ」
ショボンとした俺が話を切り出す。
お前が嫉妬の魔女って呼ばれるようになった事件だけどさ、一体何があったの?
「はぁ? なんでお前にそんな事話さなきゃなら……まさか」
ヒズミがちらりとサトリを見る。テヘッと笑うサトリ。
「お、お前ら……そんな事の為に? 今代の龍華王も大概だな……」
早く教えてくれよー。前王様の恥ずかしい話が聞きたいんだよぅ。
「……私にメリット無いだろうが。強いて言うなら、あれは風評被害だ。私は悪くない」
そこを何とか、俺がお前の実験体になるからさぁ。痛いのは嫌だよ? 痛いのは嫌だよ? 痛いのは。
先程刺された腕をさすりながら俺がビクビクとそう言うと、流石にバツが悪いといった顔で溜息を吐くヒズミ。俺は最近気付いた、コイツは意外と甘いところがある。ククク、普段喧しい俺が少ししおらしくしただけであっさり陥落しおったわ。
「……あらかじめ言っておくが、大した話じゃないぞ」
そして、ついにヒズミが『嫉妬の魔女』と呼ばれる由縁を……俺達は知る事になる。